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9 いよいよ週末が目の前に!
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落ち着かない日々になりそうだった。
それでも仕事が小さく山になって積まれた。
何故か今週に重なった仕事の山。
毎日外に行く、取材に注ぐ取材。
一緒に行くのが当然のように宇佐美さんで、むしろ良かった。
先輩達にあれこれと聞かれたら隠しきれない。
役に立ちそうなアドバイスは期待できないだろうから諦めてる。
外から帰ると手分けしてまとめて記事にする。
疲れて帰ってくるから、本当にアユさんの作ってくれたタッパーがありがたいと思った日々だった。
もう随分続いてる。
そろそろ断るべきだろうか、なんて考えたりして。
「宇佐美さんの弟君はどんな人?」
彼氏彼女の話をするわけにもいかない。
まだ聞いてなかった弟君の話をした時。
「多分、私の代わりに出勤しても違和感ないくらいの奴です。」
「そんなにそっくりなの?」
「違います、私じゃなくて先輩達寄りって事です。すぐに馴染みます、フレッシュ感なく馴染んで居座りそうです。」
「なんだかあんまり褒められた気がしないんだけど。」
「褒めてないです。見た感じの雰囲気も、話す内容も、盛り上がる話題も、探るような話題の種類までほとんど一緒です。」
やっぱり褒めてないらしい。
「宇佐美さんみたいに人懐っこいの?」
「同じ仲間の中では図々しいし、うんちく好きで鬱陶しいくらいです。反面異性と趣味の合わない人に対しては貝になります、石にもなります、存在を消します。」
やっぱり褒めてない。
でも想像はつく。馴染むだろうと思う。
「就職は・・・まだか。」
「はい。まだまだです。でも私は本当にうらやましがられてます。多分珍しく女性を入れようと思ったからラッキーにも私は採用してもらえたんだと思います。弟くらいの趣味人はたくさんいるので、他の会社でもなかなかだと思います。」
そう言った宇佐美さん。
その言葉だけでも・・・・ここは居心地いいんだろうと思えた。
良かったと思う。
むしろ弟くんみたいな先輩ばかりで、ときめきや緊張もなく、やり込める感じで逞しくしっかり仕事しようと思ってくれてるのかもしれない。
まあまあ先輩達も役に立ってるんだ。
心配するまでもなくするっと馴染んだ宇佐美さん。
僕を含めてとても親近感がわく種類の存在だったらしい。
その後も仕事の合間に話をして、とうとう彼氏の話になった。
木曜日、すごく楽しんで仕事をしたまま夜ご飯を兼ねて居酒屋に入った。
僕もついビールと枝豆とから揚げと・・・・・ああ、久しぶり・・・・うまい。
頼んで目の前に置かれるまでうっかりダイエットの事を忘れてた。
しまった・・・・・。
それでも手がビールのジョッキにかかった。
「どうしたんですか?」
「最近ちょっとだけダイエット頑張ってたのに、ついついつられて昔みたいなおつまみを頼んだなあって思って。」
「本当に痩せましたよね。どのくらい減りましたか?」
「体重の目盛りが二桁とちょっとくらい減って、ベルトの穴が三個移動した、もうすぐ四個目に行きそう。」
「それはアユさんのためですか?」
「ううん、秋に友達の結婚式があるんだ。大好きな友達でそれまでに少し痩せようかなって思って。」
「もう十分ですよね?」
「うん、すごく体が軽くなったんだ。それにこの間宇佐美さんに言われたじゃない。会議の後に立ち上がる時に自分たち皆が『よっこいしょっ』みたいな声を出して、オヤジ臭いって。アユさんと二人の時もつい出ちゃうなあって思って、恥ずかしいなあって思ったから。それもやめようと思って。」
「ギイチさん、すごく努力の人ですね。アユさんはそんなギイチさんの一生懸命なところが良かったんですね、きっと。」
「そんな・・・・そうかな?」
他にどこがと言われても、自分でも分からない。
でも見た目より中身、それしかないとは思う。
一鉄にも素直で優しいところだろうって言われた。
「僕のことはいいよ・・・・。」恥ずかしい。
「宇佐美さんは?どんな人がいいの?」
「・・・ギイチさんはアユさんの趣味に付き合ってデートに行ったりしますよね?」
また話題が自分に戻ってきたけど・・・・。
「うん、そうだね。でもあまり女の子っぽい所は行かないよ、多分他の友達とじゃなくてもいい所に行ってると思うよ。」
恥ずかしい思いはした事がない。
そう言う意味ではデート先もそれなりに気を遣って提案してくれてると思う。
誘われたらどんなところでも行くつもりだけど。
「私も前の彼氏は鉄コンで知り合ったんです。最初はすごいすごいっていろいろ教えてもらったりしたんです。でもじゃあ逆に私に鉄子以外の部分を見てくれるかというと、そうじゃなくて。なんだかその人にとっては男でも女でもいいんじゃないかって思えたら、がっかりして。」
「そんなことないんじゃないの?なかなか言い出しにくかったとか、慣れてないとか・・・・。」
自分達はそうだから。多分弟君もそうだから分かるよね、分かって欲しい!
