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再びあの場所へ
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「アリシアー!会いたかったよー!」
大河が車で迎えに来てくれ、瞳子は懐かしいオフィスに戻ってきた。
ドアを開けるなり飛びつこうとした透の頭を、大河がガシッと押さえつける。
「それ以上近づいてみろ。タダじゃ済まんぞ」
「ガラ悪っ!大河、性格変わった?」
「お前ほどじゃない」
スタスタと奥のデスクに向かった大河の後ろで、瞳子は困ったように眉を下げて苦笑いする。
「やれやれ、毎度のことながらうるさい二人だな。ごめんね、瞳子ちゃん。さ、座って」
「はい」
洋平に促されて、瞳子はソファに腰を下ろした。
まずはコーヒーでも、と吾郎がカップを渡してくれて、3人で雑談する。
その周りをちょこまかと透が動き回っていたが…。
「それで、瞳子ちゃんに頼みたいことは、大まかにここにまとめておいたんだ。出来るところだけで構わないから、少しずつ取り掛かってくれる?分からないことは何でも聞いてね」
「はい。ありがとうございます、洋平さん」
受け取った書類を早速パラパラとめくってみる。
「ひゃー!なかなかタイトなスケジュールですね」
「そうなんだよ。このままじゃ、俺の体型ももやしみたいになるところだったよ。良かった、瞳子ちゃんが来てくれて」
「吾郎さんがもやしに?あはは!それは相当過酷ですね」
「だろ?瞳子ちゃんも言ってやってよ、あの悪代官みたいな大河にさ」
アリシア、俺もさ、君がいないとカイワレ大根みたいになるところでさ、としきりに透もアピールする。
「よし!じゃあ早速取り掛かりますね。吾郎さんがもやしになったら大変だもの」
瞳子は腕まくりして気合いを入れた。
俺もさ、カイワレ大根になりたくないんだよねと、もはやBGMのような透の声がする。
「じゃあ瞳子ちゃん、俺の隣のデスク使って。その方が説明しやすいから」
洋平がそう言うと、瞳子は、はいと返事をしてソファから立ち上がった。
反対の隣は俺なんだよ、アリシア、と透が後ろからついてくる。
瞳子は席に着くと、くるっと右に向きを変えて透と向き合った。
「透さん、またよろしくお願いしますね」
にっこり笑う瞳子に、透は言葉も忘れて見とれる。
「何だよ、おい。肝心な時に無口になるんだな」
吾郎の茶々も耳に入る様子はなく、透はただポーッと顔を赤くしていた。
◇
「大河さん、雪の結晶についてまとめた資料です。ここに置いておきますね」
「ん、サンキュー」
次回のミュージアムのテーマは
【六花~雪の芸術~】
大河はその映像を作るのにかかり切りだった。
少しでも役に立てば…と、瞳子は本やインターネットで調べた内容をまとめて綴じていた。
「うわ、分厚っ!こんなにあるのか」
瞳子の資料を手にして、大河が驚いたように言う。
瞳子は赤いサインペンを持ってくると、大河の席の隣で身を屈めて資料を一緒に覗き込んだ。
「雪の結晶は、大きく分けると8種類ほどに分類されます。それがこの部分です」
そう言って、手にしたペンで丸く囲む。
「形は六角形であるというのが一番の特徴で、五角形や八角形のものはありません。多様な形があり、分子レベルで見ると、1つとして同じものは存在しないのだとか。主に…」
説明しながら、赤線を引いたり四角く囲んだりして、見やすいテキストのように仕上げていく。
「分かった、ありがとう」
最後に大河は納得したように大きく頷いた。
◇
「あ、もうこんな時間!洋平さん、私、ホーラ・ウォッチとの打ち合わせに行ってきますね」
「それなら送っていくよ」
「いいえ、一人で行けます。洋平さんだってやることたくさんあるから…」
書類とパソコンをバッグに詰めながら、瞳子は洋平の申し出を断る。
すると大河が、今タクシーを手配した、とボソッと呟く。
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
行ってらっしゃーい!とブンブン手を振る透の後ろから、帰りもタクシー使えよ、と真顔の大河の声がした。
瞳子は二人にクスッと笑うと、はい!と返事をしてオフィスをあとにした。
◇
「あれ?間宮さんじゃない。どうしたの?なんでアートプラネッツの打ち合わせに間宮さんが?」
