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無事に成功となりますか?!

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 そしていよいよ6月16日。
 サプライズウェディング当日がやって来た。

 時間が近付くにつれ、スタッフは皆、準備や確認でバタバタと動き回っている。

 「真菜ー、ご友人達の受け付けってどうなってる?」
 「あ、受け付けは披露宴会場の中に設置です。外にはナシでお願いします」
 「真菜ー、披露宴会場のマイクって、どこに何本だっけ?」
 「あ、この図に書いてあります。スタンドマイク1本とハンドマイク2本です」

 あちこちから声をかけられ、誰よりも忙しそうな真菜を、真はそっと見守る。

 やがてインカムから、真菜の声が聞こえてきた。

 「担当者、真菜です。新婦様のお母様からお電話がありました。あと10分程で到着との事です。これから地下駐車場にお迎えに上がります」
 「ヘアメイク希、了解です。控え室で待機しています」

 真も、そろそろ到着するであろう、新婦の兄や映像カメラマンとの打ち合わせに備えて、オフィスを出た。

*****

 「こんにちは!いらっしゃいませ」

 真菜は、美佳と一緒に、地下駐車場の車から降りてきたご家族に挨拶する。

 「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

 そう言うお母様の後ろで、若いパパとママが男の子と手を繋いで辺りをキョロキョロと見渡している。

 「お母さん、ここってどこ?いつものレストランに行くんじゃなかったの?」

 ご両親は、顔を見合わせて笑う。

 「あのね、由香里ゆかり。実はお父さんとお母さん、あなた達にウェディングフォトをプレゼントしようと思って」
 「は?何それ?」

 男の子を抱いたママは、キョトンとする。

 「あなた達、結婚式挙げてないでしょ?だから、せめて写真だけでもって思って、ここを予約したの。これからウェディングドレスを着て、三人で写真を撮ってもらいましょうよ」

 ええー?!と、パパとママは驚いて仰け反る。

 「何それー?聞いてないんだけど!」
 「ふふ、驚かそうと思って黙ってたの。どう?ドレス、着てみない?」
 「ええー、ちょっと待って。私、今日髪もボサボサだし、化粧もしてないし、こんな格好だし…」

 すると、新婦のお母様が笑い出す。

 「何言ってんの。これからドレスに着替えるのよ?ヘアメイクもしてもらえるし」
 「嘘っ!ほんとに?ど、どうしよう」

 ママは、パパを振り返る。

 「由香里、ドレスずっと着たがってたじゃない。お父さんもお母さんも、その事気にしてくれてたんだよ。良かったじゃない」

 そう言って、新婦のご両親に頭を下げる。

 「すみません。本当なら俺が由香里に着せてあげたかったんですが、何度その話をしても、必要ないって断られて。ありがとうございます。お言葉に甘えてもよろしいですか?」

 ご両親は微笑んで頷いた。

*****

 「新郎新婦のお二人、控え室にご案内します」

 インカムで連絡すると、真菜はご家族を控え室に連れて来た。

 希と有紗が、立ち上がって挨拶する。

 真菜は、お二人に早速ウェディングドレスを見せた。

 「事前にお母様とご相談しまして、いくつかお持ちしました。この中にお好きなドレスはございますか?他のドレスもお持ちしましょうか?」

 笑顔で問いかけると、新婦は急にポロポロと涙を溢し始めた。

 真菜は思わずギョッとする。

 「あ、あの、新婦様?」
 「ご、ごめんなさい。あの、あまりに素敵でびっくりしてしまって。私、こんなに綺麗なドレスを着てもいいの?」
 「もちろんです!どれかお気に召したドレスはございますか?」
 「え、そんな、選べないわ。どれも素敵で」

