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第一章 マールの村

13話 アレンシアに住むもの

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※第一章 マールの村 13話 アレンシアに住むもの



 それから十日ほどった。

 その間、家にある書物をすべて読み、この世界の基礎きそを学んだ。
 かなり古いものだったけれど、世界は数十年たらずでそこまで大きく変わらないだろうし、なにも知らないよりはましなはず。

 本は、からっぽの人間の頭に叡智えいちあたえてくれる。
 二十六冊の本は私が知りたいことを、おおよそ教えてくれた。

 ここはどうやら“アレンシア”と呼ばれる大陸らしい。

 そしてマールの村はちょうど真ん中よりやや南、大国の隙間すきますきまに位置している。その上、幻惑げんわくの森があるので、長らく人の手が入っていない土地だと推察できた。

 アレンシアの南東にあるのは、大陸一の国力をほこるフェルゴート。
 南はコルセア地方。
 南西はセレンディア地方。
 東にはレベルド帝国ていこく
 北東のガザラとミスティカ。

 これらは陽種族(ロウレイス)と呼ばれる人間、フォレストエルフ、ハーフエルフ、ドワーフらが支配している勢力だ。

 そしてこのマールの村の北から北西にかけてを制圧し、なお支配地を広げているのが、フロージアのディルギニア公国、トロルの国オーダス、ログナカンの国ログナック、ダークエルフの国グレイウッズという、闇種族(エヴィレイス)たちの勢力がある。

 アレンシアは長い間、これらが勢力争いをしているという。

 そしてマールの村から南の位置には、ラミナという街がある。
 つまりマールの村はコルセア領内にあるいうことだ。

 お父さまの、さらにお父さまの商隊は、なんで幻惑の森に入ったのだろう。それはわからないけれど、きっとそこにもなにか意味があるんだと思う。

 幻惑の森は長い間、人をこばんできた。
 なのに何故なぜ、急に商隊を受け入れたのか。
 そして再び、商隊を外界から隔絶かくぜつさせたのか。

 世界に“無意味”なことは、ひとつもない。
 路傍ろぼうの小石にすら、そこにある意味がある。

 私はもう一度、古い地図をながめ、とある秘策を胸に、早朝ながらお父さまとお母さまに話があると言って、リビングにきてもらった。

「なんじゃイーヴァ、こんな朝早くに」

「そうだよ。しかもそんな真面目な顔をしちゃって。なにかあったのかい?」

 テーブルをはさんで、お父さまとお母さまが並んですわる。
 ここでの生活も慣れてきたせいか、お父さまもお母さまもかなりくだけて私に接してくれた。
 今では本当に、このお二人を父母だと敬愛している。

「お父さま、お母さま。私がここにお世話になってから十日以上もちますが、私はこんなに深いご恩と愛情を受けておきながら、なにひとつ恩返しができておりません」

 かしこまった口調で話したので、お父さまとお母さまは目を丸くして視線をわしていた。

「待っておくれイーヴァ、あんた、まさか……」

 出て行くつもりなのか?
 と言いたかったのだろうけれど、いち早く首をった。

「お母さま、そんなつもりはありません。しかし、どうしても私がやらなくてはならないことがあります」

 私はお父さまから頂いたワンドをいて、上に向けた。

「もうご承知とは思いますが、私は普通ふつうの女ではありません。だからこそ、できることがあるんです」

 この部屋にただよう、やさしげな色の青や緑、白のマナをワンドの先に集める。あわかがやきだしたワンドを目にして、お父さまとお母さまは言葉を失った。

「これは世界にあふれている自然の力、マナです」

「は、はあ?」

 首をひねるお母さま。

「マナはこの部屋だけではなく、村にも森にも、たくさんいています。何故か私はこのマナを集めて、様々な力に変換へんかんする術を体得しています。
 指先に集めることも可能ですが、やはりお父さまからいただいたこのワンドが一番、マナ変換効率が高かったのです。
 そしてあの幻惑の森には、どす黒いマナがきりのように立ちこめていました」

 私は集めたマナをそのまま解放する。
 ワンドの先からげるように、マナがまた部屋に広がっていった。

「まさかその力で、幻惑の森にいどむと言うのか?」

 お父さまの表情が険しくなる。

「はい」

 私はその双眸そうぼうをまっすぐと受け止めて、力強くうなずいた。

「それはダメだっ!」

 お父さまはいかりをあらわにして、椅子いすたおしながら立ち上がった。

「なあイーヴァよ。わしらはもうよわい五十を過ぎている。お前さえいてくれれば、お前さえ幸せであれば、それ以上、なにも望むものはない。何故、そんな危険をおかして、あの幻惑の森にいどまねばならないんだ!」

「すべては、この村の発展のためです」

 私が語気を強めてそう言うと、お父さまは気圧けおされて、力を抜いた。

「どうしてお前が幻惑の森に挑むことが、村の発展に繋がるんだい?」

 そう言うお母さまに顔を向けて、説明した。

「この村は主に木の道具を使っています。農具も、りも、酪農らくのうも、調理に使うナイフも、すべてです。何故かといえば、この村は鉱山がなく、また、あったとしても金属を精錬せいれんする技術がありません。
 私がこの村に必要なのは、鉄器だと思うんです。これを手に入れるためにはだれかが幻惑の森をけて、ラミナの街まで行く必要があります。
 ラミナはこの辺りで最も交易がさかんな街だと本で読みました。昔の本から得た知識とはいえ、街の性質はそう変わらないと思ったのです」

「つまりイーヴァは村のために、鉄の道具を仕入れるために、ラミナの街に行きたいと?」

「はい。私は必ずもどってきます」

 お父さまはどさっ、と音を立てて、椅子に身体を預けた。
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