ホーラ・ウォッチの本社を訪れると、担当の沼田は瞳子の顔を覚えていたらしく、不思議そうに聞いてくる。
「あ、はい。実は今、アートプラネッツで仕事をしておりまして。次回の新作モデル発表イベントは、わたくしが窓口となって色々とお話を聞かせていただければと存じます」
「そうなんだ!それなら話が早くて助かるよ。君は春のイベントもよく知ってるしね。あ、もちろん次回のイベントも司会を頼めるよね?」
えっと…と、瞳子は視線を外して言葉を選ぶ。
「ご依頼いただくことは大変ありがたいのですが、もしかすると私が司会をすることで、御社にご迷惑をおかけすることになるかもしれませんし…」
ん?と沼田は首をひねる。
「どういうこと?」
「あ、はい。春のイベントの時の私の写真がSNSで投稿されて、ちょっとした騒ぎになりまして…」
そこまで言うと、ようやく思い当たったようだ。
「ああ!そのことか。いや、こちらは全く迷惑ではないよ。むしろ良い宣伝になって…、おっと。君にこんなことを言うのは不謹慎だね、ごめん。君は大変だったんだよね。でももし君さえ良ければ、今回も司会を頼めないかな?実は、谷崎 ハルさんにも引き続きイメージキャラクターとして登壇をお願いしてるんだけど、司会はぜひ間宮さんにって彼女から言われてるんだ」
「谷崎さんから、ですか?」
「そう。前回とてもやりやすかったからって。どうかな?引き受けてもらえる?」
瞳子は少し思案して、即答は避けることにした。
「一旦、事務所にも確認してからお返事差し上げてもよろしいでしょうか?なるべく早くご連絡いたしますので」
「そう、分かった。良い返事を期待しているよ。じゃあ今日は、アートプラネッツのプロジェクションマッピングの方を詰めようか」
「はい、かしこまりました」
瞳子はメモとパソコンを用意して、今回の新作モデルの詳細や映像のイメージについてじっくり沼田と話し合った。
◇
『へえ、いいんじゃない?引き受けたら?』
沼田との打ち合わせを終えて外に出ると、瞳子は千秋に電話をかけた。
次回の新作モデル発表イベントの司会を頼まれたことを伝えると、千秋はあっさりそう言う。
『前回の瞳子の司会ぶりを見てまた依頼してくださったなら、事務所としても応えたいわ。瞳子はどう?やっぱりまだ控えたい?』
「えっと、正直言うと少し心配です。SNSで噂になったのは、前回のホーラ・ウォッチの時の写真だったから。もしかして、また今回も同じようにって」
電話口の向こうで、千秋がうーん…と考えている気配がする。
瞳子は黙って言葉を待った。
『ね、瞳子。ホーラ・ウォッチの司会をしたら、また写真に撮られて噂になるかもしれない。だけど、しなかったらそれはそれで、やっぱりやましい事があるんだ、と言われるかもしれない。どのみち何か言われるなら、瞳子がやりたい通りにしたら?』
「どのみち何か…」
そうかもしれない。
自分の素性がバレたきっかけとなったイベントが再び開催される以上、何かしらの反応は予測出来る。
たとえ自分が司会をしてもしなくても。
それなら、と瞳子は考えた。
何を言われるのだろうとビクビクするよりは、どうぞご自由に、と大きく構えていたい。
やましい事など、自分にも友也にも、何もないのだから。
「千秋さん、私やってみたいです。大河さん達にも相談して、OKならやります」
電話の向こうで千秋がふっと笑う。
『分かったわ。事務所も全面的にあなたをバックアップするから。思い切りやりなさい』
「はい!ありがとうございます」
瞳子は電話を切ると、顔を上げて颯爽と歩き始めた。
◇
アートプラネッツのオフィスに戻り、瞳子はプロジェクションマッピングのイメージや先方からの要望を、資料を交えながら皆に伝える。
「ふーん、なるほど。新作モデルはクリスマスプレゼントを意識して高級感溢れる感じなんだね。ダイヤモンドの輝きと冬のイメージ…。クリスタルとか、そんなところかな?分かった。この件は俺が主に制作を進めるよ」
「ありがとうございます、洋平さん。それと、あの…。折り入って皆様にご相談がありまして」
「ん?何?改まって」
「はい、実は…」
瞳子は先方からイベントの司会を頼まれたこと、引き受けた場合、SNSでまた噂になる可能性があることを皆に伝える。
「そうか、まあそうかもね」
洋平が考え込むと、大河が口を開いた。
「事務所にはもう伝えたのか?」
