愛とは。恋とは。

ひなた翠

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「昨日の夜、初めて塾に行ってもいいって言ってくれたんだ。西森君の通う塾と同じなら……って。だから、僕に教えて欲しいんだ。通っている塾を」
(なに……それ)

 昨日の夜? 明夏が告白したのは夜に近いぎり夕方あたり。そのあとに、南野と会って、塾に通っていい、と言ったのか。

 純真無垢なキラキラした瞳で、南野が見つめてくる。適当に知っている塾の名をあげて、やり過ごしてもいいが……なぜか心がそれを拒む。いつもの明夏なら面倒くさいから、適当に嘘をついてあしらうのに。

 どうしてだろう。東雲と繋がっているかもしれない南野に嘘をつくのが嫌だった。

「駅前の……統進ってところ。けっこう、有名……らしい」
 頭では嘘をついてやり過ごせ、と言う。心では正直に言えという。噛み合わない頭と心の葛藤で、言葉が途切れ途切れになってしまう。軽い眩暈もする。

 通っている塾を教えるだけの言葉なのに、身体が引きちぎられそうな感覚になるなんて。嫌な気分だ。

「統進だね。ありがとう……で、出来れば、東雲先生への説得に付き合ってもらえると嬉しいんだけど、いいかな?」
「はあ?」

「あ……駄目なら、いいんだ。無理に、とは言わないから……ごめん」
 苦笑して、手を振ると「そうだよね、厚かましいよね、いきなり」と付け加えてきた。

 なんだかムッとする。塾に通いたいと説得させるってなに? ただの担任に行く行かないを決める権限があるとは思えない。

(南野はこれから説得するために、東雲と会うってこと? 二人きりで……)

「……わかったよ。説得させればいいんだろ?」
「ありがとう!」
 ぱあっと花が咲いたかのように笑顔が広がると、明夏の手を握りしめた。

「じゃあ、今から東雲のところに行けばいいの?」
「ううん、俺の家に来て」
(……は? 家? なにそれ)





 学校から徒歩五分ほどのアパートに到着する。美南が開けようとした部屋の二〇五号室の表札には『東雲』と書いてあった。

(え? ここ……東雲の家? なんで、もしかして同棲?)

 心臓の奥をぎゅっと誰かに握りしめられたかのように痛みを発した。呼吸も苦しくて、浅くなる。また軽い眩暈を起こす。

 意味がわからないことだらけで、発狂したくなる。身持ちの固い体育教師……はずなのだ。明夏から見ても、他人の目から見てもそのはずーー。

 今日の午後から見てきている現実は夢、なのか。東雲は保険医と婚約してて、毎日大事そうにつけていた指を外し……担当しているクラスの生徒と同棲している。

 これは問題になりかねない状況なはず……それでいて明夏とも身体の関係を持ち始めた。

(やっぱり意味がわからない)

 身持ちが固く、クソ真面目な姿が演技であり、本当は同性愛者のロリ野郎だった……という筋書きなら、点が線になりそうだが。

(それなら……ぼくより酷い男じゃないか?)
 すでに二人の担当している生徒を騙している。さらに婚約者の保険医までもカモフラージュに使っていることになる。

 東雲という男は一体……何者だ。

「さあ、入って」と優しい笑みで家のドアを開ける南野に軽く吐き気を覚えた。

(何様? ぼくと東雲は恋人同士なのに)

 黒い感情がポッと顔を出し、心を支配する。違う、と頭を振って、沸き起こった感情を追い出せば、小綺麗な玄関が視界に入ってきた。
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