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♢ ♢ ♢
俺はてっきり教室で話をするものばかり思っていたが違った。どうやら下見も兼ねてこのビルの上層階にある店で話がしたいらしい。
錦織は「同じ候補生の変わった子」という認識しかしていないが一応は女子である。一応。だから、店一つ入るにもむず痒くなってしまう。
まだお互いの事をよく知らないのでカフェなどの軽い雰囲気の場所がよかろうと首を巡らしていたのだが…、
「どこもかしこもあり得ない値段だなこれ…」
冗談まじりに俺は不満をあらわにした。
綾崎先生の言った通りじゃん…。だってここのパンケーキ一つとっても二千円越えだぜ?その上、トッピングのフルーツが薄っぺらいと見た。割に合わねぇ…。
「そうですか?割と妥当な値段だと思いますが」
後ろを歩く錦織はさぞ当たり前のように言う。
「これが妥当なわけないだろ。材料費考えても精々、五百円そこらだ」
「ここでそんな事を吠えていても、仕方ありません。それに私達には無料券があるじゃないですか。金額を気にする必要はありません」
錦織はスクールバックから例のチケットを取り出してみせる。
思えばそうだった。俺達にはこのスペシャルチケットがある。敵なしだ。
習って俺も機嫌よく財布を取り出し、中身をごそごそと探していると…あれ…?無くない?綾崎先生と別れた際、きちんと一枚ずつ手渡されたのは覚えているが。
やっべー。部屋に置き忘れたかも。
「どうしたんですか?」
挙動不審な動きをしていたからか、錦織が疑いの念を抱いていた。まあ、別に彼女が一枚持っているわけだし大丈夫か。
「なんでもない」
何事もなかったかのように普通の振る舞いをしてみせた。錦織も「そうですか」と気にしている様子もない。
あぶねー。別に危なげなくなる必要もないんだが、ちょっと怖いし…多少は…ね。
その後、会話という会話は起きず、かれこれ数十分が経過した。
そして、悩んだ末に辿り着いた店は何かというと…、
青いベースカラーに円になぞるように配置されたポップ体の文字。中央には滝をイメージさせるロゴがあしらわれている。
スターマウンテンコーヒー。アメリカ開拓時代に聳えていた滝に、星が落ちた伝説になぞって命名されたらしい。真実は定かじゃないが。
学生が適当にスタマだかステマなんて聞こえの悪い略称を付けるほどポピュラーなカフェといえるものだ。
店内に入ると、人は殆ど見受けられなかった。この商業区はいわば一般向け施設であり、客は学生に限らずオフィスワーカーや主婦まで幅広い層が訪れる。
もう少し人が居てもいい気がするのだが、ビルの高層階に加えて奥まった場所にあるから仕方のない事だろう。
「さて、何を注文するか…」
店頭から漂う珈琲の芳醇な香りや、シュガーの甘い香り。錦織もどこか安らいだ表情でレジ上部に取り付けられたメニューを黙読していた。
手早く飲み物を購入し、席に腰を下ろした。気づけば注文レジに向かって長い行列が出来ていた。その光景に思わず安堵の声が漏れる。
「タッチの差でスムーズに入店出来たか」
「そうですね。正直、店前でこんな事になっていたら引き返したと思います」
俺も錦織と同意見。こんな行列を見たら並ぶ気すら失せる。
ダークオーク調の四角いテーブルには自分側にカプチーノ。彼女サイドにはブラックコーヒーが置かれている。
錦織はブラックか。飲み物一つ垣間見ても、性格が滲み出ているような気がする。
彼女は人の目など気にしないのだろうか。出会って一ヶ月足らずの今日。これでもクラス一美人な女子生徒なのである。もしも、同じクラスの連中に一緒にいる光景を目撃されたらなんと思われるだろうか。
「なぁ…錦織さん。ふと思ったんだけど、なんで俺達二人してカフェに来てんだ?」
「話があると言い寄ったのは私ですし、同じ特別候補生という類いで夜崎くんを呼んだだけの事です。何か他に理由がありますか?ないですよね?」
険悪にも似たその言いぐさ。この子…ほんといい性格してる。
「入学からもうすぐ一ヶ月が経とうとしているんです。同等の立場として意見交換をすることが必要かと思いまして」
「そういう事か…」
候補生という肩書が付けられて早一ヶ月。入学式以外は別にこれといって変わった事も無かった。率直に話すしかなかろう。
「正直言って…何もないな」
「…同じく。でも…一つ分かった事があります」
錦織は少し言い黙るような形で視線を逸らしたかと思うと、すぐさま会話を続ける。
「私達は異端者という事です」
