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25 日曜日の引っ越し。

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持って行く物は買ったもの全て。
移動用バスケットに馴染んだ服を入れて子猫を座らせる。
餌や猫じゃらし、トイレと砂。
部屋から気配がなくなるまで荷物を集めた。
見渡すと、とたんに寂しくなった。
同じ思いの彼女。2人でぼんやり立つ。

二週間一緒にいた小さな獣は過去の部屋に馴染みすぎていて、引き算がうまくできない。
寝てる時間もぐんと短くなってきていたから遊んでやる時間も増えていて。
平日一匹で過ごしているのを考えるとやはり実家のほうがいい、何度も言い聞かせながら、ため息を飲み込んで。
バスケットを持ってもらい、思い出の欠片を詰め込んだボストンバッグ持つ。


病院での診察も問題なく終わった。元気に育ってて問題なしと。
良かった。

電車では二人で隙間からのぞき込んで見る。
鳴くでもなく大人しくしている。

「緊張してる?」背中に触れて聞いてみた。

「まだ、・・・大丈夫・・・少しだけ。」

表情はまだ落ちている。

乗り換えを入れて1時間くらいの距離。遠くてもいい。今日は。
揺らさないように大切に持たれたバスケット。
乗り換えの駅は人混みがすごくて、彼女が脇から声をかけていた。

「大丈夫?ごめんね。」

一緒に隙間から覗き込むと、小さくまとまっている。
バスケットから顔をあげると遠くを見ている彼女。

「麻美さん、どうしたの?」

「あの・・・、さっき鈴木さんがいたみたいで・・・。」

困った顔の彼女。

「ああ、ジャズライブ行くのかもね。見られたかなあ、明日揶揄われるかなぁ。みんなに言ってたりしてね。」

困り顔のままの彼女。

「いつかはバレるし。・・・行こう。」

電車を乗り継いで。まだまだ・・・・。

ゆっくりでいいのにあっという間に駅についた。

彼女は初めて降りる駅。
自分の後ろをゆっくりついてくる。
顔がすでに固まってる気がする。

昨日メールで伝えた。すごく緊張する人だからと。
約束通り同僚と伝えている。

「着いたよ。」

家の前で振り向くとさっきよりさらに固まってる表情。
いっそ懐かしいくらいの無表情。

背中をさすって横を歩く。

「ただいま。」

奥からサイの走りのような音が聞こえてくる。
太ってる訳ではない、うるさい訳でもない。
でも明らかにいろんな期待が膨らんだ顔。

もちろん猫に、そして・・・同僚と言ったけど・・・。

籠から猫を出してみせる。
悲鳴を上げて両手で包み込むと奥に歩き出し、途中気がついて戻ってくる。

「いらっしゃい。ごめんなさい。嬉しくて。どうぞ上がってくださいね。」

「おじゃまします。」

母親に言われて、彼女が答える。
なんとか表情が出てる気がする?
あまりの母親の天然さに呆れたかもしれない。
それでもいい。
リラックスしてくれるなら。

「お父さん!猫と女の人。」

・・・自分は?

奥に声をかけて先に届けられた子猫。
掃除しただろう感のある和室に案内する。
バスケットと荷物をおろし、一息。

「後で写真撮ってもらおうね。」小声で言う。

猫を父親に渡したのか、お茶を入れて持ってきてくれた。
意外に早く思い出してくれてよかった。

「同じ課で働いてる小路さん。いろいろ教えてもらったんだ。」

「由人がお世話になってるみたいで、ありがとうございます。」

「・・・いえ、・・・こちらこそ。」

少し細く震える声。

やっぱりまだ駄目らしい。
可哀想なくらい緊張してるのが分かるけど、背中をさすったりは出来ない。
バレる。

「由人、猫ちゃんの名前は?」

「つけてないよ。母さんつけてよ。」

「え?、いいの?ちょっとどうしよう。」

父親がのっそりと出てきた。手には猫。顔は笑顔満点。

「ただいま。」

「おかえり、いらっしゃい。」

「・・・こんにちは、おじゃましてます。」

「おぉ・・・。」口だけじゃなく親父の目が丸になる。


「由人はお父さんに似て面食いよね。」

ん?親父を見る。母親を見る。
どこに突っ込むべきか悩む。
とりあえず情報の修正を試みよう。

「同僚の小路麻美さん。猫の相談でお世話になったし、荷物も多かったから手伝ってもらったんだ。」

父親の掌でちんまりと収まっている子猫。
既に馴染みすぎてないか?

