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17 やっと伝えられた思い出の大切さ、そしてナナオの研修もあと少しらしい。
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時々ポツポツと会話をしながら、いつもの街並みまで帰ってきた。
高森君と決めたレストランで食事をする。
思ったより素敵なレストランだった。
だって二人ともお小遣いをもらってしまったのだ。
お礼に奢ると言ったら、お母さんから食事代をもらったと言われた。
私もそう言われてもらったのに。
おじいちゃんとおばあちゃんの気持ちの奢りだから、そう言って私が払うことにした。
『じゃあこの次は僕に・・・・。』そう言われた。
もっと遅いと予約が入ってるのか、開店直ぐだったから入れて、いくつかは予約席のプレートがあった。
「千早さん。」
いつの間にかそう呼ばれてた、皆が千早ちゃんって言うから、そうなったんだと思う。
お酒のグラスを置いた。
「ずっと会いたいって思ってたって、前に言ったけど。」
「うん・・・・・・。」
「そう思ってる。今も、これからも・・・・、会社で会うとか、皆で飲もうとかじゃなくて、二人で、週末に特別に予定を立ててって意味で。いきなりだけど考えてもらえないかな?」
最後は少し俯いて言われた。
「昨日、本当に楽しかった。あんな風に二人で過ごしたいと思ったんだ。他の人と・・・・・食事だけでも行って欲しくない。稲田君が誘いたいみたい。千早さんが稲田君と行きたいなら、諦めるしかないけど。」
デザートが来る前に静かになったテーブル。
「高森君こそ、リリカちゃんが誘ったんじゃないの?」
そう言ったら顔をあげられた。
「ううん。二回正面に座ったから話をしただけだよ。好きな人が・・・・・いるとは最初に聞かれた時に教えたし、誘われてはいないよ。」
知らなかった。そう聞いても話をしたかったんだろう、もしかしてそれも勘違いだっただろうか?
「返事は今度でいいから。できたら直接教えて欲しいと思ってる。よろしくお願いします。」
残っていたお酒を飲み干す。
後はデザートと紅茶が来る予定。
答えなきゃって思ってるわけでもないし、考えなきゃって思ってるわけでもない。
ただいろいろなどうでもいい事が頭の中で次々と浮かんでるだけ。
「デザート楽しみだね。美味しそうだった。」
高森君が気を遣って言ってくれた。
「うん。そうだね。」
時計を見る。
まだまだそんなに遅くはない。
この後コーヒー屋さんに誘っても変でもない時間。
さすがにここで返事は難しい。
大人しく、ちょっとぎこちなくデザートを食べて、紅茶を飲んで、お会計をお願いした。
入り口のカウンターに預けた荷物を受け取り、お店を出た。
「週末で連休が終わるね。」
「そうだね。」
時々荷物を持ち直しながら、横を歩く。
旅行帰りの二人。
そしてポケットにこっそりナナオ。
「高森君、ちょっと座らない?」
横を向いたら視線が合って、立ち止まられた。
その目が揺れてる気がする。
「後、少しだけ。」
「うん、いいよ。」
コーヒーをとも思ったけどお腹いっぱいで、適当にベンチに座って脇に荷物を乗せて休憩した。
「千早さん、ナナオ君って特別な人?」
どうやって返事を切り出そうかと思ってたら、そう聞かれた。
「ナナオ?」
手はポケットに入った。
そこにじっとしてる。
「あのお社のところで、電話してたよね。話しかける名前が聞こえてたんだ。誰だろうって思ってたら、あの犬にもそう呼び掛けたからビックリした。前にうちの先輩とランチを食べた後に追いかけて行ったって、多分そんな名前の人だったって聞いた気がして。」