「ギイチさん、残念ですが、すごくイケメンで鉄子じゃなくても女性が引き寄せられるタイプだったんです。」
「そう・・・・なんだ・・・・。」
残念って・・・・、まあいい。
でもたまにいるんだ、天に二物的な、自分たちにとっては贅沢な・・・・無駄にイケメンな鉄男が。
本当にたまに。
でもそんなたまにな人の彼女になった宇佐美さんが凄い・・・・・。
「だから鉄男は対象外にしてるんです。だから先輩達のことも全く興味ないです。」
「ああ・・・・そう。」
まあ、いいか。それはとても平和だ。
「でも仕事がこうなると出会いが限られてくるんです。私も他の友達のコネで頑張るつもりです。」
「イケメンが好きなの?」
「まあまあ普通です。」
そう言って顔を見られた。
何を思われてるんだろう?
「ギイチさん、なんだか前も優しそうな雰囲気でしたが、痩せて少しだけシャープな頬の線が出て来ても、優しさは変わりないですね。アユさんの目は確かです。」
「褒めてくれたの?」
「もちろんです。私は無駄な嘘は言いませんよ。アユさんにぞっこんラブラブだから、変な誤解も生まないので正直に言いますよ。ギイチさんはいい人です。」
「ありがとう。」
アユさんも褒められたみたいでうれしい。
教えたいけど、ちょっとやめとこう。
そんなこんな取材とまとめと、山を全部二人で分けて切り崩したら金曜日になった。
仕事が終わると週末だ。
夜にいつも連絡が来る。
明日の予定を話しして決める。
今週は泊まりに来るってことだけを決めただけだった。
さり気なく電話やメッセージの最後に週末の事をさらりと触れてた。
でも土曜日の昼の予定は具体的には白紙だった。
どうするんだろう?
今までだってたまにはのんびりと部屋で過ごしたこともある。
ランチを一緒に食べた後に、部屋に来て話をしながら、コーヒーを飲んで。
最近ちょっとだけくっついたりもした。
許されたちょっとの部分だけ。首から上だけ、顔の一部分だけ、あとその時に手がちょっと肩に、腕に。そのくらい。
まだお疲れも言わない会社の中なのに、ソワソワが始まった。
「宇佐美さん、仕事終わった?」
「はい。頑張りましたよね、今週は。」
「そうだね。」
お互いに慰労して、でもちょっと変だなって思われたんだろうか?
「大丈夫ですか?熱がありますか?汗が出てますよ。」
「なんだか疲れてる。風邪かな?」
「もう、大切な週末じゃないですか。早く帰って少しでも休んでください。少し食事が少なかったりしませんか?」
「ううん、大丈夫。じゃあ、僕は終わったけど、先に帰っても大丈夫だよね。」
「もちろんです。私も終わりましたよ。遠慮なくどうぞ。」
「ありがとう。」
そう言って席を立った。
ハンカチで汗を拭きつつ、会社を出た。
こんなに緊張してたらアユさんも呆れるのに。
今日は掃除はいい。
本当に横になろう。
ソファでゴロンと横になり、少し落ち着こう。
遠足前の子供のソワソワ感。
そうは言っても自分はやっぱり電車やバスに乗るのが嬉しかった。
だから乗る前にクルクルと車体を回って観察して注意されたり、車両の端から端までウロウロして、席に戻されたり。
目的地はむしろどうでも良かった。
何か大きなきっかけがあったんだろうか?
