猫かぶり、時々猫ぬぎバージョンで対応します。

１４ 与えられたチャンスを有効に活かす日 ～猫かぶりの小業に拍手したい男

元気がない。
確かにあの最初のときに比べては勿論、この間のときよりも。

「急にごめんね。」

「いえ、特には予定はなかったですし。」

「食事は？」

「・・・・あんまり。」

「そうか。じゃあ、・・・・」

「宇佐美さんは食事は済ませたんですか？」

「ううん、起きたのが遅かったから。でも、あんまり食べたい気もしないから、コーヒー飲めるところでいいかな？」

「はい。」

話がしたい、そう思ったから、よくあるチェーン店じゃなくて、ゆったりスペースをとった古い喫茶店に入った。

彼女が看板メニューのパンケーキの写真を見てるのに気がついた。

席について、メニューを指しながら聞いた。

「これ、頼んだら少しは食べる？」

「・・・はい。美味しそうです。」

「なかなかこのブームは終らないね。もうずいぶん続いてる気がするけど。」

「そうですね。外国のものから始まって、今は厚くてふわふわのものか、可愛いパンで焼いたものが喜ばれそうです。」

少し明るく話をする。
やっぱり甘い食べ物は偉大だ。

注文をした。焼きあがりに少し時間がかかるらしい。
まったく構わない。

「今日はさっぱりした雰囲気だね。」

顔を上げて、改めて自分の格好を見る彼女。

「はい。でも宇佐美さんも初めての私服です。新鮮です。」

「思い出してくれた？あの最初のときと同じような格好だけど。」

「それは・・・・、卓さんと話をしてばかりで。でもちゃんと私は聞きましたよ、二回目のときに。」

「そうだね。とぼけたのは僕か。」

「そうです。」

「だってあそこで実は・・・・って言ったら困ったんじゃない？」

「それは、まあ、そうですけど。」

「卓が隠してるんだよって言ってたし、まさか昼から酒浸りになるほど酒豪ですよねとか言わないでおいたんだよ。」

「・・・・お礼が必要ですか？」

「うん、感謝してもらえるなら。」

「・・・・ありがとうございます。」

「なら良かった。」

なんとなく二回目の時の雰囲気に近いか。
話をしてたら、全力の笑顔と言うわけではないけど、探るような視線もなくなって。

「お待たせしました。」

パンケーキがやってきた。
丸は小さくても高さがある。

取り皿も二人分貰って分け合う。

「美味しそうです。」

「いいよ、半分くらい食べてもらえるとうれしい。」

「本当ですか？すごくお腹が空いてきました。」

はいと言ってナイフを渡す。

まだゆらゆらと湯気が出そうで、なんとも美味しそうな色でもある。

「この色って何でこんなに美味しそうなんだろうね？」

「こんがり狐色ですか？」

「うん、その表現も、全然『狐』って言葉は美味しさをそそらないはずなのにね。」

「フルーツソースや、生クリームがたくさん乗ってるのも目は欲しがるけど、シンプルなのもやっぱり美味しそうですよね。」

三分の一くらいとって、ナイフを渡された。
手早く自分のお皿にも切り分けて、ナイフを置き。
シロップをかけて一緒に食べはじめる。

「いただきます。」

珈琲と紅茶が運ばれてきた。

「美味しいです。良かったです、何も食べてなくて。」

「美味しいね。」

やっぱり食欲がなかっただけだろうか？
一緒に食事はしたくないと、そういう意味で断られたのではないと信じたい。

「ここはよく来るんですか？」

「ううん、二回くらい、珈琲を飲みに来たんだ。食べるのは初めてだよ。」

「ここは長く住んでるんですか？最寄り駅ですよね？」

「６年くらいかな。会社に入る時に越してきたから。」

「じゃあ、学生の頃は実家暮らしだったんですか？」

「そうだね。埼玉のほう。意外に通うのに不便はなくて。」

「大学の頃から一人暮らしだよね？寂しくなかった？」

「割と帰ってました。バイトがないときは週末は実家とか。」

「そうなんだ。」

「ねえ、まさかと思うけど、あの店はちゃんと二十歳超えてから行ったんだよね？」

「宇佐美さん、さすがに社会のルールは守るように言われます、と言いたいところですが食べ物だけは食べてました。お酒は飲んでません。その代わりに二十歳になった週末は朝から参加してました。」

「すごいね。あの煙の中に若くて可愛い子がいたら、おじさんのお酒も進むね。その頃から５０００円？」

「いいえ、最初は勝手にお手伝いをしながらだったので３０００円でした。学生じゃなくなったとたん値上げされました。お酒の量は変わらないのに。これは感謝すべきでしょうか？悔しがるべきでしょうか？」

「多分感謝のほうじゃない？明らかにそれ以上だよね？」

「分からない・・・でも、そうだと思います。」

「今度一緒に行きたいなあ。なんだかこの間は損はしてなくても、あんまり得はしてない気がする。一緒に行ってもらえると得しそう。」

「・・・・卓さんが寂しがりますよ。」

「・・・そうか。寂しがるか。」

悔しがられたい、いっそ、恨まれてもいいくらいなのに。

「それにあちこちおじさんの間を渡り歩いてたしね。大人しく近くにはいてくれないよね。」

つい、言ってしまった。

視線をパンケーキに向けられてナイフを持つ彼女。
特に反応はなし。

二人で残りのパンケーキを食べる。
少し冷えてしまった。
しゃべりすぎたかも。

お皿を重ねて、中央に置く。

珈琲を飲みながら、なんと切り出そうかと考える。

「ねえ、もしかして、気を遣ってくれた？佐久間とか、あの友達から何か聞かれたでしょう？」

「どういうことですか？」

ちょっと彼女の声が低くなる。

「大体、宇佐美さんも・・・・。」

「僕も何？」

「佐久間さんには自分が振られたみたいに・・・・。」

「それは、悲しいけど事実だから。首を振られただけだったけど、そういうことだよね？」

顔を上げた彼女が困った顔をしてる。

「知りません、そんなこと、知りません。」

「最後に聞いたよ、どうって。」

「どうって、そんなことの話じゃなかったじゃないですか？もっと私の・・・振る舞いとかの話でしたよね？」

「そんなことは僕が知りませんと言う番だけど。どう聞かれたと思ったの？」

「だから、会うたびに色々違和感があるほどで、最初の時のほうがいいんじゃない？無理する必要はないんじゃない？って。そう言われました。それで、どう？って。それは無理ですって、首を振りました。」

「本当にそう思ったの？」

うなずく彼女。

「じゃあ、その前の僕が言ったことは？ずっと探してたって、会いたかったって、この間もあの日も楽しかったって言ったのに。」

「だから、最終的に、どんどん違和感がって・・・。だって探してたのも、会いたかったのも過去じゃないですか。」



すれ違った話。元に戻して、話をつき合わせた今。
そして、どうする？

彼女は俯き、自分はなかなかどう言っていいか、決められず。

「じゃあ、今の気持ちを伝えていい？そう言われて聞けば、もう過去じゃないって分かるよね。」

うなずかれた気がした。

「気持ちは変わらないよ、何度会っても、今日も会って、さっきから、今までも。でもさっきもまったく無視された感じかなあって思ってた。さりげなく言ったんじゃ、なかったことにされるのかな？って。」

「ねえ、ゴールデンウィークもすぐだし、会ってほしいと思う。まだ、忘れられないなら待つし、それまでは仲のいい先輩後輩でも我慢する。今日教えてもらった連絡先は大切に使いたい。あと、どの日の小愛ちゃんでも気に入ってるよ、・・・・やっぱり・・・好きだよ。」

最後は聞こえただろうか、さすがに恥ずかしくて小声になった分、少し近寄って口にした。

ゆっくり顔が上がって、ちゃんと響いてるのは分かった。
そこは安心した。

目がじっとこっちを見る。
自分でも照れた顔のままなのは分かる。
もしかして笑顔もぎこちないかもしれない。
そこまで器用じゃないから。

『好きだから。』

ほとんど聞こえないくらい、口の動きだけだったかもしれない。

軽くうなずかれた。

どんな反応だろう？うなずくって？

ちょっと拍子抜けして緊張も解けた。
笑顔になって声に出した？

「ちゃんと、今度は間違えずに伝わったかな？」

「・・・・はい。」

そう言って、これまた模範的演技のように涙が落ちた。
これは、どのレベルの毛皮バージョンだろうか？ハイレベルだ。
なんてことをつい考えてしまう。
そんなことを考えるのもひそやかな楽しみになるかも。

ただ、返事はない。

そのままゆっくりとテーブルに視線が落とされて。
自分も見えないところで深く息をついた。

「ゆっくりと考えてもらってもいいし。」

「はい。」

返事は保留で決定らしい。

「もう少し時間いい？ちょっとお代わり頼もうかなって思うんだけど。」

「はい、大丈夫です。」

「小愛ちゃんは？お代わり、もしくは何か食べる？」

「何でですか、もう食べなくていいです。でもお代わりはします。」

メニューを見て選んだものとあわせてアイスコーヒーをお願いする。

「ねえ、返事は急がないけど、もし、いい返事だったら連休前がうれしいな。連休を落ちつきなく過ごして、後で悔しがるパターンは悲しい。」

「・・・・分かりました。」

ただそう答えられた。

自分の駅で途中下車してもらっていた。
彼女はこのまま出かけるだろう。

お代わりを飲み終わり、会計して、駅まで送った。

まだ時間は早い。
それでも今日は顔を見て　また、と言えたから満足しよう。

部屋に戻りまたのんびりする。
ぼうっとしてるけど、気分はのんびり。

二十歳の誕生日、あの店で過ごした彼女を想像する。なかなかやるなぁ。

さぞかしあちこちから祝杯のおごりが来ただろう。
すぐにデビューするあたり、家かどこかで事前に予行練習、もしくは修行をしてて、かなりいけるとわかっていたということだ。
おそれいる。

返事は保留、それでも、確信してる自分のなんと楽観的なことか。
絶対大丈夫だと、その根拠はない。
ただ、ホントの彼女を知っているというアドバンスのみ。
今日くらいは余裕でいたい。明日になると段々と余裕も目減りするだろう。
そこまでは自惚れてないつもりだし。

肉の塊と野菜を買って、珍しく野性ぶって食べてみた。
満足。

何度か携帯を見た。
返事はない。

お礼のメールをしたら、しつこいだろうか？
小さく悩み、まだ出せずにいる。
彼女からも来ない。それは寂しい。
とりあえず出してみる。

『今日はありがとう。美味しかったし、楽しかった。よく考えたんだけど、２０歳になる前にどこかで修行してのあのお店デビューだったんだよね。それはすごいね。そんな事を、今ふと思ったんだ。』
『あと、お礼の返事はいらないからね。今度もらえる連絡は返事だと思ってるから。じゃあね。』

読んでくれたみたいだ。
返事はないだろうから、そのまま携帯を置いた。


このあたりが自分の全力だ。