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こんなに泣いていいですか?!

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 そして、9月3日の日曜日。
 いよいよ、園田様と上村様の結婚式が執り行われる日を迎えた。

 朝から気持ちの良い青空が広がり、風も穏やか。
 ガーデンでの挙式に、全く心配はなくなった。

 朝の9時。
 真菜は、菊池と名乗る女性記者を出迎え、名刺を交換した。

 「今日は1日よろしくお願い致します。挙式の邪魔にならない様に気を付けますね。写真も、私が何枚か撮らせて頂きます。合間に、少し真菜さんに質問してしまうかもしれませんが、邪魔だったらすぐ仰って下さいね」

 にっこりと微笑む菊池は、きちんと紺のスーツを着て髪もまとめており、挙式に対する心遣いも感じられる。

 真菜も、こちらこそ、どうぞよろしくお願い致しますと、深々と頭を下げた。

 すると、オフィスから真が現れ、名刺を取り出して菊池と挨拶を交わし始めた。

 真菜は、なんとなく後ずさって二人を見守る。

 真と会うのはあの日以来。
 もちろん、電話やメールのやり取りもしていない。

 本社から、当日は専務が様子を見に行くと連絡があり、真菜は心の片隅で、あちゃーと思っていた。

 (でも、それとこれとは話が別!今日は、新郎新婦お二人の為に、精一杯やらせて頂きます!)

