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37 許されると思った身勝手な自分。

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私も皆も三ヶ月がたった。

その間私はとりあえず『災害時対策チーム長 補佐』というようなちょっとだけ偉そうな肩書を貰って仕事をした。
デザイン課の課長に相談して、二日だけ研修をお休みした。
簡単に許されたことにちょっとガッカリ。
補佐的な仕事過ぎて、いなくても問題ないと改めて分かった。

「じゃあ、終わったら、戻って来てね。」

課長にそう言われたから少しは元気が出た気がした。

災害対策長は総務課長だった。

以下、社員の連絡簿を作っていたのを、まず自分の名前を入れてもらった。
他に電話番号、住所など変更がないかを一人ひとり確認。
駅名を確認。
緊急帰宅マップを拾って印刷しておく。
会社用の災害アイテムの点検と見直しをした。

せめて二日間くらいは社員分の蓄えがあると嬉しい。

まずはお水と糖分の補給になるもの、保温と防水機能を備えたシート。
電池と明かりと情報をとれるもの。
トイレ関係。

占有してるキャビネットに詰め直していくとなかなかの量になる。

半年に一度の社員情報確認と情報網、マップ再確認、備品チェックをすることにした。
それぞれの有効期限は書き出しておいた。

取りあえずこれで『災害対策チーム長 補佐』の仕事は終了。
あとは半期に一度登場する肩書だった。

今までわりと放っておいたらしいので、担当は私がもらった。
総務課長の印鑑を貰えばお終い。


同時に進行していたロングプラン。
そっちは本当にドキドキだった。

あの話があって翌日社長室に出勤した。
懐かしいくらいの朝陽さんの笑顔から始まる日。

三人で会議をする。
具体的な話だ。

その前に自分の席で資料を見ていた。
個人情報を貰っていた。
依頼主はよく名前を見た施設、領収書でも何度か名前を見たところだ。
一人の高校生の女の子のバックグラウンドから、成績、施設長やスタッフが知る彼女の性格など。本当に成績表みたいにチェック項目があり、数字で評価され、その後に推薦文が続いていた。
エピソードを踏まえて、想像しやすいように書かれていた。

当然自分では想像できないバックグラウンドを持つ子供、本当にまだ子供だ。
添えられた写真は数人で何かの時に撮ったものを切り取ったようなものだった。

高校生が終わったら一人立ち、それは絶対条件。

本当に自分よりまだ子供なのに。


パソコンに打ち込みながらの会議だった。
この流れはいつもは社長と朝陽さんがやっていることなんだろう。

貰った書類を広げて、今後のフォロー予定を作って行く。

やや内向的な性格の傾向があると言うことで、年が近い女性として私が担当することになったと言われた。
内定から入職までの期間、心理学系から対人関係の作り方のセミナーを受けたから、まさかそこがぴったり来た!なんてことはやっぱり無かった。
それに自分も独り立ちしてるとは全く言えない立場で、うまくフォローが出来るのか?
さすがにそこは朝陽さん全力バックアップの元でお願いすることになる。

来週の挨拶、面談から始まる。
話をして本人のやりたいことを探る。
ある程度考えてもらってはいるらしいが、例えば資格を取りたいから専門学校に行きたいとか、もっと大学に行ってやりたいことがあるとか、今回の子はそんな事はないらしい。
一般企業と言われる形の就職を勧めると言う。
転職しやすく、復職しやすく、キャリアとして残るものを。
趣味の延長というような好きだけで仕事を選べる人は少ない。

最初の最初に会ったレストランの男の子。
あの子は実際に目的があっての修行のような就職だと教えてもらった。
調理やお店の経営などを勉強したいと、いずれはその方面で生きていきたいと。

そんなハッキリした目標があればいい。
ただ、高校三年になっても、いまだに何がやりたいのか分からないし、特別に突き抜けた特技もない、そんな子はたくさんいると思うけど、それでは困るからと自立に向けて覚悟を促さなくてはいけないらしい。




今週私は試用期間明けの同窓会がある。

「大曲さん、丁度いい。いろんな業種に就職した友達の話をよく聞いて、どんな業種で、どんな部署で、どんな仕事をしているのか、情報を集めてくればいい。この会社では拾えない情報があるだろうから。」

