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揺れ動く気持ち
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「おはよー。えっ、大河!なんか埋もれてないか?」
翌日。
オフィスに出社した洋平は、既にデスクに向かって作業している大河を見て驚く。
デスクには所狭しと資料が山積みになり、今にも雪崩落ちそうになっている。
「大河、おい、大河?」
「わっ!なんだよ、洋平。声くらいかけろよ」
「かけたわ!」
どうやら没頭するあまり、何も聞こえていなかったらしい。
洋平は呆れながら、デスクに積まれた資料に目をやる。
「なんだ?これ。曼荼羅か。切り絵と、あとはなんだ?」
聞いてみるが、大河は答えない。
「やれやれ、またゾーンに入ったな。こりゃ、当分こちらの世界には帰って来ないだろうな」
行ってらっしゃーい、ごゆっくり、と声をかけてから、洋平は自分のデスクに向かった。
◇
パリの作品作りは急ピッチで進められた。
大河は1日オフだった翌日から、寝る間も惜しんでひたすらパソコンに向かう。
これまでは、日本の風景や象徴となる物をただ漠然と並べていたが、そこに曼荼羅や切り絵の要素を混ぜた。
たくさんのカラフルな線が交わり、やがて一つの美しい模様となる。
それには、様々な国が互いに手を取り合い、一つの美しい世界を作っていく、という願いが込められていた。
コンセプトが明確になり、やるべきことがはっきりする。
あとはただ突き進むのみだ。
大河達は最後まで妥協せず、自信を持って海外に発信出来る作品を作り上げていった。
◇
渡仏する前夜。
ギリギリまで粘って作品を仕上げてから、自宅に戻る途中、大河は瞳子のマンションに立ち寄った。
「これを返そうと思って。ありがとう、すごく参考になったよ。おかげで良い作品が出来た」
マンションのエントランスで、借りていた本や品を瞳子に返す。
「どういたしまして。少しでもお役に立てたなら良かったです。パリの展覧会、盛況をお祈りしています」
「ありがとう。必ず成功させてみせるよ」
「はい」
そして二人の間に沈黙が流れる。
「えっと…明日出発ですよね?荷物のパッキングは終わりましたか?」
「それがまだなんだ。仕事関係のものは、何度も確認して準備万端なんだけど、個人的な服とかは、さっぱり」
「ええ?大丈夫ですか?すぐに帰って荷物まとめてくださいね」
「うん、その前にどうしても会いたくて…」
小声で呟く大河に、え?と瞳子が首を傾げる。
「準備や片付けも含めて、パリには3週間滞在するんだ。しばらく会えなくなる」
今までだって、3週間瞳子に会わないのは普通だった。
それがどうして今は、こんなにも寂しい気持ちになるのだろうか。
「時々メッセージを送ってもいいかな?」
「はい、お待ちしてます。パリの写真も送ってください」
「分かった」
そして改めて二人で向き合った。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
大河は口元を引き締めて頷くと、車に乗り込んで去っていった。
◇
「瞳子さん?瞳子さーん!」
「わっ!びっくりしたー。なあに?亜由美ちゃん」
「なあにじゃないですよ。まーた魂、第三惑星まで行ってましたよね?」
「大丈夫、地球にいるよ?」
「でも日本にはいなかったですよね?海外とか?」
瞳子は内心ギクリとする。
(確かに。魂はフランスに行ってたかも…)
大河が渡仏してから1週間が経った。
『無事に着いたよ』という初日のメッセージと、エッフェル塔を見に行ったという写真が次の日に送られてきたが、それからパタッと何も来なくなった。
(準備で忙しいんだろうな)
仕方ない、と思いながらもどこか寂しく感じる。
そんな自分の心の変化にも驚いていた。
オフィスで仕事をしていても、ふと手が空いた時に大河のことを思い出してしまう。
どうやら傍目にもボーッとしているのが分かるのか、今も亜由美に指摘されてしまった。
気を引き締め直して、瞳子は仕事に戻る。
MCの依頼は順調に増え、やりたい仕事が出来ることに感謝しながら準備や打ち合わせを進めていた。
明日はクラシックコンサートのMCをすることになっており、先方との最終確認を終え、原稿の見直しをしてから退社する。
帰宅すると、ちょうど20時になったところだった。
(えっと、パリは今お昼ね。みんなどうしてるかな?)
