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壁ドンのあごクイ?

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 「長島さん、吹奏楽部の子ども達の希望曲は決まりましたか?」
 「あ、決まりました。うちの町では有名な、なんやったかなー?ナントカカントカ言うカタカナの作曲家の曲です」

 朱里は思わず笑い出す。

 「長島さん、それだけだと分からないです」
 「ですよねー。あはは!」
 「じゃあ、この電話番号を部員の子達に伝えていただけますか?私も直接話したいので、良かったら電話くださいと」
 「分かりました!伝えますわ」

 兵庫でのコンサート。
 朱里は舞台で一緒に演奏する吹奏楽部の10人の子達に良い思い出を作ってもらいたいと、詳しく話を聞くことにした。

 するとその日の夕方に、早速部員達から電話がかかってきた。

 「朱里さーん、こんにちはー!」

 どうやら学校の職員室からかけているらしく、朱里さーん!と何人もの声がする。

 「こんにちは!みんな元気?」
 「元気元気ー!朱里さんは?瑛さんと仲良くしてるの?」
 「な、仲良く?うん、まあ、してるよ」

 キャー!と歓声が上がる。

 「あ、あの、みんな?えっと、やりたい曲は決まった?」
 「決まりましたー!ドヴォルザークの『新世界より』第2楽章です」

 へえー!と朱里は少し意外な気がした。

 (みんな若い女の子だから、てっきりポップスがやりたいのかと思ったのに…)

 「ドヴォルザークか…。いいね!どうしてこの曲をやりたいと思ったの?」
 「この第2楽章、うちの町内放送で必ず夕方の5時に流れるんです。だから、この町のみーんなの曲なの。それにドヴォルザークは、故郷を思い出してこの曲を書いたんですよね?私達も、いつか都会に出て行ったとしても、生まれ育ったここはずっと大切に覚えていたくて。市民会館の最後の舞台は、この曲で締めたいねって、みんなで決めたんです」
 「うう、なんていい話なの。もう私、感激して涙が出そう。分かった!この曲でいこう!」
 「はい!」

 朱里は電話を切ると、すぐに東森芸術文化センター管弦楽団に連絡する。

 常任指揮者の赤坂に子ども達の意向を伝え、是非この曲で合同演奏をお願いしたいと伝えると、それなら、子ども達一人一人にメロディをソロで吹いてもらうようアレンジする、と言ってくれた。

 (うっひゃー!楽しみ!みんな、がんばれー)

 朱里はわくわくしながら電話を切った。

*****

 何度も電話で打ち合わせを重ね、スケジュールを練り直し、いよいよ兵庫でのコンサート前日になった。

 朱里は瑛と一緒に再び現地に赴く。
 前回と同じように、長島が車で迎えに来てくれて、会場の市民会館に向かう。

 「うわー、飾り付け素敵ですね!」

 町民が総出で館内を明るく飾り付けていた。

 中高生の子達は、横断幕や大きなイラスト、小さな子ども達は、お花紙や風船や輪飾り、それぞれに個性あふれる飾りで明るく飾られている。

 朱里達は入念にステージの配置や、コンサートの進行を確認する。

 吹奏楽部員の10人の子達も、ステージでの音の響きを確かめてリハーサルしていた。

 「楽団の皆さんは明日の10時にここに到着予定です。準備してすぐにゲネプロ、控え室で昼食を取って、本番は14時開演です。私は明日、9時入りのつもりです。みんなは?」
 「私達も9時には来るつもりです。少しでも練習したいし」
 「オッケー、了解です」

 朱里はステージの配置を何枚か写真に撮り、楽団の事務局に送信してから電話で話す。

 「明日、皆さんが到着されてから、配置はまた調整いたしますね」
 「了解しました。うちも今、リハーサルしてますよ。明日皆さんにお会い出来るのを楽しみにしています!」
 「はい!お待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします」