 真菜は両手で拳を握り、うん、と頷いて気合いを入れた。

*****

 「園田様、上村様!お待ちしておりました。本日は誠におめでとうございます!」
 「真菜さーん!ついにこの日が!あー、もう既に涙が出そう」

 そう言って目元を押さえる新婦に、真菜までもらい泣きしそうになる。

 「おいおい、二人とも。いくらなんでも早過ぎるよ」

 苦笑いする新郎に、真菜も新婦も笑い出した。

 記者の菊池を紹介し、早速控え室へと皆で移動する。

 「良いお天気で、良かったですね!」

 真菜が言うと、その場の皆も頷く。

 「新婦様。太陽の光で肌が輝く様に、少しラメの入ったパウダーも使いますね」

 希もにっこり笑いかける。

 ありがとうございますと笑顔で答える新婦は、初めて会った頃とは別人の様に、明るく朗らかな女性になっていた。

 メイクの間、控え室の対応は希と有紗に任せて、真菜はガーデンの最終チェックを始めた。

 動き回る真菜を、菊池が写真に収めていく。

 合間に、今日のガーデン挙式について、簡単に菊池にも説明する。

 「へえー、ブーケセレモニー?聞いた事はあるんですけど、実際に見せてもらうのは初めてです。楽しみー!」

 菊池は、ワクワクした様子であちこちの写真を撮っていた。

 「すみません、私、バタバタ走っちゃって…」

 控え室やオフィス、ガーデンを行き来しながら、真菜は後ろから付いてくる菊池に謝る。

 「とんでもない!私の事はお気になさらず。それに走り回るのは慣れてますから」

 お言葉に甘えて、真菜はあちこち確認の為に走り回った。

 「失礼致します。わあ!新婦様、なんてお綺麗!」

 しばらくして控え室に戻ると、新婦のヘアメイクがほぼ完了していた。

 新婦は鏡越しに、ふふっと真菜に笑いかける。

 「では、新郎様。ひと足お先にお着替えお願いします」

 真菜が用意した衣裳一式と靴を履いて、新郎がカーテンの中から出てくると、わあ!と皆で歓声を上げる。

 「どう?着方、これで合ってる?」
 「大丈夫ですよ。とっても良くお似合いです。ねえ、新婦様?」

 真菜が振り返ると、新婦も照れた様に頷いた。

 「うん。夏樹なつきくん、とってもかっこいい」
 「あら!ラブラブねー」

 有紗が言い、皆で笑い合う。

 その時、インカムから梓の声が聞こえてきた。

 「ガーデン、梓です。リングガールの琴美ことみちゃんとご両親がお見えです」
 「控え室、真菜です。了解しました。すぐにガーデンに向かいます」

 真菜は、新郎新婦のお二人からマリッジリングを受け取ると、リングピローに丁寧にリボンで結んで留めてから、ガーデンに向かった。

 ガーデンでは、梓が愛想良くご夫婦と話していて、その傍らに可愛いドレスを着た女の子がいた。

 真菜が近付くと、梓が気付いてご両親を紹介する。

 「初めまして。わたくし、新郎新婦のお二人を担当させて頂いております、齊藤と申します。本日は、誠におめでとうございます」

 ご両親も頭を下げ、新婦の兄夫婦だと名乗る。

 「それでは、これからリングガールのご説明を致しますね」

 真菜はそう言って、女の子の前にしゃがむ。

 「こんにちは、琴美ちゃん。私は齊藤と言います。よろしくね」

 女の子は、はにかんだ笑顔でぺこりとお辞儀をする。

 真菜は、ご両親にも聞こえるように、リングガールの説明をした。

 「その時のご様子で、お母様と手を繋いでご一緒に歩いて頂いても構いません。堅苦しい作法もありませんので、どうぞ楽しんでご参加下さいね。琴美ちゃん、笑顔で楽しくね。可愛いドレスをみんなにも見てもらおうね!」

 琴美は、うん!と嬉しそうに頷き、その様子にご両親も、ホッとした様に笑っていた。

 その後の対応は梓に任せ、真菜はまた控え室へと走る。

 ちょうどヘアメイクが完成し、カーテンの中で希が新婦のお着替えを手伝っているところだった。

 真菜は、インカムのボタンを押して話し始める。

 「控え室、真菜です。そろそろお二人お着替え完了します」
 「オフィス、拓真、了解。そちらに向かいまーす」

 その時、カーテンが開いて、ドレス姿の新婦がゆっくりと歩み出た。

 「うわー、なんてお美しい!」

 真菜は、思わず目を潤ませる。

 ドレスの試着の際にも見たはずなのに、なぜに今日の新婦は、こうも美しさを増しているのか。

 きっと、幸せのオーラをも、まとっているからなのだろう。

 「新郎様、ね!素敵ですよね!」

 感激のあまり、真菜は新郎に同意を求めるべく振り返る。

 「ああ、本当に…。凄く綺麗だよ、亜希」
 「ありがとう、夏樹くん、真菜さん」

 新婦も少し目を潤ませていた。

 その時、ノックの音がして、ドアを開けた真菜は拓真を中へ促す。

 拓真はお二人に、おめでとうございますと言って自己紹介をしてから、早速撮影を始めた。

 「今日はブーケセレモニーなので」
 「ブーケの写真はあとね」
 「さっすが拓真くん」

 小声でやり取りしてから、真菜はお二人に、挙式の流れを説明する。

 ガーデンでリハーサルも出来るが、列席者に見られる可能性もあると伝えると、ここで練習してみるから、リハーサルはしなくて大丈夫とお二人は笑う。

 真菜は、新婦にブートニアを見せた。

 「これをブーケの中に入れてからお渡ししますね。新婦様はこのブートニアを抜いて、新郎様の胸のポケットにクリップで留めて下さい。こうやって、縦に…そうです、そんな感じでお願いします」

 その時、インカムから再び梓の声がした。

 「ガーデン、梓です。ご列席の皆様、ほぼ着席完了。牧師様も到着されました」 
 「控え室、真菜、了解です。すぐにそちらに向います」

 真菜は、花束を抱えた有紗と一緒に控え室を出る。

 ガーデンに着くと、梓から説明を受けた。

 「お身内の方は、新郎新婦それぞれの側に座って頂きました。ご友人は、お二人の共通の方が多いので、人数を見て別れて頂いてます。あと、ブーケセレモニーについては、簡単にご説明済みです」
 「ありがとうございます」

