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3 遡ったのが五年以上前の記憶。

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佐藤さんにもらったお土産を丁寧に剥がして、自分の分と伊織の分をとって、回す。

しばらく見つめて堪能した。
美味しそう!

何故か京都の抹茶のチョコクッキー。
大阪なのに。
緑茶が欲しくなる。

財布を持って休憩ついでに自販機へ。
非常階段の方から伊織と女の子が出てくるのが見えて、隠れるようにすぐ横の会議室の扉を開けて入った。

誰もいなくてよかった。

しばらく壁にもたれてやり過ごす。

やっぱりサボりだったらしい。
いい加減にしてほしい。
まったく、何度注意したか。
ふと気がつくといない。しばらくいない。

三年目を過ぎた頃から、もう何度も言ってるのに。
今、そのサボりのしわ寄せを受けるのは私しかいないのに。
ホントにいい加減にしてほしい。


一緒にいた子には見覚えがあった。
入社当時可愛いと騒がれた子で、有名だった。

・・・・・伊織と・・・本当に?



会議室の壁にもたれたまま考える。
噂はよくある。
伊織は割と短い周期で女の子と付き合っていると。
同期の子とも、噂はあった。
本人には聞いてないけど、噂があってしばらくすると相手が辞めていった。

なんでだろう。

ふるのか、ふられるのか。
もてるし、相手には事欠かない。

五年も一緒に働いてても謎のまま。
私もその手のことを聞かれたことはない、だから聞いたことはない。
いろんな人に探りを入れられても、私は何も知らない。


私なんて気がついたら佐藤先輩一筋だったのに。
諦めなきゃと思ってもウジウジと一筋だったのに。
まったく望みがなくても一筋だったのに。


やっぱり相変わらずだった。
奥さんの可愛がっていた後輩、私はそんな位置にいる。
近況のような伝言をもらう、仲良く楽しくやってるらしい。
じゃあ、もうそろそろ私も現実を見たい。


20代も後半だし、同期は少なくなるばかりだし。
お局になるにしても素敵な相手がいるのといないのとでは違う。

そう思った。



会議室を出て、休憩室に入る。

なんで居るの?
仕事してよ!


それでも気付かれるまでの少しの間、その横顔を見ていた。
かなり真面目な顔をしていた。
誰?って思ったくらい。
こっちを見て普通に戻った顔で、そんな思いは消えた。

でも、さっきの顔は昔見た気がする顔だったから、つい思い出してしまう。



それは入社面接、最終面接の時。
横並びで、おとなしく待つ学生達。
ここまで残っても、この中から何人かはいなくなる。
それは一部が選ばれることで、その他は落とされるということだ。


個人面接で、一人づつ呼ばれていく。


待機部屋に随分待つことになる。
終わっても帰れず。
一人五分位の、一人対数人の必死な時間。
誰もがそんな最終個人面接を前に真剣な顔をしていて。


あと二人。そうしたら自分の番。
緊張に深く息を吸い、胸に手を当てて。
隣から小さく声がした。

「きっと大丈夫だと思う。ライバルかもしれないけど頑張ろう。」

今からは考えられないけど、そう声をかけてきたのは確かに伊織だったと思う。

根拠のない励ましだけど、張り詰めたその場の雰囲気にも押しつぶされそうだったから、見せられた笑顔にすこし息をつけた。

軽くうなずくだけにして呼吸を整える。
自分の番の時に立ち上がりながら、少しだけ顔を見た。
小さな声で行ってらっしゃいと言われた。

あと私を入れて五人。
大部分は面接を終わり、緊張から解放されていた。
その人たちの囁き合う声はどんどん増えてきていた。
だから他に気がついた人はいないかもしれない。