考えながら、簡単に夕食を作って食べる。
するとスマートフォンにメッセージが届いた。
「あ、大河さんからだ!」
思わず声に出して喜んでしまう。
最初に目に飛び込んで来たのは、ビシッとタキシードに身を包んだアートプラネッツ4人の写真。
「ひゃー!かっこいい!」
なんだか国際映画祭にノミネートされた日本人俳優のような雰囲気だった。
続けてメッセージを読んでみる。
『無事に準備完了。これからオープニングセレモニーです』
もう一度写真に目をやると、4人の背景は華やかに飾られたどこかのミュージアムのようだった。
「わあ、素敵!アートプラネッツの映像がこの空間いっぱいに広がるのね。観てみたかったな」
そう思いつつ、返信する。
『いよいよですね。がんばってください。皆さんの想いが世界に届きますように』
すぐに『ありがとう』と返事が来る。
瞳子は胸を高鳴らせながら、再び写真を眺めていた。
◇
またしばらくメッセージが来ない日が続く。
(どうだったのかな?海外での反応は)
もしや、あまり良くなかったのかも?と不安になる。
こちらからメッセージを送るのも気が引けて、瞳子はただヤキモキしながら毎日を過ごしていた。
気づけばあれからもうすぐ2週間。
そろそろ開催期間も終わる頃だ。
(ああ、もう。やっぱり気になる!)
瞳子はアルファベットでアートプラネッツを検索してみた。
「あ、あった!」
いくつか外国語で書かれた記事にヒットする。
展覧会のオフィシャルサイトと、ハッシュタグを付けた個人のSNSだった。
早速タップしてみると、そこには大河と肩を並べる外国人美女の写真が大きく載っている。
(なんてゴージャスな雰囲気なのかしら…)
こうして改めて見ると、大河は外国人にも引けを取らず、とてもかっこいい。
それにこの女性が誰なのかは分からないが、お似合いの二人に見えた。
(大河さん、パリでこんなふうに女性に囲まれてるのかな?)
大河のことが、手の届かない、まるで知らない人のような気がして、瞳子は更に寂しさを募らせた。
◇
「瞳子さん、今日のランチは外に食べに行きませんか?」
次の日。
珍しくランチタイムにオフィスにいた亜由美が、瞳子に声をかける。
「あら、いいじゃない。たまには二人でゆっくりしてらっしゃい」
千秋にそう言われ、瞳子は電話番をお願いして亜由美と事務所を出た。
少し歩いて、女の子に人気のトラットリアに入る。
「瞳子さん。タリアテッレとニョッキとリゾット、シェアしましょうよー」
「亜由美ちゃん、そんなにたくさん食べられるの?若いわねー」
「瞳子さんだって若いでしょ?それに最近はなんだか大人の女性の魅力も加わって、美しさに磨きがかかってる感じ。あー、見てるだけで目の保養になる」
うっとりと見つめてくる亜由美に苦笑いしながら、瞳子は久しぶりの外食を楽しむ。
すると男性二人がテーブルに近づいてきた。
「ねえ、相席してもいい?」
「はあ?ダメです」
カウンターパンチのように、亜由美が冷たく即答する。
「そんなこと言わないでさ。ね?いいでしょ?」
「良くありません」
「こんな美しい女性に声をかけない方が失礼だよ」
「いいえ、ニヤニヤしながら瞳子さんに言い寄るあなた達の方が失礼です。目ん玉ひん剥いて、よーく鏡で自分の顔を見てみなさいよ。瞳子さんの横に並ぶなんて、千年早いわ!」
「あ、亜由美ちゃん…」
いつものキャラからは想像がつかない程、バッサリと相手を切り捨てる亜由美に、瞳子はおののく。
「さっ、瞳子さん。ドルチェ頼みましょ!何がいいかなー」
メニューを広げて完全にシャットアウトすると、二人は渋々離れていった。
(知らなかった。亜由美ちゃんってこんなに男前なのね。かっこいい)
「んー、パンナコッタにしようかな?」
人差し指を頬に当てて、可愛らしく迷う素振りをする亜由美を、瞳子は尊敬の眼差しで見つめていた。
(私もあんなふうに、ズバッと相手に言えたらいいのに…。そうすれば、一人で気ままにカフェやレストランにも入れるかもしれない)
瞳子は誰かに絡まれるのが嫌で、いつも店内は利用せずテイクアウトにしていた。
大河と出かけたあの日と、亜由美と一緒の今日が、ここ最近の瞳子にとって数少ない外食の機会だった。
外で食べるのは良い気分転換になるが、楽しめるのは大河や亜由美が自分を守ってくれるからだ。
(情けないな。一人でも堂々とやりたいことが出来ればいいのに…)
