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 弛緩した空気が流れている。

 教室内には既にグループが二つ三つ見て取れた。

 楽しそうにガヤガヤと男女関係なく会話できる上流階層。

 異性との交流は得意ではないが、同性なら気兼ねなく話せる中流階層。

 群れる事を好まず、一匹狼を貫く不思議系もしくは陰湿系の下流階層。(通称陰キャ)

 この俺、夜崎辰巳はどの階層に位置すると思う?

 答えは簡単。何故ならこれのどこにも位置していないからな!

 通称スクールカーストと呼ばれるピラミッド型の区分け。上に向かう程、人数は少なくなる。これは社会に出てからも割と自然に生まれるようだ。

 俺という異端者はピラミッドの影にあたる。つまり、何時でも全ての階層を牛耳る事が出来る存在なのだ。

 無所属の存在は自由な行動を可能にする。

 いざとなれば仮面を被り、他階層へと侵入し情報を得る。またある時は上流階級の主でさえ打ちに行く驚異的な存在と成りうる。

 反面、大きなリスクを背負っている。一度発見されれば人としての信用が完全に失われ、下流階層のさらに下に叩き落される。

 え?それより下ってあるの?と、疑問を持つだろうが、これは間違いなく存在する。

 牢獄だ。

 口も聞かれず教師からもブラックリスト扱いの深淵がな!

 毒ずくが否や、席に着くと自身の周りがいかに静かであるかがよくわかる。

 このままでは下流階層に位置しているも同然。行動を起こさなければ。

 初手は視覚情報と聴覚情報に限る。最もステルス性の高い情報収集の手段であり、会話する必要もない。

 教室前方をちらと見れば女子グループが二つほど見受けられる。そして錦織の姿も。

 へ…?錦織?

 何やら楽しそうに同年代の女子と談笑しているではないか。姿だけは恋する乙女って感じ。俺にはそんな姿、一度も見せなかったけど…。

 ひとまずこのグループの会話を牛耳ってやるとするか。一応、知り合いもいるわけだし。

「錦織さんって特別候補生なんだよね?凄いなぁ~」

「この学校の事だからもしかして何か凄い優遇とかあったりしますっ?」

「いえ…大したものはありませんよ…精々、無料券が少し貰えるくらいです…」

「え~!いいなぁ~。私達と何が違うんだろうー?」

「やっぱり、生まれながらに才能が桁違いなんだよ~錦織さんって」

 その後も、名の知れぬ女子生徒は『だよね~』とか適当な相槌を打ちながら、錦織にたかるような形で会話していた。

 うーわ。なんだよあれ。物乞い娘?

 錦織の表情を見てもどうやら無理をしているようだ。こんなの会話じゃないし、友達でもない。

 特別な存在というのは時に厄介気質を生む。

 普通とは違う能力。一つ距離を置いた別種の人類。

 では何故、同じ特別候補生である俺の周りに人が寄ってこないのか、という悲しい事実はさておき、これはポテンシャルの問題だ。

 容姿、雰囲気、言動、その他諸々がこれに該当する。

 恐らく錦織はこの項目を一定以上満たしている。容姿は見れば分かる通り美人さん。特に、言動は同年代に対しても敬語で、それは崩すことが出来ないのだろう。

 何故ならそれが彼女にとっての当たり前だから。

 現段階での情報をかき集めた勝手な妄想だが、的を得てると思う。

 この状況を打開する一番簡単な方法は、同じ存在を投入する事。つまり俺だ。

 二度も錦織に拒否されてはいるが、俺のメンタルは底なし。どこだって参戦出来る心持ちだ。

 同じ候補生としてのプライドが正義感をより一層募らせた。

 椅子を引いて、すぐさまその女子グループに視線をやる。背筋を伸ばし、眼の輪郭を辿る睫毛はより強固なものとなった。自信に満ち溢れた少年といった感じだ。

 等間隔に並べられた机を一つ二つと迷いなく通り過ぎ、前進する。

 が、女子グループの一歩手前で俺は歩を止めてしまった。

 異性の壁が立ちふさがったのである。

 たとえ、錦織という軽く親しんだ仲が居ようとも、グループという軍勢に紛れてしまえば女の子としての意識は切っても切れないもの。

 これから俺はこの花園に突入しようとしているのだ。気持ちだとか感情を押し殺してここまで来たというのに、今更、迷いが生じる未熟な男だと思う。

 メンタル底なしじゃなかったのかよと体に言い聞かせるも、冷や汗をかきながら硬直する俺につける薬はなかった。

 人生に壁は付き物というが、それが今である事を実感する。

 思えば、閉塞的な少女に遭遇した時も、よくもまあ軽々しく話しかけられたものだ。自らがその能力に欠けているというのに。

 今回も状況の転換に頼るほかなさそうだ。考え方を変え、気持ちをリセットする。

 動物的反応で大きく鼓動する心臓を浅い呼吸と共に宥め、喉奥でわだかまる不安を飲み下す。

 勇気ある一歩を踏み出し、仮面を被る。おかしな奴だと悟られないように。

 甘ったるいフローラルの香りが取り巻く空間に足を踏み入れた。

 声を掛けようとした時、錦織は俺の存在に気づいたようだったが、知り合いのような振る舞いはせず、あくまでクラスの一男子として見ていた。

「あ、済みませんっ。僕もこの会話に参加していいですかね?」

 そう言って視線を自然に錦織へと向けた。

 錦織は『何?また貴方?』というような冷たい眼差しを返してきたが、そこは流石の才女。

 どうやらアイコンタクトのみで意思が伝わったらしく、俺が取り巻きに関わりだしたのを見計らって輪を後にした。
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