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第7章 混乱へようこそ(新4日目)

7ー4 新4日目会議(下)

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「今日から『変成狼』がひとり増えるので注意するようにと皆さんに言いました。それ、僕なんです」
 しばらく言葉を発する者もなかった。
 様子を見つつアビマニュは今朝モニターで見たことを告げる。
「だから今日は全員僕に投票してください」
「……」
「理由は明確です。もう投票で外れを出せる時期ではなくなった。僕が『狼』なのは本人が言うのだから間違いない。ラクシュミさん、どこか論理的に間違っているところはありますか」
「………………ない」

「それじゃまるで自殺だよおっ!」
 アンビカの悲鳴を否定する。
「違います。僕は死にたくはない。クリスティーナさんと同じで、僕も『あいつら』に殺されるんです」
 暗い目で天井を見上げる。
「後の時間で『人狼ゲーム』のルールについて不明な点などあれば聞いてください」
 強ばる頬で微笑みを作る。
「そういうのはもっと早く言って。準備なしじゃ聞くことも聞けない」
 ラクシュミは説教めいた声を出し、アビマニュは笑って謝る。
 良かった、ちゃんと言えた。
 会議の冒頭で、途中で、告白しようとしては言葉が唇で止まった。
 このまま黙っていたら死ななくても済むと頭の隅でちらりと思った。
 だがそれは自分が選ぶべきことではない。

「……今すぐに質問がないようなら気になっていることを話していきます。まず1点目はウルヴァシさんとトーシタには話したんだけど、」
 「人狼」だけに気を取られず「象」の存在を忘れずに、勝敗に関わると自作資料を例に解いていく。次に、
「占い系以外の『村人』で役持ちの人、『武士』と『兄弟』と『聖者』だけど引き続き隠れていてくれ。出て来たら夜『狼』に狙われる確率が高くなる」
 ただし疑われ票が集まりそうになったら役を明かしていい。
「それから『聖者』は、『人狼』が確実にひとりになった時以外は『祝福』をかけないでくれ。逆に『狼』がひとりだと判断出来る時になったらこの会議の場で皆で話して『聖者』が『祝福』して良いとOKを出せばいい」

「他の『人狼』の名前はわからないの?」
 スンダルが聞く。他の「狼」と顔を合わせるのは夜の活動時間だけだからわからないと答えると、
「本当か? モニターに出たのに隠しているとかじゃねえのか」
 ラジェーシュの詰めに、
「ほら、こんな風に疑われる!」
 手のひらを広げてみせた。

「たまたま『汝は人狼なりや』を知っていたから、クリスティーナさんと色々やってきた。これからはいくら皆のため、大多数の「村人」のためと言っても『本当は「人狼」の目的のためじゃないか』と疑われる」
 唇を引き結んでから、
「僕の存在はこの場を混乱させる」
 瞳に影が落ちる。
「議論が混乱するのは『人狼ゲーム』では酷く良くない。やはり僕は退場するしかない。……という訳で他の『人狼』の名前も人数も知らないよ」
「……」
 スンダルの目も暗く翳る。
「最初の夜までは粘って元からの『人狼』と合流して、翌朝誰が『狼』かばらしてやろうかとも考えた」
 明るく声を張る。だが「変成狼」の告白をしてからアビマニュの声は普段より一段低い。
「だけど新入りには最初に手を汚させて仲間に引き入れるだろう。自分が『狼』だったらそうする。僕は人を殺したくない。クリスティーナさんを始め今まで投票で殺せと言ってきたけれど、この手で直接命を奪うのはまた違う」
 肩をすくめて左右に大きく首を振る。
「この中にいる『狼』は不愉快に思っているかもしれない。自分たちも好きで人を殺しているんではない、『連中』からたまたま『人狼』役に指名されただけなのにって」
 テーブルを見回す。
「申し訳ない。ただ最初の夜のことを思い出してくれたら僕の気持ちもわかってもらえると思う」
 テーブルに両手を付いて頭を垂れる。
「ゲーム、お遊びの『汝は人狼なりや』では昼と夜の時間ははっきり分かれるんだ。会議までは昼間、『狼』や狩人……『武士』の活動時間が夜だ。今は会議だからまだ昼、ここで終われば『村人』だ。僕を『村人』のまま死なせてくれ」
「……」
(そんなに皆黙り込まないでくれよ)
 たまらなくなる。

「それと、これは客観的な裏付けは出せないんだけれど、僕は一貫してクリスティーナさんが本物の占い師だと思ってきた」
 えっ? とラクシュミなど何人かがアビマニュを見る。
「『汝は人狼なりや』は嘘で騙すのが醍醐味のゲームです。そこで見てきたけれど結局はその人らしい嘘しか吐けないんだ。クリスティーナさんが『人狼』だとして、回りが『人狼ゲーム』を知らないのを見てとって初っ端に『占星術師』になりすまし流れを支配することは、ゲームを知っていればわりと簡単に思い付く」
 そこから嘘を吐き通すことになるが、
「クリスティーナさんは開けっぴろげで公正な、自分の不利になることでもきちんと知らせる人だった。僕と顔を合わせた最初から騙していたと仮定して言動を思い返してみても、嘘の吐き方があの人らしくないんだ。だから僕はクリスティーナさんが『占星術師』だと信じている。それなのに昨日はあの人に票を入れた。流れからして彼女が『人狼』扱いされるのはほぼ免れない、それに巻き込まれるのは嫌だと思った」
「アビマニュ。君何言っているかわかっている?」
「わかっています。これが僕の罪です」
 ラクシュミの鋭い声に暗く返す。そして、
「これはカルマではない。戻るのが早すぎる」
 