そう言われた。
当然春日さんに。
のんびりと懐かしさに浸って、食べて飲んで、おしゃべりするだけではダメらしい。

「芽衣ちゃん、酷い社長だね。久しぶりに友達に会うのに、仕事しろだなんて。飲み過ぎずに、個人的に深く付き合うなって、だいたいはそんな事だと思うから、気にしないでいいよ。そんな話は転職組がたくさんいるここでも拾えるからね。絶対たくさんあるから。」

「朝陽、新人が感じる感覚を忘れてるだろう。」

「社長はそうでも、皆がそうとは限りませんよ。」

冗談なのか、本気なのか。
余り楽しみにしてると報告したせいで、さっきのようなことは言われてる。

『飲み過ぎない事、羽目を外し過ぎない事、遅くなったら連絡すること、軽く誘いにのらない事。』

分かってるはずなのに。
ゼミの仲間だから、教授も出席するのに。
楽しみにしてるって言ったのも、半分は教授の話を聞いて、将来両親にプレゼントするために旅行の事も聞きたいと思ってたからなのに。

まさか仕事にかこつけて再び念押しされるとは思わなかった。

「分かりました。自分の知らない情報はきちんと記憶するようにしてきます。」

一応そう言った。

「やだねえ、心が狭くて。」

小さく朝陽さんがつぶやいた。
無反応な春日さん。

「とりあえず順番はこんな感じで進めていくけど、最初の本人との話は雑談からでもいい。大曲さんが感じたことを後でシェアしよう。」

「面談は私と二人だけですか?」

それは責任が・・・・。

「最初はそう。その間に園長に話を聞くから、少し緊張をほぐしてあげれるような雑談でもしてればいい。」

そんな簡単に言いますが。
友達とは違います。

「あんまり暗い服じゃなくていいから。今くらいの服でいいから。相手に緊張させない感じで。普通通りで対応してくれれば問題ないから。」

その普通が分からない。

「芽衣ちゃん、そのままでいいってことだよ。あんまり仕事仕事って意識しないでいいから、ちょっと話をしてみるくらいの感じで。まずは芽衣ちゃんがリラックスしないとね。お菓子でも食べながらでいいから、ね。」

「はい。」

そう言われてちょっと気分は楽になった。

取りあえずは週末の同窓会。

その翌週からいよいよ初めての担当の仕事が動き出す。

社長室に戻ってきて、恒例の懐かしいお茶会をした。

「高校生の頃、何を考えていた?芽衣ちゃんはどんな感じで大学とか学部とか、選んだの?」

「あまり深くは考えてなかった気がします。」

将来何をしたいとか、ただ漠然と思い描いたOLのイメージで働けると思ってた。
入った大学で興味ありそうそうなゼミを選択したら教授が優しくて、そのまま就職活動をして。
まったく即席の働く意欲だった。
具体的に思い描けてなかったのかもしれない。
だから落ち続けた。

こんな私でいいのだろうか?

「なんだか同じタイプ?」

そうだろう、もしくはそれ以下か。

「そうかもしれません。本当に大人になり切れない、大人になる振りだけした自分でした。」

「そこが芽衣ちゃんのいいところだよ。ね、社長もそこがいいんですよね。」

当然返事はない。
春日さんの方も見れない、きっと朝陽さんを睨んでる。

「そうだって。だから共感できるんじゃない?そんなやり方もありだと思うよ。引きづられないように僕がいるし、社長もいるし。二人で悩んでもいいから。」

「それじゃあ、手間がかかるだけじゃないですか?全く役に立ちませんが。」

「そんな事はないよ。悩める余裕が出来ることは彼女にとっていい事だから。こっちが決めるわけにはいかないからね。」

そう言ってくれた。
また少し安心した。
朝陽さんだったらきっと私より上手にできると思うけど・・・。



明日からはデザインに戻る。
面接の日だけこっちに来ればいいと言われた。

春日さんから、月曜日に同窓会の報告はするようにと、また、言われた。

「分かりました。」

「そんなの『楽しかったです。』だけでいいからね。」

私もそう思います。だいたい次の日に会う予定だし。
ほんと、しつこいなあ、ちょっとだけ思ったけど顔には出さなかった。
残った時間はファイルに最近追加された名刺を見ながら、どんな業種なのか調べた。
最初の頃に時間をかけて作った書類の続きだ。

