19 / 33
苦悩、新しい風
しおりを挟む
セレンの住む屋敷に帰ると、私はどっと疲れを感じてその場に座り込んだ。オリヴィア様の怒りや悲しみの入り混じった表情が頭の中に浮かぶ。私はどうしたものか、と頭を抱えた。
確かに、セレンのことを考えると彼から離れた方が良いのだろう。……たとえ、セレンが私と共にいたいと望んでくれていたとしても。
幼い頃は分からなかった。何故皆権力や地位、血筋を守ることに全力を尽くすのか。何故皆そんなに必死になるのか?
家を守ることは代々の悲願であり、貴族としての宿命だ――そういった教育をされてきた大人達は、子供にその思想を植え付ける。のほほんと生きていた私は、ある程度の年齢になって初めて理解した。
…………貴族とは、産まれながらに宿命を背負うのだ。裕福で地位がある以上、それを守らなければならない。
私はもう、そういったことから解放されたけど、セレンは一生背負い続けることになるだろう。結婚は個人同士でするものだが、常に家の問題や、他人の意志が絡んでくる。私も貴族のままだったら、将来知らない男に嫁がされていたはずだ。
でも、それを悲しく思うことがあっても、疑問に思うことは無かっただろう。親が、家が、決めたことだから。従わなければ、それが正しいのだと。
……セレンのはっきりとした言葉が聞きたい。私と、どうなりたいと思っているのか。その言葉に、私は従う――。
不意にオリヴィア様の「貴女が導いて」という言葉が脳裏によぎった。……セレンに従う。それでは駄目なのか?私から離れなければいけない?彼の元から、強い意志で。
どっと疲れた。手のひらから伝わる床の冷たさだけが心地良い。胸中にうずまく不安が治まりそうになくて、膝を抱えて俯いた。
屋敷には今、私以外誰もいない。それだけが救いだった。
それから数日間、セレンは屋敷に帰ってこなかった。なんでも急な仕事が入ったらしい。ヴィンス様が私に伝えてくれた。
私はいつも通りに屋敷の仕事をこなした。時間があるから、今日は父のところへ帰ろうか。マリアのところに行って彼女と話すのも良い。
考えた結果、私は服を引っ張り出して勢い良く屋敷を出た。シンプルな白のブラウスと、薄い青色のレースのついた白地のスカート。それに、セレンから貰った金色の花の髪飾り。……靴は、少しくたびれてしまっているが、まだ履けるだろう。
先にマリアのところに行こう。話ついでに買い物もいい。そう思って彼女の所へ行くと、見知らぬ男性と話をしているところだった。
お客様かしら、邪魔したら悪いわ……とその場から立ち去ろうとした、その時。
「あら、アルト!」
「俺の相手より客の相手をしろよ」
「うるさいわね!あんたの顔見たら、文句の一つくらい言いたくなったのよ!」
話……というより言い合いだろうか?和やかな雰囲気ではないが、取り合えずマリアの側へと歩いた。
「……あ!」
近づいてみると、そこにいたのは、前に偶然店で会い、ぶつかった男だった。
「ああ、この前の」
「何?知り合いなの?」
少し驚いた顔をした男と、私と彼の顔を交互に見て困惑するマリア。
「前に会ったことがあるってだけだ」
「びっくりした!こんな奴とアルトが親しくなくてよかったわ」
マリアの酷い言い草に思わず苦笑する。男は何とも思ってないのだろう、涼しい顔をしている。態度には変わらず愛想がなかった。
……それにしてもこの男、相当背が高い。女性にしてはかなり高めのマリアと並んでも、その差が目立っている。がっしりとして逞しい印象も相まって、怖く見えてしまい、より愛想がなく思うのだろう。
「前に父さんと一緒に取り寄せ先で交渉しようと思ったら、こいつ全部買い占めちゃってたのよ、少しくらい残してよ!」
「あれはそんなに量が無かった。早い者勝ちだ。それに、あの値がお前達に出せたのか?」
「それは……でも、少しなら買えたわ!うちの客層にも、高いものを中心に買う人がいるのよ!」
「それは残念だったな、だが商売に遠慮はいらない」
マリアは腹が立っているのだろう、そっぽを向いてため息をついた。
「商売してるなら愛想良くしたら?」
「俺は店には出ない。取引をするだけだ」
「それで良く取引が上手くいくわね」
二人の言い合いに呆気にとられていると、マリアがはっとしたように私の方を向いた。
「ごめん、ついヒートアップしちゃって。アルトを無視してるみたいになっちゃった」
申し訳なさそうに眉を下げたマリア。私は彼女に「別にいいよ」と微笑み、彼の方を見た。
「……あの、お名前は?私は、アルテミシア・プラマヴェル……アルトと呼んでください」
彼はあまり名乗りたくないのか、少しだけ眉根を寄せた後口を開いた。
「キース・トルメキア、キースでいい」
確かに、セレンのことを考えると彼から離れた方が良いのだろう。……たとえ、セレンが私と共にいたいと望んでくれていたとしても。
幼い頃は分からなかった。何故皆権力や地位、血筋を守ることに全力を尽くすのか。何故皆そんなに必死になるのか?