*****

 夕方まで念入りに確認作業をし、長島の車で、また以前と同じ宿に案内される。

 既に大勢の人が料理を食べながら盛り上がっていた。

 「おおー!お二人ともようこそ」
 「皆さん、お久しぶりです」
 「ほら、はよ食べな」
 「あ、はい。ありがとうございます」

 グラスにビールを注がれて乾杯する。
 結局、誰の宿なのか分からないまま、婦人会の皆さんがたくさんの料理を並べてくれていた。

 「瑛さーん、朱里さーん!」

 中高生の女の子達が、以前と変わらない明るさで取り囲む。

 「あの!お二人の出会いはいつなんですか?」
 「ええ?!何、急に」
 「いいから!ほら、芸能人が記者会見とかしてるでしょ?あんな感じ。ほら!馴れ初めは?」

 馴れ初めって…と戸惑いつつ、幼馴染なの、と答える。

 「キャーー!萌えー!ときめくー!」

 甲高い声の中、朱里はいやいやと手を振る。

 「みんなだって、幼馴染の男の子いるでしょう?」
 「田舎と都会は違いますよ。だって、ファミレスとかカフェとかあるでしょ?ここなんて、一番栄えてるのは商店街ですから。ぜーんぜんムードもありませんよ」
 「そ、そうなの?」
 「そうですよ!あーあ、私もカフェでパンケーキとか食べてみたいなー」

 あー、確かにこの辺りにそんなお店はないだろうなと朱里が頷いていると、また質問が飛んできた。

 「お互いなんて呼んでるんですか?」
 「え?私は部長って」
 「ええー?幼馴染なんでしょ?そんな訳ないですよねー」
 「あ、まあ、仕事じゃない時は瑛って…」

 瑛ー!!と、女の子達は盛り上がる。

 「それで?朱里さんは、朱里って呼ばれてるの?」
 「うん。幼馴染ってそういうもんでしょ?みんなもそうじゃないの?」
 「そうですけど、大人になってもそのままなんて、なんかキュンとしますー。でも幼馴染の関係って、大人になるとどう変化するんですか?」

 ええ?と朱里は首をひねる。

 「うーん…。何も変わらないよ」
 「嘘でしょー?じゃあ、そこからどうやってつき合うの?きっかけは?」

 ちょ、ちょっと待って!と朱里は両手で遮る。

 「みんな、勘違いしてない?私達、つき合ってないよ?」

 うっそだー!と皆は笑い出す。

 「ほんとだって!」

 すると女の子達は、長島達とお酒を飲んでいる瑛に目を向け、ヒソヒソと話し始めた。

 「じゃあさ、あれじゃない?今はまだ安心してるけど、朱里さんが誰かに奪われそうになったら、急に男になるの。俺の朱里に近寄るな!とかって」
 「分かるー!肩を抱き寄せてね」
 「そうそう!それで朱里さんに言うの。お前、いい加減俺のこと男として見ろよ。俺がこんなにお前に惚れてるのに、気づいてなかったのか?なーんて!」

 いい!それいい!と、女の子達は盛り上がる。

 「あのー、みんな?何かのドラマの話?」

 朱里が苦笑いして尋ねる。

 「朱里さんと瑛さんのドラマですよ!いやーもう、想像膨らむわー。ね、朱里さん。何かあったら逐一私達に報告してくださいね?」
 「いや、何もないってば」

 そう言う朱里の言葉はあっさり聞き流される。

 「やっぱりさあ、そこからは壁ドンだよね?」
 「そうだよねー!で、あごクイからのキス寸止め」
 「きゃーー!寸止めしてどうするの?」
 「お前、今俺にドキッとしただろ?みたいな」

 ひゃーー!と女の子達は仰け反って悶える。

 (あはは、なんだか楽しそうね)

