極上の彼女と最愛の彼

葉月 まい

文字の大きさ
上 下
27 / 35

揺れ動く気持ち

しおりを挟む
「おはよー。えっ、大河!なんか埋もれてないか?」

翌日。
オフィスに出社した洋平は、既にデスクに向かって作業している大河を見て驚く。

デスクには所狭しと資料が山積みになり、今にも雪崩落ちそうになっている。

「大河、おい、大河?」

「わっ!なんだよ、洋平。声くらいかけろよ」

「かけたわ!」

どうやら没頭するあまり、何も聞こえていなかったらしい。

洋平は呆れながら、デスクに積まれた資料に目をやる。

「なんだ?これ。曼荼羅か。切り絵と、あとはなんだ?」

聞いてみるが、大河は答えない。

「やれやれ、またゾーンに入ったな。こりゃ、当分こちらの世界には帰って来ないだろうな」

行ってらっしゃーい、ごゆっくり、と声をかけてから、洋平は自分のデスクに向かった。



パリの作品作りは急ピッチで進められた。

大河は1日オフだった翌日から、寝る間も惜しんでひたすらパソコンに向かう。

これまでは、日本の風景や象徴となる物をただ漠然と並べていたが、そこに曼荼羅や切り絵の要素を混ぜた。

たくさんのカラフルな線が交わり、やがて一つの美しい模様となる。

それには、様々な国が互いに手を取り合い、一つの美しい世界を作っていく、という願いが込められていた。

コンセプトが明確になり、やるべきことがはっきりする。

あとはただ突き進むのみだ。

大河達は最後まで妥協せず、自信を持って海外に発信出来る作品を作り上げていった。



渡仏する前夜。

ギリギリまで粘って作品を仕上げてから、自宅に戻る途中、大河は瞳子のマンションに立ち寄った。

「これを返そうと思って。ありがとう、すごく参考になったよ。おかげで良い作品が出来た」

マンションのエントランスで、借りていた本や品を瞳子に返す。

「どういたしまして。少しでもお役に立てたなら良かったです。パリの展覧会、盛況をお祈りしています」

「ありがとう。必ず成功させてみせるよ」

「はい」

そして二人の間に沈黙が流れる。

「えっと…明日出発ですよね?荷物のパッキングは終わりましたか?」

「それがまだなんだ。仕事関係のものは、何度も確認して準備万端なんだけど、個人的な服とかは、さっぱり」

「ええ?大丈夫ですか?すぐに帰って荷物まとめてくださいね」

「うん、その前にどうしても会いたくて…」

小声で呟く大河に、え?と瞳子が首を傾げる。

「準備や片付けも含めて、パリには3週間滞在するんだ。しばらく会えなくなる」

今までだって、3週間瞳子に会わないのは普通だった。

それがどうして今は、こんなにも寂しい気持ちになるのだろうか。

「時々メッセージを送ってもいいかな?」

「はい、お待ちしてます。パリの写真も送ってください」

「分かった」

そして改めて二人で向き合った。

「それじゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

大河は口元を引き締めて頷くと、車に乗り込んで去っていった。



「瞳子さん?瞳子さーん!」

「わっ!びっくりしたー。なあに?亜由美ちゃん」

「なあにじゃないですよ。まーた魂、第三惑星まで行ってましたよね?」

「大丈夫、地球にいるよ?」

「でも日本にはいなかったですよね?海外とか?」

瞳子は内心ギクリとする。

(確かに。魂はフランスに行ってたかも…)

大河が渡仏してから1週間が経った。

『無事に着いたよ』という初日のメッセージと、エッフェル塔を見に行ったという写真が次の日に送られてきたが、それからパタッと何も来なくなった。

(準備で忙しいんだろうな)

仕方ない、と思いながらもどこか寂しく感じる。

そんな自分の心の変化にも驚いていた。

オフィスで仕事をしていても、ふと手が空いた時に大河のことを思い出してしまう。

どうやら傍目にもボーッとしているのが分かるのか、今も亜由美に指摘されてしまった。

気を引き締め直して、瞳子は仕事に戻る。

MCの依頼は順調に増え、やりたい仕事が出来ることに感謝しながら準備や打ち合わせを進めていた。

明日はクラシックコンサートのMCをすることになっており、先方との最終確認を終え、原稿の見直しをしてから退社する。

帰宅すると、ちょうど20時になったところだった。

(えっと、パリは今お昼ね。みんなどうしてるかな?)

