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14 夜を過ごすこと

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何でこうなんだろう。
せっかく無事に終わり、週末は坂井さんと買い物の予定だったのに。
情けなくて涙もでるし、近藤さんに申し訳なくて。
眠っても、当然熟睡できず。
それでも、朝早くセットしたアラームにちゃんと起きれたんだから良しとしよう。

電車に乗ると横になってもいいくらい空いていた。
週末のこんな時間に、それでも出かける人はいる。
眠そうな人の顔、時々楽しそうな顔の人。私はどんな顔をしてるんだろう?
うつ向いたまま少し眠る。
途中から人がたくさん乗ってきたらしく、気がつくと座席はほぼ埋まっていた。

駅でパンを購入して、コンビニで目についたものをかごに放り込んでいく。
結構な量になった。近藤さんの呆れた顔を想像する。
でもその後は・・・・。


起きる時間はだいたいわかる。昨日計算したし。
その頃に時間を合わせて一人エレベーターに乗り、研究室の階でいつものように降りた。
すぐ近くの廊下に白衣姿の近藤さんがいた。


私に気がついて驚いた表情をする。
両手にコーヒーを持ったまま挨拶する。
両手に下がった袋を掲げる様に朝ごはんを持ってきたという自分の存在理由を告げる。


一緒に研究室に戻りテーブルに着く。
さすがに大量だったらしくビックリされた。
しつこく何とか手伝いを申し出る。

ようやく今日の夜、泊まることを許可してもらった。

背後でアラームが鳴る。
少し時間の計算を間違えたかもしれない。
白衣のボタンをとめ機械に近寄る近藤さんを見る。

「誰かがいると時間が早い。1人だと退屈ではあるから。」

そう言われて、もう少しいていいと言われてゆっくり朝ごはんを食べる。
全くなかった食欲も、近藤さんのちょっとの笑顔に救われてひょっこりと出てきた。
このあと居心地のいい漫喫を探そう。
そして夜までゆっくりしよう。

昨日、高田さんに泣きついたのを見られたらしい。
恥ずかしさはあっても他の人に見られるより良かったかもしれない。
この上高田さんに変な噂がたったら申し訳ない。
誰にでも優しいから、私を慰めていてくれたのも当然だと思ってるみたいだし。
好きにしろ言われて今晩の泊まりを引き受け、後は日曜日から月曜日にかけてもなんとか説得するつもりだ。

携帯で近くの漫喫のサイトを見てあたりをつけたお店に入る。

女性用ブースと、シャワールームもある。
飲み会などの後泊まるのにも場所と値段もいい。
すぐに会員登録して早速リクライニングのシートのあるブースへ。
狭いけどちょっと眠るには十分。ブランケットを借りて映画を見る。
少し目が疲れてきたので目覚ましをかけて暗くして眠る。
使い捨ての薄いアイマスクが備え付けてあった。
オフィス街だからなのかきれいで十分なスペースもある。
しばらく来ない間に満喫も進化していてうれしい。

思ったよりよく眠れた。
目が覚めた時間もいい頃で、ブースを出てシャワーを浴びて着替える。
おなか空いた。
夕ご飯を買って研究室に戻ろうか。
コンビニでカップラーメンを数個買い、お惣菜も買い、また会社へ戻る。

1人エレベーターに乗っているのは一緒でも、朝より緊張感はない。
研究室に行く前に休憩室に寄る。
いない。


朝のスウェット姿がちょっと笑えた。
静かな休日の社内で動くものがあのグレーの姿だけで、その姿が大きなネズミに見えた、絶対言えないけど。
二日間ネズミ姿で過ごすのだろうか?
ドアをノックして返事を待ち研究室に入る。