いよいよの緊張で、言葉も出ず面接室に入った。

記憶は殆ど無いくらいだったけど、終わって部屋を出た時、はっきり伊織の方を見た。
元の席に戻る前に伊織が立ち上がって、私と面接室の前ですれ違った。

「ありがとう。」

ホッとした笑顔でお礼が言えた。
タイミングは良かっただろうか?
頑張ってとは言えなかった。
でも気持ちは伝わったらしくて、行ってくる、と言葉が確かに聞こえた。


脱力して椅子に座り待つ。
終わり時間とその人を。

帰ってきて、視線を合わせてお疲れ様と言い合った。
最後の一人が入っていったので、ここにいるメンバーはみんな終わってることになった。途端に話し声の大きさが少し大きくなった。


「大丈夫だったでしょう?」

「分からない。何も記憶にないくらいの緊張だった。」

「何度同じようなこと繰り返しても緊張するよね。」

「そうだね。」

「ここにいるメンバー全員受かればいいね。」


ライバルなのに、他の人のことなんて考えてもなかった。
余裕だなぁ。
もしかして年上?
そんな印象だった。

最後の一人が帰ってきて、担当者が挨拶をした。

終わった。
後は連絡をお待ちくださいと言われた。

そのまま伊織とは挨拶をして別れたから、名前も何も知らなかった。
本当に入社式当日まで。


四月、入社式当日。
全国の支社から新人が集まって、ちょっとした人混みだった。
あの時のメンバーで見覚えのあるのは二人くらい。
お揃いのリクルートでも個性を隠し切れないような目立った人くらい。
でも、なんの話もしなかったからお互い他人から始まる。

本当に他の会社の面接会場をいれても、伊織と少し話したくらいだった。

そして伊織がいたのはすぐわかった。
ちょうど数列向こうのよく見える位置にいた。

あの時の話を伊織としたことはない。
覚えていたのは、思い出したのは、私だけだった。
まさか‥‥別人?
いろいろと受けていたから、どの会社の面接で会ったかは忘れるのかも。
そう思った。
まったく覚えてないなんて事もあるから、声をかけても思い出してもらえないなら・・・・初めましての一人でいいと思った。


三日間、社内研修の座学で偶然顔が見える位置に座った日があった。
話を聞いてる伊織の横顔は真面目な顔だった。



さっき、その顔を思い出していた。



ちなみにリクルートとわかる黒髪一つ結び、意志の強そうなお揃いメイクは内定が取れたらすぐやめた。入社式の案内にもオシャレで華やかなスタイルでいいと書かれていた。黒髪黒スーツじゃなくていいと。

髪は春休み中の明るい髪のまま、スーツは黒っぽいけどおしゃれなものを選んだ。他の会社よりはその辺が自由だったから。
でもあの頃のメイクはその後散々直されたから、自己流はダメだったらしい。
あの頃伊織が気が付かないのはその差のためかも、なんて思い込もうとしてた時期も正直あった。


まぁ、昔の話だ。久しぶりに思い出した。
佐藤先輩と会ってちょっとだけ心が不安定で、ちょっとだけ過ぎた日々を思い出していたら、一緒にもっともっと懐かしい思い出が出てきただけだ。


「長い休憩だな。」

伊織には言われたくない。

「一人、新人のお世話しました。きちんと不在時には周りに居場所をお知らせください。なんて、いつも言われてるからお返しな。」

そんなこと言う?
あなたの所在だって、誰も知らなかったけど。

ちょっと会議室にこもりついでに、ぼんやりしすぎただけだ。


「佐藤先輩来てた。お土産を机の上においといたから。」

「ああ、もらった。」

「そう。じゃあ。」

コーヒーを持ったまま席に戻ろうとする。
数歩歩いたころ背後に聞こえた伊織の声。

『まだまだか?』そう聞こえたけど。

「何か言った?」

何を言ったのか、うまく聞き取れなくて、聞き返した。

「まあ、いいや。」

勝手に話は終わりにされた。

肩をすくめて席に戻った。


席に戻って、間違ったことに気が付いた。
緑茶を買いに行ったんだった。
お土産に合わせて緑茶を買いに行ったんだった。
なんでコーヒーを手にしてるのよ。

手に持ったカップの中の色を見てがっかりした。
しょうがない、机にしまった。もちろんお土産の方を。
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