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19 彼女の隠れ家へ

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お昼過ぎの時間。どこの会社からも人が出てくる。
彼女から待ちに待った返事が来た。
真面目に携帯を仕事中は一切見なかったのだろうか?

お昼の待ち合わせのお店の名前が書かれていた。場所も。
全く知らない、どんなところだ。
彼女が一人で行くところらしい。
楽しみだ。穴場なんだろう。
確かに会社からだとちょっと遠く感じる。
ここまでは誰も来ないと思う。

ほぼ同時にお店の前にたどり着いた。

「お疲れ様です。町野さん。」

「お疲れ。麻美さん早かったね。」

「はい、何度も迷って細い道の近道を発見したんです。でも説明が難しいので分かりやすい大回りの道を教えました。遠くてすみません。」

「ううん、いいよ。」

大きなドアを開けるとカウベルが鳴るちょっとレトロな喫茶店だった。
外からものぞけないアンティークなガラス。
薄暗い店内はなるほど、落ち着く感じだ。

カウンターの中の渋いおじいさんが一瞬視線を自分の上で止めた後、にっこりと笑う。

「こんにちは。」

彼女が常連のような挨拶をしてソファに行くのについて行った。

「良く来るの?」

「はい。大好きなんです。落ち着いていれるから。」

メニュー表を見てオムライスを頼む。
おじいさんがゆっくり注文を取りに来てくれた。
彼女に挨拶してこっちにもいらっしゃいとにっこり笑いかけてくれる。
彼女の連れというのが珍しいのかじっと見られてる気がした。
でもかなりリラックスしてる彼女。
ここは彼女のセーフゾーンなのか。
確かに落ち着く雰囲気だしいいかも。

「ね、メール見てくれた?」

「はい。病院はいつでもお付き合いします。でも今週でお別れなんですね。寂しいですね。」

「うん、やっぱり可哀想だから。母親も孫を待つ心境なのか変な感じで期待が高まってるんだ。小さい頃の今も見たいだろうし、慣れるのも今ならいいかなって。」

「そうですね。それまで会いに行ってもいいですか?」

「うん、もちろん、いつでも。」

今日は?
そう聞きたかったのに食事が運ばれてきた。

実はスペアキーを持ってきている。

平日だとどうしても遅くなったら可哀想だと思い、もし彼女が先に帰れるようなら・・・・・と。
なんて思ってるけど自分がもっといっぱい一緒にいたいし、帰った時にいてくれたら・・・うれしい。
でも今日は直帰するなら確実に自分が先だ。

彼女の前にはミックスサンドが置かれていた。

「美味しそうだね。」

「半分食べますか?」

「じゃあ、半分あげるよ。取り皿いる?」

「大丈夫です。」

フォークとスプーンがあった。、最初に半分に分ける。
美味しそうに食べる彼女に写真の事を聞いてみた。

「ね、僕の携帯で写真撮った?」

「はい。ちゃんと言いましたよ。」

「え?いつ?」

「お昼作って手が空いたときに、ちょうど子猫と遊んでたじゃないですか。可愛かったので撮りました。」

まったく覚えがない。今の可愛いは子猫にかかるのだろうか?

「聞いてなかったですか?返事してくれたと思ったから。」

「ああ、今日ビックリしただけ。午前の打ち合わせの人に猫の話して写真見せたらいきなり自分の写真が出てきて。誰が撮ったのか問い詰められて、バレてしまって・・・・。いろいろ白状させられました。」

「・・・・それは知りません。友達って言えばよかったじゃないですか。」

ちょっと怒ってる?

「だってその次の写真がソファで撮った写真で。てっきりそっちを見ながら言われてるんだと思って。勘違いだったんだけど。年上の女の人なんだけどすごく鋭くて、もうタジタジで。」

