16 / 38
一線を越える夜
16
しおりを挟む
ジャラと金属がぶつかりあう音と一緒に、「伊坂?」という驚きの声がして僕は顔をあげた。
英先生が眉間に皺を寄せると、「小暮先生か」と呆れた声で呟いた。
「ごめんなさい。行く場所がなくて、先生の家に来ちゃいました」
先生が僕の隣に立つと、玄関のドアに鍵を差し込んだ。
「学校でしか甘えられないってわかってるけど。殴られて腫れた顔で、友達に家に行けないし。ダチにこの顔を見せたら、絶対にいろいろと追及されるし。小暮に殴られた……なんて、言えない」
英先生が、ポンポンと僕の肩を優しく叩いた。
「ほんとにごめんなさい」
「親に連絡は?」
「ダチんちに泊るってメールだけしておきました」
先生がドアを開けると、玄関の中に入る。
僕はゆっくりと閉まっていくドアを見つめた。
先生から許可の言葉を貰ってない。先生の家にあがっていいものなのか。僕はわからなかった。
パタンとドアが閉まると、先生の姿が家の中に消えた。
僕はぎゅっと鞄のストラップを掴むと、ガチャとドアが再度、開いた。
「何してる。入れ」
「いいんですか?」
「ここまで押し掛けておいて、今さら遠慮するな」
英先生がふっと笑って、玄関をさらに大きく開けてくれた。
僕は一歩二歩とゆっくりと足を踏み出して、先生の玄関をくぐり抜けた。
一度だけ来たことのある先生のアパート。前回、来たときと同じように、小ざっぱりとしていた。
男所帯とは思えないほど、きちんと部屋は片付けられている。
英先生が、冷蔵庫を開けるとガラガラと氷がぶつかりあう音が聞こえてきた。
「腫れてる箇所を冷やすだろ?」
「あ……はい」と僕は返事をしながら、革靴を脱いだ。
紺色の靴下で、先生の部屋にあがる。ひやっと床が冷たくて気持ち良かった。
「夕食なんだが、一人分しか用意してないんだ。何か食べたいものはあるか? 宅配サービスに頼むから」
濡れたタオルに氷を挟んでいる英先生が、僕に背中を向けて話をしている。
僕は玄関のところに鞄を置くと、そろそろと部屋の中心部へと進んだ。
食べ物のことを考えると、吐き気がこみあげてくる。
小暮の感触がまだ残っている。口の中に食べ物を入れる気にはなれない。
「僕のことはお構いなく。一晩、ここに泊めてもらったら……出て行きますから」
英先生が手を止めると、冷蔵庫の扉を閉めた。
僕のほうに身体を向けると、ジッと顔を見つめてくる。
「出て行ってどうする? 行く場所が無いから、ここに来たのだろ? 家に帰れるのか?」
「家に帰る気は……ない、ですけど」
小暮の顔なんて見たくない。あいつを見たら、殺したくなる。
「じゃあ、友人の家を転々とするのか? 殴られて腫れた顔じゃあ、友達の家にも行けないって言っていたのに」
「まあ、そうだけど。だからって先生のアパートに居座るわけにいかないし」
英先生が、氷を包んだタオルを僕に差し出した。僕はそれを受け取ると、殴られて熱をもった頬にそっとあてた。
迷惑はかけられない……と思っているのに、先生にばかり迷惑をかけている気がする。
僕はどうしたらいいんだろうか。
「問題が解決するまでなら、ここに寝泊まりしていい。ただ長期滞在は困る」
「……ええ。わかってます。問題解決、できるかな?」
僕は今できる精一杯の笑顔を先生に見せると、くるっと背を向けた。
涙がじわっと溢れてくる。
「伊坂?」
「何でもないです。ちょっと、くしゃみが出そうになったから……」
僕は垂れてきた鼻水をすすると、上を向いた。
涙がこぼれないようにしつつ、一秒でも濡れた目頭が早く乾燥するように祈った。
英先生が眉間に皺を寄せると、「小暮先生か」と呆れた声で呟いた。
「ごめんなさい。行く場所がなくて、先生の家に来ちゃいました」
先生が僕の隣に立つと、玄関のドアに鍵を差し込んだ。