 呟いた後で。
「昨日ここでクリスティーナさんを裏切った。『狼』になったら今まで一緒にやってきた『村人』を、あの人が役に関わらず守ろうとしてきた皆をー」
 彼女のアイデア、爆弾魔が出現し変わっていく流れをという意が含まれるのをラクシュミは感じ取る。
「自分が生き延びるためだけに裏切るかもしれない。僕は自分で自分が信じられない。だからここで退場した方がいいと思う」
「……」

「あと一つ言っておかなきゃ。結局『人狼』が誰か全然思いつけなかった。で、こっちの建物に移動させられた頃から、仮の『狼』候補を押し出すことを考えた」
 当て馬を作り、反応を見て本物の『人狼』をあぶり出す。
「その偽人狼としてラジェーシュさんを利用させてもらった」
「オレは承諾してない。一方的な通告だ。……いざ疑われたらバラしてくれるというから黙っていたが」
 本人は憮然としている。
「ハプニングが多くて余り効果的には使えなかったけれど、こちらでの初日に投票したのはそういう理由です。もう明かせなくなるから白状しておきますね」
 くすりと笑う。

「それからイムラーン。悪いんだけど『風の部屋』をファルハさんではなくて僕に譲ってくれないかな」
 風の部屋のドア横に寝かせてある彼女に視線を動かしてからイムラーンに視線を向ける。
「『火』と『水』は恐いんだ。絞首なら短い間に意識を失うとわかっている。苦しいのはなるだけ短いのがいい」
「……どうぞ」
 やっと声を絞り彼は答えた。
「僕が退場すれば男がひとり減る。これからも女の人たちを守ってくれ」
「ぼくでは力不足ですっ! 誰の、誰のことも守れなくて……っっ」
 彼は声を立てて泣き出した。交替するようにウルヴァシが布巾を取ってトーシタへの英語筆記をしようとするがしゃくりあげながらも手で制止、自分の言葉を自分で布巾に書き付ける。
「今も守るべき人はたくさんいる。僕は君の姿勢を尊敬していた。これからもっとその力が必要になる。期待しているよ」
 猿の事、をしゃべるギリギリだ。クリスティーナのアイデアに乗り爆弾魔の力を得て「連中」に反旗を翻す時、女性と限らず仲間を守る人員は必要となる。アビマニュがそこまで考え話しているのをラクシュミは見て取った。
 その彼をもうすぐこの場から、今回の生から失ってしまう。
(……)
 腹と肩を振るわせて泣くイムラーンを見て、
「とうとう男まで泣かせたの。既に部屋中の女を泣かせているっていうのに、この色男!」
 軽口を叩いてみせた。空気が重すぎる。
 テーブル回りで泣いていない女性はラクシュミと、真横に唇を引いたまま動かないダルシカだけだ。アンビカは頬を押さえ、レイチェルは遠慮なく口を開き声をあげて、トーシタは拳を握って小さく震えラディカはテーブルに顔を突っ伏して肩を振るわせ、ウルヴァシは頬を伝う涙を何度も手で拭う。

「色男ですか……」
(なってみたかったな)


『チャイ飲むけど姉ちゃんも要る?』
 聞いて作ったチャイをリビングのテーブルに座ったままの姉に出す。
 両手を温めるようにカップを握り姉はチビチビと飲み始める。
 どうしていつもいつも自分とは合わない男と付き合うのだろう。そして毎度毎度破局してこのように泣く。
 中学生の頃ストレートに尋ねたら恋とはそういうもの、大人になったらわかると言われた。その後自分も好きな女の子くらい出来たがさっぱりわからない。
『アビマニュはしっかり者だからわたしが助けることなんかもうなくなっちゃったね』
(姉ちゃんが抜け過ぎているんだよ)
 心の中で文句を言った。少し年の離れた姉の言葉に一抹の寂しさも感じる。
『それでも困ったことがあったらわたしに何でも言ってね』
(オイオイ)
『アビマニュが困るくらいのことならわたしじゃとても力になれない、だけどどこからでもあなたの助けになる人を探し出して連れて来るから!』


(肝心な時に姉ちゃんそばにいないじゃないか)
 そして。
(戻れなくて、ごめん)


『二十二時半、投票の時刻になりました。今から一分間の間に今夜処刑したいと思う人の番号を入力してください』
 毎度のアナウンスが流れた。

「言っておくけど僕に投票しない奴がいたらそいつは『狼』だ」
 唇を歪めて笑う。
「『人狼』仲間の数を減らしたくないんだろうよ。『狼』でないなら僕に投票しろ、全員だ」
 言うとハンドレストから手を延ばし直ぐに自分の番号6を入力した。
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