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8 休題 姉かおりの浮かれた夏の過ごし方①

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「最近しおりはよく出かけるね。あんと勉強道具持ってるけど。」

「裏のおじいちゃんのところよ。兄弟猫もいるしクラスメートに勉強教わってるみたい。」

裏のおじいちゃんのとこ・・・。

なに?
ビックリした。

「そうね、かおりには鬼門でしょう、昔、乱暴狼藉してお孫さんをペシャンコにしたことは忘れられないわよね。」

そう、あの時はすっきりするほど暴れたけど、あのあと一人でお詫びに行って、改めて許してもらって、今ではおじいさんと飲み仲間だなんて言えない。
家族にも友達にも言えないようなことをたくさんあそこで吐き出して、消したい記憶ごとあそこに置いてきてる。
まさかおじいちゃん、しおりに余計なこと言ってないよね?

やばい・・・・。

「いつから行ってるの?」

「猫を一緒に分けたときからみたいよ。三匹をおじいさんとお孫さんと家とで一匹づつ引き取ったのよ。日曜日までの数日間、預かってもらってたでしょう?」


うっすら聞いたような、思い出せるような話?
でも、お孫さんってあの子じゃないよね。年が違う。もう一人弟がいたし。
いつの間にかあそこに猫がいたとは。
最近ラブラブでちょっとご無沙汰だったから、気がつかなかった。

不覚・・・・。


寄り添った小さな影が二つ思い浮かぶ。



とりあえず、様子を見に行こう。
手遅れじゃないことを祈りたい。

まさかの仲良しなんて・・・・気をつけよう、せっかくの無礼講の場所なのに。

内緒は内緒。妹にも自分のプライバシーは守りたい。
個人情報は家族にもばらしてはいけないとお願いしなくては。


手遅れじゃありませんように。
心の中で手を合わせて念仏を唱えた。

南無南無クワバラクワバラ。



午前中講義のない日、自分で使ったあとの洗面台の掃除くらいはした。
部屋はまだしおりが整頓してくれたまま、三割くらいはそのまま綺麗を保ってくれている。もうしばらくはいいだろう。

着替えをして、朝ごはんを食べて、裏のおじいちゃんのところに出かけた。

「こんにちは~。」

「あれ、かおりちゃん。久しぶりだね。彼氏と仲良く出来てる証拠かな。」

「バレました?綺麗になってます?ラブラブ真っ最中です。」

「良かったね。最近は代わりにしおりちゃんが来てくれるから寂しくはないよ。孫の一総も来てくれるようになって。あんちゃんも元気そうだし、ナオも元気だし。」

ナオ・・・・?

「あれ?聞いてない?あんのお兄ちゃんだよ。ナオ~。」

おじいちゃんが呼ぶと毛玉が飛んできた。

犬の様な反応だったけど、子猫だった。
普通のキジトラの猫。
あんの白黒の毛色とは全くかぶらない。
そういえば最初の写真で見たような気がする、まだまだ小さい子猫の時に。

「ナオ君。こんにちは。」
抱きあげた。

やっぱり可愛い。

「なかなかのイケメンだね。いいじゃない。」

「もう一匹はお孫さんが家で飼ってるんですよね。」

「そうだよ。まだ小さいから時々はみんなここに集合して遊ばせてるんだ。猫もじゃれるし、孫としおりちゃんもじゃれるし。」

じゃれる?

もしかして、やっぱりしおりの好きな子なの?

「お孫さんとしおりは同じクラスだって聞いた気がします。」

「そうだよ。でも委員長としか呼ばれてないんだよ。何で名前を呼んでくれないんだか。」

そう言えば勉強も教わってるとか言ってた、委員長。
頭がいい子なんだろう。

やっぱりあの兄の方ではなかったらしい。
ちょっとだけホッとした。
まあ、もう時効だろう、本人以外にとっては。


あ、違う違う、肝心な話をしないと。


何とか個人情報は漏れてないらしい。
固く口止めをした。
ここには平日の夜にしか来れないと分かった。
しおりが絶対家にいる時間だ。
週末は孫がいるらしいので、そっちも避けたい。
トラウマにはなってないらしいので良かった思おう。
まあ、なるなら本人だが。