世の中にはいろんな仕事があるものだ。
そう思いながら調べてまとめる。

懐かしい部屋で過ごして、やっぱり嬉しい笑顔で一日が終わった。




そして週末、同窓会。

「あ、芽衣、久しぶり~。」

三か月、それなりに大人になったつもりだった。
それはきちんと規則正しく電車に揺られて、自分に与えられた席で、拾い物のような仕事をして。
それ以外にも・・・・・・プライベートでも春日さんもいたし。
そっちは、自分では想像しなかった展開で、しっとりの大人になれていたと思っていた。

でも、もっと世の中は早いスピードで進んでいたらしい。

大学生をやめて大人になった皆はびっくりするほど、きれいになっていた。
服もスタイルもお化粧も、仕事あとの余韻を引きずるくらいの、プライド、やりがいのようなもの。
勝手に皆からそんなものを感じていた。


「芽衣、変わらないね。」

皆がそう言うから、やっぱり私は変わってないのかもしれない。

「すごく変わったね。綺麗になってる。大人っぽい。」

皆には正直にそう言った。

女性だけじゃなく男性も。
あの時に会ったアンでさえすっかりサラリーマンが似合ってたから。

教授も時間には来てくれて、みんなが揃った。
ビックリするほど出席率が良かった。
ゼミ生ではなくても、よく教授のところに入りこんで仲良くしてた人まで参加していた。
これは春日さんと朝陽さんみたいな人?
つい思い出して笑顔になる。

そういえばアンの名刺は自分の部屋に置いてある。
あの日も、その後も連絡することなく机の引き出しに去年のアドレス帳と一緒にしまわれたままだった。この間春日さんの部屋で写真の話をするまで思い出しもしなかった。

しまった・・・・。
悪かったな。
後で謝ろう。

乾杯をして、適当に近くの女子と喋る。
酔うわけにはいかない。
最初は近況報告から。
仕事の話と恋愛の話が織り交ぜられて。

皆楽しそうに働いてる。
会社の名前と部署と仕事内容、ちゃんと聞く。
報告しろと言うなら、レポートで提出します・・・・、とちょっとむくれそうになる。

「芽衣は?」

「うん、小さい会社で、広告デザインの人のお手伝い中。あとはいろいろ。」

「社長と同行して営業に行ってたって、アンが見かけたって言ってたけど。」

「そうなの、会社を出た時に、たまたま会ったの。少し話をしただけだったけど。」

「社長と同行とかするの?」

「その日はたまたま秘書の人が忙しくて、挨拶と顔見せだって連れていかれたの。皆が思うより小さい会社だから人は少ないの。だから手伝いもするし、来週から一緒に仕事もする。」

「営業?」

「ううん、ちょっと説明しずらい。人材派遣みたいなもの。」


「芽衣、彼氏は?」

順番に聞かれてたから覚悟はしてたけど、隠すまでもなく表情でバレたみたい。

「私たちの知ってる人?」

「え?何で???知らない人だよ。」

少しシンとした場。
もしかしてアンだと思われた。

「大人になって知り合った人だよ。」

思いっきり笑顔になれる。
さっきからそこにいるくらいに近くにいる感じで、思い出してる。

「芽衣、すごく大人っぽくなったよ。綺麗になった。」

やっと待望のセリフが。
言った子はお世辞なんて言わない、そういう意味では一番信じられる子。

「本当?うれしい。誰も言ってくれないからがっかりしてた。私は皆が綺麗になったって言ったのに・・・・。」

「うん、そう言われれば、普通の顔がすごく色っぽくなったかも。笑顔は変わらないのに。」

本当ですか???無理に言わせましたか?
早速報告したい。

「やっぱり笑うといつもの芽衣だ。そこは変わらない。」

「褒められたら嬉しくて笑顔にもなるから。」

時間がたって、席も自由に動き始めた。

教授のところに挨拶に行った。

「教授、お帰りなさい。楽しかったみたいですね、楽しい報告ありがとうございます。」

「芽衣ちゃん、OLさんみたいだ。仕事は順調?」

「はい。」

あまり深くは仕事の話は出来ないというか、したくない、ここでは。
教授もそう思ってくれたらしい。

「ああ、本当にまた行きたいくらいだよ。奥さんが若返ったし。早速ご無沙汰してた人に、ただいまのあいさつに行かなくてはいけないんだ。相手の会社に手土産を持って来週あたり行こうと思ってるよ。」