「・・・・。」

「ごめん、でもほら、麻美さんは直接会わないから。いい人で、姉のような人だから大丈夫。」

しょうがないという笑いに照れた表情をし彼女が食事を再開する。
良かった、怒ってないみたい。ホッと息をつく。
半分食べてフォークをつけて彼女の方へずらす。

「午前中、何か変わったことあった?」

「いえ、特に・・・ないです。」

「午後も外回りですよね。」

「うん、直帰しようかどうか迷ってる。微妙な時間だなあ。」

バッグからキーホルダーを出して鍵を彼女の前に。

「ね、子猫がいる間、もし僕が遅くなったらお願いしたいんだけど。預かってもらえる?」

彼女の視線が自分と鍵を往復する。
ゆっくり細い指が伸びて鍵を手にした。

「はい、今週いっぱいお預かりします。」

「今日は・・・・・来てくれる?あと1週間だから。毎日・・・・良かったら。」

「・・・・行きたいです。子猫にも会いたいです。」

『にも』って言われるとうれしい。


「ギリギリだったら直帰するつもりだから。ご飯作ってみようかな?」

「何もなかったら私も定時予定です。作りますが・・・。」

「うれしい、何にする?買い物しとくし、途中までやっとく。」

「じゃあ、もし先に帰るようでしたらカレーは?簡単です。」

「うん、それくらいならできる。ルーは?好みがわからない。牛?豚?鳥?海の物?」

「好きなものでいいです。お任せします。作るって程の物でもないですね、煮込むだけ。ご飯炊いておい欲しいですが炊飯器ありましたか?」

「うん、あるよ。お米がないけど、買う買う。うれしい、楽しみ、近いっていいね。」

テンションが上がる。

「あの日偶然会えなかったら、きっとすれ違うこともなかったんですよね。」

彼女が諦めたような顔で言う。

「そんなことないよ。だって同じ課になったんだよ。何度か話しかけようと思ってたよ。一緒に飲みに行こうって。でも時間かかっただろうなあ・・・・・。」

「多分一緒に行くことはなかったと思います。」

「そうだね。だから歓迎会の時にチャンスと思って話しかけたのに全然話せなかったよね。次の忘年会はずっと横にいようと思ってた。鈴木さんに声をかけられて勝負を挑まれても不戦敗にして、絶対って。ふぅ~、最初は週末に会えるだけでもいいと思ったのに、麻美さんがすごいアプローチ方法をとるし。良かったよね。カラスにも感謝、子猫にも感謝。」

わざと絡んだ。思い出してもらえるように。
無言で軽く睨まれた気がする。

「ねえ、実家に一緒に行くのは・・・やっぱり嫌だよね?苦手だよね?」

「・・・・・私はなんと紹介されるんですか?」

「・・・・・一緒に面倒見てる人、同僚。・・・・もしうちの母親のこと苦手じゃなかったら彼女って言いたいけど。父親もいると思う。優しいよ二人とも。でも母親は興味津々で聞いてくると思う。それは僕が止めるから。」

「・・・・すこし考えてもいいですか。」

「うん。実家の都合も聞いてみる。日曜日がいいと思ってるけど。無理しないで。でももし一緒に行ってくれたらうれしい。そのあとも成長を見に、たまには会いに帰りたいんだ、一緒に。」

ずるい提案だと思うけど、本当にそう思ってる。
だって自分も大きくなったあいつに会いたいと思うし。
多分すっかり忘れて、ふてぶてしくなってツンデレに磨きがかかてるかもしれないけど。多分会いたいと思う。会いに帰ると思う。
一緒に行ってくれたらうれしい。その後も誘いやすいし。

「まずは今日のカレーと週末の病院ね。約束。」

フォークを持った彼女の細い小指にさらりと小指を絡ませた。
ちょっとの時間だけ。
アッという口になり照れる顔をする。

そんな、・・・今更だよ、麻美さん。

時間になり一緒に席を立つ。

カレーの材料を買うってことでお昼は奢ってもらった。

やっぱりおじいさんにじっと顔を見られてる気がする。
お店を出て少し手をつなぐ。彼女が見つけた細い路地を通る間だけ。
大きな通りに出たら離した。

「ねえ、あのお店のおじいさん、知り合いってことないよね?」

「はい。ここ数年、顔見知りなくらいには通ってますが。」

「なんだかじっと見られたけど。」

「きっと初めて人を連れて来たから珍しかったと思います。ずっと一人だったから。」

横を見るともういつもの無表情な顔になってる気がするけど耳が赤い。
もう表情は切り替わったらしい。

「お先にどうぞ。コンビニで時間つぶして戻ります。」

「・・・・そう。」

じゃあお先にと言って先に戻る。
しばらくは彼女のいいように任せよう。

席に戻るとパソコンの上に付箋がいくつか。
特に急ぎではないようだ。
歯磨きをしてトイレをすませてメールをチェックして伝言を処理する。

午後の予定は直帰とする。

必要なデータを吸い出してパソコンを持って出かける。
ちらりと彼女の上に視線を通過させるが下を向いて顔は見えなかった。
視線を一周させると鈴木さんと目が合った。そのまま伝言する。

