さくらの記憶

葉月 まい

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5月1日

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次の日。

会社の事務所に出掛ける北斗を見送ったあと、祖父とさくらは庭の落ち葉を掃いていた。

「今日はとってもいいお天気ですね」
「そうじゃな。ここらもようやく、ポカポカ暖かい日が増えたな」

そんなことを話しながら、花に水をやっていると、下の田舎道から屋敷に繋がる道を、袈裟姿の男性がやってくるのが見えた。

「おじいさん、お客様…?」
「ん?」

怪訝そうなさくらの視線を追って振り返った祖父も、はて、誰じゃろう?と首をひねる。

「失礼致します。私は地方の、しがない僧侶なのですが、こちらは有名なお寺ですか?」

近づいて来た男性は、低い声でそう尋ねた。

「いや、ここはただの民家です。この近くに寺もありません」

祖父が答えると、
「そうでしたか、失礼致しました」と言って頭を下げる。

向きを変えて立ち去ろうとした僧侶は、ふと祖父の後ろにいるさくらに気づき、じっと探るような視線を向けてきた。

(なにかしら…?)

さくらはが会釈をすると、僧侶はもう一度頭を下げてから去っていく。

なんとなく気味の悪さを感じたさくらは、気持ちを切り替えるように軽く頭を振ると、また花に水をやり始めた。



「お帰りなさい!」
「ただいま、さくら」

夕方になり、帰ってきた北斗をさくらは玄関で出迎える。

「北斗さん、今夜はね、ウッドデッキでお花見しながら夕飯食べましょって、おじいさんと話してたの」
「へえ、いいね!」

ネクタイを緩めながら、北斗はさくらに微笑む。

「それでね、たくさんお料理作ったの!居酒屋さんもびっくりよ」
「ははっ、それは楽しみだな」

子どものようにはしゃぐさくらの様子に、北斗は目を細める。

(楽しそうで良かった。どうかこのまま、何も起こりませんように…)

北斗は、心の中で真剣に祈った。

「うわ、凄いな。これ全部作ったの?」
「そう!おじいさんと一緒にね。お昼ご飯食べてから、ずーっと作ってたっけ?」
「そうじゃったのう。さくらちゃん、あれもこれもって、じゃんじゃん作り始めて。わしはもう、見てるだけで腹が一杯になったわ」

お腹をさする祖父に、北斗とさくらは笑う。

「食べてないのに満足しないで。ほら、食べましょ!」

さくらは、焼き鳥や刺し身、だし巻き玉子に天ぷらなど、次々とウッドデッキのテーブルに並べていった。

「かんぱーい!」

桜の木を眺めながら、三人でビールを飲む。

「尊さんとはなさんにも、乾杯!」

さくらが、グラスを高く上げてそう言うと、北斗と祖父は、ん?とさくらを見る。

「さくら、誰?その…」
「あ、桜の木のお二人よ。尊さんと、はなさん」
「ほうー、そうじゃったのか」

北斗も祖父も、初耳だとばかりに頷いている。

「でも、本名ではないみたいなの。お二人が、そう呼びましょうって話して決めた、お互いの呼び名みたい」
「へえー、なるほどねー。ね、さくら。その二人、どんな人?」

うーん、そうだな…と、さくらは口元に人差し指を当てながら考える。

「尊さんは、もの静かで、いつも優しくはなさんを見守ってるの。男らしくて包容力がある感じで…」

そこまで言って、ふと北斗と祖父を見比べる。

「どちらかと言うと、おじいさんに似てる!」

二人は同時に、ええ?!と驚く。

「俺じゃなくて?おじいに似てるの?」
「うん。大人の余裕というか、守ってくれそうな包容力とか。そういうのがおじいさんに似てる」

ほほーう!と、祖父は勝ち誇ったように、北斗に両手を挙げてみせた。

「わしの勝ちじゃな、北斗。さくらちゃんは、わしの方がいいんじゃとよ」
「なんでだよ、違うだろ?別にさくらは、おじいの方がいいとは言ってないだろ?」
「だが、お前には大人の包容力を感じないんじゃと。まだまだじゃなあ、お前も」

二人のやり取りを、さくらはふふっと笑いながら聞いている。

「さくら、笑ってないでなんとか言ってよ」
「えー、だって本当に尊さんはおじいさんに似てるんだもん。男は黙って大事な人を守る!みたいな雰囲気とか」
「ほーら!お前はギャーギャーうるさいからな」
「なんだよー?おじいこそ、今ギャーギャー言ってるじゃないか」

さくらは、更におかしそうに笑い始める。

三人は、時間も忘れてお花見を楽しんでいた。
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