「ずっとずっと時間が流れて、お互い大人になったんだもんね。いろんな人と出会って、仲良くなって、別れて。その中に特別な人がいても全然不思議じゃないよね。」
どう言ったらいいかも分からない。
答えられないっていうことはどう思われるんだろう。
「ナナオは、相談相手でもあり、友達でもあり、大切な存在でもある。でも説明しにくいけど思ってるような・・・・人じゃない。」
人じゃない。
「さっきの返事がしたくて時間をとってもらったから。リリカちゃんのことをずっと誤解してて、だからこの間も変な感じで。すごく悲しかった。」
「だから、この連休に一緒にいられてすごくうれしかった。楽しかった。」
「ずっと、あそこは寂しくて悲しい思い出がいっぱいのところだったけど、楽しい思い出も思い出して、新しく作れて、だから自分の中でもすごく好きな場所になってうれしかった。」
「千早さん・・・・・僕と付き合ってください。」
「はい。」
「良かった。絶対後悔しないようにしようって思ってた。」
「ありがとう。」
そのまま二人で同じ方を見て連休の中の一日を過ごしている感じだった。
あそこで吹いていた優しい風じゃない。
少し冷たい風が吹いて夕方になってきた。
「じゃあ、帰ろうか。明日、電話していい?」
「うん。」
そう言って手を出された。
今度はちゃんと手を重ねて、空いてる手で荷物を持って駅まで歩いた。
「疲れた~。」
あ・・・・。
忘れてた。あの瞬間は忘れてた。
ポケットに手を入れて、ナナオを取り出した。
敢えてそのままテーブルに置いた。
変化を待つよりも前にお土産や洗濯物などを取り出して、寝室に行ったり、洗濯機の方へ行ったり。
そのままお風呂の準備をした。
チラリと見たけど、ナナオも疲れたのか大人しく丸くなってる背中が見えた。
とりあえずお風呂に入って洗濯をした。
落ち着く前におじいちゃんの家に電話をして、ちゃんと部屋に戻れたことと、高森君にご馳走したことを合わせてお礼を伝えた。
『何だかやっぱり寂しいけど、あのお兄さん犬がずっと一緒にいてくれたのよ。今はお家に帰ったみたい。』
「そうなんだ。また遊びに来てくれるといいね。」
『そうね。千早ちゃんも元気でね。』
「うん。二人も元気でね。」
『また会えるまで元気でいるから。』
「うん、また帰るからね。」
『ありがとう。じゃあね。』
「こちらこそありがとう。またね。」
ナナオはぐっすり眠ってるみたいだった。
変化を繰り返したり、誰にでも見えるような姿でいることは疲れるんだろうか?
だとしたら『耳なし犬さん』にももっと感謝だけど。
丸くなった背中を撫でながらそう思った。
ゆっくり上下してる背中。
何も言われないとちょっと肩透かしの気分だし、疲れすぎたのかと心配にもなる。
「大丈夫?元気だよね?」小さい声で聞いてみた。
鼻で声を出して答えられた気がした。
こっちで寝るの?
「じゃあ、寝るよ。お休み。」
寝室を細く開けて、ナナオが来れるようにしておいた。
私だって疲れてた。
ぐっすりと眠れたし、すごくいい夢を見れたと思う。
朝起きた時に気分がよくて、スッキリして、お腹も空いていた。
ナナオはちゃんと寝室に来て寝ていた。
そっと起こさないように起きだしてミルクたっぷりの紅茶を飲んでぼんやりする。
充電していた携帯を見たら高森君からメッセージがあったみたい。
『すごく楽しかった、本当にありがとう。明日一緒にご飯食べない?』
『また明日連絡します。お休み。』
まったく寝てしまった。
読んでないのは分かってくれただろう。
もう起きただろうか?