「学校でしか甘えられないってわかってるけど。殴られて腫れた顔で、友達に家に行けないし。ダチにこの顔を見せたら、絶対にいろいろと追及されるし。小暮に殴られた……なんて、言えない」
英先生が、ポンポンと僕の肩を優しく叩いた。
「ほんとにごめんなさい」
「親に連絡は?」
「ダチんちに泊るってメールだけしておきました」
先生がドアを開けると、玄関の中に入る。
僕はゆっくりと閉まっていくドアを見つめた。
先生から許可の言葉を貰ってない。先生の家にあがっていいものなのか。僕はわからなかった。
パタンとドアが閉まると、先生の姿が家の中に消えた。
僕はぎゅっと鞄のストラップを掴むと、ガチャとドアが再度、開いた。
「何してる。入れ」
「いいんですか?」
「ここまで押し掛けておいて、今さら遠慮するな」
英先生がふっと笑って、玄関をさらに大きく開けてくれた。
僕は一歩二歩とゆっくりと足を踏み出して、先生の玄関をくぐり抜けた。
一度だけ来たことのある先生のアパート。前回、来たときと同じように、小ざっぱりとしていた。
男所帯とは思えないほど、きちんと部屋は片付けられている。
英先生が、冷蔵庫を開けるとガラガラと氷がぶつかりあう音が聞こえてきた。
「腫れてる箇所を冷やすだろ?」
「あ……はい」と僕は返事をしながら、革靴を脱いだ。
紺色の靴下で、先生の部屋にあがる。ひやっと床が冷たくて気持ち良かった。
「夕食なんだが、一人分しか用意してないんだ。何か食べたいものはあるか? 宅配サービスに頼むから」
濡れたタオルに氷を挟んでいる英先生が、僕に背中を向けて話をしている。
僕は玄関のところに鞄を置くと、そろそろと部屋の中心部へと進んだ。
食べ物のことを考えると、吐き気がこみあげてくる。
小暮の感触がまだ残っている。口の中に食べ物を入れる気にはなれない。
「僕のことはお構いなく。一晩、ここに泊めてもらったら……出て行きますから」
英先生が手を止めると、冷蔵庫の扉を閉めた。
僕のほうに身体を向けると、ジッと顔を見つめてくる。
「出て行ってどうする? 行く場所が無いから、ここに来たのだろ? 家に帰れるのか?」
「家に帰る気は……ない、ですけど」
小暮の顔なんて見たくない。あいつを見たら、殺したくなる。
「じゃあ、友人の家を転々とするのか? 殴られて腫れた顔じゃあ、友達の家にも行けないって言っていたのに」
「まあ、そうだけど。だからって先生のアパートに居座るわけにいかないし」
英先生が、氷を包んだタオルを僕に差し出した。僕はそれを受け取ると、殴られて熱をもった頬にそっとあてた。
迷惑はかけられない……と思っているのに、先生にばかり迷惑をかけている気がする。
僕はどうしたらいいんだろうか。
「問題が解決するまでなら、ここに寝泊まりしていい。ただ長期滞在は困る」
「……ええ。わかってます。問題解決、できるかな?」
僕は今できる精一杯の笑顔を先生に見せると、くるっと背を向けた。
涙がじわっと溢れてくる。
「伊坂?」
「何でもないです。ちょっと、くしゃみが出そうになったから……」
僕は垂れてきた鼻水をすすると、上を向いた。
涙がこぼれないようにしつつ、一秒でも濡れた目頭が早く乾燥するように祈った。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
ドS×ドM
桜月
BL
玩具をつかってドSがドMちゃんを攻めます。
バイブ・エネマグラ・ローター・アナルパール・尿道責め・放置プレイ・射精管理・拘束・目隠し・中出し・スパンキング・おもらし・失禁・コスプレ・S字結腸・フェラ・イマラチオなどです。
2人は両思いです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる