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1 いよいよ社会人スタート、そんな春の頃。
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その人は最初から全然だった。
何となくとっつきにくい感じがゆらゆらと立ち上った雰囲気で、最初の最初から一人でいるのしか見たことがないくらいだった。
誰もが知らない集団の中、一緒にいて楽しそうな輪の中心にいるような人の周りにどんどん人は集まる。
私もそんな輪の端にいるようにしてた。
だって友達欲しいよね。仲良くしてもらいたいよね。
最初のタイミングって大切だと思ってる。
友達欲しくないの?仲良くなりたくないの?
私は輪の真ん中の中心人物にはなれないけど、さり気なくその周りにいて安心していたいタイプ。それとなく周りに合わせながらも、なんとか馴染むように努力するタイプだった。
ふと外を見ると私程さりげなく入れない不器用そうな人もいるし、明らかに外から見てるだけで気にしてなさそうな人もいる。
女子だったらさりげなく輪の中に誘う。
きっかけを見つけてさりげなくさりげなく。
だって自分がもし出遅れたりしたら、そうして欲しい。
だからそんな人には優しくなれる私。
でもタイミングはちゃんと見てる。
楽しく盛り上がってる時には自分からは外れて行かない。
あくまでもひとしきりその場が終わって、ちょっとだけバラバラになった時。
そんなタイミングを見てる自分はちょっとだけ優しくない。
自分の事の方が大切だって思っての行動。
そんな時期だってあるから。
新人研修が半分終わる頃には大体の人の名前を憶えて、話をして、声をかけれるくらいに仲良くはなれたと思う。女子なら仲良くなれそうかどうかのチェックをお互い済ませられるくらいにはなった。
男子は近くにいた人から覚えていって、少しだけ顔見知りくらいにはなったかも。
だからって特別に親しくなった人はいない。
そしてまったく声も聞いてないのではというレベルの人がいた。
当然その中にその人もいた。
『榎木田 海里』
綺麗な響きのある名前に注目して、どんな人だろうと思っていた。
凄い個性的な人かと、もしくは明るい人か、颯爽としてる人か。
でも全然違った。
無表情で影も薄く、色白の肌に全体的に細い線で目鼻口を描いたような人。
それに一人でいるところしか見てないくらいに、一人ぼっち。
それでも全然気にしてなさそうな人。
そんな感じだった。
最後の方になると仲良くなった女子で部屋に集まり、お菓子と飲み物を買い出しに行って、食堂からお皿とグラスを持ってきて飲み会をしていた。
話題が面接と就活の話になり、会社の話になり、希望部署の話になり。
その内同期の男の子達の話になった。
個人の恋愛話も一通り披露し終わり、学生の頃からの彼氏と継続恋愛中の子もいるけど、そんな子の方が冷静に男子の評価をし始めた。
まあ、そんなものだと思う。
私は話をしたとは言っても本当に個人的な話はしてない。
隣にいて視線が合えば、そうだね、どう?そうなの?みたいな相槌がほとんど。
さらに詳しく聞かれることも、聞くこともなかったし。
だから同期と言われる男の子についても詳しく評価できるほどじゃない。
明るくリーダータイプの子はそれなりに自信もあって話しやすいから人気があるのは分かる。ただ今回、あんまりかっこいい子ではなかった。普通に普通の子。
気を遣って盛り上げてるのかもしれないと評価されていた。
そうなんだろうか?気がつかなかった。
そんな冷静にそこまでの判断ができる余裕はない。
佐倉君と亜久里君という二人がよく輪の中心にいた。
それでも明るく話しやすい雰囲気はいいし、いい人だと思う。
リーダーシップをとるより、誘い合って暖かく話し合うタイプ。
えらぶった感なんて少しもない二人だった。
そして女子の人気は周りの子二人が独占状態らしい。
平川 淳君 磯山ヒロシ君
もしかして陰の主役だったのかな?