来週会社に来ると言うことだろう。

「きっと楽しみにお土産話を聞こうと待ってるんじゃないですか?私も来週水曜日にいよいよ新しい仕事をします。上司二人と東京の端の施設まで行くんです。」

水曜日は春日さんも朝陽さんもいませんと伝えたつもりだった。

教授がビックリした顔をした。

「どうかしました?」

「ううん、そうなんだ。新しい仕事も頑張って。」

「はい。」

すぐに普通の笑顔になったから良かった。
ちゃんと働いてます。

「教授、少し落ち着いたら、一度旅行の事を聞きに行ってもいいですか?お母さんが教授夫婦がうらやましいって、お父さんが退職したら同じように旅行したいって言ってるんです。あと、10年はあるから私が貯金してプレゼントしたいんです。いろいろと参考にさせてください。」

「いいよ。妻も会いたがってるし、遊びにおいで。」

「本当にいいですか?」

「もちろん。もう一人連れて来てもいいよ。」

ん?

「誰ですか?」

「芽衣ちゃんが紹介したい人がいたら。」

「別に・・・・・。」

「そう、ならいいや。」

そう言われた。
しばらくして気がついたけど、まさか?
彼氏がいるって話が聞こえてた?

今頃赤くなる。
無理、春日さんを連れて行ったらびっくりでしょう?
良かった、すぐに思い当たらなくて。

男子のグループに加わる。
当然アンもいた。

「芽衣、久しぶり。変わってないなあ。」

ガッカリだ。男子にもそう言われるなんて。

「みんなこそ、スーツが馴染み過ぎて、早くもオジサン化してない?」

やり返す。

「就活の時から着てるんだから、そうなるよ。女子とは違う。研修が終わったら変身するよな。」

「本当だよな。いきなり服も化粧も髪型も変わる。あれはずるい。」

「何がだよ。」

「好きなんだよ、あの雰囲気。なのに一斉に変わるし、色々性格まで変わるよな。」

「お前はいつ時代の人間だよ。それくらい見抜けよ。」

「そう言いながらちゃっかり彼女作ってるくせに。社内恋愛は楽しそうでいいなあ。」

「そうだろう?別れるまでは楽しいと思うよ。噂にはならないように絶対会社じゃ喋らないし。」

「彼女が友達にバラしてんじゃないのか?」

「今のとこ大丈夫だって。」

「絶対無理だって。写真見せたりしたらバレるし。」

「まあ、友達ならいいよ。数人だけなら。」

「甘い、女の情報伝達力はすごいから。」

「マジかよ。まあ、結構社内カップルも他にいろいろいるらしいからいい。」

「同じ課とかじゃないよな?」

「まさか、そこは全然接点ないところ。さすがに隠せる気がしない。お局にバレそうだ。」

「だよな。バレたら気まずいよな。せめて遠くの課にしてもらいたい。周りのこっちが気を遣う。」

そんなものだろう。確かにそうだろう。
朝陽さんは普通に揶揄ってくるけど、春日さんは会社では本当によそよそしいくらいだから。
そんなのも朝陽さんにはバレてる気がするけど。

「芽衣。」

ウーロン茶を片手に話を聞きながらぼんやりしてたら声をかけられた。

「アン。元気?久しぶりだね。」

「うん、元気だよ。芽衣、あの時より、ずっと綺麗になった。」

「あ、アン、ごめんね。あの日からもいろいろとバタバタしてて。机の引き出しに名刺をいれたままになってて。」

「ああ、いいよ。実はあの後、何回か見かけたよ。」

「ええ~、そうなの?そんなにあの辺に来てるの?」

「ああ、まあ、そうだね。」

「声をかけてくれてもよかったのに。」

過ぎたことだから簡単に言ってしまった。
誘われたら、コーヒーくらい飲んだ。
食事は無理だと、多分お母さんの手伝いをダシにして断ると思うけど。

「同じ人と一緒だった。」

初めて再会したのは社長と二人の時。
それ以降も春日さんと一緒なのを見られてた?
だって二人で会社を出ることはない。それは仕事だ。

「仕事で社長の同行も一時期あったから。たいていは秘書の人も一緒だったけど、研修中は何度か二人もあったから。」


そう言ったのに、じっと見られた。

「一回は週末だったよ。芽衣の事はすぐわかったから、手をつないでる隣の人もすぐ誰だか分かった。・・・・別に誰にも言ってないから、言わないし。」

見られてた?