家を守ることは代々の悲願であり、貴族としての宿命だ――そういった教育をされてきた大人達は、子供にその思想を植え付ける。のほほんと生きていた私は、ある程度の年齢になって初めて理解した。
…………貴族とは、産まれながらに宿命を背負うのだ。裕福で地位がある以上、それを守らなければならない。
私はもう、そういったことから解放されたけど、セレンは一生背負い続けることになるだろう。結婚は個人同士でするものだが、常に家の問題や、他人の意志が絡んでくる。私も貴族のままだったら、将来知らない男に嫁がされていたはずだ。
でも、それを悲しく思うことがあっても、疑問に思うことは無かっただろう。親が、家が、決めたことだから。従わなければ、それが正しいのだと。
……セレンのはっきりとした言葉が聞きたい。私と、どうなりたいと思っているのか。その言葉に、私は従う――。
不意にオリヴィア様の「貴女が導いて」という言葉が脳裏によぎった。……セレンに従う。それでは駄目なのか?私から離れなければいけない?彼の元から、強い意志で。
どっと疲れた。手のひらから伝わる床の冷たさだけが心地良い。胸中にうずまく不安が治まりそうになくて、膝を抱えて俯いた。
屋敷には今、私以外誰もいない。それだけが救いだった。
それから数日間、セレンは屋敷に帰ってこなかった。なんでも急な仕事が入ったらしい。ヴィンス様が私に伝えてくれた。
私はいつも通りに屋敷の仕事をこなした。時間があるから、今日は父のところへ帰ろうか。マリアのところに行って彼女と話すのも良い。
考えた結果、私は服を引っ張り出して勢い良く屋敷を出た。シンプルな白のブラウスと、薄い青色のレースのついた白地のスカート。それに、セレンから貰った金色の花の髪飾り。……靴は、少しくたびれてしまっているが、まだ履けるだろう。
先にマリアのところに行こう。話ついでに買い物もいい。そう思って彼女の所へ行くと、見知らぬ男性と話をしているところだった。
お客様かしら、邪魔したら悪いわ……とその場から立ち去ろうとした、その時。
「あら、アルト!」
「俺の相手より客の相手をしろよ」
「うるさいわね!あんたの顔見たら、文句の一つくらい言いたくなったのよ!」
話……というより言い合いだろうか?和やかな雰囲気ではないが、取り合えずマリアの側へと歩いた。
「……あ!」
近づいてみると、そこにいたのは、前に偶然店で会い、ぶつかった男だった。
「ああ、この前の」
「何?知り合いなの?」
少し驚いた顔をした男と、私と彼の顔を交互に見て困惑するマリア。
「前に会ったことがあるってだけだ」
「びっくりした!こんな奴とアルトが親しくなくてよかったわ」
マリアの酷い言い草に思わず苦笑する。男は何とも思ってないのだろう、涼しい顔をしている。態度には変わらず愛想がなかった。
……それにしてもこの男、相当背が高い。女性にしてはかなり高めのマリアと並んでも、その差が目立っている。がっしりとして逞しい印象も相まって、怖く見えてしまい、より愛想がなく思うのだろう。
「前に父さんと一緒に取り寄せ先で交渉しようと思ったら、こいつ全部買い占めちゃってたのよ、少しくらい残してよ!」
「あれはそんなに量が無かった。早い者勝ちだ。それに、あの値がお前達に出せたのか?」
「それは……でも、少しなら買えたわ!うちの客層にも、高いものを中心に買う人がいるのよ!」
「それは残念だったな、だが商売に遠慮はいらない」
マリアは腹が立っているのだろう、そっぽを向いてため息をついた。
「商売してるなら愛想良くしたら?」
「俺は店には出ない。取引をするだけだ」
「それで良く取引が上手くいくわね」
二人の言い合いに呆気にとられていると、マリアがはっとしたように私の方を向いた。
「ごめん、ついヒートアップしちゃって。アルトを無視してるみたいになっちゃった」
申し訳なさそうに眉を下げたマリア。私は彼女に「別にいいよ」と微笑み、彼の方を見た。
「……あの、お名前は?私は、アルテミシア・プラマヴェル……アルトと呼んでください」
彼はあまり名乗りたくないのか、少しだけ眉根を寄せた後口を開いた。
「キース・トルメキア、キースでいい」
10
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる