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8 予定が楽しみなのかどうなのか、判断はつかないまま迎えたその日。

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昨日提出した書類は返って来た。
やり直し。

指摘されたところをもう少し埋めるようにする。

一区切りついた。

葛城さんは席にいない。
書類を揃え直して、一休みしようと廊下に出て歩く。

向こうから声が聞こえてきた。
卜部君の声みたい。

さっそくこの間の話をしてもらおうと喜んで顔を出した・・・・・やっぱり、いた!!

でも、楽しそうに話をしてる相手もわかった。
葛城さんだった。

さっきから声は聞こえなかった。
卜部君の声だけが聞こえてたから。

「あ~、弓削さん、お疲れ様。」

まったく疲れてない感じの卜部君。
本当に楽しそうだ。
話してる相手がまったく楽しそうでもないのに、本当に楽しそうな顔をしてる。

「卜部君、お疲れ様。葛城さんお疲れ様です。」

葛城さんには軽くうなずかれただけの反応だったけど気にしない。

「弓削さん、今ちょうど葛城さんと飲みに行くお店の話をしてたんだ。」

さも楽しい予定のように、二人で決めてたんだよって報告してくれた卜部君。
本当に声をかけるなんて、勇気あるなあ。

「今週の金曜日はどう?」

先週に引き続きになるけど、私はいいけど。

そっと視線を葛城さんにやる。
特に楽しみな予定という訳でもない、そうその横顔が言ってる。
コーヒーを飲んでるだけ。
まったく参加したいと言う気持ちも現れてない横顔。

少しは楽しみにしてくれてもいいのに。
卜部君、そんなに簡単に誘えたの?
無理やりじゃないの?

「弓削さん、無理そう?」

がっかりした卜部君の声。

「ううん、私は大丈夫。」

「良かった~、葉加瀬さんも大丈夫だって言ったから。葛城さん、お店はさっきの感じで任せてもらっても大丈夫ですか??いつも、どんなところで飲んでるんですか?」

「あんまりないな。任せる。」

「じゃあ、弓削さんが落ち着いて途中休憩できるところにします。」

そう言ったら葛城さんの視線がこっちに来た。
途中休憩と言われたのはあの事です・・・・。

「大丈夫だよ、あんまり飲まないようにするってば。」

「それじゃあつまらないじゃない。30分で起きてくれるって分かってるから、別に気にしないから。むしろそれがないと無事に帰れたか心配するし。飲もうね。じゃあ、葛城さん、金曜日に。詳しい事は弓削さんにお知らせしますので聞いてください。」

そう言って手を振っていなくなった。

私はまだコーヒーも買ってない。

二人ポツンと残されても困る。

「書類、ご指摘いただいたところ、仕上げ直しました。後で確認をお願いします。」

「ああ。」

そう言って静かにコーヒーを口にする。

その後の言葉が続かないのを確認して、ゆっくり自販機の前に行った。
やっぱり無理やり誘ったんじゃないの?

楽しく飲めると思う?
本当に卜部君、前向き、大胆・・・・・もしかして空気読めない?

ぼんやりしてる間にドリップは終わったみたいで、ランプが消えていた。
ゆっくり取り出して、後ろを見たら誰もいなかった。

ホッとしたけど、それ以上に寂しかった。

『金曜日、残業するなよ。』それくらいの冗談もなく。
せめて『あとで書類は見る。ゆっくり休め。』くらいあってもいいのに。

ふん、言われなくても休むからいいけど。
だって葛城さんだっていなくなって時間たってたと思う。
ゆっくり休んでたんでしょう?
わたしだって許されると思う。

自販機の前で向きを変えたまま、一歩も動かずにそう思った。

窓際に行って、もたれる。
携帯の猫の写真を見る。
お気に入りの場所で外を見ながら座っているその猫。
この間写真を撮ったあの猫だった。

似てるのだ・・・・。

他のお客様に撫でられても本当にじっとしてる子だった。
私たちが声かけて振り向いても、返事をすることはなく。
特に用事もないと分かればまた顔を背けて外を見る子。

猫の種類による性格もあるけど、本当にすくっとした感じで媚びを売るような余分な事をしない子だった。

似てるじゃない、やっぱりお気に入りだから。
そういうことだよね。
お店一番の美猫。


金曜日の夜が、本当に楽しみなんだか・・・ちょっと苦痛に思ったり・・・・してないよね。
自分に聞いてみた。
どうだろう?