あと少ししてから連絡しよう。
すっかり目も覚めて、紅茶を飲んで動き出す。
洗濯物を干して、顔を洗って。
ナナオが起きだしてきた。
「おはよう、ナナオ。よく眠れた?」
「よく寝た~。」
「ねえ、もしかしてあそこで緊張してた?神様や仲間の前だったし、いろいろ連れまわしたし。」
「別に・・・・。」
「すぐ寝ちゃうから心配したの。元気だよね。変わりないよね?」
「元気元気。」
よく考えたら当たり前かも。
普通の動物とは違うんだから。
窓を開けて空気を入れかえる。
連休中天気が良くて良かった。
雨の中じゃあ牧場も残念だったと思う。
今日もいい天気。
高森君に返事をしておいた。
『おはよう。すっかり寝てしまって気がつかなくてごめんなさい。今日もいい天気だね。』
しばらくしたら返事が来た、お昼を一緒にとることになった。
その返事に素直に笑顔が出る。
時間と場所も決めて携帯を下ろす。
ふとナナオと目が合った、ナナオも嬉しそうに笑う・・・・・んだったらいいけど、やっぱり何か言いたそうなニヤリ顔だった。
多分そうだったけど、何も言われず。
私も何も言わずに。
着替えをして化粧をして。
テレビを見ながら時間を見て、出かけた。
結局高森君と食事に行くことは教えて、またポケットに入れて一緒に出掛けることになった。
全て聞かれて見られてるようなものだ。
毎回毎回一緒に行くんだよね・・・・・、それって何だろう?
慣れるの?気にしないでいいの?
また忘れちゃう?
「おはよう。」
待ち合わせの場所でぼんやりしてたら声をかけられた。
「おはよう。高森君、昨日はごめんね。」
「ううん、全然大丈夫。」
そう言って歩き出す。
適当に美味しそうなお店に入りお昼ご飯を済ませた。
時々高森君の腕にそっと手をやって、立ち止まってショーウィンドウを見たりする。
少しだけ私の買ったものが高森君の手に増えていった。
「明日で連休終わるね。」
「そうだね。」
外を歩く大人のスケジュールも大体そんな感じだと思う。
残りのお休みを楽しんでる、そんな人の中にいた。
気がついたら少し薄暗くなっていて、風が少しだけ冷たくなってくる。
軽くつかまっていた高森君の腕からするりと手を下ろす。
受け止めてもらえた手は軽くつながれた。
自然にそうしてるつもりなのに、きっと振りかえられたら顔が赤いのがバレると思う。
ドキドキした気分は盛り上がったり、少し落ち着いたりを繰り返していた。
たくさんの人が写真を撮っている場所に出た。
花の終わった桜が葉を茂らせて、低い場所にも綺麗に緑が植えられていた。
ベンチと石段と、人が立っっていたり、座っていたり。
近くのパン屋さんやカフェで買った飲み物やクレープやアイスなど、手に持っている。
石段の空いてるところに行って立ち止まって振りかえられた。
立ち止まるのが一歩だけ遅れたから、高森君が思ったより私は近くにいたみたい。
すごく顔が近かった。
ゆっくりと下を向くようにして視線を逸らした。
手をつないだまま石段に座る。
「誰かに、言う?」
「言わない。」
言うならリリカちゃん以外。でもすぐに伝わりそうだし、だったら誰にも言わない。
「きっと誘われるよ。」
「誘われても・・・・・一緒じゃなきゃ行かない。一緒でも、行かないかも。」
「葉山君だけにはこっそり伝えていい?」
「いいよ。」
「そうしたら稲田君にはうっすらと伝わるよ。僕の名前は伏せてもらうけど、伝わると思う。」
「いいよ。」
そこは問題ない。相手が分からないなら他の男の人に伝わっても、そんな事はどうでもいいと思える。
しばらく、リリカちゃんにだけ伝わらないようにしたいと思ってるだけだから。
そっと顔をあげたらずっと見られてたみたいだった。
つないだ手に力をこめられた。
「そんな顔するとあの頃の顔を思い出す。笑って。」
そう言われた。
早くリリカちゃんが好きな人を見つけてくれればいい。
同期でも、先輩でも。
誰か、いい人を。
勝手にそう思ってる。