だがやはり、一人では対応し切れない程の嫌な絡まれ方をするかもしれないと考えると、どうしても勇気が出ない。
瞳子はこっそりため息をついてから、今日ランチにつき合ってくれた亜由美に感謝した。
翌日。
オフィスに出社した洋平は、既にデスクに向かって作業している大河を見て驚く。
デスクには所狭しと資料が山積みになり、今にも雪崩落ちそうになっている。
「大河、おい、大河?」
「わっ!なんだよ、洋平。声くらいかけろよ」
「かけたわ!」
どうやら没頭するあまり、何も聞こえていなかったらしい。
洋平は呆れながら、デスクに積まれた資料に目をやる。
「なんだ?これ。曼荼羅か。切り絵と、あとはなんだ?」
聞いてみるが、大河は答えない。
「やれやれ、またゾーンに入ったな。こりゃ、当分こちらの世界には帰って来ないだろうな」
行ってらっしゃーい、ごゆっくり、と声をかけてから、洋平は自分のデスクに向かった。
◇
パリの作品作りは急ピッチで進められた。
大河は1日オフだった翌日から、寝る間も惜しんでひたすらパソコンに向かう。
これまでは、日本の風景や象徴となる物をただ漠然と並べていたが、そこに曼荼羅や切り絵の要素を混ぜた。
たくさんのカラフルな線が交わり、やがて一つの美しい模様となる。
それには、様々な国が互いに手を取り合い、一つの美しい世界を作っていく、という願いが込められていた。
コンセプトが明確になり、やるべきことがはっきりする。
あとはただ突き進むのみだ。
大河達は最後まで妥協せず、自信を持って海外に発信出来る作品を作り上げていった。
◇
渡仏する前夜。
ギリギリまで粘って作品を仕上げてから、自宅に戻る途中、大河は瞳子のマンションに立ち寄った。
「これを返そうと思って。ありがとう、すごく参考になったよ。おかげで良い作品が出来た」
マンションのエントランスで、借りていた本や品を瞳子に返す。
「どういたしまして。少しでもお役に立てたなら良かったです。パリの展覧会、盛況をお祈りしています」
「ありがとう。必ず成功させてみせるよ」
「はい」
そして二人の間に沈黙が流れる。
「えっと…明日出発ですよね?荷物のパッキングは終わりましたか?」
「それがまだなんだ。仕事関係のものは、何度も確認して準備万端なんだけど、個人的な服とかは、さっぱり」
「ええ?大丈夫ですか?すぐに帰って荷物まとめてくださいね」
「うん、その前にどうしても会いたくて…」
小声で呟く大河に、え?と瞳子が首を傾げる。
「準備や片付けも含めて、パリには3週間滞在するんだ。しばらく会えなくなる」
今までだって、3週間瞳子に会わないのは普通だった。
それがどうして今は、こんなにも寂しい気持ちになるのだろうか。
「時々メッセージを送ってもいいかな?」
「はい、お待ちしてます。パリの写真も送ってください」
「分かった」
そして改めて二人で向き合った。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
大河は口元を引き締めて頷くと、車に乗り込んで去っていった。
◇
「瞳子さん?瞳子さーん!」
「わっ!びっくりしたー。なあに?亜由美ちゃん」
「なあにじゃないですよ。まーた魂、第三惑星まで行ってましたよね?」
「大丈夫、地球にいるよ?」
「でも日本にはいなかったですよね?海外とか?」
瞳子は内心ギクリとする。
(確かに。魂はフランスに行ってたかも…)
大河が渡仏してから1週間が経った。
『無事に着いたよ』という初日のメッセージと、エッフェル塔を見に行ったという写真が次の日に送られてきたが、それからパタッと何も来なくなった。
(準備で忙しいんだろうな)
仕方ない、と思いながらもどこか寂しく感じる。
そんな自分の心の変化にも驚いていた。
オフィスで仕事をしていても、ふと手が空いた時に大河のことを思い出してしまう。
どうやら傍目にもボーッとしているのが分かるのか、今も亜由美に指摘されてしまった。
気を引き締め直して、瞳子は仕事に戻る。
MCの依頼は順調に増え、やりたい仕事が出来ることに感謝しながら準備や打ち合わせを進めていた。
明日はクラシックコンサートのMCをすることになっており、先方との最終確認を終え、原稿の見直しをしてから退社する。
帰宅すると、ちょうど20時になったところだった。
(えっと、パリは今お昼ね。みんなどうしてるかな?)
