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8 どうしても時間が必要な時。

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目を開けると又彼を胸に抱き寄せていた。
もしくは彼が私の胸に顔をうずめていた。
一体どっちなんだろう。
昨日と違うのはブラウスも何もないということ。
寝息を浴びながらよく寝た・・・・・という気分。
何時?朝だろうか?

今日は日曜日。
外に出かけたい。金曜日の夜からほとんど歩いてない。
バスルームとの往復のみ。外の景色を見たい、外気にも触れたい。
この部屋には濃厚な空気が満ちている。
愛し合った後のけだるい空気が。

それでも満ち足りた大きな甘いため息が出た。
彼の頭を撫でる。
やっぱり気持ちい。
私の大切な猫のような後輩。
『がっくり岳君』だったからずっと気にして見ていた。
まさか見守ってきた視線を愛情で返してくれるなんて思わなかったし、
自分の気持ちも意識しないうちにこんなに大きくなってしまってたなんて。
サラサラの頭を見下ろして指を耳に滑らせる。
たまらなく愛しい。ゆっくりと胸に彼を抱きしめる。

「葉子さん、気持ちいいです。頭も顔も。」

「ぎゃっ」

つい引き寄せていた彼の肩をおもいっきり突き放し、自分も後ずさった。

「わぁっ。」突然の突きで彼も驚いた声を出す。

「ごめんなさい。」

「せっかく気持ちよかったのに。」

そう言いながらまたすり寄ってくる。
本当に猫みたいに。

「岳、かわいい。」

また頭を撫でながらつぶやく。
背中に手を回されて顔をあげられたけど表情は見えない。
胸に違う暖かい感触を覚える。

「あ、岳・・・・、何してるの?」

その後、部屋の濃度がまた上がった。

すっかり乾いた下着をつけて金曜日のスーツを着る。

「ありがとう。乾いてる。」

なんだか久しぶりで、懐かしい気分。
やっと着れたとも思う。だらしない格好で過ごした2日間。
スーツを着るとなんだかさっきまでの時間がちょっと遠く感じられる。
目の前にいるのは普段のスーツとは違う、初めて見る私服の彼。
ちょっとした違和感もあるけどやっぱり上司と部下みたいな気分になる。
こんなに自分の精神面がスーツに依存していたとは。
ONとOFFは思った以上に着るものによるみたい。
くつろいでる彼を見て思う。
すっかり昼を過ぎていた。
本当にお腹すいた。
何か食べて帰ろう。
コーヒーを入れてもらいながら考える。

「柏崎君、ここから駅ってわかりやすい道?歩けるのよね?」

「・・・・葉子さん、やっぱり『岳』っては呼んでくれないんですね。それに僕が一人で帰すと思ってます。ちゃんと送りますよ。」

「ありがとう。」

「すっごくお腹空いるし、ご飯食べましょう。もっと一緒にいたいです。」

優しい顔で言われる。

「あ、・・・」

「あ?」

「ありがとう。」

ふっと鼻で笑われた。何よ。

部屋を出た、本当に久しぶりに、と言っても入った記憶はないんだけど。

「お邪魔しました。いろいろ貸してもらってありがとう。」

「本当に無駄にならなくてよかった。」

「助かった、すっかり寝てたのに気を遣ってくれて。」

「また買わないとね、残りあと数回分しかない。」

「ん?」

「ん?」

嬉しそうな柏崎君の顔を見上げる。

「・・・わざと?」

「うん。本当にいろいろ良かったね。」

「もう、いい。」

手をつながれ歩き出す。
1人スーツ、1人カジュアルな服。変な二人ですが。
スーツに着替えたら上司になったと思ったのに、つながれた手は大好きな彼につながる。

「葉子さん、何食べたいですか?」

「何かなあ、結構食べれそう。がっつりと。」

駅の中のちょっと美味しそうなお蕎麦屋さんに入った。ご飯とそばのセット。
すっかり満腹になって電車に乗る。
改札で階段を下りるまで見送ってくれた。

バイバイ。

1人部屋に帰る電車の中では勝手にいろんな表情の彼が思い浮かぶ。
流れる景色と一緒に流すようにぼんやりと、敢えて思い出す映像を止めない。
明日からまた仕事、いつもと同じような日々が始まる。

朝起きてスーツを着ても体中に残る疲労と痛み。
昨日までの事が現実だったのを教えてくれる。

何もなかった先週までと同じように、意識しなくても同じ動作をくり返し部屋を出る。
自分の席に着きパソコンでメールをチェックして、今日の予定を確認する。
時間に縛られる要件は今のところはない。

周りが出勤してくると少しずつ自分の仕事も増えてくる。
電話が鳴るとたいてい名前が呼ばれる。ぼんやりしてる暇がない。
集中しているうちにお昼になる。
机の上に乗せたままだった携帯を見る。
マユからメールも入っている。そう言えば返事を忘れていた。

とりあえず今はパス。

柏崎君からもメールが来ていた
週末はとりあえず酔っ払い状態の私の世話をお願いしたんだからお礼をするのは私だけど。
先にお礼を言われた。食事の誘い。そのままメールを閉じて机に伏せる。

昼の時間になるとばらばらと人がいなくなる。
お弁当派の人以外はたいてい外に食べに行くか、来る途中買ってくる。
社食はないけど広い休憩室がありそこで食べる人が多い。
今は人がいるところに行くつもりはない。
バッグに携帯を入れてふらりと会社を出る。
少し歩いて駅近くのコーヒー屋に行く。食欲はない。

甘い飲み物を片手にぼんやりと外を見る。今日も暑そうだ。外勤のマユは大変そうだなあ。
あの話は進展はあったかしら?ついぼんやりしてると考えたくないことを考えてしまう。
「仕事しよっ!」
残った飲み物を手にして会社に戻る。
自分の机の未決ボックスにはまた書類が増えている。
でも今はこれがありがたい。
まだみんなお昼に行っていて残ってる人はほとんどいない。
ガツガツと音がするくらいの勢いで仕事を片付けていく。
いつの間にか昼休みも終わってみんなが仕事を始めていた。

目の前に人影が立ち、おずおずと声をかけられる。今野君3年目が立っていた。

「内野先輩、すみません。時間のある時にこの件で相談させていただければ・・・・。」

パソコンの画面から視線を上げる。
新しく仕掛けるイベントの事だ。

「いいわよ、いつでも。営業担当を入れての事なら自分でアポ取って部屋取って。その前段階というならいつでも私はいいわよ。」

「はい、担当さんはある程度任せてもらえるようで、数パターンで案を出して具体的に詰めて欲しいと言われたんです。アドバイスをいただけますか。」

「今からでいいの?」

「はい、僕は。」

隣のブースに書類を持って動く。

「少しこれに目を通させて。」

「はい。よろしくお願いします。」

かすかにざわざわとした視線を感じる?何?
ブースに落ち着き目を通す。後ろの方からかすかに安堵のささやきが聞こえる。

聞こえてるんですが・・・・・。

何やら今日は不機嫌な様子に映っていたらしく、部下たちはさり気なく距離を置いてたらしい。
雑念を払って仕事してただけなのに。
そんな顔つきになってたのかしら。眉間を伸ばし頬をストレッチする。
その間も書類から目を離さず。いくつかアドバイスをして書類を返す。

「営業は上遠野さんだから相談しやすいでしょう?いろいろと聞いてみてもいいわよ。」

「無理ですよ。上遠野さん捕まえるの大変です。それに前からそんな甘えは許してくれません。きちんと詰めて提案したいです。」

「そう、じゃあ頑張って。」

書類を受け取りお辞儀をしてブースを去っていく。
そうなんだ、あいつは。
今までのあいつの仕込みで甘えを許さず、責任を持ってやるように訓練されている。
だから引き継いだ私もやりやすい。ちょっとむかつくが大正解の育て方だったらしい。
かくいう私も新人教育の頃からそう仕込まれた。・・・お礼を言うべきか?

フンと鼻から息を吐きブースを出る。

終業まであと少し。
月曜日からなんとも抜けきらない疲労感。
こっそりと柏崎君の方を見ると若さは偉大、普通の顔をしている。
それでも時々視線を感じるほどに様子をうかがわれてる気がする。

デスクの引き出しの中で携帯をチェックする。
顧客は持たないので仕事の連絡を携帯で受けることはない。
たいてい入れっぱなしになっている。
午後にも一通柏崎君からメールが来ていた。
やはり今日の私は不機嫌に見えていたらしく、皆が様子をうかがってると書かれていた。
返事が欲しいと最後に付け加えるようにあった。
気がつかないふりして伏せる。
さっきと同じようにどんどこと書類をさばいていく。
終業の時間のチャイムを合図にあちこちで挨拶が始まる。
定時には終わらないけどさほど残業はせずに済みそうだ。

ここにきてお腹が空いた。お昼を食べてないのだから空くはずだ。
バッグの中からシリアルバーを取り出してポケットに入れる。
席を立ち非常階段から一つ上がる。
役員フロアはほとんどこの時間は無人になる。そう気づいているのは私だけではないだろう。
秘密のカップルと遭遇するのだけは避けたいのでゆっくりその場に近づく。
誰もいなかった。
コーヒーを手にこれまた下の階にはないゆったりとしたソファ席に落ち着きため息をつく。

