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 俺は目を開けているのだろうか。
 あの魔力暴走の後、俺は闇の中で目を覚ました。
 真っ暗な空間の中で俺が感じるのは自分の意識だけ。身体を動かしてみてもその感覚は全くない。
「ああああぁぁぁー!!」
 叫んだつもりだがそれが本当に発声されたとは到底思えなかった。

 何度か叫んだふりをした頃、さっきまでの黒い世界にぽぅと光が現れた。それは徐々に大きくなりやがて白い人影となる。完全に凹凸の存在しない「人」になった時、辺りにデカい声が響き渡った。
「ちょっとちょっと、君何してんの? 良い事しないと知らないよって言ったよね?」
「お前…… 神か?」
「ぴんぽーんぴんぽーん! 神サマですぞー」
 こちらの心情を理解しようとしないその無遠慮さがやたらとイラつく。
「で、その神が俺に何の用だよ。 ……ああ、普通より何倍もキツい地獄とやらに連れていくのか?」
 俺の質問に、呆れたように人影が肩をすくめる。顔も何もないただの形でしかないくせに、やたらと感情が伝わってくる。
「いやまぁそれもそうなんだけどさぁ。こっちとしても折角チャンスを上げたのに、結局前世と同じ事を繰り返されたとあっちゃプライドが結構アレなのよ」
「プライドって……」
「そうそうプライドよ。それにさぁ…… 本当にこれでいいの?」
 無いはずの視線が俺を突き刺したように感じた。
「仕方ないだろ。ほんの少しだけ思い出したんだよ。前世の記憶ってやつ。多分俺は前も同じように裏切られたんだ」
 ぼやけた記憶で心が痛む。
「そうだね君は確かに前世で裏切られた。はっきりとは思い出せていないようだけど、愛する人に裏切られたんだよ」
 ああ、そうだ。心許した女に裏切られた。そこから俺の人生は変わったんだ。
「前世でも裏切られて、今回の人生でもまた裏切られるなんてな…… ハハッ、笑えるじゃないか」
「そこだよそこ。今回は一体いつ裏切られたのさ?」
 人影がコミカルな動きで俺の視界を右往左往している。
「はぁ? お前も見てたんだろ? 助けようとした俺に、ゆっこは怯えてた。怯えきった目で俺に化け物って言ったんだ。それが前世の記憶と重なって俺は……」
 胸が痛む。
「いやいやいや、そりゃ言うでしょ」
 え?
「だってさ、目の前であり得ない現象が起きてるんだよ? 目の前で好きな…… じゃなくてクラスメイトが黒い炎のドラゴンに変わるなんて、事実は小説より奇なりとか言う言葉で納得できるレベルじゃないよ?」
「そ、それでも…… いや、俺は間違ってなかった…… そうだろ?」
 自己肯定の自信の無さが言葉に現れる。
「しかもそのドラゴンは、彼女が何度話しかけても返事すらしない。そのうえドラゴンがまき散らす炎は自分に近づいてくる…… いやいや、やりすぎ。え、君ってバカなの? それくらいの想像力すらないの?」
 やばい、ぐうの音も出ない。
「じゃ、じゃぁどうすれば良かったんだよ……」
 ぎりぎり絞り出した言葉は、最後の方は聞き取れないほど小さな声だった。
「えー、知らないよそんな事ー。でもカッコ悪い事この上ないよね、勝手な思い込みで二回も世界を滅ぼすなんてさ。笑い話として別の世界で流行らせようかな」
 容赦ない罵りに返す言葉は一つも浮かばない。というか存在しない。なぜなら俺自身がすでに自分の至らなさを自覚してしまっていたからだ。
「俺のせい…… だな。 ……うん、間違いない俺のせいだ」
 認めてしまえば罪悪感と後悔が一気に襲ってくる。
「その素直さはいいね。まだ余地がある」
 口も何もない人影の表情が、なんとなく笑った気がした。
「やり直したい?」
 その提案は全く持って予想していなかった。
「え?」
「だからさぁ、やり直させてあげよっかって言ってんの」
「許される…… のか?」
 暗い世界に一筋の光が差し込んだような気がした。
「まぁ今回くらいはね。そもそも君が魔力暴走したのは僕のせいだしね」
「はい?」
 神はぴょんぴょん跳ねたり逆立ちしたりと、やたら楽しそうに動き回っている。
「いや、転生させる時急いでたじゃん? そのせいでふわふわーと魔力封印しちゃってさ。結果封印が解けちゃったんだよね」
 一瞬お前のせいじゃねぇかと言いそうになったが、それでもやはり俺がゆっこを守れなかった事には違いない。頭を左右に振りながら俺は心を落ち着ける。
「しかも笑えるのがさ、あの時魔力暴走してなかったら、暴れた彼女の足が男の顎にクリティカルヒットして、あの蛇っぽい男は気絶してたって言うんだからさ。これってもうギャグ漫画だよね」
 あ、これはアレだ。俺がキレても大丈夫なヤツだ。俺は目一杯空気…… の様なものを吸いこんだ。
「全部丸っとお前のせいじゃねぇかぁぁ!」
 黒い世界に初めて俺の声が響いた。それはもう盛大に。
「あれ、怒った? ごめんごめん」
 全く悪びれていないのが手に取るようにわかる。
「でもさ、君がどういう人間だったかは関係ないよね。きっと別の状況でも君は相手の心情を考えずに勝手に決めつけていたんじゃないのかな?」
 急にシリアスな声色で神が言い放った言葉は、俺の心にズンとのしかかった。確かにそうかもしれない。いや、きっとそうだろう。
「というわけでさ、今回は特別に時間の巻き戻しってやつをしてあげるよ」
 俺は暫く考えた。自分の犯した過ちを認めるのはもう終わっている。この時間は巻き戻って何が出来るかを考えていた。
「……わかった。頼む」
「おっけー! じゃぁ早速戻しちゃうね」
 そう言うや否や人影が光を放ち始める。俺はずっと頭に残った言葉を反芻していた。
『きっと別の状況でも君は相手の心情を考えずに勝手に決めつけていたんじゃないのかな?』
 繰り返される自問自答に、俺はもう間違えないと何度も何度も答え続けた。