想像と違ってネズミのスウェットは脱いでいた。
普通の普段着だった。ちょっと残念。


「お疲れ様です。近藤さん、夕食はどうしますか?カップ麺なら買って来たのですが?」

「ありがとう。もらっていいのか?」

「はい、勿論です。いろいろ買ってきました。好きなのどうぞ。」

テーブルに置いていたチョコレートが少し減っていた。

「もう少し後にしますか?今お湯入れてきましょうか?」

「まだいい。」

「玉井はうちに帰ったのか?」

「いいえ、近くでいい漫喫見つけてきました。これから飲みに行った後遅くなったらそこに泊まれます。シャワーもついてましたし、きれいでした。」

「良かったな。」

「はい。夕食食べたくなったら言ってくださいね。」

「なあ、これは玉井の分もあるのか?」

「勿論です。あ、・・・一緒に食べようと思って買ってきたんですけど。」

「わかった、あと小一時間したらキリがいいから、食事にしよう。」

「はい。なんだか大学の頃を思い出して楽しいです・・・・・・と、すみません。」つい、うっかり。

「いや、別にいい。懐かしいな。随分昔の事過ぎて忘れてた。玉井はついこの間だろう?」

「はい。そうですね。卒論のギリギリまでやってました。もう誰もが必死でしたよ。」

「男子学生が多かったんじゃないのか?」

「もちろんそうでした。それでもゼミに他に2人女子がいて良かったです。楽しかったです。」

「今も坂井がいて良かったな。」

「はい、いい人で良かったです。でも鬼頭君だけでもわりと馴染めたと思います。あんまり男子感がなくて。優しいしいい人です。」

「誉め言葉じゃないような気がするが、そうかもな。」

アラームが鳴る。

私はご飯の支度をはじめる。給湯室でお湯を沸かしてラーメンを作る。
いい匂いがあたりに漂う。食後はちゃんと換気をしよう。
一緒にズルズルとラーメンをすすり後始末をする。

無理やり交代してもらい、休憩室のソファに近藤さんを追い出す。
2時間ごとにアラームをセットして実験を続ける。

さすがに一人だと2時間も退屈で。携帯でゲームをしたりして時間をつぶす。
それにも飽きてしまった。
合間にトイレに行き、そっと休憩室を見ると近藤さんはまた大きなネズミ姿になって眠ってるみたいだ。静かに戻り私も目を閉じた。

2時間はあっという間にやってくる。とても疲れる。
起きれるかどうかという不安もあって。
なんとか起きだして記録をして前回とそう変わりないことを確認する。
数回繰り返し外が明るくなってきた。

あと1回か2回繰り返せば近藤さんが起きてくるだろう。
椅子に横になるとすっと眠れた。ごそごそとした音で目が覚める。
白衣を着た近藤さんが動いている。携帯を見ると時間が過ぎている。

うそっ。

「すみません、時間が・・・。」

「ああ、気にするな。アラームは止めた。ちゃんと見てるから大丈夫だ。」

「もしかして代わってくれたんですか?」

「ああ、よく寝てたから。」

「はい、4時間近く寝てました。」優しすぎます。

「俺もよく眠れたよ。交代しよう。」そう言ってはくれた。

「コーヒー買ってきましょうか?」

「いいから、帰れ。もう気が済んだだろう。」

「そんな、今夜も泊まるつもりです。最初から。漫喫で寝てきます。また戻ってきます。夕飯は温かいもの買ってきます。じゃあ、あとはお願いします。」

返事も聞かずに出てきた。
やっぱり2時間おきはつらい。無理だ、一人では。

朝ごはんも食べずに昨日の漫喫に行き、寝た。
いびきをかいてなかっただろうか?
ぐっすり寝て起きたのは午後遅く。
シャワーを浴びて夕飯を買って研究室に戻った。

また普段着になっていた近藤さん。

「お疲れ様です。すごくよく寝ました。夕飯早いですが買ってきました。近藤さんもシャワー浴びて少し寝てきてください。ちゃんと紹介カードもらってきましたよ。」

手に取ったカードをぼんやりと見つめる近藤さん。

「あ、部屋に戻られるなら一人で留守番します。」

「いや、こっちでいい。」

そう言われたのでリクライニングシートとアイマスク装着での昼寝をすすめた。

「映画も充実です。勿論漫画も。家族と喧嘩して家出したいときにはびったりですね。」

「そんなことあるのか?」

「私はないです。親に甘えてばっかりなんで。」

「お父さんとも仲がいいのか?」

「普通ですけど?でも反抗期はなかったです。洗濯もお母さんにやってもらってるので、ずっと一緒に洗われてます。拒否権はないですから。」

ちょっと変な顔をされる。



「明日は早めに帰れよ。心配してるぞ。」

「大丈夫です。漫喫の写真送っていいところ見つけたって教えたので。」

「本当は坂井と買い物に行く予定だったんだろう?悪かったな。」

「そんな、私がもともと悪いんですから。近藤さんの予定をダメにしたのは私の方です。すみません、謝っていてください。」

「・・・何に?」

「あの、・・・彼女さんに。」

「ああ。まあな。」

「・・・・それじゃあ、どうぞ行って来てください。あ、携帯番号聞いていいですか?何かあったら連絡します。」

「じゃあ、かかってこないことを祈る。」

「はい。私もかけたくないです。」


電話番号を書いた名刺をもらい、また一人になった。
すっかり二人でいる空間に慣れてしまっていた。

静かな機械音を聞いてぼんやりしてたけど、作動を確認して歯磨きとトイレを済ます。

夜の交代までまた一人で留守番。
やっぱり週末予定あったんじゃない、ぶちっと独り言を言う。
あんなこと言ってもやっぱり。
酔っぱらって言った事が絶対の本心って訳じゃない。
もしかしてさほど酔ってなかったとか。
覚えてないって言うけどそれも本当じゃないとか・・・・。