そんな訳で幸せ気分も相まって、吐き出す毒もなく、大学に行くときに声をかけるくらいの日々だった。


ある遅い朝、早い昼かな?
おじいちゃんに声をかけられて、元気よく返事をするとどんよりとした顔をしていて。

「あれ?どうしたの、おじいちゃん元気ない?」

「時間を作って遊びに来てくれないかな?」

「いいよ。今夜夕飯終わった後くらいでいい?しおりが家にいるのを確認したら行くから。」

「ありがとう、かおりちゃん。待ってるね。」

「行ってきます。」

本当に元気がないらしい。
なんだろう?
まさか、重たい話じゃないよな?
体の不調を切々と訴えられても、それは何とも言えないけど。
まあ、そんな訳はない。

そういえばしおりも昨日はおかしかった。

帰ったら急にあんの手術が決まっていた。
しおりがあんの近くにずっといて、お母さんが私が口を出すのを止めて。
いつもより少し家が静かだった。
だってよくわからないと私だって空気を読んで大人しくなるから。

今朝は会ってない、誰にも。

カレンダーの土曜日のところに『あん 病院 13時』そう記入されていた。
母親の字だった。
予約をしたらしい。あんなに嫌がってたのに。
痛くないんだって説明しても、絶対うんとは言わなかったのに。

なんだろう?
関係ある?


取りあえずいつものようにお気楽に学生をして、バイトもなく、珍しく勉強をして、友達とお茶をして、帰って来た。

すっかりくつろぎモードのスッピン部屋着。

お酒を持て行く雰囲気でもなかったから手ぶらでいいか。

こっそりお母さんに聞いたけどしおりが手術を決めた原因は分からなかった。


「おじいちゃん、かおりです。こんにちは。」

いつもよりトーンを落として玄関で声をかけたら、先にナオが出て来てくれた。
「どうぞ~。」おじいちゃんの声が奥から聞こえた。
キッチンにいるみたいだ。
ナオを抱きあげて歩いて行く。

「悪いね、かおりちゃん。座ってて。」

「はい。」

「ねえ、しおりちゃんは元気?」

「ああ、ちょっとだけ元気じゃないです。昨日からちょっと暗いんです。急にあんの手術をすることが決まって、すごく反対してたから、そのせいだと思います。」

おじいちゃんも暗い顔をする。

「どうかしましたか?」

ここに何か原因となる出来事が?
何か事件がありました?

「うん、昨日いつものようにあんとナオを遊ばせてたんだけど、台所にいたらすごい声がして、あんにナオが乗っかってたんだよね・・・・・。」

「ビックリしたらしくて、しおりちゃんがあんを抱きしめて部屋の隅に行って、そのまま逃げるように帰って行って。『大きな声を出してごめんなさい。』そう言ってたけど、すごくショックだったみたい。」

なるほど・・・・。
それで手術か。

「一総にも聞いたんだけど、学校でも元気なかったって。保健室に行ったみたいだし、そんなに具合が悪かったのかなあ。」

「あ、保健室は違います。まったく関係ないですから大丈夫です。女の子のお腹痛い病です。でもお孫さんには内緒で。バラしたら激怒されます。」

「もちろんだよ。原因が別にあったらいいんだけど。ジュースを持ってお見舞いに言ったけどぐっすり寝ていて会えなかったって。」

保健室に・・・・お見舞い?

そんな話ある?

男の子がクラスメートの女の子を????


確かに優しい子だったはずだ。


その昔、私がお兄さんの方に『乱暴狼藉』の限りを尽くしていたその時に、怖くて泣きじゃくったしおりを守るように一緒にいて、頭を撫でていてくれた子がいた気がする・・・・のを横目で見ながらも手も口も止まらず。

気がついたら勝負がついていた。

こっちの勝負がついたのに、敗北者の兄よりも加害者の私の妹を宥めてくれてるあたり、いい奴だと思った気もした。あの子だろう。
あの頃から優しさは変わってないらしい。


しおりは覚えてるんだろうか?
その子は覚えてるんだろうか?


確かにやり過ぎたんだ。
本当に小生意気な餓鬼だったから、懲らしめた。
まだまだ子供だったから、私の方が年上だとか、そんな分別もない、大人げない振舞いはしょうがないのだ。ずっと昔の子供の頃の話だ。
だから時効なんだって・・・・・。