「あ、そうそう。魔法なんだけどさ。巻き戻ったら使えるからね」
「え?」
「今回は転生させるわけじゃないから封印できないのさ」
「いやいやいや、もともと俺の願いを叶えるって名目で転生させたんじゃなかったっけ?」
「仕方ないじゃん。だからさ、元々放置してても助かる彼女だけど、あえて魔法を使って颯爽と助けてあげなよ。ね、魔法使いさん」
 そこまで言うと人影を包む光は目を瞑っていても意味がない程に輝きを増し、俺の視界のすべてを飲み込んだ――。

     *

 届かないと分かって居ながら伸ばした手が熱を持ち、指先からチリチリと音が鳴る。
 俺はそれが何なのか知っていた。魔力が暴走する感覚。
「ここに戻るのか」
 頭の中で魔法を構築する。暴れようとする魔力を抑え一欠けらの魔力を背中から吐き出す。それはただの圧力となって自分を制圧する二人のチンピラを吹き飛ばした。
「ぎゃっ」「ぐへっ」
 テンションの上がった蛙の鳴き声の様な悲鳴を上げて、二人は壁に打ち付けられた。
 背後で起きた異変を感じて蛇男が振り返る。
「お、お前一体何を……」
 男の質問に答えず、俺はゆっくりと立ちあがった。怒りや憎しみの感情はゼロではない。ゼロではないが、今の俺の心と思考は、ゆっこを助けるという事に集中しようとしていた。


「ゆっこ、恐い思いさせて悪かったな。今から助けてやるから心配すんな」
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