ふぅ~。分からないけど。

落ちた肩を背伸びして伸ばして研究室に戻った。

携帯で坂井さんにラインする。

『近藤さんを追い出して一人で留守番してます。誰もいない研究室は静かで寂しいです。』

送信。

今度、下の名前で呼んでいいかって頼んでみよう。
もう少し仲良くなれますように。

しばらくして返信が来た。

『お疲れ様。近藤さん、驚いたでしょう?でも来ると思ってたと思う。近藤さんの事だからもう怒ってないでしょう?頑張ってね。明日いろいろ話聞かせてほしいです。楽しみ。』

お疲れスタンプも送られてきた。

私も送り返す。
ゲームにも飽きたので音楽を聴きながら一人で歌を歌う。
1人ならでは。眠気覚ましによくやった。
ついつい調子に乗って手振りがついてしまって。
1人を満喫しすぎて大声を出して、ドアが開いたのも気がつかず、曲が終わった瞬間おなざりな拍手が聞こえて振り返って驚いた。
ひょえ~。反省まっただ中の仕事中のはずなのに、しまった。
またも油断しすぎた。


時計を見るとまだ早い・・・か?でも常識的には夜中のカラオケかも。


「なんだか随分楽しそうな声が廊下にも響いていたぞ。楽しそうとは思ったがうまいかどうかは保留でいいか?」

「うっ・・・・すみません。眠くなるといけないと思って。」

「ちなみに昨日の夜は大人しくしてたよな。」

「当たり前です。時間の感覚も開いてちょっと気が緩んでしまいました。あの、順調に6時間インターバルに入りました。」

「ああ、悪かったな遅くなって。交代しよう。」

「はい。あの、良く休めましたか?」

顔を見るとさほど疲れも見えない、もともとあまり変わらない気がするが。

「ああ、おかげでシャワーも浴びれたし。俺も家出の時はあそこを使うよ。」

「はい・・・?ああ、喧嘩した時ですね。」

「しかし、居残り研究で一人カラオケをして楽しむとは、今まで思いつきもしなかったぞ。世代かなあ?明日他の奴に聞いてみよう。」

「そんな・・・バラさないで下さい、反省してないみたいだし、ただただ恥ずかしいです。」

「おしかったなあ、動画撮ってれば良かった。」

「もういいですから。」

交代して私は漫喫へ。
廊下を歩きながら思う。
本当に声が響いてたの?そんな大きな声だった?
今、研究室は静かだ。
また一つ呆れたネタを提供してしまった自分。


こうしてなんとか週末を乗り切った。
あとは朝に早めのデータを取るまで近藤さんも休めるはずだ。

翌日までゆっくり休んで朝早めに起きて会社に行ってみた。
また一人でエレベーターに乗る。廊下を歩く、静かな空間。

「おはようございます。お疲れ様です。」

明かりがついてることを確認してノックして研究室に入ると・・・。
いた、ネズミ姿の近藤さん。
なんだか隙がありすぎるこの格好がツボ。おじさんみたいな。
前にお家に行った時は部屋着っぽい、私が借りたようなTシャツとゆるパンだったのに。
何故かそれ。スウェットはいいとしてもネズミ色って。
もしかしていいところのブランドのもの?
ブランドマークが入っていそうなところに目をやるが見当たらない。
ゆるゆる楽そうだけど白衣を羽織っていると逆に窮屈そうなくらい。


おはようと返されてちらりと視線をもらい今日最初のデータ確認。
終わったらしく背伸びをして首をコキコキと倒している。

「お疲れ様です。あの、特に問題なかったでしょうか?」

「ああ、とりあえずは山は越えた。お疲れ、助かったよ。」

「いえ、もとはと言えば」

「腹減った、玉井は朝、もう食べたか?」

今、わざと私のセリフを遮ったと思う。

「いえ、まだです。何か買って来ようかと思ったんですが。今から買ってきましょうか?」

「いや、開いてるところでいい。外で食べよう」

「はい。」

近藤さんが着替える間に荷物を仕分ける。

2人並んで外に行く。静かな機械音だけが後ろから追ってくる。
さっき上がってきたエレベーターに二人で乗り、後ろからちょっと見上げる。
今は普通の服。いつもの上司の姿。