今となっては分からない。
小さいころに買ってもらった本、それを見てかっこいいと思って、名前を憶えて、出かけるたびに発見をして。
子どもらしい興味が乗り物に向くか、恐竜に向くか、その他の動物に向くか、あるいはもっと違うものに向く子もいると思う。
運動神経は壊滅的だったから習い事も強制されなかった。
一人っ子だったから欲しいおもちゃは買ってもらえた。
遠くに田舎がないから、旅行先は自分が乗りたい電車を決めて行き先を決めてよかった。
そんな風でどんどんのめり込んだ。
そして20年以上経ってるんだから。
今ではテレビでもいろんな業界の人がその趣味を披露してる。
可愛いアイドルから、普通のおじさんまで。
その中に自分の大好きなアユさんもいる。
『宇佐美』という名の男の子と連絡先を交換した覚えはない。
先輩にも聞いたけど知らないと言われた。
誰も宇佐美さんの弟君には会ってないらしい。
知らない内に会ってても面白いと思ったのに。
横になってても寝てるわけじゃない。
小さな音で大きなテレビに映し出された外国の車窓の映像を見ている。
なかなか行くこともないだろう海外。
いろんな景色が見える。
街のすぐそばでも、山の中でも、明らかに日本とは違う風景があるから。
冬の山になった。白い雪の中を長い列車が走っている。
寒いんだろう。
線路の整備も大変だろうなあと思う。
さっきまでは緑と急峻な山の中だった景色なのに、冬になると白いとがった三角の手前を走る感じだ。距離感はどうなんだろう?
あの車両の中でも興奮して窓にへばりついてる子供がいるんだろうか?
日本ほど線路が敷き詰められて、時刻も正確に運行されてる国はない。
狭い東京の地上と地下深くまで、まるでモグラの様に走る車両。
それなのに本当に通勤時間はびっしりと人が押し込まれてる。
あんなに沢山走ってても運びきれない人人人。
電車は好きだけど通勤には乗りたいなんて思わない。
だから住んでるのは会社に自転車でもバスでも電車でも頑張れば歩いてもいけるところに引っ越しした。
大きな出版社ではないけど一応有名な雑誌を出してるし、会社は優しくて、家賃補助も目一杯お世話になってる。
羨ましいとアユさんに言われるし、一鉄もそう言ってた。
アユさん、泊まりたいなら本当にいつでもどうぞ。
通勤が楽になるなら是非!! その時は僕はソファに寝ます!なんてこっそり想像しながら思ってたのは昔の事。
ちなみに一鉄も飲み過ぎてどうしようもない時、一度迎えに行って泊めたことがある、当然一鉄がソファだった。
あの時はアユさんと一緒にベッドに寝るなんて・・・・・・そんな事想像も出来なかった。
だって本当にここに泊るなんて・・・・。
考えたらまた汗が出てきた。
どうしよう。
本当に呆れられそうだけど。
そんな事を思ってテーブルを見ていたら携帯が鳴った。
急いで起き上がったら一鉄だった。
『ギイチ、悪い・・・・今日泊めて。』
「ええっ~。」
『なんて嘘。奈央のところに戻るからいいよ。ギイチが緊張してるだろうと思って、リラックスリラックス。』
「別に大丈夫だよ。いつものようにお気にいりの映像を見てウトウトしてました。」
『でもアユさんからの連絡だと思ったでしょう?』
それはそうだ。
『じゃあ、今週もお疲れ。楽しい週末を。バイバイ。』
電話は切れた。
一鉄なりのエールだと思いたい。
僕だって随分愚痴を聞いて励ましたんだから。
そう思って携帯を手に持ったままだったら、本当にアユさんから連絡が来た。
『もう帰ってますか?』
『うん、部屋にいるよ。』
『じゃあ、今から行ってもいいですか?』
ええっ~、さっきの一鉄の揶揄いとは違うよね?
冗談?本気?