「家にあるアルバムの写真にちょっとだけ写ってる高森君を見つけたから、私もあの頃の顔を思い出せるよ。」
「すっかり覚えてなかったのに?」
「それはしょうがないって言ってくれたじゃん。」
「だから、たくさん思い出が欲しい。美味しいものを食べて、一緒にいろんなものを見て、いろんな場所に行って。何かを思い出すときに一緒にいる千早さんを思い出すから。今度はちゃんと記憶に残りたい。」
「そうだね。」
連休も終わって、仕事がある日々に戻る。
同じ会社にいてもあんまり会うことはないけど、時々約束をして食事をしたりする。
週末は仕事が入らない時は一緒に出掛けることが多くて。
誰にも何も聞かれず、葉山君が知ってるのかもあえて聞いてない。
稲田君に誘われることもなかった。
リリカちゃんとも普通にランチをとってる。
色んな話をするけど、特別に何かを聞かれることはない。
他の友達にも聞かれないうちは特別に噂にはなってないんだろう。
ナナオは相変わらずポケットにいる。
部屋にいる時は丸くなってる事が多い。
部屋の外で前みたいに急に変化を解くこともない。
「ナナオ、元気?」
「元気だよ。」
「研修進んでる?」
「うん、あと少し。」
「ええ~、そうなの?」
「そうだよ。」
普通に言う。
「何で何も教えてくれないの?あと少しってどのくらい?終わったらどうなるの?」
そう言ったら顎をあげて見上げてくる。
ぺたりと座って頭を撫でる。
「ねえ、どうなるの?」
分かってはいる、覚悟もしてる。
でも独り言を言わずに疲れたとかお腹空いたとか、何でも呟ける相手になってるし。
おでこを撫でたり、顎の下を撫でたり、ふさふさした尻尾を見たりするだけでも癒されるのに。綺麗に光る青い目も大好きなのに。
いなくなるなんて、ずっと一緒でもいいのに。
時々おじいちゃんのところに一緒に帰ればいいんじゃないのって思いたいのに。
「しょうがないよ。ほら勝手にここにきて居候してる修行の身だから。それにもう千早は大丈夫だろう。何かあったらエンヤがいるし、大切な家族もいるし。」
そんなのとは違う存在だよ。
最近仕事の時は大人しくポケットにいるけど、高森君とデートの時はお留守番することが増えた。
尻尾をふさふさしながら行ってらっしゃいと挨拶されて、ドアが閉まるまで見つめながら出かけることがほとんどだった。
高森君と決めたレストランで食事をする。
思ったより素敵なレストランだった。
だって二人ともお小遣いをもらってしまったのだ。
お礼に奢ると言ったら、お母さんから食事代をもらったと言われた。
私もそう言われてもらったのに。
おじいちゃんとおばあちゃんの気持ちの奢りだから、そう言って私が払うことにした。
『じゃあこの次は僕に・・・・。』そう言われた。
もっと遅いと予約が入ってるのか、開店直ぐだったから入れて、いくつかは予約席のプレートがあった。
「千早さん。」
いつの間にかそう呼ばれてた、皆が千早ちゃんって言うから、そうなったんだと思う。
お酒のグラスを置いた。
「ずっと会いたいって思ってたって、前に言ったけど。」
「うん・・・・・・。」
「そう思ってる。今も、これからも・・・・、会社で会うとか、皆で飲もうとかじゃなくて、二人で、週末に特別に予定を立ててって意味で。いきなりだけど考えてもらえないかな?」
最後は少し俯いて言われた。
「昨日、本当に楽しかった。あんな風に二人で過ごしたいと思ったんだ。他の人と・・・・・食事だけでも行って欲しくない。稲田君が誘いたいみたい。千早さんが稲田君と行きたいなら、諦めるしかないけど。」
デザートが来る前に静かになったテーブル。
「高森君こそ、リリカちゃんが誘ったんじゃないの?」
そう言ったら顔をあげられた。
「ううん。二回正面に座ったから話をしただけだよ。好きな人が・・・・・いるとは最初に聞かれた時に教えたし、誘われてはいないよ。」
知らなかった。そう聞いても話をしたかったんだろう、もしかしてそれも勘違いだっただろうか?