俺はてっきり教室で話をするものばかり思っていたが違った。どうやら下見も兼ねてこのビルの上層階にある店で話がしたいらしい。
錦織は「同じ候補生の変わった子」という認識しかしていないが一応は女子である。一応。だから、店一つ入るにもむず痒くなってしまう。
まだお互いの事をよく知らないのでカフェなどの軽い雰囲気の場所がよかろうと首を巡らしていたのだが…、
「どこもかしこもあり得ない値段だなこれ…」
冗談まじりに俺は不満をあらわにした。
綾崎先生の言った通りじゃん…。だってここのパンケーキ一つとっても二千円越えだぜ?その上、トッピングのフルーツが薄っぺらいと見た。割に合わねぇ…。
「そうですか?割と妥当な値段だと思いますが」
後ろを歩く錦織はさぞ当たり前のように言う。
「これが妥当なわけないだろ。材料費考えても精々、五百円そこらだ」
「ここでそんな事を吠えていても、仕方ありません。それに私達には無料券があるじゃないですか。金額を気にする必要はありません」
錦織はスクールバックから例のチケットを取り出してみせる。
思えばそうだった。俺達にはこのスペシャルチケットがある。敵なしだ。
習って俺も機嫌よく財布を取り出し、中身をごそごそと探していると…あれ…?無くない?綾崎先生と別れた際、きちんと一枚ずつ手渡されたのは覚えているが。
やっべー。部屋に置き忘れたかも。
「どうしたんですか?」
挙動不審な動きをしていたからか、錦織が疑いの念を抱いていた。まあ、別に彼女が一枚持っているわけだし大丈夫か。
「なんでもない」
何事もなかったかのように普通の振る舞いをしてみせた。錦織も「そうですか」と気にしている様子もない。
あぶねー。別に危なげなくなる必要もないんだが、ちょっと怖いし…多少は…ね。
その後、会話という会話は起きず、かれこれ数十分が経過した。
そして、悩んだ末に辿り着いた店は何かというと…、
青いベースカラーに円になぞるように配置されたポップ体の文字。中央には滝をイメージさせるロゴがあしらわれている。
スターマウンテンコーヒー。アメリカ開拓時代に聳えていた滝に、星が落ちた伝説になぞって命名されたらしい。真実は定かじゃないが。
学生が適当にスタマだかステマなんて聞こえの悪い略称を付けるほどポピュラーなカフェといえるものだ。
店内に入ると、人は殆ど見受けられなかった。この商業区はいわば一般向け施設であり、客は学生に限らずオフィスワーカーや主婦まで幅広い層が訪れる。
もう少し人が居てもいい気がするのだが、ビルの高層階に加えて奥まった場所にあるから仕方のない事だろう。
「さて、何を注文するか…」
店頭から漂う珈琲の芳醇な香りや、シュガーの甘い香り。錦織もどこか安らいだ表情でレジ上部に取り付けられたメニューを黙読していた。
手早く飲み物を購入し、席に腰を下ろした。気づけば注文レジに向かって長い行列が出来ていた。その光景に思わず安堵の声が漏れる。
「タッチの差でスムーズに入店出来たか」
「そうですね。正直、店前でこんな事になっていたら引き返したと思います」
俺も錦織と同意見。こんな行列を見たら並ぶ気すら失せる。
ダークオーク調の四角いテーブルには自分側にカプチーノ。彼女サイドにはブラックコーヒーが置かれている。
錦織はブラックか。飲み物一つ垣間見ても、性格が滲み出ているような気がする。
彼女は人の目など気にしないのだろうか。出会って一ヶ月足らずの今日。これでもクラス一美人な女子生徒なのである。もしも、同じクラスの連中に一緒にいる光景を目撃されたらなんと思われるだろうか。
「なぁ…錦織さん。ふと思ったんだけど、なんで俺達二人してカフェに来てんだ?」
「話があると言い寄ったのは私ですし、同じ特別候補生という類いで夜崎くんを呼んだだけの事です。何か他に理由がありますか?ないですよね?」
険悪にも似たその言いぐさ。この子…ほんといい性格してる。
「入学からもうすぐ一ヶ月が経とうとしているんです。同等の立場として意見交換をすることが必要かと思いまして」
「そういう事か…」
候補生という肩書が付けられて早一ヶ月。入学式以外は別にこれといって変わった事も無かった。率直に話すしかなかろう。
「正直言って…何もないな」
「…同じく。でも…一つ分かった事があります」
錦織は少し言い黙るような形で視線を逸らしたかと思うと、すぐさま会話を続ける。
「私達は異端者という事です」
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