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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)

1ー10 男子棟2階5号室

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 十五分前にはアナウンスがあり、五分前になると緩やかな古典音楽が流れ始めた。タンプーラの単調なリズムにのりシタールの穏やかな旋律が流れ出す。

『間もなく就寝時刻です。プレイヤーは全員自分の部屋に入り、パソコン前の席についてください』

 繰り返される女性の声だけが機械的だ。
 男子棟2階、5号室。
 スティーブンは入って左手すぐの自分のスペースでもう黒幕の中に頭を突っ込んでいた。


『放送が違うって言ってただろ。あれ、もしかして場所によってってこと?』
 中央窓前から火葬室に移動する際スディープに声をかけると頷いた。その後も何人かに聞いて理解した。おそらく放送は棟ごとだ。
 スティーブンはノンベジ食堂の食材庫で女子と一緒にチェックをしていた。一週間持たないかも、との彼女らの意見に危機感を持ったのはともかく、その間アナウンスが頻発しているのは分かった。ただし遠い音で内容まではわからなかった。
 初め緊張したが、騒ぎは起きていないし誰も走り込んでもこない。後で確かめればいいと流した。広間のある中央の棟だから女子棟のアナウンスが響いて聞こえたが、反対側に離れた男子棟ではまず無理だ。
 女子は服のことがあって行き来したので警告が頻発した。男子は違った。
 そういうことで誰のせいでもない。
(いいや)
 正体不明の誘拐犯であるゲームの主がクラスメートを殺した。奴らのせいだ。

(本当ならこの時間は数学をやっているはずだったんだけどな)
 クラスではトップを譲ったことがないが頭が良いと勘違いしないようにースティーブンは常々自分に言い聞かせている。
 大学進学に向けて通っている塾で理系の強化クラスを希望したところ学校名を聞かれ、鼻で笑われて拒絶された。

 我らが学院は独立前からの伝統を誇るミッション系だが、近年学業では中位レベルに甘んじている。大学進学でライバルになるのはうちの学校の生徒ではない塾の上位クラスの彼らだ。

 試験まで2ヶ月を切った。州共通で成績が出るそれで進学先が、いや人生がかなり左右されるものだ。
 スティーブンは今さら勉強の密度を変える予定はなかったがそれでも今日は楽しみにしていた。
 校外学習も試験勉強前の最後の息抜きという意味付けだろう。
 塾で出来た友人には、そもそもこの時期に校外学習を入れる学校があり得ない、周りに流されるなと忠告されたが。

 クラスの中では自分は気楽な方だ。
 父の経営する書店は継がない。専門性が強く研究機関の下部組織になったため人事は向こうのものとなった。息子でも入る余地はない。
 家業を継がせてやれない以上好きなことをやれ。普通の私立大学なら学費は出せる、心配するなと父は言ってくれる。実際家は大金持ちではないが貧乏とはいえない。
 だからこそ、無駄に家のお金を使わず奨学金を取って上位校に進学したいのだ。
 その方が妹や弟の進路の幅が広がる。
 得意な物理や化学と比べネックになる数学を集中して積み上げ手応えを感じてきたのにー

 突然暗幕の外に光が走った。
 布から頭を出すのと、

『Warning! Warning! Out of rules!』

 声が流れ出すのは同時だった。部屋にある三つのモニターがどれも黄色に黒字で同じ内容を表示している。光だと思ったのはこの黄色だ。

『就寝時刻1分前を過ぎました。まだ外にいるプレイヤーは至急自分の部屋に入りパソコン視聴用の席に着いてください。まだ外にいるプレイヤーはー』

 ダッと立ってドアを手前に開く。
 2階には向かいの6号室とこことの二部屋しかない。奥の二部屋は封鎖されている。
「オイ!」
 バタンとドアを閉める。他の三人も黒布から顔を出していた。
「この階じゃないみたいだ」
 心配して怒鳴ってくれたヴィノードに小さく返す。
「外には誰も見えなかった。さ、パソコンにつこう」
 言ってまた黒布の中に頭を突っ込む。
 下からは怒号が聞こえてきた。このアナウンスは男子棟だけのものか、まだ部屋に戻っていない人間が1階にいるのか。自分にはもうどうにも出来ない。

