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敵意
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私はいつオリヴィア様に呼び出されるのかと、そわそわしながら掃除をしていた。しばらくたった後、ようやくケイン様がこちらにやってきた。
「おい、そんなことは今すぐやめてこちらに来い」
オリヴィア様が戻るまで、屋敷で仕事でもしていればいい、そう言ったのは彼なのに。彼は今、掃除をしている私を見下ろし、嫌そうに眉をしかめた。
「え、えぇと……」
「オリヴィア様が、お前をもてなしたいそうだ。……ハリンス家の方で話をしましょう、と仰せになった」
ハリンス家、というと――――。
私は薄々感づいていた一つの可能性に息を呑んた。そこは、きっと。
「お前が昔住んでいた屋敷があっただろう。……今そこはハリンス家の別荘だ」
――私のお庭、私の楽園、セレンと二人で過ごしたあの場所。その記憶が脳内を駆け巡った。動揺しているせいか、足元が少しグラつくような気がした。平静をしっかり保とうと呼吸を深くする。
「オリヴィア様は先に屋敷に向かわれた。急ぐぞ」
彼はさっさと歩き出してしまう。私は仕方がない、と手に持っていたほこりを取る道具をそこに置いて、彼の後を追った。
「セレン様の許可なく屋敷を出るのは、いくらオリヴィア様の命令とはいえ――」
歩くスピードも歩幅もかなり違うため距離が開いていく。私は遠くにいくケイン様の背に言葉を投げかけた。しかし、彼は振り向かない。
「許可はオリヴィア様がとった」
彼がぶっきらぼうにそう言った。その時。
「誰が許可をしたと?」
セレンだ。彼は険しそうな顔をしながら、ゆっくりとこちらに向かって来た。古びた屋敷の床が軋んで小さく音を立てる。
「うちの侍女を勝手に連れていこうとするとは、何を考えている?許可をした覚えはない。」
怒気を含んだ低い声が空気を震わせる。締め切った窓から太陽が差し、セレンの影を色濃くした。私は聞いたことのない彼の声に少し恐怖を覚えた。
「これは失礼致しました」
「オリヴィアの命令か……彼女に何を話すつもりだ?」
「私はオリヴィア様ではありませんので分かりませんが……ノワール様、これは貴方のせいですよ?」
セレンはピクリと眉を動かした。ケイン様は先程の無愛想な顔とは正反対に微笑みを浮かべている。その微笑みの裏に、静かな敵意を滲ませながら。
「オリヴィア様は、貴方の理解できないその態度に業を煮やしておられます。ノワール家とハリンス家、両家が手を取り合えば、両家のますますの繁栄は目に見えておりますのに」
「ノワール家は、権力を自分の元だけに集中させる気はない。むしろこれ以上権力を集めれば、バランスを失い、他の貴族の反感を買いかねない」
「それはノワール家の考えではなく、貴方様のお考えでは?」
「違う、とお前の主人には何度も伝えているはずだ」
ケイン様の顔から微笑みが消え、睨みつけるような鋭い眼光がセレンを射抜いた。
「オリヴィア様は心を痛めておられます。ノワール様、今度は会いに来て頂けますよね?お話はまたその時に。私とではなく、オリヴィア様と」
ケイン様はそう言うと足早にここを去っていった。セレンが私の元に駆け寄る。
「アルト、まさか君に目を付けるなんて………!嫌な予感はしていたけど、ここまでしつこいとは」
「私は大丈夫」
そう言って微笑むと、彼は少しだけ険しかった表情を緩ませた。
「僕がいない時、オリヴィアはまた来るだろうな。僕やヴィンスが屋敷にいる時は何とでも出来るから。問題は、アルト一人の時だ……」
その後、数日間オリヴィア様の音沙汰は無かった。しかし、私が用で屋敷の外に出ている時、唐突にその瞬間は訪れるのだった。
「おい、そんなことは今すぐやめてこちらに来い」
オリヴィア様が戻るまで、屋敷で仕事でもしていればいい、そう言ったのは彼なのに。彼は今、掃除をしている私を見下ろし、嫌そうに眉をしかめた。
「え、えぇと……」
「オリヴィア様が、お前をもてなしたいそうだ。……ハリンス家の方で話をしましょう、と仰せになった」
ハリンス家、というと――――。
私は薄々感づいていた一つの可能性に息を呑んた。そこは、きっと。
「お前が昔住んでいた屋敷があっただろう。……今そこはハリンス家の別荘だ」
――私のお庭、私の楽園、セレンと二人で過ごしたあの場所。その記憶が脳内を駆け巡った。動揺しているせいか、足元が少しグラつくような気がした。平静をしっかり保とうと呼吸を深くする。
「オリヴィア様は先に屋敷に向かわれた。急ぐぞ」
彼はさっさと歩き出してしまう。私は仕方がない、と手に持っていたほこりを取る道具をそこに置いて、彼の後を追った。
「セレン様の許可なく屋敷を出るのは、いくらオリヴィア様の命令とはいえ――」
歩くスピードも歩幅もかなり違うため距離が開いていく。私は遠くにいくケイン様の背に言葉を投げかけた。しかし、彼は振り向かない。
「許可はオリヴィア様がとった」
彼がぶっきらぼうにそう言った。その時。
「誰が許可をしたと?」
セレンだ。彼は険しそうな顔をしながら、ゆっくりとこちらに向かって来た。古びた屋敷の床が軋んで小さく音を立てる。
「うちの侍女を勝手に連れていこうとするとは、何を考えている?許可をした覚えはない。」
怒気を含んだ低い声が空気を震わせる。締め切った窓から太陽が差し、セレンの影を色濃くした。私は聞いたことのない彼の声に少し恐怖を覚えた。
「これは失礼致しました」
「オリヴィアの命令か……彼女に何を話すつもりだ?」
「私はオリヴィア様ではありませんので分かりませんが……ノワール様、これは貴方のせいですよ?」
セレンはピクリと眉を動かした。ケイン様は先程の無愛想な顔とは正反対に微笑みを浮かべている。その微笑みの裏に、静かな敵意を滲ませながら。
「オリヴィア様は、貴方の理解できないその態度に業を煮やしておられます。ノワール家とハリンス家、両家が手を取り合えば、両家のますますの繁栄は目に見えておりますのに」
「ノワール家は、権力を自分の元だけに集中させる気はない。むしろこれ以上権力を集めれば、バランスを失い、他の貴族の反感を買いかねない」
「それはノワール家の考えではなく、貴方様のお考えでは?」
「違う、とお前の主人には何度も伝えているはずだ」
ケイン様の顔から微笑みが消え、睨みつけるような鋭い眼光がセレンを射抜いた。
「オリヴィア様は心を痛めておられます。ノワール様、今度は会いに来て頂けますよね?お話はまたその時に。私とではなく、オリヴィア様と」
ケイン様はそう言うと足早にここを去っていった。セレンが私の元に駆け寄る。
「アルト、まさか君に目を付けるなんて………!嫌な予感はしていたけど、ここまでしつこいとは」
「私は大丈夫」
そう言って微笑むと、彼は少しだけ険しかった表情を緩ませた。
「僕がいない時、オリヴィアはまた来るだろうな。僕やヴィンスが屋敷にいる時は何とでも出来るから。問題は、アルト一人の時だ……」
その後、数日間オリヴィア様の音沙汰は無かった。しかし、私が用で屋敷の外に出ている時、唐突にその瞬間は訪れるのだった。
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