「お父さん、名前決めていいって。何にする?カタカナがいい?」

「病院で呼ばれて恥ずかしくない名前がいいからね。」俺が言う。

凝った名前を付けすぎると後悔するだろう。

「何よ、じゃあ考えてよ。麻美さん、何がいい。」

母親の無茶ぶり。

「・・・え、えっとタマ・・・。」

サザエさん?

「え、それはベタすぎる。」

笑いながら言ってみた。冗談?

「あ、もっと違うの考えます。茶色っぽいから…どんぐり、じゃなくてマロン。ハヤト。クロウ、あ、黒じゃない。」

かなりテンパってる。

・・・・・ハヤトって誰?

「もう、町野さん考えてください。」

だいぶん声が出て良かったけど。
とうとう役目を放棄することにしたらしい。こっちに振ってきた。

「ホッケとか?」

「え、え~?なんで魚の名前なんですか?」

「可愛くない?食券取り合った魚だし。」

「・・・取り合ってません。あの時は親切に譲ってくれたんじゃないですか。」

「いいじゃん。」

笑顔で言ってみる。もちろん冗談だけど。

「町野ホッケくん・・・。病院でそう呼ばれて立つのお母さん嫌だわ。」

「もう、冗談だよ。」

「そう、いちゃつくなら自分の部屋でやって。」

二階を指さされた。

急に冷静な振りをする母親。

「別に・・・・違うって。変なこと言うと小路さんに失礼だろう。」

怒るふりをしてみる。

「麻美さん、この子の初恋は幼稚園の先生だったんだけど、若い先生の中でも一番に大人びた綺麗な先生でね。いつもまとわり付いて恥ずかしいくらい。ホント昔から面食いでね。よく腰にへばりついてたわよね。」

「そんな昔の話してどうするの。覚えてないし。」

でもたくさんの写真に証拠が残ってるのだ。
記憶はなくても・・・・。

確かに若いきれいな先生だった。
そして確かに腰にへばりつくようにくっついていつも隣に写ってる自分。
そんな子供の頃の自分なんて、今まで忘れてたのに。
写真を見返してもあの頃の自分の審美眼に自信を持てるくらいに一番に魅力的な先生だった。

「小学生になってもランドセル背負ってしばらく通ってたのよ。覚えてないの?何度も迎えに行ったのに。」

「・・・知らない、覚えてない。」

さすがにそんな証拠はアルバムにはない。

「麻美さん、母さんの冗談だよ。でも笑って・・・いいよ。」

つい笑顔が見たくて。

「子供の頃、会ってみたかったです。」

「僕も。」

「二階に行く?」

すかさず母親の突っ込み。

しまった、つい。
見ると母親の目が咎めるようにこちらを見てる。

「ねえ、由人。バレバレ。そうでしょう?なんで同僚って紹介したの?」

やっぱり、自然すぎたのか、それとも変に不自然すぎたのか。
母親には数分もおかず看破されたらしい。

「すみません。私がお願いしました。極度の人見知りであんまり初対面の印象が良くないと思うので・・・・。」

「そんな事ないわよ。緊張してるのは分かるし。ね、お父さん。」

「大丈夫ですよ。」

余所行きの父親を久しぶりに見た。
余所行きにならない母親の隣ではめったに登場しないバージョン。
ともあれ、バレたらしょうがない。
彼女が先に認めたんだし。

それからも自分の子供の頃のかわいらしいエピソードの数々が披露されて。
ところどころ誇張された部分を修正しながらお互いに笑い合う。
彼女も母親の冗談まじりの暴露話につられて笑い、随分楽になったようだ。

良かった。


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