「はい、先程電話で相談しました」
「それで、千秋さんはなんて?」
「引き受けたら、また噂になるかもしれない。だけど、引き受けなかったらそれはそれで、やっぱりやましい事があるんだ、と言われるかもしれない。どのみち何か言われるなら、私がしたいようにすればいいって」
「なるほど、正論だ。それで?君はどうしたいの?」
「はい、私はやりたいです。本音を言うと、くだらない噂話のせいで、私の大切な仕事を奪われたくない、というのが率直な気持ちです」
すると大河はおかしそうに笑い始めた。
「あはは!確かにごもっともだ、間違いない」
そして真剣な表情で瞳子の方に身を乗り出す。
「やりたいならやればいい。俺達も必ず君を守る」
他の3人も、しっかりと頷く。
「はい!やらせて頂きます。ありがとうございます」
弾けるような笑顔の瞳子に、大河達も思わず笑みをもらした。
◇
「ミュージアムの進捗どうなってる?」
忙しくそれぞれが自分の役目をこなす日々が続く。
仕事に関しては互いに信頼して任せているが、時折、皆で作業の進み具合を共有して、漏れがないかを確認していた。
「オープニングイベントに関しての準備は、お子様の募集まで終わっています。ゲストのリストアップ、招待状の作成も完了。あと、ミュージアムショップで販売するオリジナルグッズについては、業者からサンプルが送られてきました。今日届いたばかりです」
そう言って瞳子は、中央の丸テーブルにグッズを並べる。
雪の結晶をモチーフにしたキーホルダーやクリアファイル、ボールペンやステッカー、ハンドタオル、といった定番のものから、ヘアアクセサリーやネックレス、ブレスレットなどもあった。
「へえ、アクセサリーか。そう言えば今まで俺達、オリジナルグッズにはアクセサリーを扱っていなかったな。これ、瞳子ちゃんのアイデア?」
「はい。業者の方と相談して、手頃な価格とオーソドックスなデザインでサンプルを作って頂きました」
どうでしょうか?と少し自信なさげに聞くと、皆はそれぞれ手に取ってじっくり見てみる。
「うん。キラキラして綺麗だし、女の子が喜びそうだね」
「今回のメインターゲットはカップルだから、彼からプレゼントするのにもちょうどいいな」
「お揃いで持てるように、男性用にはネクタイピンとか作ってもいいかもしれない」
おおむね好評を得られてホッとしていると、最後に大河が瞳子に尋ねた。
「価格帯は?手が出ないほど高価だと困る」
「あ、はい。アクセサリーには全てキュービックジルコニアを使用していますので、数千円以内です」
そうなの?!と他の3人も驚いてまじまじと見つめ直す。
「ダイヤモンドとほとんど変わらない綺麗さだから、そんなに手頃な値段なんてびっくりだよ」
「はい。キュービックジルコニアは、ダイヤモンドを真似て作られた人工石なんです。屈折率が高くてダイヤモンドに近い輝きを持ちながら、価格は遥かにリーズナブルなので、普段使いのアクセサリーやちょっとしたプレゼントにも喜ばれるかと」
「それならミュージアムショップに並べてもいいね!」
「ああ。大河も賛成でいいか?」
「そうだな。今回のミュージアムのコンセプトにも合ってる」
「じゃあ瞳子ちゃん、このまま進めてくれる?」
「はい!」
瞳子は張り切って返事をした。
「あとは、冬なのでサーモタンブラーやステンレスボトルも考えていて。こちらがサンプルです。他にもマグカップと、あとは冷たい飲み物を注ぐと雪の結晶の柄が浮かび上がるグラスも」
「ひゃー、何これ!俺が欲しいんだけど!」
透が目の色を変えて手に取る。
「これはアリでしょう。アリ寄りの大アリ!アリシアのアリ!」
「透、お前ボキャブラリーかなり変だぞ?」
吾郎が呆れるが、手にしたグッズには頷いて賛同した。
「これもゴーサインだな。だろ?大河」
「ああ」
「しかし、女の子が入ってくれるとこうも違うんだな。よく今まで男だけで考えてたもんだよ」
「確かに。だからグッズの売り上げもあまり良くなかったのか。ようやく分かったよ」
あはは!と洋平達は自虐的に笑う。
「じゃあ瞳子ちゃん。色々とよろしくな」
「はい、かしこまりました」
瞳子は自分のアイデアが採用され、形になっていくことが嬉しく、この仕事にやり甲斐を感じていた。
大河が車で迎えに来てくれ、瞳子は懐かしいオフィスに戻ってきた。
ドアを開けるなり飛びつこうとした透の頭を、大河がガシッと押さえつける。