確かに思い返すとかっこいいかも、私もすぐにわかるほどはいい感じで素敵かも、そんな二人がいた。
接触具合は他の人と同様、明日もっとよく観察してみようと思うくらいだった。
「でも、ポツンと離れてなかなか話もしてないけど、榎木田君、クールでいいかも。」
ビックリした。
一人でいつも離れたところにいて、うっかり見過ごしそうに影が薄いと思ってたのに。
それをクールと言い替えられた。
むしろ一人でいるから目立ったのかも?
クール?そうとも言う?
静かな横顔はハッキリ思い浮かべることが出来た。
いつも同じぶれない感じの佇まいに、つい視線をやることが多かったから。
何だかその泰然とした感じが羨ましくて、つい見ていた。
全く話はしてなくても他の誰よりも見ていたかもしれない。
クールそうと言われたその横顔を。
「どんな人なんだろう?話が続くのかな?。」
「興味持たれないと冷たくあしらいそうじゃない?」
頷きながら思い出す。
確かにそんな雰囲気があって、とても話しかけられる雰囲気じゃなかった。
何かきっかけがあればと話せるだろうかと、少しは思っていたのにそんな事すら全くなく。
合間にボリボリとカリカリとお菓子を食べる音がする。
夕飯をしっかり食べたと言うのに、みんなすごい。
「お茶なくなったね。」
「冷蔵庫だよね。とってくるよ。」
ドアに近い所にいたので一人で食堂の冷蔵庫に向かった。
たくさん買い、冷蔵庫に入れてある。
部屋番号を書いているので間違うこともないだろうが、誰からお金を徴収して誰が飲んでるのか、その辺は適当に女子というくくりだ。
一つ下の階の端っこ、食堂まで静かな廊下が続く。
その途中で声が聞こえてきた。
思わず立ち止まる。
男子の声で、誰かと話をしてると思っても、一人の一方通行の声しか聞こえない気がする。
多分電話だろう。
立ち聞きも悪いのでわざとスリッパの音を立ててパタパタと小走りになって、冷蔵庫に走って行く。
その冷蔵庫のすぐ近くにいた。
冷蔵庫に行く間、足音は静かにした。
電話の邪魔になると思ったし。
それでも会話中だったから急いだのに。
静かに歩いてる間、聞こえてきた会話。
「だから、泣くなよ。もう、しょうがないなあ。」
「分かったから、帰ったら美味い物でも食べにいこう。」
「週末には終わるから。」
そんな会話が聞こえてきた、聞いてたわけじゃない。
「エマは悪くないから。」
名前も聞こえた。
2リットルのペットボトルを思わず落としそうになりながらもしっかり持ち直して、早足にその場から去った。さっきよりも足音がしたかもしれない。
最初に入った時に目が合って、お互いびっくりした。
目礼をして急いで冷蔵庫に向かったけど。
向こうは向こうで椅子の上で膝を抱えた姿勢のまま、くるりと背中をこっちに向けた。
あんな感じで声を聞くなんて。
ビックリした。
電話の彼女には、『エマさん』というその彼女には普通に優しいというか、甘やかすような感じだった。
私に聞こえるって分かってるのに・・・・・・
彼女・・・・・まさか・・・・いたの?
いろいろとびっくりして。
廊下を急いで、声が聞こえないところまできて大きく息を吐いた。
ゆっくり階段を上る。
男子の中にも彼女との恋愛継続中はいるはずだ、当たり前だ。
ただ誰も信じないかも。
実際自分でもびっくりした。
電話をしていたのがあの人で、その内容があんな感じだったのも。
そうなんだ・・・・・・・。
色んな驚きを丸ごと納得するように飲み込んで部屋に戻った。
「ありがとう。」
「走ったの?顔が赤いよ。」
「うん、なんだか静かな廊下が怖かった。」
「え~、そんな事言われたらトイレにいけない。」
乱れてもいない息を整えるように深呼吸して座った。
次の日、人気ナンバー1、2を観察して、でもやっぱり気がつくと端にいるその人を見ていた。
休憩中。
もういいかな。
少し話をしたことのある人がぽつんと一人でいた。
甲斐 直美さん
私が話しかけただけで赤面するくらいにシャイなのだ。
何度か話をしてる。ちょっとした短い時間だったけど。
最初の頃に名前を確認して、自己紹介のネタを思い出して広げるように話をして、出身の話や、住んでる場所の話などをした。
普通に話せるようになると優しい感じの話し方が凄く落ち着いた。
自分とも同じくらいのペースで話が出来る気がして。
少しは慣れてくれてるみたいだった。
希望してるのは一般事務職だという。
そのあたりも自分と一緒だった。
「私もそうなの。もし同じところに配属されたらよろしくね。違っても一緒にランチに行けたりしてね。」
「あの、ありがとう。最初に話しかけてくれて。」
「私が初めて?」
「うん、何度も話しかけてくれたのは、そう。」
「苦手?」
「うん、慣れるまで時間がかかる方だし、緊張症なの。」
「私もそうだよ。話しかけるのも勇気がいったし。」
「そんな・・・・全然見えない。いつも輪の中にいて楽しそうだった。」
そう見えるような努力はしてる。
「うん、その方が友達も早く出来るかなって思って。」
「分かってるけど、そんな事も下手なの。」
「もう緊張してない?」
「少しは・・・・してるかな。」
「正直言うと私もだけど、すごく話しやすい。なんだか落ち着く、声と話し方が。」
「ありがとう。」
本当にそう思ってくれてると分かる。
本当に同じ配属だったらうれしいな、そう思った。
「明日でお終いだね。お昼前には終わるみたいだよね。・・・・週末だけど、ねえ甲斐さん、急いで帰りたい方?」
「別にそうじゃないよ。せっかくだからふらふらとして帰ろうと思ってる。」
「そうだよね。せっかくここまで来てるし、もう来ないかもしれないよね。」
「うん。めったに来ないよね。」
「じゃあ荷物をどこかに預けて観光しない?」
「一緒に?」
「もちろん。」
最後の最後、大切に付き合えそうな友達を見つけた気分で、約束をした。
どこに行こうかと話してたら時間になって。
「あとで行きたいところ調べよう。」
そう言って席に戻った。
実質の研修は今日でお終い。明日は反省会予定だった。
最後の夜は食堂に集まり皆でしゃべった。
皆と言っても数人参加していない人はいた。
私は甲斐さんを誘って隅の席にいた。
「どこか調べてみた?」
「うん。」
携帯を見せ合い決める。
ここは研修の施設があると言うことで、田舎なのだ。
大きな駅じゃない。
行くところはだいたい限られていた。
しかも車がないから歩いて行ける範囲だった。
それはしょうがない。
お昼ご飯を食べて散歩を兼ねてゆっくり歩こうと言い合った。
コインロッカーが空いてればいいねなんて言いながら。
最終日の反省会は見事にまとまりよく意見を出し合い、あっさりと終わった。
皆早く終わりたいに決まってる。それに昨日の夜更かしも響いてると思う。
まだまだ仕事の始まらないこの時期、うっかり大学のサークルの延長みたいな雰囲気になっていた。
そうして研修が終わって解散した。それぞれ駅に向かう。
大きな女子集団の中、甲斐さんと話をしながら歩いた。
せっかくここまで来たんだから・・・・・・。
そう思ったのは私と甲斐さん、あとは男の子の三人だけ。
皆早々に改札に入り電車に乗ったらしい。
コインロッカーはなかったけどお昼を食べるのに商店街に入ったら『荷物預かります。』の張り紙があってそこに預けることが出来た。
後ろから歩いてきた男子にも教えてあげた。
「みんなあっさり帰ったんだね。」
「そうだね。」
「誘われなかったの?」