考えながら、簡単に夕食を作って食べる。
するとスマートフォンにメッセージが届いた。
「あ、大河さんからだ!」
思わず声に出して喜んでしまう。
最初に目に飛び込んで来たのは、ビシッとタキシードに身を包んだアートプラネッツ4人の写真。
「ひゃー!かっこいい!」
なんだか国際映画祭にノミネートされた日本人俳優のような雰囲気だった。
続けてメッセージを読んでみる。
『無事に準備完了。これからオープニングセレモニーです』
もう一度写真に目をやると、4人の背景は華やかに飾られたどこかのミュージアムのようだった。
「わあ、素敵!アートプラネッツの映像がこの空間いっぱいに広がるのね。観てみたかったな」
そう思いつつ、返信する。
『いよいよですね。がんばってください。皆さんの想いが世界に届きますように』
すぐに『ありがとう』と返事が来る。
瞳子は胸を高鳴らせながら、再び写真を眺めていた。
◇
またしばらくメッセージが来ない日が続く。
(どうだったのかな?海外での反応は)
もしや、あまり良くなかったのかも?と不安になる。
こちらからメッセージを送るのも気が引けて、瞳子はただヤキモキしながら毎日を過ごしていた。
気づけばあれからもうすぐ2週間。
そろそろ開催期間も終わる頃だ。
(ああ、もう。やっぱり気になる!)
瞳子はアルファベットでアートプラネッツを検索してみた。
「あ、あった!」
いくつか外国語で書かれた記事にヒットする。
展覧会のオフィシャルサイトと、ハッシュタグを付けた個人のSNSだった。
早速タップしてみると、そこには大河と肩を並べる外国人美女の写真が大きく載っている。
(なんてゴージャスな雰囲気なのかしら…)
こうして改めて見ると、大河は外国人にも引けを取らず、とてもかっこいい。
それにこの女性が誰なのかは分からないが、お似合いの二人に見えた。
(大河さん、パリでこんなふうに女性に囲まれてるのかな?)
大河のことが、手の届かない、まるで知らない人のような気がして、瞳子は更に寂しさを募らせた。
◇
「瞳子さん、今日のランチは外に食べに行きませんか?」
次の日。
珍しくランチタイムにオフィスにいた亜由美が、瞳子に声をかける。
「あら、いいじゃない。たまには二人でゆっくりしてらっしゃい」
千秋にそう言われ、瞳子は電話番をお願いして亜由美と事務所を出た。
少し歩いて、女の子に人気のトラットリアに入る。
「瞳子さん。タリアテッレとニョッキとリゾット、シェアしましょうよー」
「亜由美ちゃん、そんなにたくさん食べられるの?若いわねー」
「瞳子さんだって若いでしょ?それに最近はなんだか大人の女性の魅力も加わって、美しさに磨きがかかってる感じ。あー、見てるだけで目の保養になる」
うっとりと見つめてくる亜由美に苦笑いしながら、瞳子は久しぶりの外食を楽しむ。
すると男性二人がテーブルに近づいてきた。
「ねえ、相席してもいい?」
「はあ?ダメです」
カウンターパンチのように、亜由美が冷たく即答する。
「そんなこと言わないでさ。ね?いいでしょ?」
「良くありません」
「こんな美しい女性に声をかけない方が失礼だよ」
「いいえ、ニヤニヤしながら瞳子さんに言い寄るあなた達の方が失礼です。目ん玉ひん剥いて、よーく鏡で自分の顔を見てみなさいよ。瞳子さんの横に並ぶなんて、千年早いわ!」
「あ、亜由美ちゃん…」
いつものキャラからは想像がつかない程、バッサリと相手を切り捨てる亜由美に、瞳子はおののく。
「さっ、瞳子さん。ドルチェ頼みましょ!何がいいかなー」
メニューを広げて完全にシャットアウトすると、二人は渋々離れていった。
(知らなかった。亜由美ちゃんってこんなに男前なのね。かっこいい)
「んー、パンナコッタにしようかな?」
人差し指を頬に当てて、可愛らしく迷う素振りをする亜由美を、瞳子は尊敬の眼差しで見つめていた。
(私もあんなふうに、ズバッと相手に言えたらいいのに…。そうすれば、一人で気ままにカフェやレストランにも入れるかもしれない)
瞳子は誰かに絡まれるのが嫌で、いつも店内は利用せずテイクアウトにしていた。
大河と出かけたあの日と、亜由美と一緒の今日が、ここ最近の瞳子にとって数少ない外食の機会だった。
外で食べるのは良い気分転換になるが、楽しめるのは大河や亜由美が自分を守ってくれるからだ。
(情けないな。一人でも堂々とやりたいことが出来ればいいのに…)
だがやはり、一人では対応し切れない程の嫌な絡まれ方をするかもしれないと考えると、どうしても勇気が出ない。
瞳子はこっそりため息をついてから、今日ランチにつき合ってくれた亜由美に感謝した。
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