 頼れる先輩に感謝し、真菜は牧師のもとへ行く。

 ブーケセレモニーの流れと、リングガールの確認をする。

 「リングガールは、新婦様のお兄様ご夫婦の娘さん、琴美ちゃん、4才です。あちらにいらっしゃいます。琴美ちゃーん!」

 真菜が手を振って呼ぶと、琴美はにっこり笑って手を振り返してくれた。

 真菜は改めて、列席者に挨拶し、ブーケセレモニーについて説明する。

 そして有紗が、1人1輪ずつ、バラの花を渡していく。

 「わー、綺麗」
 「これを渡せばいいんだね?」
 「はい。新郎様がお近くにいらしたら、お祝いの言葉と一緒にお渡し下さい」

 真菜は、列席者の間を縫って、説明していく。

 「はい、琴美ちゃんも。これを、かっこいいお兄様に渡してね!」
 「うん!」

 琴美は、ワクワクした様子で、母親と繋いだ手をゆらゆらさせながら笑った。

*****

 「ガーデン、真菜です。控え室、様子はどうですか?」

 インカムで問いかけると、希の返事があった。

 「控え室、希です。写真撮影、ほぼ終了。いつでも出られます」
 「了解しました。そちらに向います」

 真菜はもう一度、列席者の前に立ち、もう間もなく始まりますと告げてから、急いで控え室に戻る。

 「お二人、準備はよろしいでしょうか?」

 真菜が新郎新婦を交互に見ると、お二人は真剣な表情で頷いた。

 「緊張しないで下さいね。今日はとっても幸せな日なんですから。皆様の笑顔が溢れる、素敵な結婚式にしましょう」

 そう言って真菜が笑うと、お二人も輝く様な笑顔を見せた。

 「控え室、真菜です。これより新郎新婦のお二人、ガーデンへご案内します」
 「梓、了解」
 「久保、了解」
 「有紗、了解です」

 次々とインカムに返事があり、真菜はお二人を振り返って頷くと、控え室を出た。

*****

 「それでは、これより、ブーケセレモニーを始めます。新郎のご入場です。皆様、拍手でお迎え頂き、新郎にお花をお渡し下さい」

 牧師の合図とともに音楽が流れ、真菜は頷いて新郎を送り出す。

 「おおー、夏樹、かっこいいな!」
 「ほんと!今日はおめでとう。はい、お花」
 「お幸せにね」

 皆に声をかけられ、ありがとうと照れた様に笑いながら、新郎は花を受け取りつつ、バージンロードを歩いて行く。

 真菜は素早く外側から祭壇の前に移動し、新郎から花束を受け取ると、下手側の台の後ろで、有紗と一緒に束ねていく。

 その間に牧師が、ブーケの由来やブーケセレモニーについて、話をしてくれる。

 大きなリボンを結んだクラッチブーケにすると、真菜は真ん中にブートニアを挿し込んでから、新郎に届けた。

 「それでは、続いて新婦がお父様と入場されます。拍手でお迎え下さい」

 再び音楽が流れ、新婦が父親と一緒に1歩1歩ゆっくりとバージンロードを歩いて行く。

 「亜希ちゃん、綺麗よー」
 「お姉ちゃん、お姫様みたいー」

 琴美の可愛らしい声も聞こえる。

 真菜は、目に涙を溜めて拍手を送る。

 やがて新郎の前まで来ると、父親と新郎は互いに頭を下げ、新婦の手は、父から新郎へと託された。

 二人は手を取り合って、ゆっくりと祭壇へ上がる。

 真菜は、新婦のドレスのトレーンを整えた。

 皆は、静まり返ってお二人を見守る。

 新郎が、意を決した様に顔を上げた。

 「亜希、俺は子どもの頃からずっと亜希のそばにいた。それが当たり前で、何も言わなくても分かってくれる仲だと思っていた。でもそれは違う。どんなに距離が近くても、互いに向き合い、心を通わせ、言葉を伝えていかなければいけなかったんだ。それをせず、いつも頼りない態度で不安にさせてごめん。これからは、ちゃんと亜希と向き合う。亜希の心に寄り添って、亜希の笑顔を守っていく。そして必ず幸せにします。亜希、俺と結婚して下さい」

 そう言って、ブーケを新婦に差し出した。

 真菜は、必死に溢れる涙を拭いながら見守る。

 受け取ったブーケをしばらく見つめてから、今度は新婦が顔を上げた。

 「夏樹くん。私は子どもの頃から、ずっとあなたのことが好きでした。でも、あまりにも距離が近くて、告白するきっかけもないまま大人になってしまいました。今更なんて伝えたらいいのか、そして私のことはどう思っているのか、ずっと不安でした。結婚することになっても、まだ不安な気持ちは消えなくて、自分に自信がなくて…そして私は…」