『ダメそうですか?』
『大丈夫です。』
『食事とか、いろいろ一緒に必要なものを買わないと、勝手に用意できなくて・・・・。』
『駅まで迎えに行くよ。』
『ありがとうございます。じゃあ、30分後くらいに着くと思います。』
『気をつけて。いつものところにいます。』
指が震える・・・・。何とか間違えずに文字の会話は終了した。
急いで着替えて、ぶかぶかの服をベルトでしめて、荷物を持って部屋を出た。
急ぐ必要はないのに。
駅も近いし、まだまだ時間はあるのに。
それでも仕事が小さく山になって積まれた。
何故か今週に重なった仕事の山。
毎日外に行く、取材に注ぐ取材。
一緒に行くのが当然のように宇佐美さんで、むしろ良かった。
先輩達にあれこれと聞かれたら隠しきれない。
役に立ちそうなアドバイスは期待できないだろうから諦めてる。
外から帰ると手分けしてまとめて記事にする。
疲れて帰ってくるから、本当にアユさんの作ってくれたタッパーがありがたいと思った日々だった。
もう随分続いてる。
そろそろ断るべきだろうか、なんて考えたりして。
「宇佐美さんの弟君はどんな人?」
彼氏彼女の話をするわけにもいかない。
まだ聞いてなかった弟君の話をした時。
「多分、私の代わりに出勤しても違和感ないくらいの奴です。」
「そんなにそっくりなの?」
「違います、私じゃなくて先輩達寄りって事です。すぐに馴染みます、フレッシュ感なく馴染んで居座りそうです。」
「なんだかあんまり褒められた気がしないんだけど。」
「褒めてないです。見た感じの雰囲気も、話す内容も、盛り上がる話題も、探るような話題の種類までほとんど一緒です。」
やっぱり褒めてないらしい。
「宇佐美さんみたいに人懐っこいの?」
「同じ仲間の中では図々しいし、うんちく好きで鬱陶しいくらいです。反面異性と趣味の合わない人に対しては貝になります、石にもなります、存在を消します。」
やっぱり褒めてない。
でも想像はつく。馴染むだろうと思う。
「就職は・・・まだか。」
「はい。まだまだです。でも私は本当にうらやましがられてます。多分珍しく女性を入れようと思ったからラッキーにも私は採用してもらえたんだと思います。弟くらいの趣味人はたくさんいるので、他の会社でもなかなかだと思います。」
そう言った宇佐美さん。
その言葉だけでも・・・・ここは居心地いいんだろうと思えた。
良かったと思う。
むしろ弟くんみたいな先輩ばかりで、ときめきや緊張もなく、やり込める感じで逞しくしっかり仕事しようと思ってくれてるのかもしれない。
まあまあ先輩達も役に立ってるんだ。
心配するまでもなくするっと馴染んだ宇佐美さん。
僕を含めてとても親近感がわく種類の存在だったらしい。
その後も仕事の合間に話をして、とうとう彼氏の話になった。
木曜日、すごく楽しんで仕事をしたまま夜ご飯を兼ねて居酒屋に入った。
僕もついビールと枝豆とから揚げと・・・・・ああ、久しぶり・・・・うまい。
頼んで目の前に置かれるまでうっかりダイエットの事を忘れてた。
しまった・・・・・。
それでも手がビールのジョッキにかかった。
「どうしたんですか?」
「最近ちょっとだけダイエット頑張ってたのに、ついついつられて昔みたいなおつまみを頼んだなあって思って。」
「本当に痩せましたよね。どのくらい減りましたか?」
「体重の目盛りが二桁とちょっとくらい減って、ベルトの穴が三個移動した、もうすぐ四個目に行きそう。」
「それはアユさんのためですか?」
「ううん、秋に友達の結婚式があるんだ。大好きな友達でそれまでに少し痩せようかなって思って。」
「もう十分ですよね?」
「うん、すごく体が軽くなったんだ。それにこの間宇佐美さんに言われたじゃない。会議の後に立ち上がる時に自分たち皆が『よっこいしょっ』みたいな声を出して、オヤジ臭いって。アユさんと二人の時もつい出ちゃうなあって思って、恥ずかしいなあって思ったから。それもやめようと思って。」
「ギイチさん、すごく努力の人ですね。アユさんはそんなギイチさんの一生懸命なところが良かったんですね、きっと。」
「そんな・・・・そうかな?」
他にどこがと言われても、自分でも分からない。
でも見た目より中身、それしかないとは思う。
一鉄にも素直で優しいところだろうって言われた。
「僕のことはいいよ・・・・。」恥ずかしい。
「宇佐美さんは?どんな人がいいの?」
「・・・ギイチさんはアユさんの趣味に付き合ってデートに行ったりしますよね?」
また話題が自分に戻ってきたけど・・・・。
「うん、そうだね。でもあまり女の子っぽい所は行かないよ、多分他の友達とじゃなくてもいい所に行ってると思うよ。」
恥ずかしい思いはした事がない。
そう言う意味ではデート先もそれなりに気を遣って提案してくれてると思う。
誘われたらどんなところでも行くつもりだけど。
「私も前の彼氏は鉄コンで知り合ったんです。最初はすごいすごいっていろいろ教えてもらったりしたんです。でもじゃあ逆に私に鉄子以外の部分を見てくれるかというと、そうじゃなくて。なんだかその人にとっては男でも女でもいいんじゃないかって思えたら、がっかりして。」
「そんなことないんじゃないの?なかなか言い出しにくかったとか、慣れてないとか・・・・。」
自分達はそうだから。多分弟君もそうだから分かるよね、分かって欲しい!