「返事は今度でいいから。できたら直接教えて欲しいと思ってる。よろしくお願いします。」
残っていたお酒を飲み干す。
後はデザートと紅茶が来る予定。
答えなきゃって思ってるわけでもないし、考えなきゃって思ってるわけでもない。
ただいろいろなどうでもいい事が頭の中で次々と浮かんでるだけ。
「デザート楽しみだね。美味しそうだった。」
高森君が気を遣って言ってくれた。
「うん。そうだね。」
時計を見る。
まだまだそんなに遅くはない。
この後コーヒー屋さんに誘っても変でもない時間。
さすがにここで返事は難しい。
大人しく、ちょっとぎこちなくデザートを食べて、紅茶を飲んで、お会計をお願いした。
入り口のカウンターに預けた荷物を受け取り、お店を出た。
「週末で連休が終わるね。」
「そうだね。」
時々荷物を持ち直しながら、横を歩く。
旅行帰りの二人。
そしてポケットにこっそりナナオ。
「高森君、ちょっと座らない?」
横を向いたら視線が合って、立ち止まられた。
その目が揺れてる気がする。
「後、少しだけ。」
「うん、いいよ。」
コーヒーをとも思ったけどお腹いっぱいで、適当にベンチに座って脇に荷物を乗せて休憩した。
「千早さん、ナナオ君って特別な人?」
どうやって返事を切り出そうかと思ってたら、そう聞かれた。
「ナナオ?」
手はポケットに入った。
そこにじっとしてる。
「あのお社のところで、電話してたよね。話しかける名前が聞こえてたんだ。誰だろうって思ってたら、あの犬にもそう呼び掛けたからビックリした。前にうちの先輩とランチを食べた後に追いかけて行ったって、多分そんな名前の人だったって聞いた気がして。」
「ずっとずっと時間が流れて、お互い大人になったんだもんね。いろんな人と出会って、仲良くなって、別れて。その中に特別な人がいても全然不思議じゃないよね。」
どう言ったらいいかも分からない。
答えられないっていうことはどう思われるんだろう。
「ナナオは、相談相手でもあり、友達でもあり、大切な存在でもある。でも説明しにくいけど思ってるような・・・・人じゃない。」
人じゃない。
「さっきの返事がしたくて時間をとってもらったから。リリカちゃんのことをずっと誤解してて、だからこの間も変な感じで。すごく悲しかった。」
「だから、この連休に一緒にいられてすごくうれしかった。楽しかった。」
「ずっと、あそこは寂しくて悲しい思い出がいっぱいのところだったけど、楽しい思い出も思い出して、新しく作れて、だから自分の中でもすごく好きな場所になってうれしかった。」
「千早さん・・・・・僕と付き合ってください。」
「はい。」
「良かった。絶対後悔しないようにしようって思ってた。」
「ありがとう。」
そのまま二人で同じ方を見て連休の中の一日を過ごしている感じだった。
あそこで吹いていた優しい風じゃない。
少し冷たい風が吹いて夕方になってきた。
「じゃあ、帰ろうか。明日、電話していい?」
「うん。」
そう言って手を出された。
今度はちゃんと手を重ねて、空いてる手で荷物を持って駅まで歩いた。
「疲れた~。」
あ・・・・。
忘れてた。あの瞬間は忘れてた。
ポケットに手を入れて、ナナオを取り出した。
敢えてそのままテーブルに置いた。
変化を待つよりも前にお土産や洗濯物などを取り出して、寝室に行ったり、洗濯機の方へ行ったり。
そのままお風呂の準備をした。
チラリと見たけど、ナナオも疲れたのか大人しく丸くなってる背中が見えた。
とりあえずお風呂に入って洗濯をした。
落ち着く前におじいちゃんの家に電話をして、ちゃんと部屋に戻れたことと、高森君にご馳走したことを合わせてお礼を伝えた。
『何だかやっぱり寂しいけど、あのお兄さん犬がずっと一緒にいてくれたのよ。今はお家に帰ったみたい。』
「そうなんだ。また遊びに来てくれるといいね。」
『そうね。千早ちゃんも元気でね。』
「うん。二人も元気でね。」
『また会えるまで元気でいるから。』
「うん、また帰るからね。」
『ありがとう。じゃあね。』
「こちらこそありがとう。またね。」
ナナオはぐっすり眠ってるみたいだった。
変化を繰り返したり、誰にでも見えるような姿でいることは疲れるんだろうか?