外に出て朝早くから開いてるコーヒー屋さんに入る。
バナナ一本を持ってレジに並ぶ近藤さんの後ろにつく。
何食べようかなあ。スコーンかサンドイッチか。
視線がショーケースの中で揺れる。

「玉井、決まったか?」

「は・・・うん・・・・はい、スコーンにします。」

「飲み物は?」

「ラテで。」

レジを打ってくれた店員さん。近藤さんと一緒に会計になった。

「あ、私が払います。」

「いいよ、散々差し入れしてもらったし。ここはご馳走してやる。」

「ありがとうございます。」

言いながら思う。
おかしい、こんなつもりではなかったのに。
昨日のお返しにアラームを止めて代わりにデータ取りして少し休んでもらえたらと思ったのに。並んで窓際に座りながら思う。

「よく眠れたか?」

「はい。あそこ、すっかり気に入ってしまいました。」

「近藤さんこそ疲れてないですか?」

「今、俺をおじさん扱いしてないか?」

おじさんって、それはないけど。
ネズミ姿はオジサンっぽいとか思ったりしました。

「近藤さん、あのスウェットはお泊り用ですか?」聞いてみる。

「ああ、適当に要らない奴を置いてあるんだが、やっぱり変か?」

自覚はあるらしい。

「ちょっとびっくりしました。いつものスッとした姿からすると、なんだかオジサンっぽい感じで。」

ちょっと表情が悲しそうだが、楽なんだよなあとつぶやいてる。

「気にしないでください。大きなネズミみたいでした。」

「褒めてるわけじゃないよな?」

「まあ、どちらとも言えるような言えないような。」

「玉井は今日はその服で仕事するのか?」

「いいえ、ちゃんと着替え持ってきてますよ。」

自分の格好は・・・白衣に隠れるとはいえ社食には行きにくい。

「そういえば高田さんはいつもきちんとした格好してますよね。やっぱりお洒落ですよね。」

泣きついたときの服も素敵なシャツだった気がする。
思い出すと恥ずかしい。
今度こっそりお礼と謝罪をしておこう。

「先に行くからゆっくりしてから来い。」

コーヒーとバナナの皮を持ってさっさと席を立ち歩きだした近藤さん。
急な動きにびっくりして、その後ろ姿を追いかける。

「えっ、待ってください。」

食べかけのスコーンをペーパーナプキンで包んでトレーを片付けてコーヒーを持って追いかける。
会社の前で追いついて並んだ時にはコーヒーがこぼれて服の袖にシミが出来ていた。
あ・・・・。シミになるなあ、ちょっとお気に入りなのに。


また二人でエレベーターに乗る。
まっすぐ向いてこっちを振り返りもしない。
急いですることを思い出した?

研究室に戻って早速着替えて染みのついた袖を濡らし漂白剤を薄めた液に浸す。
しばらくこうしておこう。

「コーヒーこぼしたのか?」

「だって急に帰ってしまうから、急いで走って追いかけたんです!」

「あぁ、悪かった。」

「もう、何で急に急ぐんですか?何か抜けていた事とかありましたか?」

帰りついても仕事するでもなく自分のデスクについた近藤さん。

「あぁ、悪かった。」

そんなこと聞いてないのに。
少し減ったコーヒーとスコーンの残りを一人テーブルで食べて終わりにする。

手を洗って残りの着替えをして洗濯物をまとめてロッカーへ。
しばらくして服を洗いシミが落ちてることを確認した。
固く絞って丸めてロッカーに入れる。

「落ちたか?」

「はい、大丈夫です。」

歯磨きセットを持ってトイレに行く。
軽く化粧らしきものもして、いつもの自分になるように。


戻るとまだぼんやりとした近藤さん。やっぱり疲れてるよね。


「なあ、高田はしばらくこの研究室出禁だから、会いたかったら自分から行ってくれ。」

「・・・・・はい、分かりました。ちゃんとお礼いいたいですし。でも出禁なんて、まさか喧嘩でもしたんですか?」

「まあな。」

投げやりに答える。教えて欲しいところだが機嫌が悪くなっても困る。
あ、もしかして先に帰ってここで少し寝たかったのかな?
時計を見るとみんなが出勤してくるまで1時間半くらいある。

・・・そうかも。邪魔なのかな?
携帯を持って社食で休もう。

「ちょっと外に出てきます。」

そう言って離れれば少し休んでくれるだろう。
途中休憩室をのぞく。ここでもいいか。
一つあるソファに深くもたれて目を閉じた。
あと少しここで休もう、そして少しでも休んでもらおう。

そう思った。



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