ふ~。
まあ原因は分かった。
しおりが手術に同意した理由と、おじいちゃんが元気がない理由。


「土曜日に手術は決まったから、無事に済んだら元気になると思います。」

「そうだね。ナオの事は嫌いにならないで欲しいし、また連れてきてほしいけど、無理かもね。」

「ちゃんと分ってます。絶対嫌いにはならないです。お孫さんも保健室にお見舞いなんて、可愛らしい。」

「学校では一切話しかけてないらしい。しおりちゃんに誰にも言わないで欲しいと言われたらしいから。ここではすごく仲いいんだけどね。」

「分かる気がします。揶揄われたりするのもうっとうしいし、嫌なんだと思います。しおりは小心者だから。」

おじいさんが私を見た。
言いたいことは分かるけど、私も時々乙女です。

「じゃあ、おじいちゃんは元気になったよね?しおりもすぐに元気になるから。めでたく解決でいい?」

「いいよ。ありがとう。」

「ちなみに委員長の方は私のこと記憶にありますか?」

「ないと思ってるの?ここで起きた事件の中で最大の珍事だと思うよ。さすがに記憶に残るよね。」

「そう・・・ですか。じゃあ、あの時しおりが号泣したのも覚えてるのかな?」

「どうだろう。しおりちゃんは泣いてたね。」

おじいちゃんもあの子がしおりを慰めてたのは覚えてない?
私の見間違いかな?
なにせメインの方に文字通り力を注いでたし、もしかして願望的な光景?脳が勝手に微笑ましい光景を足してしまってた?

「あの時弟君は泣いてるしおりの視界を塞いで慰めてくれてたと思います。私の記憶が確かなら。」

「ああ、兄の方ばかり気が行ってて、覚えてないなあ。そんな事あったのかな?」

「多分、でも、しおりは覚えてないと思います。」

「そりゃあ、しおりちゃんにとっては恐怖の記憶かもね。」

「本当にその節はご迷惑をかけて。それなのに今では姉妹ともどもお世話になりまして。」

「いえいえ。飲み友達が出来たんだから結果オーライです。兄もすくすく育ってます。」

「それは何よりです。」

よかった。やっぱり皆で一斉に時効を迎えてたらしい。
南無南無。
感謝を心で唱えた。


手術も無事に終わり、しおりは週末ずっとあんの近くにいた。
いつもと変わりなく平気にしてるあんにやっと安心したらしい。

でもやっぱりその後はおじいちゃんのところに行く回数も減り、あんはその間留守番らしい。おじいちゃんががっかりしていた。



もうすぐ夏休み。

学生は夏休みがあるけどサラリーマンにはちょっとだけ。

彼氏と休みを合わせてちょっとだけ旅行に行きたいと話をしていた。
その辺は自由な我が家。
私が大人しくしてるとは思ってないらしい。
きちんと連絡を入れてれば止められることも叱られることもない。



夏休みのある日。
週末、デートの前におじいちゃんに声をかけられた。

「かおりちゃん、しおりちゃんは今日も塾通いみたいだね。」

「ああ、なんだか勉強するって本気出し始めたらしいです。あんを膝に乗せてよく勉強してます。暇なんでしょう。」


「それがね、家で一総と一緒に勉強する約束をしてたんだけどね、振られたみたいだね。ガッカリして一人で勉強してるよ。聞いたら『委員長はクラスの皆に教えてるから、私は邪魔しません。』みたいに言われたんだ。」

「それは何でしょう?」

「さあ?」


「遊ぶ約束もしてたみたいだけど、そっちも同じように言って断られたんだ。本人は知らないけど。ただ塾に行くようになったからそっちで勉強してるって思ってる。二人がいると笑顔が倍増で楽しかったのに。」

「もう、おじいちゃんが元気ないとダメじゃないですか。母親に聞いてみます。何か言ってたか。」

「うん、嫌われてはいないと思うんだけどね。何でだろうね。難しいね、女の子は。」

「そうなんです。複雑なんです。」

「ああ、かおりちゃんは分かりやすい。喜怒哀楽の振れが極端だからね。」

そうですか・・・・、褒め言葉として受け取ります。


結局お母さんも何も聞いてないらしい。
大学に行ってみようかと真面目に考えて、真面目に困ったらしい。
勉強頑張るから大学行きたいと言い出して、塾もお願いしたらしい。


「しおり、塾どう?」

リビングであんを膝に抱いて撫でながらテレビを見てる時に声をかけた。

「楽しいよ。すごく分かりやすいし、少しは数学が好きになった。」

「好きになる必要は感じないけど、楽しいならいいね。」

「だって委員長は数字がカッコよく見えるらしいよ。好きだとそうなるらしいよ。」

「委員長って呼ぶの?名前があるでしょう?」

「だってクラスの半分くらいはそう呼ぶ。ずっと私もそう呼んでたし。」


「そう。」


まあ、大学に行きたいだけなんだろうかと思わなくもないけど、ちょっと違う気もする。
女の子の複雑な想いってやつです。

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