 ふっと足元からの光が暗くなった。壁や天井のモニターが消えたのだろう。
『二十三時です。ただ今より明朝五時までは「夜の時間」となります。プレイヤーが部屋の外へ出ることは禁じられます。ただし「人狼」においては〇時から三時の間に室外にて仕事を遂行してください』
 二度繰り返されると、
『Good night』
 で締められた。
 アナウンスの開始と同時にパソコンの電源が入り、今はアイコンと文章が表示されている。

『Your role  is……

ーーーーー
(何でこんなことになっちまったんだ!)
 全部ひっくるめてヴィノードは叫んだ。
 ラケーシュとガーラブの遺体の様が頭から離れない。
 ぽかんとした表情、何も映さないうつろなラケーシュの目。
 眉をしかめ苦しさが見えるガーラブの表情。
 せめて先生がいらしたら心強かったのだがー

(てめえら、ルクミニー先生に何かしたら承知しねえからな!)

 ぷつんとPCの電源が入り、ふざけたアナウンスを聞き流しているうちにアイコンと文字が表示された。

ーーーーー
 警告のアナウンスに布から顔を出すと、奥のラジューが心配そうにスレーシュを見てきた。スティーブンがドアから戻り見える範囲では異常がないことを告げる。小さく息が抜けた。
 ラジューに顔を向けて伝える。
「そのままパソコンに向かっていな。あと1分くらいでパソコンが点くと思うけど、とにかくそのままで!」

(あいつも大変だな)
 1階女子棟側の奥に洗濯機と乾燥機、掃除道具や流しがまとまった場所があった。近くのトイレとバスルームをラジュー専用にとスティーブンは指示した。
 この建物はセミナーハウスか寮のようで、そのあたりが使用人のスペースだと思われた。ただし控室と思われる小部屋は開かず、ラジューは最大限に遠慮しながらこの部屋に入ってきた。
 ドアを背に右手手前が自分、窓側の奥がラジューのベッドだが、
『皆様のお世話にすぐ出ることになりますので、わたしがドアの近くにー』
 と言い出す。
『だから悪い奴はそう言うことを許してくれてないんだ』
 ととどめ、スティーブンがパソコンは使えるかと聞くと、
『役場で、ことならあります』
 との返事にため息が漏れた。
 間違いなくPCは使えない。

『とにかく十一時から五分間はその椅子に座ってろ』
 スティーブンの指示を、
『五分過ぎたらおれが声をかけるよ!』
 と訂正した。パソコンをいじったことがないなら時刻表示を見る余裕もないかもしれない。何が出てくるのかはわからないが、自分の方が終わったところでラジューに合図すればいいだろう。
(実はおれも恐いんだけどな)
 三時間の間に何が起こるのか。同じクラスの人間を殺すなんてあり得ないのに。

 アナウンスは二十三時を告げ、やがてモニター上にアイコンと文章が現れた。

ーーーーー
 少しは英語もわかると思っていた。
 職場ではラジューの頭上、先生方や事務員の英語が行き交っている。
 それ以前の仕事場でも自分に命令を下す人たちはよく英語を話していて耳に馴染みがあった。
 単語だって結構知っている。
 「ブック」も「デスク」も「ハリー急げ!」も、パソコンを使っている人が「エンター」するのもわかっている。
 だが今日のアナウンスはラジューにはほとんどわからなかった。
 ヒンディー語とは大違いだ。

 そしてもう誰が考えてもわかる通りこれからパソコンで出てくるのは英語だ。
 英語の文字は知らない。
 この先いったいどうなるのかー緊張と不安で口を引き結ぶ。

 音楽も警告も止まりアナウンスだけが流れ、そして沈黙に入った。
 モニターの文字は読めるはずもない。
 同室のふたりが指差して訳した紙にあったのと同じ「イラスト」だけはわかった。



<注>
・タンプーラ、シタール インド古典音楽で使われる楽器
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