 すると、お母様が横から声をかける。

 「由香里、これなんてどう?あなた、前にこれに似たドレスの写真をじっと見てたでしょ?」
 「本当だ。これ、由香里の好きそうな感じだな」

 男の子を抱いたパパも頷く。

 「うん、これ、凄く素敵。ずっと憧れてたの、こういうドレス。これを着てもいいですか?」
 「もちろんです!」

 真菜は笑顔で頷いた。

*****

 ドレスが決まったところで、希が早速ドレッサーの前に新婦を促し、ヘアメイクを始める。

 「髪型やメイクのご希望はございますか?どの様なイメージになさいますか?」
 「え、そ、そんな。私、普段全然気にしてなくて…、いつもスッピンだし。あの、お任せしてもいいですか?」

 かしこまりました、と希は笑顔で頷き、壁に掛けたドレスと新婦の顔を見比べながら、慣れた手つきでメイクを施していく。

 「では、続いて新郎様も衣裳を選んで頂けますか?」

 真菜は、新婦のドレスに合う新郎の衣裳を3着持って来た。

 「いかがでしょう?お好きな衣裳はございますか?」
 「ええー、そうか、俺も着替えるのか。うーん、分かんないな」

 新郎が困った様に新婦を見る。

 「幸一こういちもちゃんと選びなよ。どれがいいの?」
 「いやー、どれも豪華で、なんか気後れする」

 真菜は、男の子の前にしゃがんだ。

 「翼くんは?パパ、どれが似合うと思う?」

 すると男の子は、うーんと考えてから、これ!とアイボリーの衣裳を指差した。

 「え、翼、パパこれが似合うと思うの?」

 新郎が驚いた様に言う。

 「うん!パパ、これきて」
 「翼がそう言うなら、決まりだね!」

 新婦も笑顔で頷いた。

 控え室のカーテンの中で新郎が衣裳に着替えると、新婦が、おおー!と目を見張る。

 「幸一、めっちゃかっこいい!」
 「え、そ、そうか?」
 「うん!ね、翼」
 「うん。パパ、おうじさまみたいー」

 ははっと照れた様に、新郎は頭に手をやる。

 「じゃあ、翼も着替えようか。ばあばね、翼にかっこいいお洋服買ってきたのよ」

 ええ?と驚く新郎新婦に、新婦のお母様が、小さな可愛いタキシードを見せる。

 「やだー、可愛い!翼、着てみて!」

 うん!と頷いて、カーテンの中で着替えさせてもらった男の子は、ジャジャーン!と元気良く皆の前に飛び出した。
  
 「ひゃー!かっこいい!」
 「翼も王子様みたいだよ!」

 パパとママに褒められ、男の子は得意げな顔をした。

*****

 そろそろ新婦のヘアメイクが整いそうなのを見ると、真菜は美佳に目配せする。

 美佳は頷くと、ご両親を、休憩室へどうぞ、お茶でもお持ちしますね、と適当な事を言って連れ出した。

 ご両親はこの後、着替えを済まされ、チャペルに移動する事になっている。  
  
 その対応は、美佳に任せていた。

 「さあ、新婦様。ドレスにお着替えを」

 希がカーテンの中に促し、新婦はドキドキした表情で立ち上がった。

 やがてカーテンから出てきた新婦に、その場の皆がため息をつく。 

 「由香里、綺麗だ…」
 「うわー、ママすごい!おひめさまだ!」

 男の子はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

 「ど、どうしよう、こんなドレス。ああ、足が震えそう…」

 真菜はにっこり笑いかけた。

 「とてもお綺麗ですよ。可愛いらしくて美しいプリンセスですね」

 豪華にふわっと広がる、王道のプリンセスライン。

 肩はパフスリーブになっていて、まだ若い新婦にとても良く似合っていた。

 「さあ、ではアクセサリーを選んでいきましょう」

 希が再び新婦をドレッサーの前に座らせると、真菜はインカムを手にした。

 「控え室、真菜です。お着替え完了しました。撮影お願いします」
 「拓真、了解ー。すぐ行きます」

 拓真の返事が聞こえ、しばらくすると、部屋のドアがノックされた。

 まず拓真が挨拶し、続いて新婦のお兄様が入って来る。

 「え、お兄ちゃんまで来たの?」
 「そう。おふくろに呼び出されてさ。家族も一緒に写真撮るからって」 
 「ほんとだー。ちゃんとスーツで来たんだね」
 「ああ。お前らの様子、ビデオで撮っとくよ。あとで見てみな」
 「えー、嬉しい!ありがとう」

 希が、わざと途中で手を止めたりしながら、ゆっくり新婦にネックレスを着け、その隙に拓真がカシャカシャと写真を撮る。

 同じ様に、ベールを着ける様子も撮影した。

 やがて有紗が、新婦にブーケを差し出し、新郎の胸にもブートニアを着けた。

 淡い色合いのラウンドブーケは、可愛らしい新婦にも良く似合っている。

 「うわー、素敵!」

 ブーケを手に微笑む新婦の横顔も、すかさず拓真は写真に収めていく。

 「新郎様とお子様もどうぞお近くに」

 そう言って、楽しそうに話をする三人の様子も撮影した。

 ひと通り撮り終えると、拓真が真菜に目配せする。

 真菜は頷いて、こっそりインカムを流した。

 「控え室真菜です。あと5分程で移動始めます」
 「チャペル久保、了解です」

 真菜は、新婦に歩き方のコツを説明し、もう一度三人の服装をチェックする。

 希も、新郎新婦の髪型を少し手直しした。

 「では、写真スタジオにご案内致しますね。ご両親もそちらでお待ちですので」

 そう言って、控え室のドアを開ける。

 こっそり背を向けてインカムを手にした時、イヤホンから拓真の声が聞こえてきた。

 「控え室、拓真です。新郎新婦、チャペルへ移動開始します」

 真菜は後ろを振り返り、少し遠くにいる拓真に、ありがとうと口だけ動かした。

 男の子を真ん中にして、手を繋いだ三人は、嬉しそうにお互いの衣裳姿を褒め合いながら歩いて行く。

 「由香里、ほんとに綺麗だよ。もう別人みたい」
 「えー、幸一だってかっこいいよ」
 「惚れ直した?」
 「やだー!でも、うん、まあね」
 「ははっ!翼もかっこいいしな」
 「うん、翼も王子様だねー。かっこよく写真撮ってもらおうねー」
 「うん!」