 涙で言葉を詰まらせる新婦に、真菜の目からも涙が溢れ落ちる。

 「私は嫉妬のあまり、間違った行動で人を傷付けてしまいました。悔やんでも悔やみ切れず、立ち直れなかった私を、夏樹くんは見捨てず、支えてくれました。ありがとう。そして本当にごめんなさい。これからは、どんな事もあなたに伝えます。私は生涯かけて、あなたを想い続けます。そして今度こそ、私があなたを幸せにします。どうか、私と結婚して下さい」

 そう言って、手にしたブーケからブートニアを取り、新郎の胸に付けた。

 皆から、わあっと拍手が起こる。

 真菜は、もはや耐えられないとばかりに台の後ろに屈み、箱ティッシュから一気に3枚引き抜くと、涙を拭う。

 「それでは、これより人前式を執り行います。まずは誓いの言葉を」

 牧師が台紙を開いて渡し、お二人は列席者の方を向くと、声を揃えて読み上げた。

 「誓いの言葉。
 本日、私達二人は、皆様に見守られながら結婚致します。これまでの道のりは、決して二人だけではたどり着けないものでした。皆様からたくさん助けて頂き、たくさん叱って頂き、そしてたくさんの愛情を頂いて、今日のこの日を迎える事が出来ました。本当にありがとうございます。これからも、皆様への感謝を忘れず、どんな時も二人でしっかり手を取り合って、幸せな家庭を築いていく事をここに誓います。
 202☓年9月3日
 新郎 園田 夏樹
 新婦 亜希」

 一斉に拍手が起き、真菜はまた、涙を拭う。

 「それでは続いて、指輪の交換を行います」

 (ひー!泣いてる場合じゃない!)

 真菜は、急いでバージンロードの後ろまで行くと、すぐ横の席に座っていた琴美を手招きする。

 「リングガールを務めてくれるのは、新婦のお兄様ご夫妻のお子様、琴美ちゃん、4才です。皆様、どうか温かい拍手をお願い致します」

 真菜は、そっと琴美を促す。 

 「さあ、琴美ちゃん。笑顔でこの指輪をお兄さんとお姉さんに届けてね!」
 「うん!」

 琴美は頷くと、にこにこと周囲に笑顔を振りまきながらバージンロードを歩いて行く。

 「可愛いわねー」
 「まあ、小さなお姫様みたい」

 パシャパシャと写真も撮られ、琴美は得意げに、無事にリングピローをお二人に渡した。

 「琴ちゃん、ありがとう!」

 新婦に頭をなでられた琴美は、くるりと向きを変え、ドレスを摘んでぴょこんと皆にお辞儀をしてから、母親の隣の席に戻る。

 「あらあら、素敵なプリンセスね」

 可愛い琴美の仕草に、皆はまた笑顔になった。

 真菜は、素早くリングピローのリボンをほどいて牧師に渡すと、新婦からブーケと手袋を受け取って下手に下がった。

 「それでは、琴美ちゃんが届けてくれたお二人の愛の証、指輪の交換をお願いします」

 微笑みながら向かい合い、お互いの指に真新しいマリッジリングをはめると、お二人は仲良く並んで顔の横で手を揃え、列席者に披露する。

 「おおー、芸能人だねー」
 「目線下さーい」

 友人達が、笑いながらお二人の写真を撮る。

 「それでは、新郎は新婦のベールを上げて、誓いのキスを…」

 牧師に促され、新郎はそっと新婦のベールを上げる。

 微笑みながら見つめ合うと、やがて新郎はそっと新婦に口づけた。

 ゆっくりと、愛を確かめ合う様な素敵なキス…

 真菜は、思わずううっと嗚咽まで漏らしながら涙を流す。

 「本日、皆様のお立ち会いのもと、めでたくお二人は夫婦となられました。どうぞ祝福の拍手をお送りください」

 皆が一斉に手を叩く中、真菜も泣き笑いの顔で拍手を送る。

 「それでは、これより新郎新婦が退場致します」

 (ひー!だから泣いてる場合じゃないってば!)