「それ以上近づいてみろ。タダじゃ済まんぞ」
「ガラ悪っ!大河、性格変わった?」
「お前ほどじゃない」
スタスタと奥のデスクに向かった大河の後ろで、瞳子は困ったように眉を下げて苦笑いする。
「やれやれ、毎度のことながらうるさい二人だな。ごめんね、瞳子ちゃん。さ、座って」
「はい」
洋平に促されて、瞳子はソファに腰を下ろした。
まずはコーヒーでも、と吾郎がカップを渡してくれて、3人で雑談する。
その周りをちょこまかと透が動き回っていたが…。
「それで、瞳子ちゃんに頼みたいことは、大まかにここにまとめておいたんだ。出来るところだけで構わないから、少しずつ取り掛かってくれる?分からないことは何でも聞いてね」
「はい。ありがとうございます、洋平さん」
受け取った書類を早速パラパラとめくってみる。
「ひゃー!なかなかタイトなスケジュールですね」
「そうなんだよ。このままじゃ、俺の体型ももやしみたいになるところだったよ。良かった、瞳子ちゃんが来てくれて」
「吾郎さんがもやしに?あはは!それは相当過酷ですね」
「だろ?瞳子ちゃんも言ってやってよ、あの悪代官みたいな大河にさ」
アリシア、俺もさ、君がいないとカイワレ大根みたいになるところでさ、としきりに透もアピールする。
「よし!じゃあ早速取り掛かりますね。吾郎さんがもやしになったら大変だもの」
瞳子は腕まくりして気合いを入れた。
俺もさ、カイワレ大根になりたくないんだよねと、もはやBGMのような透の声がする。
「じゃあ瞳子ちゃん、俺の隣のデスク使って。その方が説明しやすいから」
洋平がそう言うと、瞳子は、はいと返事をしてソファから立ち上がった。
反対の隣は俺なんだよ、アリシア、と透が後ろからついてくる。
瞳子は席に着くと、くるっと右に向きを変えて透と向き合った。
「透さん、またよろしくお願いしますね」
にっこり笑う瞳子に、透は言葉も忘れて見とれる。
「何だよ、おい。肝心な時に無口になるんだな」
吾郎の茶々も耳に入る様子はなく、透はただポーッと顔を赤くしていた。
◇
「大河さん、雪の結晶についてまとめた資料です。ここに置いておきますね」
「ん、サンキュー」
次回のミュージアムのテーマは
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少しでも役に立てば…と、瞳子は本やインターネットで調べた内容をまとめて綴じていた。
「うわ、分厚っ!こんなにあるのか」
瞳子の資料を手にして、大河が驚いたように言う。
瞳子は赤いサインペンを持ってくると、大河の席の隣で身を屈めて資料を一緒に覗き込んだ。
「雪の結晶は、大きく分けると8種類ほどに分類されます。それがこの部分です」
そう言って、手にしたペンで丸く囲む。
「形は六角形であるというのが一番の特徴で、五角形や八角形のものはありません。多様な形があり、分子レベルで見ると、1つとして同じものは存在しないのだとか。主に…」
説明しながら、赤線を引いたり四角く囲んだりして、見やすいテキストのように仕上げていく。
「分かった、ありがとう」
最後に大河は納得したように大きく頷いた。
◇
「あ、もうこんな時間!洋平さん、私、ホーラ・ウォッチとの打ち合わせに行ってきますね」
「それなら送っていくよ」
「いいえ、一人で行けます。洋平さんだってやることたくさんあるから…」
書類とパソコンをバッグに詰めながら、瞳子は洋平の申し出を断る。
すると大河が、今タクシーを手配した、とボソッと呟く。
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
行ってらっしゃーい!とブンブン手を振る透の後ろから、帰りもタクシー使えよ、と真顔の大河の声がした。
瞳子は二人にクスッと笑うと、はい!と返事をしてオフィスをあとにした。
◇
「あれ?間宮さんじゃない。どうしたの?なんでアートプラネッツの打ち合わせに間宮さんが?」
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「あ、はい。実は今、アートプラネッツで仕事をしておりまして。次回の新作モデル発表イベントは、わたくしが窓口となって色々とお話を聞かせていただければと存じます」