「ねえ、今日微妙な時間だと思うから直帰する。連絡するからよろしく。」

「了解。いってらっしゃい。」

手を振られたので振り返して出る。

二件のアポイント先を訪ねる。
最初のところは新しい取り扱いが増えるとあっていろんな情報を集めて発信する方法を決める。
それなりに最初のステップで決まるところが多い。
目新しい商品ならなおさら。
コアとする対象を決めて媒体を決めて、合わせて掲載用デザインを決める流れで。
内容をチェックしてもらい、これをデザイン部に渡す。
見本を数パターン作成してゴーサインが出れば一段階終了となる。
数枚のサンプルを出して一番気に入る雰囲気を言ってもらう。
はやりの健康食品ブームに乗せたいらしいので真面目ラインで、でも効能は分かりやすく、若いターゲット向けなのでおしゃれ感も。とりあえず言われたことを書き込んでおく。
新しい商品でもあり複数枚の提案を用意することにして。
手直しも入る前提で次の約束をして会社を出る。
あまり期間に余裕がない。そうなると直帰はあきらめるしかなくて。

時計を見るとまだ次の約束の時間まである。
メールに添付して鈴木さんにお願いするか。
そこまで甘えるのも・・・。しょうがない、一度帰るか。

まったり猫サイトでも見ようと思ってたのに。

一度社に戻りデータと見本サンプル、依頼内容をまとめてデザイン部に持っていく。
デザイン部依頼はよくあるがたいてい上司から流れる。
今回は任されてるので一応報告はしたが直依頼でいいと言われた。

今まで直接足を踏みいれたことも数えるほど。
彼女がいた席には違う人が座っているのだろうか?
書類を持って噂に聞いた係長に直接依頼する。

「ああ、ちょっと待って。高島、新しいのもらえるか?」

「はい、大丈夫です。」

「じゃあ、担当に言ってくれるかな?」

「はい。」ここでも上司は関わらず。

呼ばれた担当の高島さんに挨拶して名刺を渡す。
内容と期限を伝えて依頼した。

「次回アポまであんまり日がないんですが、よろしくお願いします。」

「はい、大丈夫です。数パターン作ってみて早めに届けます。」

「助かります。よろしくお願いします。」

帰ろうとしたら、さっきの係長に呼ばれた。

「三課に送った小路はどうだろう?」

いきなりだったがなんとか顔を平静に保ち答える。

「課内ではなかなか距離がありまして。聞く限り仕事は問題ないようで。すぐに一人立ちして動いてて、大丈夫なようです。」

「そうか。良かった。営業異動と言った時にはひどい殺気を感じたんだが。なんだか恨まれてなければいいが。」

ちょっと驚く顔をした、殺気って・・・。確かに恨み節を言っていたが。

「確かにタイプとしては営業に異動っていうのも思い切った判断だと思いました。本人もそう思ったかもしれないですね。」

ほんとうに、思ってるけど、実際。

「そうだけど仕事が丁寧だし真面目でしっかり仕事はやる印象しかないから。きれいだからちょっとくらい愛想なくても平気かとは思ったんだ。慣れると少しは表情も出て来るし。」

おおおお・・・・・さすが上司、よく見てる。
むしろ今自分の表情の変化にサトラレ危険を感じて会話を終わらせたくなった。
尻尾を出さないうちに。

「直接かかわってませんが、確かに真面目できっちりしてるという評価をもらってるようです。今のところ大丈夫だと思います。それでは。」

安心した顔をした上司がうなずくのを見て、くるりと向きを変えて出ていく。
途中女性の視線を感じて見るとゆっくり視線を逸らされた。

気のせいか?

席に戻りさっさと次のアポイント先へ。
パソコンは必要ないので置いていく。
伝言もない、そのまま適当に声をかけて出かける。

次のアポイント先も世間話と物流報告と確認。

難なく終わり仕事終了。
あと三十分で終業時間。
その頃会社に電話すればいいとして・・・・さて、カレーだ。帰ろう!
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