 和やかな雰囲気で、写真スタジオに入ると信じて疑う様子もない。

 「新郎新婦、チャペル前到着。入場します」
 「久保、了解。こちらも準備OKです」

 再び気を利かせてインカムを流してくれた拓真に感謝しながら、真菜は希と一緒に扉に手をかけた。

 「さあ、こちらが写真スタジオです。ドアを開けますね」

 何気ない事の様に真菜が言い、希と息を合わせて扉を開いた。

 「えっ…」

 新郎新婦の動きが止まる。

 オルガンが鳴り響き、たくさんの列席者が笑顔で二人に拍手を送っている。

 「な、何、どうして…」
 「どうなってるんだ?え、親父、おふくろ?」

 驚く二人を、新婦の兄、そしてチャペルの中から映像カメラマンが撮影している。

 「由香里、幸一くん。実はね、二人にプレゼントしたいのは、写真だけじゃないの。結婚式を挙げてもらいたくて、みんな集まってくれたのよ」

 留袖に着替えた新婦のお母様が、二人に声をかける。

 「ええー、結婚式?」
 「そうよ、ほら、三人で入場して」

 二人は顔を見合わせ、戸惑いながらバージンロードを歩き出す。

 「おめでとう!由香里ちゃん」
 「綺麗よー、とっても素敵」
 「幸一、おめでとう!良かったな」

 列席のご家族から声をかけられ、二人は徐々に笑顔になる。

 「由香里ちゃーん!」
 「え、おばちゃん、北海道から来てくれたの?」
 「そうよ、由香里ちゃんのドレス姿見たくて飛んで来ちゃった。本当に綺麗よ」

 バージンロードを歩きながら、新婦は涙を溢し始める。

 祭壇の前まで来ると、先回りしていた真菜が屈んで二人を誘導し、牧師の前に促した。

 「え、信じられない…」

 新婦が呟く中、やがてオルガンの音が消え、列席者は着席する。

 そして厳かに式は始まった。

 牧師の話が始まり、皆で賛美歌を歌う。

 まだ半分呆然としながら涙ぐむ新婦に、真菜は小さく折ったティッシュをそっと手渡した。

 誓いの言葉を、牧師が読み上げる。

 「新郎、高木たかぎ 幸一。あなたは新婦、由香里を妻とし、病める時も健やかなる時も、貧しき時も富める時も、妻を愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 新郎は、しっかり頷いて答えた。

 「はい、誓います」

 新婦の目から、さらに涙が溢れ落ちる。

 「新婦、高木 由香里。あなたは新郎、幸一を夫とし、病める時も健やかなる時も、貧しき時も富める時も、夫を愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 声を震わせながら、新婦も答えた。

 「はい、誓います」

 「では、お二人向き合って下さい」

 牧師の言葉に、新郎新婦が向かい合う。

 真菜はそっと近付き、新婦からブーケと手袋を受け取りながら声をかけた。

 「指輪の交換、お願い出来ますか?1度外して頂いて、翼くんにリングボーイをお願いするのはどうでしょうか?」
 「え、翼、出来ますかね?」
 「大丈夫ですよ。私がフォローします」

 真菜はにっこり微笑み、真っ白なリングピローを取り出すと、新郎新婦が指から外したマリッジリングを載せた。

 落ちない様に軽くリボンで結ぶと、翼の前に屈む。

 「翼くん、あっちから歩いて来て、これをパパとママに届けてくれる?大事な指輪なの。お願い出来るかな?」

 翼は、うん!と頷いた。

 真菜は翼の手を取り、チャペルの入り口まで戻る。

 「それでは、お二人のお子様、翼くんがリングボーイを務めます。大きな拍手をお送り下さい」

 牧師の合図で、真菜が翼を送り出す。 

 「パパとママにこれを渡してね」
 「わかった!」

 翼は、トコトコと歩き出す。

 「翼ー、かっこいいぞー」
 「翼、頑張れー」

 翼は列席者の声援を受けて、にこにこと愛想を振りまきながら歩いて行き、やがて手を伸ばして待っていたパパとママに抱き締められた。

 「ありがとっ、翼」

 新婦は、再び涙ぐむ。

 真菜は急いで祭壇に近付くと、リングピローを受け取り、リボンをほどいてから牧師に渡す。

 「翼くん、ありがとう!じゃあ、ばあばと座って見てようか」

 そう言って翼の手を取り、新婦のお母様の隣に座らせた。

 「では、翼くんが運んでくれたお二人の愛の証、指輪の交換を行います」

 新郎が小さな指輪を取り上げ、新婦の左手にそっとはめる。   

 続いて新婦が新郎の指輪をはめると、お互い見つめ合って微笑んだ。

 壁際に立って見守っていた真菜の目から、一気に涙が溢れる。

 (い、いかんいかん。泣いてる場合じゃない)

 手にしていたティッシュで拭ったが、新婦に渡す為のティッシュだった事に気付いて、慌ててまたティッシュを取りに行く。

 そんな事をしている間に、牧師が次のセリフに移った。

 「新郎は新婦のベールを上げて下さい」

 真菜は、しゃがみながらフォローに備える。

 新郎は丁寧に新婦のベールを上げた。

 少し横顔にベールが残るものの、自分が手を出して邪魔になるよりはいいと判断し、真菜はそのまま見守る。

 「それでは、誓いのキスを」

 新郎はそっと新婦の肩に手を置くと、ゆっくり顔を近付けて、優しくキスをした。

 心が震える様な幸せなキス…

 やがて顔を離した新婦は、頬を染めて微笑んでうつむく。

 (素敵!なんて素敵なの!もう私、感動で涙が止まらない、前が見えないわ)

