昔の恋を忘れましょう

ひなた翠

文字の大きさ
上 下
17 / 31
エピソード3 凛

1

しおりを挟む
『陽葵(ひなた)くんの彼女って、あの柏木 凛なんでしょ? 大丈夫?』
『大丈夫って?』
『顔だけじゃん。性格悪いし、成績も良くないって』
『ああ……顔だけだね』

 高校3年の秋に、彼氏である冬城 陽葵と友人の女子が話しているところを立ち聞きした。

『顔だけ』
 私は顔だけ?

 1年半付き合っていて、顔だけって。ひどい。

 立ち聞きのあと、私はすぐに陽葵と別れた。「わかった」とあっさりと受け入れる陽葵に頭にきたのを私は覚えている。

 忘れない。
 同窓会のときに、絶対に見返してやる人生にしておくんだから。






「凛、新しいイベントプランナーだ。名前……なんだっけ?」
 婚約者の喜見堂 蓮が私の腰に手をまわして、目の前にいるグレーのスーツを着ている男を紹介してきた。

 蓮は取引先の重要になりそうな人しか基本、覚えようとしない。
 蓮が覚えないってことは、大したことないってことだ。

「冬城です」とすらっとした手で、名刺を出してきた。
 淵のない眼鏡の下には、きりっとしたキレながの目が光っている。

 私は名刺を受け取った。

 もらわなくても知ってる。
 高校のときの元カレ 冬城 陽葵だ。

 学年一番の成績で、スポーツもほどほどにできる男だった。
 部活は剣道部で、いまもその名残がある。
 ぴんとキレイに伸びた背筋が、ソレだ。

 私は陽葵に「顔だけ女」と言われたんだ。
 忘れるはずがない。

「冬城……さんだっけ? 今後のパーティーに関しては全て婚約者の凛に任せてる。打ち合わせは彼女としてくれ」
「かしこまりました」と重低音の声が響く。

「凛、俺は仕事に戻るから。あとはよろしく」と蓮が私の頬にキスをしてから、マンションを出ていった。

 居間に二人きりになる。

 イベント会社を変える、とは蓮から聞いていたけど、次の会社に陽葵がいるなんて。
 ま、私が勝ち組だって見せつけられるんだから、神様の計らいなんだ。

「顔だけなのは今もなんだな」と、陽葵が眼鏡を押し上げながら放った。
「は? ちょっと……失礼じゃない」
「失礼? 現実を言っただけだ。先日のパーティを見させてもらった。華やかなのは表向きだけ。ただあの社長が女にチヤホヤされるだけのためのパーティだ」
 まったくもって陽葵の言う通りだけど。
 蓮のためのパーティ。

 女に囲まれ、コネのある会社を呼んで、人脈をつなげるだけ。

「担当を代えてもらうわ。蓮を悪く言う人に、パーティは任せられない」と、私はもらった名刺に目を落とした。

 名刺には『代表取締役 冬城 陽葵』と書いてあった。

「社長!? 陽葵が?」
 意外な役職に私は声をあげて驚いた。

 嘘。陽葵が。
 そんな器のある男なんかじゃない。

 私を『顔だけ女』ってバカにするような男なのに。

「残念。担当は代えられない」という陽葵の言葉に私はキッと睨み付けた。

 陽葵はフッと口元を緩めると、応接セットのソファに腰をおろした。
 黒い鞄の中に入っているタブレット出すと、パーティの詳しい話に入った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛とは。恋とは。

ひなた翠
BL
恋人がいるヤツを奪うのが楽しかった。 女装して、オヤジたちからお小遣いを貰うのが楽しかった。 誰かを騙して、悔しい顔を見るのが幸福だった――はずなのに。 日々のイライラもむしゃくしゃした気持ちも……誰かかから何かを奪えたすっきりしてたのに。 寂しさ、イライラ、嫉妬、ヤキモチ……すべての感情を総動員しても足りない相手に出会ってしまった。 醜い自分になりたくなのに……醜い自分をさらけ出してしまうのはなぜ? 抱きしめてほしくない……のに、抱きしめてほしい。 ーーずるいよ、先生。 ツイッターのフォロワーさんと語っている間に生まれた作品です。

復讐と恋心

ひなた翠
恋愛
幕末、文久三年(一八六三年)京の都。 新選組 芹沢鴨によって家を燃やされた桔梗。 守ってくれたのは同じく新選組 近藤勇だった……。 家族を失い、家を失い……舞妓になった桔梗がとったのは。 恋? 復讐? 

黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~

ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。 転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。 朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。 生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。 どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。 忙しい大人の甘いオフィスラブ。 フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。

キミの足が魅惑的だから

ひなた翠
恋愛
結婚を諦めた35歳 茂木さくら 男性社員にも女性扱いされず……重い荷物を持って保管庫へ 手が使えないから足で……とドアを蹴った先にいたのは なんと!! 社長の次男坊 朝比奈翔太営業課長だった!? しかもなぜか その赤いヒールで踏まれたい、なんて変態発言をされた上に 『結婚して』とプロポーズまでーー。

それでもそばにいたい

ひなた翠
BL
兄さんのようにはならない。 弟のように生きたい。 アルファの兄弟が運命の番を見つけて、人生が大きく狂いだす……。 弟・陽真(はるま)は……兄に片想いを寄せるオメガを愛してしまった。 兄・冬馬(とうま)は……優秀な子を産むオメガを探し、マッチングしたオメガが不妊体質だった……。 ただそばにいたい。 なにがあろうとも それでもそばにいたい――。

処理中です...