なんてことはない自分の逃げ場だ。
幸い今までこの場所で人に会ったことはない。
もしかしてこっそり踵を返してる人はいたかもしれない。
1人でぼんやりと外を見て現実から目をそらせる場所。
ただ1人になりたいときに来ていたが、今日は明らかに逃げている。
1人の視線を避けるようにここに来た。
今のうちに諦めて帰ってくれればいいんだけど。

シリアルバーを食べながら小腹を満たす。昼と夜ごはんになりそうだ。
この分だと自然に痩せられそうな予感。
コーヒーを飲み干して勢いをつけて立ち上がり、一つ伸びをして非常階段から現実へ戻る。
柏崎君はいない。仕事を終えて帰ったようだ。

パソコンのスリープモードを解除して残りの書類をかたずける。
なんだか休みすぎたのか急ぐ意味を失った指はキーボードをゆったりとしたリズムで叩く。
全部終えた時には自分の周囲には誰もいなかった。
パソコンを閉じて携帯をバッグにいれて帰る。
それでももう一度メールをチェックする。
特に新しいメッセージはない。

なんとか一日やり過ごせた気がする。
私がそう思うんだったら、きっと同じくらい柏崎君はいらいらとした思いで過ごしてただろう。
さすがに上司としても、社会人としてもどうかと思ってきた。

メールを送る。

『ごめんなさい。少し時間をください。』

あっさりしたメールを勢いで送信。どう思うだろう。
せっかく来たメールにはちょっとの情しか乗ってないような響きで伝わったかもしれない。

『わかりました』と返信が来た。

火曜日は『少し』以内でやり過ごし、水曜日も淡々と仕事に励んでいると。
お昼近くにしびれを切らしたか、マユからメールが来た。
仕事終わりに飲みに行くことになった。

「お疲れさま。」「お疲れ。」とグラスを合わせる。

一応ソフトドリンクにする。

「マユ、その後どう?すすんだ?」

先制攻撃とばかりに相手の話を引き出そうとする。

「全然、以上。」怖い顔で睨まれる。

「どうしたの?ちょっと怒ってる?ごめん、メールの事?」

「ちょっとどころか、かなりね。」

「え~・・・・」そんなに気にしてたの?

「今日岳君に会った。偶然、お昼に。外に出てきた彼が気がついて一緒にランチした。で、聞いた、全部。」

うそ~、全部ってどこまでだろう・・・・柏崎君どこまで話したの?

「あの金曜日彼をたきつけたのは私。結果的にはギリギリだったから多分良かったと思う。」

「?」

ギリギリって年齢の事?痛い、今一番気にしてる事なのに。

「ねえ、お互いの家で飲んでるでしょう?ここ1年位になると思うけど、酔っぱらって猫になると葉子は『岳』『岳』ってあの子の事ばっかり喋ってた。どうせ覚えてないだろうけど、こっちは『今月の岳君の成長記録』を聞かされてる気分。」

え~・・・・。初耳です、そんなこと。自分の耳まで赤くなるのが分かった。

「最初は失敗談でちょっと手のかかる子、その内頑張ってる子、最近は手なずけた可愛い猫みたいな男の子。ずっと聞いてたから分かったわよ。で、あの日もずっとその岳君がこっちを見てるし。だからどんと背中を押したわよ。成功を信じて。なのに何してるの?」

声が低いマユ。これはマジの説教モードの時の声。

「本当に全~部聞いた。赤裸々に聞いた、お昼なのにって思うくらいあけすけに聞いた・・・・かもね。」

「『今週末はきちんと向き合うように言うからって。だからもう少し我慢して』って言ったから。私の顔つぶさないで。ランチ奢ってもらったから無駄にしないで。大体の気持ちはわかってるつもりだけど、自分でも分かってるでしょう?しょうがないじゃん、両想いってわかったんだから。先に何があるか分からない、今を見て、悲しませないで、自分も楽しむ。」

それでもぼんやりと見えない不安を思い描き・・・・。

「いいっ?」

「はい、」勢いに押されて返事はしてみた。

冷めた目で見られる。呆れてるだろうなあ。
散々酔っぱらって言ってたんなら。
柏崎君にもそうでなくても掌返しのような態度をとったりして。
反省はしつつも、まだ思いきれないまま。