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えっと…と、瞳子は視線を外して言葉を選ぶ。
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ん?と沼田は首をひねる。
「どういうこと?」
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そこまで言うと、ようやく思い当たったようだ。
「ああ!そのことか。いや、こちらは全く迷惑ではないよ。むしろ良い宣伝になって…、おっと。君にこんなことを言うのは不謹慎だね、ごめん。君は大変だったんだよね。でももし君さえ良ければ、今回も司会を頼めないかな?実は、谷崎 ハルさんにも引き続きイメージキャラクターとして登壇をお願いしてるんだけど、司会はぜひ間宮さんにって彼女から言われてるんだ」
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「そう。前回とてもやりやすかったからって。どうかな?引き受けてもらえる?」
瞳子は少し思案して、即答は避けることにした。
「一旦、事務所にも確認してからお返事差し上げてもよろしいでしょうか?なるべく早くご連絡いたしますので」
「そう、分かった。良い返事を期待しているよ。じゃあ今日は、アートプラネッツのプロジェクションマッピングの方を詰めようか」
「はい、かしこまりました」
瞳子はメモとパソコンを用意して、今回の新作モデルの詳細や映像のイメージについてじっくり沼田と話し合った。
◇
『へえ、いいんじゃない?引き受けたら?』
沼田との打ち合わせを終えて外に出ると、瞳子は千秋に電話をかけた。
次回の新作モデル発表イベントの司会を頼まれたことを伝えると、千秋はあっさりそう言う。
『前回の瞳子の司会ぶりを見てまた依頼してくださったなら、事務所としても応えたいわ。瞳子はどう?やっぱりまだ控えたい?』
「えっと、正直言うと少し心配です。SNSで噂になったのは、前回のホーラ・ウォッチの時の写真だったから。もしかして、また今回も同じようにって」
電話口の向こうで、千秋がうーん…と考えている気配がする。
瞳子は黙って言葉を待った。
『ね、瞳子。ホーラ・ウォッチの司会をしたら、また写真に撮られて噂になるかもしれない。だけど、しなかったらそれはそれで、やっぱりやましい事があるんだ、と言われるかもしれない。どのみち何か言われるなら、瞳子がやりたい通りにしたら?』
「どのみち何か…」
そうかもしれない。
自分の素性がバレたきっかけとなったイベントが再び開催される以上、何かしらの反応は予測出来る。
たとえ自分が司会をしてもしなくても。
それなら、と瞳子は考えた。
何を言われるのだろうとビクビクするよりは、どうぞご自由に、と大きく構えていたい。
やましい事など、自分にも友也にも、何もないのだから。
「千秋さん、私やってみたいです。大河さん達にも相談して、OKならやります」
電話の向こうで千秋がふっと笑う。
『分かったわ。事務所も全面的にあなたをバックアップするから。思い切りやりなさい』
「はい!ありがとうございます」
瞳子は電話を切ると、顔を上げて颯爽と歩き始めた。
◇
アートプラネッツのオフィスに戻り、瞳子はプロジェクションマッピングのイメージや先方からの要望を、資料を交えながら皆に伝える。
「ふーん、なるほど。新作モデルはクリスマスプレゼントを意識して高級感溢れる感じなんだね。ダイヤモンドの輝きと冬のイメージ…。クリスタルとか、そんなところかな?分かった。この件は俺が主に制作を進めるよ」
「ありがとうございます、洋平さん。それと、あの…。折り入って皆様にご相談がありまして」
「ん?何?改まって」
「はい、実は…」
瞳子は先方からイベントの司会を頼まれたこと、引き受けた場合、SNSでまた噂になる可能性があることを皆に伝える。
「そうか、まあそうかもね」
洋平が考え込むと、大河が口を開いた。
「事務所にはもう伝えたのか?」
「はい、先程電話で相談しました」
「それで、千秋さんはなんて?」
「引き受けたら、また噂になるかもしれない。だけど、引き受けなかったらそれはそれで、やっぱりやましい事があるんだ、と言われるかもしれない。どのみち何か言われるなら、私がしたいようにすればいいって」