 真菜は、澄ました顔を作ってから新婦のもとへ行き、手袋とブーケを手渡す。

 「お二人の門出を、大きな拍手でお祝いしましょう」

 音楽が流れ、お二人はたくさんの拍手とおめでとう!の言葉を受けながら、仲良く並んでバージンロードを歩いて行く。

 フラワーシャワーが、青い空に綺麗に映えていた。

*****

 「亜希、一緒に撮ろう!」
 「こっちもー。ほら、夏樹も並んで」

 人前式が無事に終了すると、そのままガーデンで、友人達の撮影大会が始まった。

 こういう時に、時間を気にせず自由に楽しんでもらう事が、アニヴェルセル・エトワールのポリシーでもある。

 真菜は、新婦のドレスを整えたり、トレーンを持ったりしてお二人の撮影をサポートする。

 ひとしきり盛り上がった撮影大会が落ち着くと、梓が身内の方を写真スタジオへ、久保が友人達を披露宴会場へと誘導する。

 「ではお二人、ガーデンで何枚か写真を撮らせて下さい」

 拓真が言い、希が新婦のヘアメイクを整えてから、ガーデンのあちこちで写真を撮る。

 ベンチに並んで座り、ブーケの上にお互いの左手を重ねた写真、咲き乱れる花の中で、輝く様な笑顔で手を繋いでいる写真、ドレスの長いトレーンを後ろから捉えた写真…

 どれもが、アルバムの1ページに大きく載せられる様な、絵になるものだった。

 「はあ、なんて素敵なの。太陽もお花も、全てがお二人を祝福してるみたい…」

 真菜がうっとり呟くと、隣で有紗も、そうねーと微笑む。

 「お二人、何か他に、撮りたい写真やご希望はございませんか?」

 ひと通り撮り終わった拓真が聞くと、うーん、とお二人は考え込む。

 そして、ねえ…と新婦が新郎に何かを耳打ちしたかと思ったら、ぱっと笑顔になったお二人が真菜の所へ来て、両側から腕を組んだ。

 「真菜さんと一緒に撮って下さい!」
 「え、ええー?!」

 お二人に挟まれ、真菜は思わず後ずさる。

 「そ、そ、そんな!私なんて…」
 「ううん。誰よりも真菜さんと一緒に撮りたいの。ね?夏樹くん」
 「ああ。真菜さんがいてくれたから、俺達は結婚式を挙げられたんだから」