「良かったな。楽しそうな顔してた。見たことないくらいの笑顔だった。」



「・・・・・・ありがとう。」 

・・・ごめんなさい。

この間、学生の時の写真を春日さんに見せようと思って見返してた。
やっぱりいつも近くにアンがいた。
少ない人数で写ってる時、勝手に撮られた時、
アンがいないと分かってるのは写真を撮ってくれた時。
写ってなくても体の一部で近くにいることは分かるくらい。
たまたま女子を撮ったからアンが写ってなかっただけみたいな写真。
まったく気にしてなかったから、気づかなかった。

他の人はうっすら気がついてたんだろう、教授も気がついてた。


「芽衣、アン、写真撮ろう?」

盛り上がり、でも、誰もが酔い過ぎない内に、いつも途中で写真を撮る。

固まった方へ歩いて行く。
店員さんにお願いするらしい。

塊に加わった。
一緒に歩いていたはずのアンは向こうへ行ったらしい。
隣には来なかった。

二回もアンに酷い事をしたことになるんだろうか?

勝手に忘れてて、いいよねって自分で思った一回目と、大好きな人のことだけ考えてて、思い出すこともなかった二回目。
大切な友達なのに、友達だから。
今のままでいいと思ってしまった。
だからそのままにしておこうと勝手に思って忘れた。



アンが早くお似合いの彼女を見つければいい。
勝手にそう願った。

撮られた写真は珍しく楽しい顔をしてなかった。
正直な自分の表情だった。

その後もお酒も飲まずにいろんな人の話を聞いて、表面で笑って。


無性に声が聞きたくなった。
声を聞いたら会いたくなると分かってるのに。



二次会の誘いを断って、教授に挨拶をしてタクシーを見送った。

駅に向かい、改札に入る前に電話を取り出す。

『今、終わりました。ほとんどお酒は飲んでないので、酔ってません。』

すぐに見てくれて返事が来た。

『楽しかった?』

部屋だと思った。
いつもの窓辺かクッションか。
確信して、想像出来て、寂しそうな画も浮かんで。

電話した。

「春日さん、お部屋ですか?」

『そうだよ。どうした?元気ないけど。楽しくなかったの?先生には会えたんでしょう?』

「春日さん、少し会いに行ってもいいですか?」

『もちろん、泊ってもいいくらいだけど、・・・・お母さんには何も言ってないんだよね。』

「電話してみます。いいって言われたら、泊ってもいいですか?」

『もちろんだよ。タクシーで帰って来て。下で待ってるから。』

「もう一回電話します。お母さんに聞いてもう一回電話しますから、部屋にいてください。」

『うん、わかった。』


お母さんに電話して、すぐに元気がないと言われた。
春日さんの部屋に行って話がしたいと言ったら、ため息をつかれた。


『それで、元気が出るなら、必要なら特別に泊るのも許すから。遅くなって帰ってくるより安心だし。明日の昼過ぎには帰ってきなさい。夕飯は一緒に買い物に行くからね。』

「はい。ありがとう。」

『お休み。気を付けてね。』

タクシーに乗り、行先を告げた。

春日さんにメッセージをいれた。
到着予定時間も教えた。


『下で待ってる。』

そう返事が来た。
会えると分かっただけで元気になれる気がする。


タクシーが着いたのが見えたみたいですぐに出て来てくれた、本当に玄関で待っててくれたらしい。

「急にすみません。」

「迷惑じゃないから。うれしいから。」

手をつないで一緒に部屋に行く。

こんな贅沢に慣れてしまってる。
アンもそう思っただろうか?
最初に社長だと紹介した。
だからずっと分かってたと思う。


相変わらずこのマンションで人に会うことはなく。
静かだった。

リビングまで歩いて行き、くっつくように抱きついた。

「どうしたの?先にシャワー浴びて着替えてきたら?待ってるから。」

うなずいたのに、それでもしばらくくっついてて、ゆっくり離れた。

着替えをして、リビングのいつもの場所に行く。
本当にここが好きみたいだ。
テーブルも椅子もいらない場所。

手を伸ばされて抱えられるように滑り込む。
自分もすっかりこの場所に落ち着いてる。

体をひねるように向き合うようにしてもたれた。

「楽しかったって報告が来ると思ってた。そんなに落ち込んでると、いい予感はしないんだけど。」

何をどう落ち込んでるのか自分でも分からない。
アンのこと。

「もっとバリバリ働きたい?他の人がうらやましくなった?」

何も言わなかったら、そう言われた。

「違います。仕事じゃないです。別に全然、そんな事思いもしませんでした。ちゃんと情報収集してました。いろいろ皆の話を聞いたんです。でもそんなこと少しも思ってません。」