「何に?」
「一緒に帰ろうとか・・・・。」
「ないよ。」
「そうか。ちょっとだけ大瑠璃さんが他の子に誘われたら私はどうしようって思ってた。」
甲斐さんが言う。
「ああ、甲斐さんと散歩するって言うと思う。それでも一緒にって言われたら仲間が増えたかもしれないけどね。」
私に話しかけてくる人なんてそんな人だと思う。
だって明らかにタイプの違う人じゃないだろう。
だから甲斐さんも仲良くできると思った。
お昼を食べて、近くの観光スポットを三か所くらい回る。
途中男子ともすれ違った。
向こうは向こうで、三人にぎやかで楽しそうだった。
「甲斐さん、変なこと聞くけど、今、彼氏いるの?」
「いないよ。だっていたら多分さっさと帰ってると思う。」
まあ、そうだろう。
実際そんな女の子もいたし、あの人も電話でそう言ってたのを思い出した。
きっとさっさと帰ってさっさと会いに行ってるだろう。
美味しいものを食べに行こうって言ってた。
「大瑠璃さんは?」
「同じ。」
「じゃあ、仕事後とかに食事とか誘っていい?」
「うん、いいよ。早速来週皆で集まるしね。それには行くよね?」
「うん・・・・・。」
「近くにいようよ。」
「ありがとう。」
本当はお互い様だけど、やっぱり友達も増やしたい。
甲斐さんも仲良くなれそうな人から一緒に仲良くなれれば一番いいと思ってる。
同じようなタイプだし、きっとそんな友達が増えていくと思うし。
「お土産買おうかな。」
「誰に?」
「実家に。週末帰ろうかと思って。」
「じゃあ、付き合う。私も何か買おうかな。」
そう言って観光を終えて商店街に戻り名物と書かれたおせんべいやご飯のお供などの加工品を買って荷物を引き取って電車に乗った。
「でも疲れたなあ。今夜は一人でゆっくり寝たいって気分。」
「そうだね。集団生活なんて慣れなくて、気を遣う。」
「部屋の子とは仲良くなった?」
「うん・・・・ちょっと話はしたけど、そんなには。たいてい聞き役で皆の中にいただけ。」
「大瑠璃さんは?」
「まあまあかな。他の部屋の子も混ざって夜はほとんお菓子パーティーだった。絶対太ったと思う。」
「そんな事あったんだ。楽しそうだね。」
「うん、楽しかった。にぎやかだったよ。」
「月曜日配属が決まるんだね。」
「そうだね。間違っても営業とかには配属されないから、きっと同じか近くの課になりそうだよね。」
「そうだといいね。」
途中乗り換えが必要だったので先に降りた。
手を振って、月曜日にまたねって言って別れた。
久しぶりの部屋に帰るとやっぱり自分の居場所だと思える。
洗濯物を出して、お風呂に入り、さっさと楽な恰好になり、くつろいだ。
ゴロンと横になり、足をソファに投げ出す。
やっぱり疲れてる。
色んな人の声や顔を思い出す。
これからずっと長い付き合いになるかもしれない人たち。
たくさん友達もできたと思う。
それでも話もしていない人の顔も思い出して、そのついでに、あの夜聞かされた会話の内容も思い出した。
目を閉じてすべてをリセットするように大きな息をついた。
頑張ろう。
月曜日には大きな会議室に集合して簡単に各課の業務内容の説明がある。
そのあと所属が言い渡されて、配属になる。
会社はいろんな人がいろんな役割で集まって成り立つらしい。
大手のドラッグストアでバイトをしていた大学生の頃。
そんな中身のことは全然見えなかったし、考えてなかった。
任されていたのはレジの補助と品出しと、掃除と、商品管理補助。
大学生の数時間で出来る仕事は限られていた。
それでも時々お客様にいろんなことを聞かれた。
商品の置き場所やポイントカードについて、あとは少しの商品情報なら答えられるけど、詳しい商品の内容について聞かれると分からない。
食料品から薬まで、扱う品が多すぎる。
そんな時は店員の人にお願いする。
それでもずっとお世話になって、少しは役に立っていたと思いたい。
早く会社でもそうなればいいなあって思ってる。
何となくとっつきにくい感じがゆらゆらと立ち上った雰囲気で、最初の最初から一人でいるのしか見たことがないくらいだった。
誰もが知らない集団の中、一緒にいて楽しそうな輪の中心にいるような人の周りにどんどん人は集まる。
私もそんな輪の端にいるようにしてた。
だって友達欲しいよね。仲良くしてもらいたいよね。
最初のタイミングって大切だと思ってる。
友達欲しくないの?仲良くなりたくないの?