その答えは保留で。




時間がある時には自分たちが上げた予備調査がどうなったのか、後追いして勉強するように言われてる。

本調の部屋に行って声をかけて資料を見せてもらう。
終わったものは紙媒体としては残ってない。
その代わりにまだ終わってないものは、予備調のあと本調の人が仕上げて、本社の営業その他の部署にあげた書類が残ってる。

時々見ていた。
そんな余裕が出来た事に自分の成長を感じたい。
指導担当がはっきり言ってくれないんだから、自分で自覚してやる!!


その指導担当の仕上げた書類を見る。
最初の最初、自分が関わった分だった。

責任者は連名で載せられていた。

『葛城 千秋  弓削 藍那』

ファイルの箱ごと持って、空いてるスペースに落ち着く。

文字を読んでる声が頭の中で聞こえる。
冷静に、静かに読み上げる声。
葛城さんの声だった。
滅多に聞くこともない、静かな声、記憶の中のサンプル。

書類を片手に顔をあげることなく。
最後まで読み切ってチラリと顔をあげた葛城さんの顔。

静かな声が終わり、無表情な顔が見えた。

最後まで読み切ったのに、書類から手が離れない。



何なんだろう。


林さんの声を聞きたい時は林さんが仕上げた書類を読めばいいらしい。
そういうことだろう、そうなんだろう。


「弓削さん、お疲れ様。」

「お疲れ様です。」

葉加瀬さんだった。

「ねえ、今週飲もうと言ってたんだけど、ごめん、都合が悪くなって。」

「そうなんですか?じゃあ、またの機会にですね。」

予定はキャンセルらしい。
そんなお知らせ、もしかしてまた葛城さんが情報をブロックしてるの?
全く知らないんだけど。

「ああ、残念だよ。せっかく・・・・・・・。そっちのメンバーに卜部だね。僕とはまた次の機会にね。」

キャンセルじゃないらしい
『僕の分も楽しんで来てね。』
そう言っていなくなった葉加瀬さん。

ぼんやりとする。
手にはさっきの書類を持ったままだった。


ファイルに戻して、続きの本調の書類を見る。
それは葉加瀬んさんが仕上げた書類だった。
自分達が上げた情報をさらに詳しくして、そのボリュームも増えている。
読んでいるのに、さっきから少しも声が聞こえない。
さっき聞いたばかりの声が出てこない。

文字は文字。自分の声すら聞こえない。

仕事はこうして引き継がれていく。
自分の手を通って誰かのところへ。

もういいか。

集中も出来ない、葛城さんの書類はやっぱり葛城さんらしいと思っただけが収穫だった。


三人チーム、他のチームの人とはあんまり仲良くなれてない。
挨拶くらいで興味ももたれてなくて、本当に休憩室で一緒になった時に少しだけ話をするくらいだ。

誰かがどこかに行けばお土産が回って来て、誰かが目新しい経験をすれば、その情報を教えてもらう。
分社化するにあたり中堅の人を異動させたらしい。
本社にも一部残ってるらしいけど、そこには本当にベテランが形を変えた部署として残ってると聞いた。
よくは分からない。

箱を元の場所に戻して、適当に声をかけて自分の席に戻った。


林さんが楽しそうに声をかけて来た。

「金曜日楽しみだね。葉加瀬君はダメになったみたいだよ。」

嬉しそうに言ってくれた。
今まで誘われたこともなかったのに。
そんなに飲みたいなら誘ってくれても良かったのに。

「そんなに飲みたかったんですか?」

「弓削さんが面白いことになるって聞いたからね。そのためだったら付き合うよ。」

どんなことを言ったんだろう。
記憶がないだけにちょっと不安が。
さっき聞きたかったのに聞けてないまま。
残念だけど、そんなには飲まない予定です。
でももっと仲良くはなりたい。

「楽しみです。残業しないように頑張りましょう!」

結局自分で言った。

「そうだね。でも葛城さんが一緒なら大丈夫でしょう?急ぎじゃなきゃ来週でいいって言ってくれるよ。」

そんな甘い人だとは思えませんが。


曖昧に笑って席に着く。


その話を直接葛城さんとする機会も全くなく、当日を迎えた。
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