 いや、でも、と戸惑う真菜を尻目に、はい!撮りまーすと拓真が言って、何度もシャッターを切る。

 「おおー、お二人、今日1番の笑顔頂きました!」

 そう言ってカメラから顔を上げた拓真が、ぶっと吹き出す。

 「それに引き換え、真菜の顔!」
 「ほんとだー、真菜さん、目が真っ赤!」

 周りの皆に、あはは!と笑われ、真菜はますます身を縮こませた。

 写真スタジオでの集合写真と、お二人の写真を撮り終え、少しメイクを直してから、披露宴会場の扉の前へと移動する。

 「お腹空きましたよね?たくさん食べて下さいね!」

 真菜が笑顔でお二人にそう言うと、拓真がこっそり、お前は腹、鳴らすなよと囁いてくる。

 ふーんだ!と真菜は膨れてみせた。

 「披露宴会場、久保。こちらは準備完了です。司会者もいつでもいけます」
 「真菜、了解です。こちらも準備OK。始めて下さい」

 やがて司会者の、新郎新婦のご入場です!のセリフが聞こえ、音楽が流れ始めた。

 「それでは、扉開きます」

 お二人にそう言って、真菜は希と扉を開いた。

 スポットライトの中に歩み出たお二人が、深くお辞儀をしてから歩き始める。

 真菜はすぐ後ろを影武者の様について行き、ドレスのトレーンをさばく。

 高砂席に誘導すると、お辞儀をしてから座る新婦の椅子を引き、ブーケを預かってスタンドに挿してから壁際に下がった。

 司会者の進行で、乾杯やスピーチなど、滞りなく披露宴は進んでいく。

 「お飲み物は、何がよろしいですか?」

 真菜は身を屈めてお二人の後ろから尋ね、料理やドリンクをサーブする。

 そして、テーブルクロスを少しめくって、お酒が多すぎるときは、下に置いてあるこの容器に流して下さいね、と囁いた。

 友人達が写真を撮りに集まってくると、代わりにシャッターを押し、新婦のベールや髪飾りを整え、邪魔にならないように低姿勢で壁際に下がる。

 真菜はひたすら、黒子に徹していた。

 途中、お色直しの為、新婦がお母様と手を取り合って退場すると、真菜はすぐさま控え室に案内した。

 ふう、と新婦は椅子に座ってひと息つく。

 「お疲れ様です。少し時間がありますので、休憩して下さいね」

 ウェディングドレスを脱ぎ、こちらが用意した白いワンピースに着替えてもらうと、ドレッサーの前で希が髪型を変えていく。

 有紗も、カラードレス用のブーケとブートニアを用意した。

 真菜は、テーブルの上にトレーを置いて声をかける。

 「新婦様、お飲み物とお食事、少しこちらにもご用意しました。あまり召し上がれなかったですよね?」
 「うわー、ありがとうございます!そう、みんなと写真撮ってて、せっかく美味しそうなのにほどんど食べられなくて…。嬉しい!頂きます」

 真菜は頷くと、あとは希達に任せて一旦披露宴会場に戻る。

 高砂席の新郎の様子をうかがうと、職場の上司らしい人達に囲まれていた。

 「おーい、園田ー。めでたいんだから、もっと飲めよー」

 手にピール瓶を持ち、完全に酔っているおじ様方が、新郎のグラスにビールを注ぐ。

 (うわ、大変!)

 真菜は急いで新郎の後ろに回ると、隙を見て新郎のグラスを取り、空のグラスと交換する。

 そうでもしなければ、新郎は勧められるままビールを飲み、酔っ払ってしまうだろう。

 真菜はそっと新郎の顔色をうかがう。

 (お酒、あまり強くないって仰ってたもんなー。そろそろ限界かも)

 新郎のそばを離れた真菜は、司会者の所へ行き、新郎の退場を早めると伝えた。

 「新郎様、そろそろ一旦退場しますね」

 そう囁いてから、司会者に目配せする。

 「それでは、これより新郎も、お色直しの新婦様をお迎えに行かれます。拍手でお見送り下さい」

 新郎は立ち上がるとお辞儀をし、真菜の誘導で会場をあとにした。

 「はー、参った。あんなに飲まされるとは…」

 控え室に入るなり、新郎はぐったりと椅子に座る。

 冷たいお水です、と真菜がグラスを差し出すと、一気に飲み干す。

 「1度ジャケットを脱いで、ネクタイも外しましょう」

 真菜が手伝うと、ようやく人心地ついた様に新郎は息を吐いた。

 「すみません、真菜さん。用意してもらってたお酒を流す容器、悪ノリした上司が見つけてあっさり奪われちゃって…」
 「そうなんですか。結婚式を挙げられた方はご存知なんですよね。ああいう物が高砂席のテーブルの下にあるって事。これからは、私が付きっきりで、グラスをせっせと空の物に交換しますね」
 「ご迷惑おかけしちゃって、すみません。俺が酒に弱いばっかりに…」
 「いえいえ、とんでもない。その為に私がいるんですから。何でもおっしゃって下さいね」