私は輪の真ん中の中心人物にはなれないけど、さり気なくその周りにいて安心していたいタイプ。それとなく周りに合わせながらも、なんとか馴染むように努力するタイプだった。
ふと外を見ると私程さりげなく入れない不器用そうな人もいるし、明らかに外から見てるだけで気にしてなさそうな人もいる。
女子だったらさりげなく輪の中に誘う。
きっかけを見つけてさりげなくさりげなく。
だって自分がもし出遅れたりしたら、そうして欲しい。
だからそんな人には優しくなれる私。
でもタイミングはちゃんと見てる。
楽しく盛り上がってる時には自分からは外れて行かない。
あくまでもひとしきりその場が終わって、ちょっとだけバラバラになった時。
そんなタイミングを見てる自分はちょっとだけ優しくない。
自分の事の方が大切だって思っての行動。
そんな時期だってあるから。
新人研修が半分終わる頃には大体の人の名前を憶えて、話をして、声をかけれるくらいに仲良くはなれたと思う。女子なら仲良くなれそうかどうかのチェックをお互い済ませられるくらいにはなった。
男子は近くにいた人から覚えていって、少しだけ顔見知りくらいにはなったかも。
だからって特別に親しくなった人はいない。
そしてまったく声も聞いてないのではというレベルの人がいた。
当然その中にその人もいた。
『榎木田 海里』
綺麗な響きのある名前に注目して、どんな人だろうと思っていた。
凄い個性的な人かと、もしくは明るい人か、颯爽としてる人か。
でも全然違った。
無表情で影も薄く、色白の肌に全体的に細い線で目鼻口を描いたような人。
それに一人でいるところしか見てないくらいに、一人ぼっち。
それでも全然気にしてなさそうな人。
そんな感じだった。
最後の方になると仲良くなった女子で部屋に集まり、お菓子と飲み物を買い出しに行って、食堂からお皿とグラスを持ってきて飲み会をしていた。
話題が面接と就活の話になり、会社の話になり、希望部署の話になり。
その内同期の男の子達の話になった。
個人の恋愛話も一通り披露し終わり、学生の頃からの彼氏と継続恋愛中の子もいるけど、そんな子の方が冷静に男子の評価をし始めた。
まあ、そんなものだと思う。
私は話をしたとは言っても本当に個人的な話はしてない。
隣にいて視線が合えば、そうだね、どう?そうなの?みたいな相槌がほとんど。
さらに詳しく聞かれることも、聞くこともなかったし。
だから同期と言われる男の子についても詳しく評価できるほどじゃない。
明るくリーダータイプの子はそれなりに自信もあって話しやすいから人気があるのは分かる。ただ今回、あんまりかっこいい子ではなかった。普通に普通の子。
気を遣って盛り上げてるのかもしれないと評価されていた。
そうなんだろうか?気がつかなかった。
そんな冷静にそこまでの判断ができる余裕はない。
佐倉君と亜久里君という二人がよく輪の中心にいた。
それでも明るく話しやすい雰囲気はいいし、いい人だと思う。
リーダーシップをとるより、誘い合って暖かく話し合うタイプ。
えらぶった感なんて少しもない二人だった。
そして女子の人気は周りの子二人が独占状態らしい。
平川 淳君 磯山ヒロシ君
もしかして陰の主役だったのかな?