「そう。良かった。じゃあ、何?どうしたの?」



「前に会社を出たところで声をかけてきた男の人、覚えてますか?」

「覚えてるよ。同級生で仲良しの『アン』君でしょう?名刺をもらってたよね。連絡を取り合ってたの?」

「取ってません。名刺は机の引き出しにしまって、忘れてたままでした。」

「で、そのアン君がどうかしたの?」


「教授に紹介されて面接をしてもらった日、終わったら会おうって約束してました。あの日は教授の手伝いをするって言ってたんです。待ってるからって言われて。終わった後、一緒にお茶をして、その時に告白されました。まったく気がつかなくて、友達の一人だと思ってたから。その時は就職のことで、まだそれどころじゃないからって言いました。じゃあ、落ちついたら連絡をしてと言われてて。その後はセミナーの予定をたくさん入れてたし、最後に仲間で集まる日にはインフルエンザで行けなくて、そのまま会うこともなくて。」

「連絡来なかったの?」

「来ませんでした。他の人のメッセージの間に『お大事に』って言われただけでした。」

「二度目も名刺をもらったのに、すっかり忘れてて、本当に忘れてて。あんなに一緒にいたのに、大切な友達の一人だったのに。」

「あれからも私を見かけたみたいです。会社の近くだと思ったので、隣に同じ人がいたと言われた時、社長だって、研修中、たまに秘書さんが忙しい時に同行してたって言ったら。」

「言ったら?」

「一度は週末に違うところで見たって。手をつないで、見たことない笑顔で歩いてたって。」

「きれいになったって褒めてくれたただ一人の男子でうれしかったのに。そんな話の後に誰にも言わないって言ってくれました。」


「で、何でそんなに落ち込んでるの?」


「酷い事をしたと思いました。勝手にいいだろうって思ったり、すっかり忘れてたり。」

「僕になんて言って欲しいの?」


そう言われて、顔をあげて、体を離した。


「すみません。どうしても声が聴きたくなって。声を聞くと会いたくなるって分かってたのに。きっと泊めてくれるって思ってて。お母さんも元気がないってすぐに気がついたから、特別に外泊の許可をもらいました。」


「いいよ。思い出してくれたのが、教授でも女の友達でも、まして朝陽でもなかったんなら、いいよ。」

そう言って胸に引き寄せられた。


「すみません。やっぱり甘えてます、本当に。」

「そうだね。でも隠されるよりはいいかもね・・・・って考えることにする。」

「ありがとうございます。」

「きっとアン君にもいい事があるよ。その内、芽衣より可愛い子を捕まえるかもよ。」

うなずいた。そう願ってる。

「後悔しても遅いよ。」

うなずいた。


「そこはしませんって言ってよ。」

「分かってるじゃないですか?しません、絶対しません。」

「元気になったってお母さんに報告できる?」

「・・・・はい。」

「良かった。僕が役にたったって思われる。」

顔をあげた。
そんな事を思ったの?

「何?そういうことでしょう?」

そうですが。

「そんなのお母さんはとっくに思ってますから。」

「いいの、日々の積み重ね。いきなりの申し出でも許可してくれたんだから。」

「・・・・そうですね。」



すっかり教授の事を報告するのを忘れていた。

次の日、お昼を外で一緒に食べていて、聞かれて初めて思い出した。

「元気に帰ってこられたみたいです。楽しかったみたいで。お土産持って挨拶に来週にでも来たいみたいでした。さりげなく水曜日はいないことは伝えました。」

「元気で何より。その内朝陽に連絡があるだろうから、そうしたら下にいても連絡するから。」

「はい。」

やっぱり甘いじゃないですか。
ここで社長室に高齢の教授まで加わって、何と思われるの?
『大切な知り合いのお孫さんらしい。』
そんな噂が流れるかも。


出来たら上の階にいる時に来てほしい、そう思った。


来週からいよいよ・・・・。
それは多分、春日さんが過ごした施設から始まる仕事なんだと思う。
ちゃんとは言われてないけど、領収書でも何度か見た施設の名前。

少し春日さんの過去を見るみたいでドキドキする。
このことはお母さんにも言ってない。
言えてない。





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