とうとう金曜日になった。
柏崎君は待っててくれてるらしくずっとメールはなかった。
会社で普通に今まで通りに朝と夕方の挨拶だけ。
特にお互いを必要とする仕事もなく、それだけ。
このまま忘れられることを怖がる自分もいるのに・・・・。
昼をまたシリアルバーで済ませてトイレに行くと中から賑やかな声がしてくる。

「柏崎君も来るって。今日こそ梨沙~頑張りなよ。昨日さり気なく聞いたけど彼女いないって言ってたよ。もうチャンス。他のとこの子もさりげなくアプローチしてきてるし。取られないように。横に座れるように協力するし、途中で消えても怒らないから、頑張って。」

「うん。」

こんな時に・・・自分って何てタイミングが悪いのよ?
今日の夜は皆で飲みに行くらしい。
そう言えば何人かは明らかに華やかな感じに仕上げての出勤だった気がする。
トイレに入る気もしなくなり非常口に行く。踊り場でぼんやりとして時間をつぶす。
上に行きたいけどさすがに役員とバッタリ会うなんて訳にもいかず。
しばらく時間をつぶしてトイレに戻る。
一陣は去った後。いろんな匂いが残っていた。
そのまま歯磨きをして仕事に戻る。
今日残業する気のない部下はさっさと仕事を上げてこっちに持ってくる。
しょうがないのである程度は積みあがらないようにせっせとさばく。

この間相談を受けてアドバイスした今野君の案件も何とか自分で詰めてきている。

「よう。」

上から声がした。今書類上にちらりと見た名前のあいつがそこにいた。

「あ、上遠野さん、これ。」

見ていた書類を渡す。

「暇ならここで少し見てください。」

フリーの机を指すと椅子だけ持ってきて本当にここで見始めた。
『ここ』って今ってことですけど。
それでも真剣に自分の担当案件を見ている。

「どうですか?直接アドバイスしてあげてもらえれば助かります。」

「ああ。」

そう返事して書類を持ってちょっと昔の後輩今野君のところへ。
やり取りから目をそらして自分の仕事に戻る。後は任せた。
動かすそばから自分に向かってファイルが積まれていくような気さえする。
気がついたらいつの間にか上遠野はいなくなっていた。

そういえば、何しに来たんだ?毎度意味不明。
誰もが仕事を終えてソワソワとしだす雰囲気。
自分の未決ボックスをさらりと見ても急ぐ要件もなさそう。
終業の少し前席を立ち非常階段から上の階へ。再び逃避。
まさかとは思うけど誘われたら気を遣う。

上司がいなくても勝手に帰る部下たち、急ぎの用がなければ問題ない。
ソファに座り込み、のんびりとコーヒーを口にして外を見る。
最近甘めのコーヒーでカロリーを取り、まともな食事が進まない。
何故食べる必要があるのかさえ分からないくらい、病中です。

会社の中に好きな人がいる、両想い、なんて素敵なの。本当はそう。
その人の為を思っておしゃれをして、目線を合わせ、サインを送る。
隠してる罪悪感で一層盛り上がる、ドキドキ感。

人気あったのね・・・・他の部署にも? 知らなかった。
今頃隣の席には梨沙ちゃんが座り、周りの助けを借りながらさりげないアピールが始まってるかもしれない。笑顔で並ぶ二人の姿はすぐに想像できて。頭を振って追い出す。

ボンっと後ろにもたれて大きくため息。

「お前、いいサボり場見つけてんだなあ。」

びくっと体が起き上がる。上遠野・・・・・。

「何してんのよ、こんなところで。」

「いや、お前がそれを言う?もしかして俺を飛び越えて役員になってたとか?」

「そんなわけなでしょう。この時間は役員はいないからもったいないと思って使ってるの。」

「そうだろうな。おまえんとこ誰もいなかったぞ。」

「今日は金曜日だから皆で飲み会みたいよ。」

「上司は誘われず?」

ふん。行かないわよ。
そんな・・・・見たくもない光景が広がってるのに。

「上遠野さんこそ金曜日ですよ。さあ、こんなところでグダグダしてないで街中へお出かけください。」

「そうだな、出かけるか。」

いってらっしゃ~い、外を見たまま手を振る。と。
手をつかまれていくぞ!と引っ張られた。

「きゃ。」

手を放して先へ歩く上遠野。

「仕事はいいだろう、まだなら待つけど。」

行くとも何とも言ってない。それでも後ろを歩いてしまう。

「あと少し。仕事します。」

「オーケー、準備して迎えに行く。」

そう言って自分の営業部の席に戻ってしばらくしたらやってきた。
空いた席に座り携帯を手にしている。

「あとどれくらい?」

「30分くらいかかりますが。」無理には待たなくても結構です。

「オーケー。」電話をかけてレストランを予約している。

うまいこと取れたらしい。
携帯をしまうとニヤニヤしながらこっちを見る。
無視して仕事に集中。20分くらいで仕上げた。
空になった未決ボックスに満足。
2人で会社を出る。もう何年もなかった、二人きりというのは。
あの新人の頃から。