だとしたら『耳なし犬さん』にももっと感謝だけど。
丸くなった背中を撫でながらそう思った。
ゆっくり上下してる背中。
何も言われないとちょっと肩透かしの気分だし、疲れすぎたのかと心配にもなる。
「大丈夫?元気だよね?」小さい声で聞いてみた。
鼻で声を出して答えられた気がした。
こっちで寝るの?
「じゃあ、寝るよ。お休み。」
寝室を細く開けて、ナナオが来れるようにしておいた。
私だって疲れてた。
ぐっすりと眠れたし、すごくいい夢を見れたと思う。
朝起きた時に気分がよくて、スッキリして、お腹も空いていた。
ナナオはちゃんと寝室に来て寝ていた。
そっと起こさないように起きだしてミルクたっぷりの紅茶を飲んでぼんやりする。
充電していた携帯を見たら高森君からメッセージがあったみたい。
『すごく楽しかった、本当にありがとう。明日一緒にご飯食べない?』
『また明日連絡します。お休み。』
まったく寝てしまった。
読んでないのは分かってくれただろう。
もう起きただろうか?
あと少ししてから連絡しよう。
すっかり目も覚めて、紅茶を飲んで動き出す。
洗濯物を干して、顔を洗って。
ナナオが起きだしてきた。
「おはよう、ナナオ。よく眠れた?」
「よく寝た~。」
「ねえ、もしかしてあそこで緊張してた?神様や仲間の前だったし、いろいろ連れまわしたし。」
「別に・・・・。」
「すぐ寝ちゃうから心配したの。元気だよね。変わりないよね?」
「元気元気。」
よく考えたら当たり前かも。
普通の動物とは違うんだから。
窓を開けて空気を入れかえる。
連休中天気が良くて良かった。
雨の中じゃあ牧場も残念だったと思う。
今日もいい天気。
高森君に返事をしておいた。
『おはよう。すっかり寝てしまって気がつかなくてごめんなさい。今日もいい天気だね。』
しばらくしたら返事が来た、お昼を一緒にとることになった。
その返事に素直に笑顔が出る。
時間と場所も決めて携帯を下ろす。
ふとナナオと目が合った、ナナオも嬉しそうに笑う・・・・・んだったらいいけど、やっぱり何か言いたそうなニヤリ顔だった。
多分そうだったけど、何も言われず。
私も何も言わずに。
着替えをして化粧をして。
テレビを見ながら時間を見て、出かけた。
結局高森君と食事に行くことは教えて、またポケットに入れて一緒に出掛けることになった。
全て聞かれて見られてるようなものだ。
毎回毎回一緒に行くんだよね・・・・・、それって何だろう?
慣れるの?気にしないでいいの?
また忘れちゃう?