確かに思い返すとかっこいいかも、私もすぐにわかるほどはいい感じで素敵かも、そんな二人がいた。
接触具合は他の人と同様、明日もっとよく観察してみようと思うくらいだった。
「でも、ポツンと離れてなかなか話もしてないけど、榎木田君、クールでいいかも。」
ビックリした。
一人でいつも離れたところにいて、うっかり見過ごしそうに影が薄いと思ってたのに。
それをクールと言い替えられた。
むしろ一人でいるから目立ったのかも?
クール?そうとも言う?
静かな横顔はハッキリ思い浮かべることが出来た。
いつも同じぶれない感じの佇まいに、つい視線をやることが多かったから。
何だかその泰然とした感じが羨ましくて、つい見ていた。
全く話はしてなくても他の誰よりも見ていたかもしれない。
クールそうと言われたその横顔を。
「どんな人なんだろう?話が続くのかな?。」
「興味持たれないと冷たくあしらいそうじゃない?」
頷きながら思い出す。
確かにそんな雰囲気があって、とても話しかけられる雰囲気じゃなかった。
何かきっかけがあればと話せるだろうかと、少しは思っていたのにそんな事すら全くなく。
合間にボリボリとカリカリとお菓子を食べる音がする。
夕飯をしっかり食べたと言うのに、みんなすごい。
「お茶なくなったね。」
「冷蔵庫だよね。とってくるよ。」
ドアに近い所にいたので一人で食堂の冷蔵庫に向かった。
たくさん買い、冷蔵庫に入れてある。
部屋番号を書いているので間違うこともないだろうが、誰からお金を徴収して誰が飲んでるのか、その辺は適当に女子というくくりだ。
一つ下の階の端っこ、食堂まで静かな廊下が続く。
その途中で声が聞こえてきた。
思わず立ち止まる。
男子の声で、誰かと話をしてると思っても、一人の一方通行の声しか聞こえない気がする。
多分電話だろう。
立ち聞きも悪いのでわざとスリッパの音を立ててパタパタと小走りになって、冷蔵庫に走って行く。
その冷蔵庫のすぐ近くにいた。
冷蔵庫に行く間、足音は静かにした。
電話の邪魔になると思ったし。
それでも会話中だったから急いだのに。
静かに歩いてる間、聞こえてきた会話。
「だから、泣くなよ。もう、しょうがないなあ。」
「分かったから、帰ったら美味い物でも食べにいこう。」
「週末には終わるから。」
そんな会話が聞こえてきた、聞いてたわけじゃない。
「エマは悪くないから。」
名前も聞こえた。
2リットルのペットボトルを思わず落としそうになりながらもしっかり持ち直して、早足にその場から去った。さっきよりも足音がしたかもしれない。
最初に入った時に目が合って、お互いびっくりした。
目礼をして急いで冷蔵庫に向かったけど。
向こうは向こうで椅子の上で膝を抱えた姿勢のまま、くるりと背中をこっちに向けた。
あんな感じで声を聞くなんて。
ビックリした。
電話の彼女には、『エマさん』というその彼女には普通に優しいというか、甘やかすような感じだった。
私に聞こえるって分かってるのに・・・・・・
彼女・・・・・まさか・・・・いたの?