 真菜が笑顔を向けると、新郎も安心した様に頷く。

 「はーい、新婦様のヘアメイクチェンジ、完了しました!」

 希の声に振り返ると、髪をダウンスタイルにして生花をたくさん飾った新婦が微笑んでいた。

 「うわー、今度は可愛らしい感じ!」

 真菜は一気にテンションが上がる。

 「さあ、カラードレスも着てみて下さい!」

 新婦は笑顔で立ち上がると、カーテンの中でオレンジ色のふわりとしたドレスに着替えた。

 「素敵ー!お花の妖精みたい。ね?新郎様」

 真菜の言葉に、新郎も笑顔になる。

 「うん、亜希、凄く可愛くなったよ。さっきは凄く綺麗で、今は凄く可愛い」
 「やだ、夏樹くんたら」

 真菜はインカムを流し、拓真を呼んだ。

 有紗が新郎のブートニアを付け替え、新婦に華やかな色合いのオーバルブーケを手渡す。

 ドレスとブーケを見比べながら、希がアクセサリーを付け替え、拓真がお二人の何気ないひとコマを写真に収めていく。

 「さあ!ではもう一度披露宴会場へ」

 真菜の言葉に、皆で頷いて部屋を出た。

 「うわー、素敵なドレス!」
 「オレンジかあ、意外だったな。でも似合ってるよ、亜希」

 新郎新婦は、友人の言葉に答えながら、笑顔で入場する。

 ここからは、ケーキカットやファーストバイト、友人のスピーチなどで忙しく、先程の上司が新郎にお酒を勧めに来る事もなかった。

 真菜はホッとしながら、お二人の楽しそうな様子に目を細める。

 やがてお開きが近付き、新婦が両親へ感謝の手紙を読む為、金屏風の前に並んだ。

 真菜はブーケを預かり、新婦には手紙と小さく折ったティッシュを、新郎にはマイクを渡してから壁際に下がる。

 スポットライトの中、新郎の差し出すマイクに向かって、新婦が手紙を読み上げた。

 「お父さん、お母さんへ。今まで育ててくれて本当にありがとう。小さい頃から、私はあまり可愛げがない子だったよね?愛想も悪いし、子どもらしく、はしゃいだり笑ったりもしなくて。でもお父さんとお母さんは、何も言わずにいつも黙って私を見守っていてくれました。私のやりたい事をやりたい様にすればいいんだよ、と励ましてくれました。それなのに、私はなかなか自信を持てず、ずっと殻に閉じこもっていて、ごめんなさい。でも、私は夏樹くんに支えてもらい、素敵な人達と出会い、今では笑顔で毎日を過ごせる様になりました。お父さん、お母さん。たくさん心配かけた分、これからは、たくさん親孝行させてね。そしていつまでも元気で、変わらず私を見守っていてね。夏樹くんのお父さん、お母さん。私を夏樹くんと結婚させて下さって、本当にありがとうございます。私なんかで大丈夫なのかと、ずっと不安でしたが、温かく迎えて頂き、感謝の気持ちで一杯です。私は精一杯夏樹くんをそばで支え、そして幸せな家庭を築いていきます。どうぞ末永く、よろしくお願い致します。亜希より」

 しんみりとした雰囲気の中、温かい拍手が送られる。

 (うう、もう、完全に涙腺崩壊)

 真菜は、新婦の後ろで片膝を付きながら、ティッシュで両目を押さえる。

 その時だった。

 「最後にもう1人、お礼を伝えさせて下さい。真菜さん」

 新婦の声が響き、真菜は、え?と固まる。

 スポットライトが真菜にも当たり、眩しさの中、真菜は床に片膝を付いた忍者のポーズで動けずにいた。

 (忍者が、敵に見つかった…?みたいな)

 妙な事を考えながら、自分に向けられた拍手に戸惑う。

 「ほら、真菜さん!」

 やがて、新婦が近付いて真菜の腕を掴んで立たせると、屏風の中央に連れて来た。

 「真菜さん。本当にありがとう!そして本当にごめんなさい。私達が結婚出来たのは、真菜さんのおかげです。真菜さんの優しさ、強さ、愛情の深さ、人としての大きな心の広さ、真菜さんの全てに私は救われました。私達と出会ってくれてありがとう。私達を担当してくれてありがとう。私を許してくれてありがとう。私達の背中を押してくれて、今日も祝福してくれて、本当にありがとう!」
 「新婦様…」

 真菜の目から、滝の様に涙が流れ落ちる。
  
 「真菜さん!」

 やがて新婦と真菜は、互いに涙を流しながら抱き合った。

 「し、新婦様ー。ああー」
 「ありがとう、真菜さん。一生感謝します」
 「そんなー、私こそー、ありがどうございまずー」

 新郎も隣で声をかける。

 「真菜さん、本当にありがとう。真菜さんの言葉があったから、俺は亜希ともう一度向き合う事が出来たんだ」
 「ぞんなー、じんろうざままでー、あああー」

 真菜の顔は、もはや涙でぐちゃぐちゃだった。

 新婦は、手にしていたティッシュで、真菜の涙を拭いてくれる。

 「あああー、ずみまぜんー、じんぶざまに、ぞんなー」

 時折涙ぐみながら見守っていた列席者から、だんだん笑い声が上がる。

 新婦も、ふふっと真菜に笑いかけた。

 「真菜さんったら、もう、泣き過ぎ」
 「じんぶざまだってー」
 「いや、二人とも泣き過ぎ」

 冷静な新郎の言葉に笑い出し、新婦と真菜はもう一度抱き合った。
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