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エピソード3 凛
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「安心して。私たちの関係はとっくに終わってるから」とランチセットを私の前に置きながら、佳乃さんが小さい声で耳打ちした。
陽葵は店内に入るなり、葵ちゃんに捕まって私とは別のテーブルに座って話し込んでいた。
「え?」と私が聞き返すと、佳乃さんがにっこりと笑う。
「すんごい怖い顔で陽葵を睨んでたでしょ? てっきり私たちの関係を誤解して、睨んだのかと」
「ああ……。違います。軽い男なんだって軽蔑しただけです」
「軽くないわ。真面目よ。昔の恋人が忘れられないみたい」
佳乃さんが私の前に座ると、頬杖をついて子どもと遊ぶ陽葵の背中を愛おしそうに見つめた。
「昔の恋人?」
「詳しいことは知らないの。聞いても教えてくれないから。ただ忘れられない人がいるみたい。突然、別れを突きつけられたって」
突然、別れを……。もしかして、私の……こと?
……なわけないか。
都合よすぎ。
別れたくないなら、そう言えばいいんだから。
『顔だけ』な女と付き合いを続けたいなんて思うはずがない。
「あいつ見ていると苛々する。苛々しかない」
「私は感謝してる。陽葵がいなければ、今の私はいないから。食堂のおばちゃんで終わる人生を、変えてくれたのが陽葵。『あんた、もっと上を目指していい』って。くすぶってる私の背中を押してくれたの。感謝しかないなあ」
愛情に満ちた目で陽葵を見る佳乃さんが目を細めた。
私は背を向けて座っている陽葵を睨んでから、佳乃さんの作ったランチを食べ始めた。
どこがどう繋がって、感謝につながるわけ?
子どもがいるのに、結婚もしないヤツなのに。仕事場のチャラい女と付き合うような男を。
「佳乃の料理はどうだった?」
「美味しかった」
「だろ」と帰り道の車の中で、嬉しそうに陽葵が笑う。
「蓮が言ってた。今回のパーティの成果によっては次回も継続するって」
「それはありがたい……が、凛にとったら最悪だな」
陽葵がクスッと鼻で笑った。
「別に。蓮が喜ぶなら、それでいい」
陽葵がちらっと私を見てから、口を緩めた。
「な、なによ。何か言いたいことがあるわけ?」
「無理してるから」
「無理してない!」
「『顔だけ』なのに? 愛されてないってわかっているのに。無理してないと?」
陽葵が歩道に車を寄せて停車した。
どうやら、私が降りる場所についたみたい。
蓮のマンションの前。
日中はここにいる。
蓮が帰ってきて、「もういい」と言われるまで。
「『顔だけの女』そう言ったのは、誰だったかなあ? 心配している女のクラスメートたちを目の前にして」
「聞いてたんだ」と陽葵があっさりと答えた。
焦るわけでもなく。動揺することなく。
「どうせ私は『顔だけの女』ですから。それだけなら、顔を武器にして誰もが羨むような生活を手にして何が悪いの?」
「悪くないんじゃない。その生活に心から満足してるなら」
「満足してないように見える?」
「見える。『愛して』と全身で訴えてる。見てて、それがわかるから、苛々する」
「はあ?」と私は眉に力をいれた。
苛々する?
苛々しているのは私のほうだから!
「やっぱ、少しドライブしよう」と陽葵が車を発進させた。
陽葵は店内に入るなり、葵ちゃんに捕まって私とは別のテーブルに座って話し込んでいた。
「え?」と私が聞き返すと、佳乃さんがにっこりと笑う。
「すんごい怖い顔で陽葵を睨んでたでしょ? てっきり私たちの関係を誤解して、睨んだのかと」
「ああ……。違います。軽い男なんだって軽蔑しただけです」
「軽くないわ。真面目よ。昔の恋人が忘れられないみたい」
佳乃さんが私の前に座ると、頬杖をついて子どもと遊ぶ陽葵の背中を愛おしそうに見つめた。
「昔の恋人?」
「詳しいことは知らないの。聞いても教えてくれないから。ただ忘れられない人がいるみたい。突然、別れを突きつけられたって」
突然、別れを……。もしかして、私の……こと?
……なわけないか。
都合よすぎ。
別れたくないなら、そう言えばいいんだから。
『顔だけ』な女と付き合いを続けたいなんて思うはずがない。
「あいつ見ていると苛々する。苛々しかない」
「私は感謝してる。陽葵がいなければ、今の私はいないから。食堂のおばちゃんで終わる人生を、変えてくれたのが陽葵。『あんた、もっと上を目指していい』って。くすぶってる私の背中を押してくれたの。感謝しかないなあ」
愛情に満ちた目で陽葵を見る佳乃さんが目を細めた。
私は背を向けて座っている陽葵を睨んでから、佳乃さんの作ったランチを食べ始めた。
どこがどう繋がって、感謝につながるわけ?
子どもがいるのに、結婚もしないヤツなのに。仕事場のチャラい女と付き合うような男を。
「佳乃の料理はどうだった?」
「美味しかった」
「だろ」と帰り道の車の中で、嬉しそうに陽葵が笑う。
「蓮が言ってた。今回のパーティの成果によっては次回も継続するって」
「それはありがたい……が、凛にとったら最悪だな」
陽葵がクスッと鼻で笑った。
「別に。蓮が喜ぶなら、それでいい」
陽葵がちらっと私を見てから、口を緩めた。
「な、なによ。何か言いたいことがあるわけ?」
「無理してるから」
「無理してない!」
「『顔だけ』なのに? 愛されてないってわかっているのに。無理してないと?」
陽葵が歩道に車を寄せて停車した。
どうやら、私が降りる場所についたみたい。
蓮のマンションの前。
日中はここにいる。
蓮が帰ってきて、「もういい」と言われるまで。
「『顔だけの女』そう言ったのは、誰だったかなあ? 心配している女のクラスメートたちを目の前にして」
「聞いてたんだ」と陽葵があっさりと答えた。
焦るわけでもなく。動揺することなく。
「どうせ私は『顔だけの女』ですから。それだけなら、顔を武器にして誰もが羨むような生活を手にして何が悪いの?」
「悪くないんじゃない。その生活に心から満足してるなら」
「満足してないように見える?」
「見える。『愛して』と全身で訴えてる。見てて、それがわかるから、苛々する」
「はあ?」と私は眉に力をいれた。
苛々する?
苛々しているのは私のほうだから!
「やっぱ、少しドライブしよう」と陽葵が車を発進させた。
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