「おはよう。」
待ち合わせの場所でぼんやりしてたら声をかけられた。
「おはよう。高森君、昨日はごめんね。」
「ううん、全然大丈夫。」
そう言って歩き出す。
適当に美味しそうなお店に入りお昼ご飯を済ませた。
時々高森君の腕にそっと手をやって、立ち止まってショーウィンドウを見たりする。
少しだけ私の買ったものが高森君の手に増えていった。
「明日で連休終わるね。」
「そうだね。」
外を歩く大人のスケジュールも大体そんな感じだと思う。
残りのお休みを楽しんでる、そんな人の中にいた。
気がついたら少し薄暗くなっていて、風が少しだけ冷たくなってくる。
軽くつかまっていた高森君の腕からするりと手を下ろす。
受け止めてもらえた手は軽くつながれた。
自然にそうしてるつもりなのに、きっと振りかえられたら顔が赤いのがバレると思う。
ドキドキした気分は盛り上がったり、少し落ち着いたりを繰り返していた。
たくさんの人が写真を撮っている場所に出た。
花の終わった桜が葉を茂らせて、低い場所にも綺麗に緑が植えられていた。
ベンチと石段と、人が立っっていたり、座っていたり。
近くのパン屋さんやカフェで買った飲み物やクレープやアイスなど、手に持っている。
石段の空いてるところに行って立ち止まって振りかえられた。
立ち止まるのが一歩だけ遅れたから、高森君が思ったより私は近くにいたみたい。
すごく顔が近かった。
ゆっくりと下を向くようにして視線を逸らした。
手をつないだまま石段に座る。
「誰かに、言う?」
「言わない。」
言うならリリカちゃん以外。でもすぐに伝わりそうだし、だったら誰にも言わない。
「きっと誘われるよ。」
「誘われても・・・・・一緒じゃなきゃ行かない。一緒でも、行かないかも。」
「葉山君だけにはこっそり伝えていい?」
「いいよ。」
「そうしたら稲田君にはうっすらと伝わるよ。僕の名前は伏せてもらうけど、伝わると思う。」
「いいよ。」
そこは問題ない。相手が分からないなら他の男の人に伝わっても、そんな事はどうでもいいと思える。
しばらく、リリカちゃんにだけ伝わらないようにしたいと思ってるだけだから。
そっと顔をあげたらずっと見られてたみたいだった。
つないだ手に力をこめられた。
「そんな顔するとあの頃の顔を思い出す。笑って。」
そう言われた。
早くリリカちゃんが好きな人を見つけてくれればいい。
同期でも、先輩でも。
誰か、いい人を。
勝手にそう思ってる。
「家にあるアルバムの写真にちょっとだけ写ってる高森君を見つけたから、私もあの頃の顔を思い出せるよ。」
「すっかり覚えてなかったのに?」
「それはしょうがないって言ってくれたじゃん。」
「だから、たくさん思い出が欲しい。美味しいものを食べて、一緒にいろんなものを見て、いろんな場所に行って。何かを思い出すときに一緒にいる千早さんを思い出すから。今度はちゃんと記憶に残りたい。」
「そうだね。」
連休も終わって、仕事がある日々に戻る。
同じ会社にいてもあんまり会うことはないけど、時々約束をして食事をしたりする。
週末は仕事が入らない時は一緒に出掛けることが多くて。
誰にも何も聞かれず、葉山君が知ってるのかもあえて聞いてない。
稲田君に誘われることもなかった。
リリカちゃんとも普通にランチをとってる。
色んな話をするけど、特別に何かを聞かれることはない。
他の友達にも聞かれないうちは特別に噂にはなってないんだろう。
ナナオは相変わらずポケットにいる。
部屋にいる時は丸くなってる事が多い。
部屋の外で前みたいに急に変化を解くこともない。
「ナナオ、元気?」
「元気だよ。」
「研修進んでる?」
「うん、あと少し。」
「ええ~、そうなの?」
「そうだよ。」
普通に言う。
「何で何も教えてくれないの?あと少しってどのくらい?終わったらどうなるの?」
そう言ったら顎をあげて見上げてくる。
ぺたりと座って頭を撫でる。
「ねえ、どうなるの?」
分かってはいる、覚悟もしてる。
でも独り言を言わずに疲れたとかお腹空いたとか、何でも呟ける相手になってるし。
おでこを撫でたり、顎の下を撫でたり、ふさふさした尻尾を見たりするだけでも癒されるのに。綺麗に光る青い目も大好きなのに。
いなくなるなんて、ずっと一緒でもいいのに。
時々おじいちゃんのところに一緒に帰ればいいんじゃないのって思いたいのに。
「しょうがないよ。ほら勝手にここにきて居候してる修行の身だから。それにもう千早は大丈夫だろう。何かあったらエンヤがいるし、大切な家族もいるし。」
そんなのとは違う存在だよ。
最近仕事の時は大人しくポケットにいるけど、高森君とデートの時はお留守番することが増えた。
尻尾をふさふさしながら行ってらっしゃいと挨拶されて、ドアが閉まるまで見つめながら出かけることがほとんどだった。
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