「ギイチさん、残念ですが、すごくイケメンで鉄子じゃなくても女性が引き寄せられるタイプだったんです。」
「そう・・・・なんだ・・・・。」
残念って・・・・、まあいい。
でもたまにいるんだ、天に二物的な、自分たちにとっては贅沢な・・・・無駄にイケメンな鉄男が。
本当にたまに。
でもそんなたまにな人の彼女になった宇佐美さんが凄い・・・・・。
「だから鉄男は対象外にしてるんです。だから先輩達のことも全く興味ないです。」
「ああ・・・・そう。」
まあ、いいか。それはとても平和だ。
「でも仕事がこうなると出会いが限られてくるんです。私も他の友達のコネで頑張るつもりです。」
「イケメンが好きなの?」
「まあまあ普通です。」
そう言って顔を見られた。
何を思われてるんだろう?
「ギイチさん、なんだか前も優しそうな雰囲気でしたが、痩せて少しだけシャープな頬の線が出て来ても、優しさは変わりないですね。アユさんの目は確かです。」
「褒めてくれたの?」
「もちろんです。私は無駄な嘘は言いませんよ。アユさんにぞっこんラブラブだから、変な誤解も生まないので正直に言いますよ。ギイチさんはいい人です。」
「ありがとう。」
アユさんも褒められたみたいでうれしい。
教えたいけど、ちょっとやめとこう。
そんなこんな取材とまとめと、山を全部二人で分けて切り崩したら金曜日になった。
仕事が終わると週末だ。
夜にいつも連絡が来る。
明日の予定を話しして決める。
今週は泊まりに来るってことだけを決めただけだった。
さり気なく電話やメッセージの最後に週末の事をさらりと触れてた。
でも土曜日の昼の予定は具体的には白紙だった。
どうするんだろう?
今までだってたまにはのんびりと部屋で過ごしたこともある。
ランチを一緒に食べた後に、部屋に来て話をしながら、コーヒーを飲んで。
最近ちょっとだけくっついたりもした。
許されたちょっとの部分だけ。首から上だけ、顔の一部分だけ、あとその時に手がちょっと肩に、腕に。そのくらい。
まだお疲れも言わない会社の中なのに、ソワソワが始まった。
「宇佐美さん、仕事終わった?」
「はい。頑張りましたよね、今週は。」
「そうだね。」
お互いに慰労して、でもちょっと変だなって思われたんだろうか?
「大丈夫ですか?熱がありますか?汗が出てますよ。」
「なんだか疲れてる。風邪かな?」
「もう、大切な週末じゃないですか。早く帰って少しでも休んでください。少し食事が少なかったりしませんか?」
「ううん、大丈夫。じゃあ、僕は終わったけど、先に帰っても大丈夫だよね。」
「もちろんです。私も終わりましたよ。遠慮なくどうぞ。」
「ありがとう。」
そう言って席を立った。
ハンカチで汗を拭きつつ、会社を出た。
こんなに緊張してたらアユさんも呆れるのに。
今日は掃除はいい。
本当に横になろう。
ソファでゴロンと横になり、少し落ち着こう。
遠足前の子供のソワソワ感。
そうは言っても自分はやっぱり電車やバスに乗るのが嬉しかった。
だから乗る前にクルクルと車体を回って観察して注意されたり、車両の端から端までウロウロして、席に戻されたり。
目的地はむしろどうでも良かった。
何か大きなきっかけがあったんだろうか?