いろいろとびっくりして。
廊下を急いで、声が聞こえないところまできて大きく息を吐いた。
ゆっくり階段を上る。
男子の中にも彼女との恋愛継続中はいるはずだ、当たり前だ。
ただ誰も信じないかも。
実際自分でもびっくりした。
電話をしていたのがあの人で、その内容があんな感じだったのも。
そうなんだ・・・・・・・。
色んな驚きを丸ごと納得するように飲み込んで部屋に戻った。
「ありがとう。」
「走ったの?顔が赤いよ。」
「うん、なんだか静かな廊下が怖かった。」
「え~、そんな事言われたらトイレにいけない。」
乱れてもいない息を整えるように深呼吸して座った。
次の日、人気ナンバー1、2を観察して、でもやっぱり気がつくと端にいるその人を見ていた。
休憩中。
もういいかな。
少し話をしたことのある人がぽつんと一人でいた。
甲斐 直美さん
私が話しかけただけで赤面するくらいにシャイなのだ。
何度か話をしてる。ちょっとした短い時間だったけど。
最初の頃に名前を確認して、自己紹介のネタを思い出して広げるように話をして、出身の話や、住んでる場所の話などをした。
普通に話せるようになると優しい感じの話し方が凄く落ち着いた。
自分とも同じくらいのペースで話が出来る気がして。
少しは慣れてくれてるみたいだった。
希望してるのは一般事務職だという。
そのあたりも自分と一緒だった。
「私もそうなの。もし同じところに配属されたらよろしくね。違っても一緒にランチに行けたりしてね。」
「あの、ありがとう。最初に話しかけてくれて。」
「私が初めて?」
「うん、何度も話しかけてくれたのは、そう。」
「苦手?」
「うん、慣れるまで時間がかかる方だし、緊張症なの。」
「私もそうだよ。話しかけるのも勇気がいったし。」
「そんな・・・・全然見えない。いつも輪の中にいて楽しそうだった。」
そう見えるような努力はしてる。
「うん、その方が友達も早く出来るかなって思って。」
「分かってるけど、そんな事も下手なの。」
「もう緊張してない?」
「少しは・・・・してるかな。」
「正直言うと私もだけど、すごく話しやすい。なんだか落ち着く、声と話し方が。」
「ありがとう。」
本当にそう思ってくれてると分かる。
本当に同じ配属だったらうれしいな、そう思った。
「明日でお終いだね。お昼前には終わるみたいだよね。・・・・週末だけど、ねえ甲斐さん、急いで帰りたい方?」
「別にそうじゃないよ。せっかくだからふらふらとして帰ろうと思ってる。」
「そうだよね。せっかくここまで来てるし、もう来ないかもしれないよね。」
「うん。めったに来ないよね。」
「じゃあ荷物をどこかに預けて観光しない?」
「一緒に?」
「もちろん。」
最後の最後、大切に付き合えそうな友達を見つけた気分で、約束をした。
どこに行こうかと話してたら時間になって。
「あとで行きたいところ調べよう。」
そう言って席に戻った。
実質の研修は今日でお終い。明日は反省会予定だった。
最後の夜は食堂に集まり皆でしゃべった。
皆と言っても数人参加していない人はいた。
私は甲斐さんを誘って隅の席にいた。
「どこか調べてみた?」
「うん。」
携帯を見せ合い決める。
ここは研修の施設があると言うことで、田舎なのだ。
大きな駅じゃない。
行くところはだいたい限られていた。
しかも車がないから歩いて行ける範囲だった。
それはしょうがない。
お昼ご飯を食べて散歩を兼ねてゆっくり歩こうと言い合った。
コインロッカーが空いてればいいねなんて言いながら。
最終日の反省会は見事にまとまりよく意見を出し合い、あっさりと終わった。
皆早く終わりたいに決まってる。それに昨日の夜更かしも響いてると思う。
まだまだ仕事の始まらないこの時期、うっかり大学のサークルの延長みたいな雰囲気になっていた。
そうして研修が終わって解散した。それぞれ駅に向かう。
大きな女子集団の中、甲斐さんと話をしながら歩いた。
せっかくここまで来たんだから・・・・・・。
そう思ったのは私と甲斐さん、あとは男の子の三人だけ。
皆早々に改札に入り電車に乗ったらしい。
コインロッカーはなかったけどお昼を食べるのに商店街に入ったら『荷物預かります。』の張り紙があってそこに預けることが出来た。
後ろから歩いてきた男子にも教えてあげた。
「みんなあっさり帰ったんだね。」
「そうだね。」
「誘われなかったの?」
「何に?」
「一緒に帰ろうとか・・・・。」
「ないよ。」
「そうか。ちょっとだけ大瑠璃さんが他の子に誘われたら私はどうしようって思ってた。」