考えながら、簡単に夕食を作って食べる。

するとスマートフォンにメッセージが届いた。

「あ、大河さんからだ!」

思わず声に出して喜んでしまう。

最初に目に飛び込んで来たのは、ビシッとタキシードに身を包んだアートプラネッツ4人の写真。

「ひゃー!かっこいい!」

なんだか国際映画祭にノミネートされた日本人俳優のような雰囲気だった。

続けてメッセージを読んでみる。

『無事に準備完了。これからオープニングセレモニーです』

もう一度写真に目をやると、4人の背景は華やかに飾られたどこかのミュージアムのようだった。

「わあ、素敵!アートプラネッツの映像がこの空間いっぱいに広がるのね。観てみたかったな」

そう思いつつ、返信する。

『いよいよですね。がんばってください。皆さんの想いが世界に届きますように』

すぐに『ありがとう』と返事が来る。

瞳子は胸を高鳴らせながら、再び写真を眺めていた。



またしばらくメッセージが来ない日が続く。

(どうだったのかな?海外での反応は)

もしや、あまり良くなかったのかも?と不安になる。

こちらからメッセージを送るのも気が引けて、瞳子はただヤキモキしながら毎日を過ごしていた。

気づけばあれからもうすぐ2週間。

そろそろ開催期間も終わる頃だ。

(ああ、もう。やっぱり気になる!)

瞳子はアルファベットでアートプラネッツを検索してみた。

「あ、あった!」

いくつか外国語で書かれた記事にヒットする。

展覧会のオフィシャルサイトと、ハッシュタグを付けた個人のSNSだった。

早速タップしてみると、そこには大河と肩を並べる外国人美女の写真が大きく載っている。

(なんてゴージャスな雰囲気なのかしら…)

こうして改めて見ると、大河は外国人にも引けを取らず、とてもかっこいい。

それにこの女性が誰なのかは分からないが、お似合いの二人に見えた。

(大河さん、パリでこんなふうに女性に囲まれてるのかな?)

大河のことが、手の届かない、まるで知らない人のような気がして、瞳子は更に寂しさを募らせた。



「瞳子さん、今日のランチは外に食べに行きませんか?」

次の日。
珍しくランチタイムにオフィスにいた亜由美が、瞳子に声をかける。

「あら、いいじゃない。たまには二人でゆっくりしてらっしゃい」

千秋にそう言われ、瞳子は電話番をお願いして亜由美と事務所を出た。

少し歩いて、女の子に人気のトラットリアに入る。

「瞳子さん。タリアテッレとニョッキとリゾット、シェアしましょうよー」

「亜由美ちゃん、そんなにたくさん食べられるの?若いわねー」

「瞳子さんだって若いでしょ?それに最近はなんだか大人の女性の魅力も加わって、美しさに磨きがかかってる感じ。あー、見てるだけで目の保養になる」

うっとりと見つめてくる亜由美に苦笑いしながら、瞳子は久しぶりの外食を楽しむ。

すると男性二人がテーブルに近づいてきた。

「ねえ、相席してもいい?」

「はあ?ダメです」

カウンターパンチのように、亜由美が冷たく即答する。

「そんなこと言わないでさ。ね?いいでしょ?」

「良くありません」

「こんな美しい女性に声をかけない方が失礼だよ」

「いいえ、ニヤニヤしながら瞳子さんに言い寄るあなた達の方が失礼です。目ん玉ひん剥いて、よーく鏡で自分の顔を見てみなさいよ。瞳子さんの横に並ぶなんて、千年早いわ!」

「あ、亜由美ちゃん…」

いつものキャラからは想像がつかない程、バッサリと相手を切り捨てる亜由美に、瞳子はおののく。

「さっ、瞳子さん。ドルチェ頼みましょ!何がいいかなー」

メニューを広げて完全にシャットアウトすると、二人は渋々離れていった。

(知らなかった。亜由美ちゃんってこんなに男前なのね。かっこいい)

「んー、パンナコッタにしようかな?」

人差し指を頬に当てて、可愛らしく迷う素振りをする亜由美を、瞳子は尊敬の眼差しで見つめていた。

(私もあんなふうに、ズバッと相手に言えたらいいのに…。そうすれば、一人で気ままにカフェやレストランにも入れるかもしれない)

瞳子は誰かに絡まれるのが嫌で、いつも店内は利用せずテイクアウトにしていた。

大河と出かけたあの日と、亜由美と一緒の今日が、ここ最近の瞳子にとって数少ない外食の機会だった。

外で食べるのは良い気分転換になるが、楽しめるのは大河や亜由美が自分を守ってくれるからだ。

(情けないな。一人でも堂々とやりたいことが出来ればいいのに…)

だがやはり、一人では対応し切れない程の嫌な絡まれ方をするかもしれないと考えると、どうしても勇気が出ない。

瞳子はこっそりため息をついてから、今日ランチにつき合ってくれた亜由美に感謝した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...