 真菜は大きな拍手を送りながら、ボタボタと涙を溢す。

 牧師が結婚証明書へのサインを促し、二人は羽の付いたペンでサインすると、振り返って胸元に持った証明書を皆に見せた。

 拓真がすかさず近付いて写真を撮る。

 牧師が、高らかに夫婦と認められた事を宣言し、二人は翼と手を繋いで列席者のフラワーシャワーを浴びながら退場した。

*****

 「もうー、何だったの?驚くし感動するし。はー、胸が一杯…」

 チャペルを出ると、新婦は一気に肩の力を抜いた。

 「黙っていて申し訳ありませんでした」

 真菜が頭を下げる横で、新婦のお母様が嬉しそうに笑う。

 「いいえ、お陰で大成功だったわ!ありがとうね、齊藤さん」
 「やだー、これ、全部お母さんが企んだの?もう、勘弁してよー」
 「ふふ、お父さんと一緒にね」

 美佳に案内され、列席者が続々とチャペルから写真スタジオへと移動して行く。

 「由香里ちゃーん、驚いた?」
 「みんなで必死に内緒にしてたのよ」
 「そうそう、黙ってるの、結構大変だったのよ。もう言いたくて堪らなくてね」

 親戚のおば様方に次々と声をかけられ、最後に兄から、感想を!とカメラを向けられた新婦は、もうーと、脱力する。

 「何がなんだかよ。驚きと感動と、もう全部がごちゃまぜ」

 そう言ってから、ふふっと笑う。

 「でも、嬉しくて本当に胸が一杯。もの凄く幸せ。幸一と翼と一緒に、みんなの前で結婚式を挙げられたなんて…。何?今日って、私の人生最高の日?」

 隣で、翼を抱いた新郎も笑い出す。 

 「ほんとだな。まだ実感湧かないけど。それに翼もかっこよかったぞー。お兄さん、あとでビデオ見せて下さいね」
 「おお!バッチリ撮ってあるからな」

 そんな様子も、映像カメラマンがしっかり撮影していた。

 希が少し新婦のメイクを直してから、写真スタジオで集合写真を撮る。

 こちらから声かけしなくても、全員が笑顔を浮かべた、とても明るい雰囲気の中で撮影が終了。

 美佳が再び、列席者を披露宴会場へと誘導し、スタジオでは新郎新婦と翼の三人での撮影が続いた。

 台紙に入れる大きなサイズの本格的な写真を撮る為、希は何度も新婦のメイクや前髪を整え、真菜もドレスの裾やベールを、有紗もブーケの角度を調整する。

 拓真が手際良く撮影を進め、無事に撮り終わると、真菜はインカムで、撮影終了、移動開始しますと流す。

 「披露宴会場、久保、了解です。ご友人の皆様も無事に到着されました。準備OKです」

 真菜も了解ですと答えてから、お二人に声をかける。

 「お疲れ様でした。この後は、皆様とお食事を楽しんで下さいね。レストランはこちらです。翼くんには、お子様ランチもあるよー」
 「え、おこさまランチ?やったー!」
 「いっぱい食べてね!」

 軽い口調でそう言いながら、真菜は希と披露宴会場の扉に手をかける。

 「扉開けます。3、2、1」

 イヤホンから聞こえてくる拓真の声に合わせて、真菜と希は一気に扉を開いた。

 「えっ…」

 和やかだったお二人が、また一気に固まる。

 「な、な、何?」

 暗い会場でスポットライトを当てられ、お二人の思い出の曲が流れる中、大勢の人が拍手をしながら笑顔を浮かべている。

 「ちょ、ちょっと待って。え、夏海なつみあや?み、みんないるんだけど!」
 「ほんとだ、かなめ拓郎たくろうに、え、これ、3年3組の全員じゃないか?」
 「ほんとだー、あ!先生までいる!」
 「うわ、まじか!」