今となっては分からない。
小さいころに買ってもらった本、それを見てかっこいいと思って、名前を憶えて、出かけるたびに発見をして。
子どもらしい興味が乗り物に向くか、恐竜に向くか、その他の動物に向くか、あるいはもっと違うものに向く子もいると思う。
運動神経は壊滅的だったから習い事も強制されなかった。
一人っ子だったから欲しいおもちゃは買ってもらえた。
遠くに田舎がないから、旅行先は自分が乗りたい電車を決めて行き先を決めてよかった。
そんな風でどんどんのめり込んだ。
そして20年以上経ってるんだから。
今ではテレビでもいろんな業界の人がその趣味を披露してる。
可愛いアイドルから、普通のおじさんまで。
その中に自分の大好きなアユさんもいる。
『宇佐美』という名の男の子と連絡先を交換した覚えはない。
先輩にも聞いたけど知らないと言われた。
誰も宇佐美さんの弟君には会ってないらしい。
知らない内に会ってても面白いと思ったのに。
横になってても寝てるわけじゃない。
小さな音で大きなテレビに映し出された外国の車窓の映像を見ている。
なかなか行くこともないだろう海外。
いろんな景色が見える。
街のすぐそばでも、山の中でも、明らかに日本とは違う風景があるから。
冬の山になった。白い雪の中を長い列車が走っている。
寒いんだろう。
線路の整備も大変だろうなあと思う。
さっきまでは緑と急峻な山の中だった景色なのに、冬になると白いとがった三角の手前を走る感じだ。距離感はどうなんだろう?
あの車両の中でも興奮して窓にへばりついてる子供がいるんだろうか?
日本ほど線路が敷き詰められて、時刻も正確に運行されてる国はない。
狭い東京の地上と地下深くまで、まるでモグラの様に走る車両。
それなのに本当に通勤時間はびっしりと人が押し込まれてる。
あんなに沢山走ってても運びきれない人人人。
電車は好きだけど通勤には乗りたいなんて思わない。
だから住んでるのは会社に自転車でもバスでも電車でも頑張れば歩いてもいけるところに引っ越しした。
大きな出版社ではないけど一応有名な雑誌を出してるし、会社は優しくて、家賃補助も目一杯お世話になってる。
羨ましいとアユさんに言われるし、一鉄もそう言ってた。
アユさん、泊まりたいなら本当にいつでもどうぞ。
通勤が楽になるなら是非!! その時は僕はソファに寝ます!なんてこっそり想像しながら思ってたのは昔の事。
ちなみに一鉄も飲み過ぎてどうしようもない時、一度迎えに行って泊めたことがある、当然一鉄がソファだった。
あの時はアユさんと一緒にベッドに寝るなんて・・・・・・そんな事想像も出来なかった。
だって本当にここに泊るなんて・・・・。
考えたらまた汗が出てきた。
どうしよう。
本当に呆れられそうだけど。
そんな事を思ってテーブルを見ていたら携帯が鳴った。
急いで起き上がったら一鉄だった。
『ギイチ、悪い・・・・今日泊めて。』
「ええっ~。」
『なんて嘘。奈央のところに戻るからいいよ。ギイチが緊張してるだろうと思って、リラックスリラックス。』
「別に大丈夫だよ。いつものようにお気にいりの映像を見てウトウトしてました。」
『でもアユさんからの連絡だと思ったでしょう?』
それはそうだ。
『じゃあ、今週もお疲れ。楽しい週末を。バイバイ。』
電話は切れた。
一鉄なりのエールだと思いたい。
僕だって随分愚痴を聞いて励ましたんだから。
そう思って携帯を手に持ったままだったら、本当にアユさんから連絡が来た。
『もう帰ってますか?』
『うん、部屋にいるよ。』
『じゃあ、今から行ってもいいですか?』
ええっ~、さっきの一鉄の揶揄いとは違うよね?
冗談?本気?
『ダメそうですか?』
『大丈夫です。』
『食事とか、いろいろ一緒に必要なものを買わないと、勝手に用意できなくて・・・・。』
『駅まで迎えに行くよ。』
『ありがとうございます。じゃあ、30分後くらいに着くと思います。』
『気をつけて。いつものところにいます。』
指が震える・・・・。何とか間違えずに文字の会話は終了した。
急いで着替えて、ぶかぶかの服をベルトでしめて、荷物を持って部屋を出た。
急ぐ必要はないのに。
駅も近いし、まだまだ時間はあるのに。
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