昔の恋を忘れましょう

ひなた翠

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エピソード3 凛

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―陽葵side-
「理沙、次回のクライアントとの打ち合わせは頼んだ」
「え?」
 分厚いファイルを3冊ほど持って、歩いていた理沙が驚きの声をあげた。

 パンツスーツの理沙が、ファイルを置くと、長い髪をかき上げた。

 僕はホワイトボードに書いてあるスケジュールを変更した。

「あー、やっちゃった感じ? めっちゃ美人さんだったもんね。陽葵もうっかり、みたいな?」
 萌香がニヤッと笑う。

「違う」
 違わない……が、萌香に言われるのは嫌だ。

「クライアントには手を出さないのがルールの社長が?」
「どいつもこいつも」
 僕はため息をつく。

 なんで僕は、遊び人のような扱いを受けなきゃいけないんだ。
 眼鏡を押し上げると、「同級生なんだ。やりづらい」と答えた。

「え? 同級生だとセックスしずらいの?」と萌香がきょとんとした目をした。
「そっちじゃない! 仕事がしずらいっていう意味だ」
「社長でもそういうのがあるんですね。超がつくくらいの冷静沈着で、分析能力には長けているのに。同級生相手にはそれが発揮できないなんて」

 理沙がクスッと笑った。

 ただの同級生じゃないから。
 冷静になんてなれない。

「わかりました。打ち合わせ、私がいきます。特別手当、期待してます」
 理沙がウィンクした。
「考えておく」と僕は返事をした。




『ああ……顔だけだね』
 あの言葉を聞いていたんだ。
 だから理由も言わずに別れると一点張りして、僕を睨んでいたんだ。納得した。

 成績も悪いし。勉強を教えても全然、結果として残せない。
 性格も、良いとは言えない。誰かと張り合っては、自分が『上』だと認められようとしてた。

 まわりからはあまり理解されない女子だった。

『そこが可愛いんだ。僕は好きだよ』
って、答えたのはきっと聞いてないんだろうな。

 顔だけじゃない部分を、僕は知っている。僕だけが知っている。それでいいじゃないか。

……って思っていたけれど。
 凛からしたら、嫌だったのかもしれない。

「陽葵が遠い目をしてる。おっさんくさーい」
 萌香が僕の顔を覗き込んで、ケラケラと笑い出した。

「萌香、仕事しろ、しごと!」
「終わってるよ? 萌香、こう見えても仕事はできる」

 自信満々に萌香が腰に手をあてる。

「当たり前だ! ここは仕事ができるヤツしか雇わない」
「……ていうか。社長の割り振りが上手いんだよね。その人の得意なことに担当をあてるから。みんな、楽しく仕事ができてる」

 理沙が長い足を組んで、デスクに肘をついた。
 ヒールの高い黒い靴がちらりと見える。色っぽく見せる小技は、理沙の十八番だ。

 前の会社ではセクハラや嫉妬で、嫌な思いをしてきたらしい。

「萌香、お茶出しは好きじゃないけど?」と萌香が首を傾げた。
「あんたは新人だから。それに社長の特別なんでしょ?」
 理沙がニヤリと口を緩めた。

「とくべつ。そうなんだよぉ」と萌香の顔が緩みまくった。

「ただの知り合いの妹だ。学校も行かず、就職もせず、家に引きこもってるっていうから雇っただけ」
「ね? 特別なの」
 萌香が恥ずかしそうに身をよじった。

 どこがだよ!
 僕は額に手をあてると、息を噴射した。

―陽葵side 終わり―

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