 朱里はたじろぎながら、元気な女の子達を見ていた。

*****

 夜も更け、明日に備えて皆は早めに解散する。

 「朱里さん、瑛さん、また明日ねー」
 「うん、みんな今夜はしっかり寝てね」
 「はーい!」

 笑顔で見送ったあと、朱里と瑛は2階の和室に行く。

 やはり前回と同じ部屋に布団が2組敷かれていた。

 「俺、もう一部屋頼んでくるよ」

 そう言う瑛に朱里は首を振る。

 「いいよ。こんなに良くしてもらってるのに、なんか図々しいし」
 「でもお前、平気なのか?」
 「うん。ぜーんぜん」

 朱里はカラッと言って荷物をゴソゴソ探ったあと、お風呂入ってくるーと部屋を出ていった。

*****

 「それで、これが確定のタイムスケジュールね。ゲネプロは10時半から12時半。まあ、13時までなら延長してもいいかな。開場は13時半。受付には、中高生の子達と婦人会の皆さんがお手伝いに来てくれるって。お弁当とお茶の手配もオッケー。あとは…」

 和室の窓際のソファで、二人は明日の確認をする。

 瑛はふと隣の朱里を見た。

 テーブルに資料を並べて説明する朱里からは、風呂上がりのほのかなシャンプーの良い香りがした。

 いつもは結んでいることが多い肩下までの髪を下ろし、スッピンの顔は艶っぽく、ほんのりピンクに染まっている。

 「んー、こんなとこかな。瑛、桐生ホールディングスとして挨拶してもらうから、よろしくね。あとは何かある?」

 朱里が小首をかしげて聞いてくる。

 「朱里」
 「ん?なに?」
 「他の男の前でもそんなに無防備なのか?」

 ………は?と、朱里は目をぱちくりさせる。

 「え、一体なんの話?」
 「だから、なんでそんなに警戒心ないのかって。俺、一応男なんだけど」
 「ああ、そういうこと。だって瑛は幼馴染だもん。安心、安全なのは分かってるから」
 「俺、オーガニックの野菜じゃないんだけど」
 「あはは!人畜無害?確かに」

 明るく笑う朱里をじっと真顔で見つめていると、朱里の顔からも笑顔が消える。

 「あの、瑛?どうかした?」
 「…俺ってさ、いつまでお前の幼馴染なんだ?俺達はずっと子どものままじゃない。朱里、いい加減俺のこと男として見ろよ」

 …え?と朱里は戸惑う。
 そのセリフは、確かさっき女の子達が言っていたような…。

 「瑛、聞いてたの?」
 「は?何を?」
 「だから、さっきの話。いい加減俺のこと男として見ろよって言って、壁ドンしてあごクイってして、寸止めのキスするの」

 瑛は一瞬目を見開いてから、ギュッと眉根を寄せた。
 その瞳の奥に、ギラッと大人の色気が立ち昇るのを感じて、思わず朱里は息を呑む。

 「お前、俺のこと煽ってる?」
 「…え、ど、どういう意味?」

 瑛はグッと朱里に近づいた。
 ソファの背もたれに身体を押し付けた朱里は、それ以上さがれずに身を硬くする。

 互いの吐息がかかりそうな距離で、瑛が呟く。

 「お前、今まで俺がどんな気持ちでいたか知ってるか?」

 そう言うと朱里のあごを下から掬い上げる。

 視線を落とせなくなった朱里は、否が応でも瑛の瞳に絡めとられた。

 ゆっくりと瑛の顔が近づいてくる。
 唇が触れそうなところまでくると、瑛はピタリと動きを止めた。

 「朱里」

 少しでも動けば唇が重なりそうになり、朱里は固まったままゴクリと喉を鳴らす。

 「俺はもう小さな子どもじゃない。力づくでお前を押し倒せる大人の男だ。これ以上、無防備に俺を煽るな。分かったか?」
 「う、うん」

 かろうじて頷くと、瑛はスッと身体を離した。

 朱里は胸をドキドキさせたまま、深呼吸する。

 「明日は9時には会場入りだよな?着いたらテレビ電話で本社に様子を知らせよう」
 「あ、は、はい」
 「じゃあ明日に備えて早く寝るか」

 瑛は立ち上がってソファから離れた。

 朱里はまだドキドキしたままの胸に手を当てて、ふうと大きく息をつく。

 布団に入ってからも、隣の瑛が気になり、朱里はなかなか寝付けなかった。
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