甲斐さんが言う。
「ああ、甲斐さんと散歩するって言うと思う。それでも一緒にって言われたら仲間が増えたかもしれないけどね。」
私に話しかけてくる人なんてそんな人だと思う。
だって明らかにタイプの違う人じゃないだろう。
だから甲斐さんも仲良くできると思った。
お昼を食べて、近くの観光スポットを三か所くらい回る。
途中男子ともすれ違った。
向こうは向こうで、三人にぎやかで楽しそうだった。
「甲斐さん、変なこと聞くけど、今、彼氏いるの?」
「いないよ。だっていたら多分さっさと帰ってると思う。」
まあ、そうだろう。
実際そんな女の子もいたし、あの人も電話でそう言ってたのを思い出した。
きっとさっさと帰ってさっさと会いに行ってるだろう。
美味しいものを食べに行こうって言ってた。
「大瑠璃さんは?」
「同じ。」
「じゃあ、仕事後とかに食事とか誘っていい?」
「うん、いいよ。早速来週皆で集まるしね。それには行くよね?」
「うん・・・・・。」
「近くにいようよ。」
「ありがとう。」
本当はお互い様だけど、やっぱり友達も増やしたい。
甲斐さんも仲良くなれそうな人から一緒に仲良くなれれば一番いいと思ってる。
同じようなタイプだし、きっとそんな友達が増えていくと思うし。
「お土産買おうかな。」
「誰に?」
「実家に。週末帰ろうかと思って。」
「じゃあ、付き合う。私も何か買おうかな。」
そう言って観光を終えて商店街に戻り名物と書かれたおせんべいやご飯のお供などの加工品を買って荷物を引き取って電車に乗った。
「でも疲れたなあ。今夜は一人でゆっくり寝たいって気分。」
「そうだね。集団生活なんて慣れなくて、気を遣う。」
「部屋の子とは仲良くなった?」
「うん・・・・ちょっと話はしたけど、そんなには。たいてい聞き役で皆の中にいただけ。」
「大瑠璃さんは?」
「まあまあかな。他の部屋の子も混ざって夜はほとんお菓子パーティーだった。絶対太ったと思う。」
「そんな事あったんだ。楽しそうだね。」
「うん、楽しかった。にぎやかだったよ。」
「月曜日配属が決まるんだね。」
「そうだね。間違っても営業とかには配属されないから、きっと同じか近くの課になりそうだよね。」
「そうだといいね。」
途中乗り換えが必要だったので先に降りた。
手を振って、月曜日にまたねって言って別れた。
久しぶりの部屋に帰るとやっぱり自分の居場所だと思える。
洗濯物を出して、お風呂に入り、さっさと楽な恰好になり、くつろいだ。
ゴロンと横になり、足をソファに投げ出す。
やっぱり疲れてる。
色んな人の声や顔を思い出す。
これからずっと長い付き合いになるかもしれない人たち。
たくさん友達もできたと思う。
それでも話もしていない人の顔も思い出して、そのついでに、あの夜聞かされた会話の内容も思い出した。
目を閉じてすべてをリセットするように大きな息をついた。
頑張ろう。
月曜日には大きな会議室に集合して簡単に各課の業務内容の説明がある。
そのあと所属が言い渡されて、配属になる。
会社はいろんな人がいろんな役割で集まって成り立つらしい。
大手のドラッグストアでバイトをしていた大学生の頃。
そんな中身のことは全然見えなかったし、考えてなかった。
任されていたのはレジの補助と品出しと、掃除と、商品管理補助。
大学生の数時間で出来る仕事は限られていた。
それでも時々お客様にいろんなことを聞かれた。
商品の置き場所やポイントカードについて、あとは少しの商品情報なら答えられるけど、詳しい商品の内容について聞かれると分からない。
食料品から薬まで、扱う品が多すぎる。
そんな時は店員の人にお願いする。
それでもずっとお世話になって、少しは役に立っていたと思いたい。
早く会社でもそうなればいいなあって思ってる。
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それから
「承知しました」とだけ言った。
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それからバウンドケーキに手を伸ばした。
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扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
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