予約をしていたのは悔しいくらいにこじゃれたレストランで。
つい不貞腐れていた顔も頼んだ料理が運ばれて口にすると途端に笑顔になる。

「美味しい!幸せ。」

久しぶりにまともな食事。

「ダイエットもいいけど、ほどほどにしろ。」

「ん?」

「最近ちゃんと食べてないんじゃないのか?やつれてるぞ。」

ん?本当?少しやせたけど、だってあんまり食べてないし。

「ちょっと疲れて食事より睡眠を優先してました。」

「ほどほどにな。」

もしかして、それでご飯に連れてきてくれたの?なんて世話焼きな・・・・優しさ。

「昔から口にするものに反応して幸せな表情するよな。」

ついがっついて食べてたら言われた。
口にするもの・・・・ってやばいシーンを思い出した。
とんでもない映像、恥ずかしいものを・・・ついでに柏崎君の声と顔を・・・・はしたない。
何で今思い出すのよ。静まれ心臓。
大体昔からって・・・・そんな仲じゃないし。一切の映像を消す。

「美味しいものは一番に私を幸せにするんです。」

「そうか。美味しいなら良かった。」

「あの、何か話ありました?そういえば今日も来てましたよね。」

「あ~、まあな。まあ、あとででいいわ。」

「そうですか?」

まあいいならいいし。

「デザートはどうする。」

「何言ってるんですか、もちろん楽しみますよ。」

「ほらっ。」メニュー表を渡される。

「お酒飲まなくてよかったんですか?」

メニューを開いて選びながら言う。

「この後もう一軒付き合ってくれ。」

うなずく。デザートを堪能して次のお店に移動。
駅向こうのホテルの上層階のバーに行く。

「あの、ごちそうさまでした。」

お支払いは半分払うつもりだったのに奢られた。
本当に先輩としてはいい奴なんだよなあ、惜しいなあ。・・・何が?

それにしてもさっきから外ばかり見て。静かだこと。
話は何でしょう?

目の前にはおしゃれなカクテルが。
私の前にはおしゃれなグラスにフレッシュジュース。
こいつの前だけでは酔えない、いや他の人の前でもだけど。
何があってもこいつの前では酔う訳にはいかないと固い決意を秘めている。
変なことになりそうな予感しかしないし。それはダメでしょう。
絶対立ち直れない気がするし。なんて思っていたら。

「この間いつの間にか帰ったんだな?2次会行かなかったよな。」

「そうですね、お酒飲めないし。」

「そうか。」で?何?

本当になんだか気になってきた。こっちから聞こうかと口を開こうとしたところ。
ポケットの携帯に着信があった。
ちらりと見て戻すが手はポケットで携帯を握ったまま。
開くべきかどうするか、しばし悩む。
気になるなら見れば、みたいな視線が横から。
しょうがなく開いてみる。

飲み会を楽しく過ごしてるはずの柏崎君。

『どこにいるの?』

『気分が悪くて・・・・どこにいるの?ここで待ってる、近くにいて。』

駅中のコーヒー屋さんにいるらしい。
具合悪いって何?どうした??飲みすぎ?
時間を見ても・・・・多分3時間経ってないくらい。
待ってると言われれば・・・・行く、行かなきゃ。

「上遠野さん、ごめんなさい。具合悪い子を迎えに行くから、話は・・・またの機会に・・・、すみません。」

返事も聞かずに飛び出そうとする。

「一緒にいくか?」

いやいや無理。首を振る。

「多分、大丈夫ですから。」

エレベーターに乗り込み返信する。

『数分で着くから待ってて。』

駅近くのホテルを選んでくれてたことに感謝して先を急ぐ。
目当ての店でキョロキョロと探すまでもなく外に出てくる姿を見つけた。
ちょっと顔色は悪い?でもそれほどでもないかな。
ほっとして近寄り声をかける。

「柏崎君、どうしたの?大丈夫?」

「葉子さん・・・。」

「歩けそうね、電車で大丈夫?」

背中に手を当てて顔をのぞく
表情がないけど無言で改札に向かう背中を追う。
方向が同じで良かった。とりあえず途中までは一緒に行けそう。
時々ちらりと後ろの私をうかがうように、でも、何も言わずに先を歩き電車に乗り込む姿。

何かあったのかな?何も言ってくれないから分からない。

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