「なるほど、正論だ。それで?君はどうしたいの?」
「はい、私はやりたいです。本音を言うと、くだらない噂話のせいで、私の大切な仕事を奪われたくない、というのが率直な気持ちです」
すると大河はおかしそうに笑い始めた。
「あはは!確かにごもっともだ、間違いない」
そして真剣な表情で瞳子の方に身を乗り出す。
「やりたいならやればいい。俺達も必ず君を守る」
他の3人も、しっかりと頷く。
「はい!やらせて頂きます。ありがとうございます」
弾けるような笑顔の瞳子に、大河達も思わず笑みをもらした。
◇
「ミュージアムの進捗どうなってる?」
忙しくそれぞれが自分の役目をこなす日々が続く。
仕事に関しては互いに信頼して任せているが、時折、皆で作業の進み具合を共有して、漏れがないかを確認していた。
「オープニングイベントに関しての準備は、お子様の募集まで終わっています。ゲストのリストアップ、招待状の作成も完了。あと、ミュージアムショップで販売するオリジナルグッズについては、業者からサンプルが送られてきました。今日届いたばかりです」
そう言って瞳子は、中央の丸テーブルにグッズを並べる。
雪の結晶をモチーフにしたキーホルダーやクリアファイル、ボールペンやステッカー、ハンドタオル、といった定番のものから、ヘアアクセサリーやネックレス、ブレスレットなどもあった。
「へえ、アクセサリーか。そう言えば今まで俺達、オリジナルグッズにはアクセサリーを扱っていなかったな。これ、瞳子ちゃんのアイデア?」
「はい。業者の方と相談して、手頃な価格とオーソドックスなデザインでサンプルを作って頂きました」
どうでしょうか?と少し自信なさげに聞くと、皆はそれぞれ手に取ってじっくり見てみる。
「うん。キラキラして綺麗だし、女の子が喜びそうだね」
「今回のメインターゲットはカップルだから、彼からプレゼントするのにもちょうどいいな」
「お揃いで持てるように、男性用にはネクタイピンとか作ってもいいかもしれない」
おおむね好評を得られてホッとしていると、最後に大河が瞳子に尋ねた。
「価格帯は?手が出ないほど高価だと困る」
「あ、はい。アクセサリーには全てキュービックジルコニアを使用していますので、数千円以内です」
そうなの?!と他の3人も驚いてまじまじと見つめ直す。
「ダイヤモンドとほとんど変わらない綺麗さだから、そんなに手頃な値段なんてびっくりだよ」
「はい。キュービックジルコニアは、ダイヤモンドを真似て作られた人工石なんです。屈折率が高くてダイヤモンドに近い輝きを持ちながら、価格は遥かにリーズナブルなので、普段使いのアクセサリーやちょっとしたプレゼントにも喜ばれるかと」
「それならミュージアムショップに並べてもいいね!」
「ああ。大河も賛成でいいか?」
「そうだな。今回のミュージアムのコンセプトにも合ってる」
「じゃあ瞳子ちゃん、このまま進めてくれる?」
「はい!」
瞳子は張り切って返事をした。
「あとは、冬なのでサーモタンブラーやステンレスボトルも考えていて。こちらがサンプルです。他にもマグカップと、あとは冷たい飲み物を注ぐと雪の結晶の柄が浮かび上がるグラスも」
「ひゃー、何これ!俺が欲しいんだけど!」
透が目の色を変えて手に取る。
「これはアリでしょう。アリ寄りの大アリ!アリシアのアリ!」
「透、お前ボキャブラリーかなり変だぞ?」
吾郎が呆れるが、手にしたグッズには頷いて賛同した。
「これもゴーサインだな。だろ?大河」
「ああ」
「しかし、女の子が入ってくれるとこうも違うんだな。よく今まで男だけで考えてたもんだよ」
「確かに。だからグッズの売り上げもあまり良くなかったのか。ようやく分かったよ」
あはは!と洋平達は自虐的に笑う。
「じゃあ瞳子ちゃん。色々とよろしくな」
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瞳子は自分のアイデアが採用され、形になっていくことが嬉しく、この仕事にやり甲斐を感じていた。
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ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
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