 どういう事?と言わんばかりに、お二人は真菜を振り返る。

 「すみません…」

 真菜は苦笑いを浮かべながら、頭を下げた。

 「ほらー、早く入って来なよー」
 「そうだぞ、何もったいぶってんだ」

 ゲストから声をかけられ、ようやくお二人は、手を繋いで歩き始めた。

 「うわー、由香里、めちゃくちゃ綺麗!」
 「幸一、お前イケてるなー。なかなか似合うぜ」
 「わー、翼くんも大きくなったね。可愛い!」

 友人達から声をかけられ、お二人は嬉しそうに笑顔で答えながら歩いて行く。

 真菜は先回りして高砂席に誘導した。

 深々とお辞儀をした後、お二人は翼を挟んで席に座る。

 「えー、皆様。本日は幸一と由香里の結婚パーティーへようこそ!ここからは私達、もと3年3組の夏海と綾が司会を務めます!よろしくお願いします!」

 ヒューヒュー、パチパチと皆は盛り上がる。

 「まず初めに、今、きっとものすごーく驚いている新郎新婦から、ひと言お話してもらいましょう!幸一から、どうぞ!」

 参ったと言わんばかりの表情で、新郎が立ち上がる。

 真菜は、そっと屈みながらマイクを渡した、

 「えー、あの、今日は俺達の為に、こんなパーティー?を開いてくれて、本当にありがとうございます。感謝の気持ちで一杯です」

 いいってことよー、と声が飛び、皆は一斉に笑い出す。

 「本当に嬉しいです。みんな、ありがとう。そして、まずはひと言、これだけは言わせて下さい。…………聞いてねーぞ!!」

 あはは!と会場は、爆笑に包まれる。

 続いて新婦が立ち上がった。

 「みんな、今日は本当にありがとう。びっくりして、でも最高に嬉しくて、涙が止まりません」

 そう言って、そっと涙を拭う。

 「あの、本当に、何てお礼を言ったらいいのか…。でも、これだけは言わせて下さい。…………聞いてないわよ!!」

 またもや会場は大爆笑。そしてそのままの流れで乾杯となった。

*****

 「やーん、由香里、すっごく綺麗!写真撮ろー」

 高砂席に次々と友人達がやって来て、新郎新婦を取り囲み、撮影大会が始まる。

 食事を食べる暇もなく、友人達と話しては写真を撮るお二人の真ん中で、翼だけはパクパクと美味しそうにお子様ランチを平らげていた。

 途中、ウェディングケーキの入刀やファーストバイトなども、友人の司会により大盛り上がり。

 担任だった先生のスピーチでは、相変わらず話が長いでーすなどとヤジが飛び、また笑いに包まれた。

 そして、新婦の兄が撮影したばかりの挙式の様子が、スクリーンに大きく映し出されると、友人達は静まり返り、涙ぐみながら見つめていた。

 お開きが近付き、司会をしていた夏海がスピーチを始める。

 「えー、幸一、由香里、改めてご結婚おめでとうございます。高校3年の冬、由香里から、赤ちゃん産む事にしたって聞いた時、私、由香里に、酷い事を…」

 そう言って涙で言葉を詰まらせる。

 「そんなの無理に決まってる、やめなよって。酷い事を言って、本当にごめんなさい!」

 頭を下げる夏海に、新婦は優しく笑って首を振る。

 「私、今は本当に後悔してる。ごめんね、由香里。あの時私の言葉を聞き流してくれて、本当にありがとう。可愛い翼くんを産んでくれて本当にありがとう。今、幸一と三人で幸せでいてくれて、本当に本当にありがとう!これからも、ずっとずっと幸せでいてね」

 夏海、ありがとうね。

 新婦が答え、会場からも大きな拍手とすすり泣きが聞こえてきた。

 最後に、新郎新婦が翼を抱いて高砂席から降り、マイクの前に立った。

 「えー、皆さん。本日は本当にありがとうございました」

 二人は深々と頭を下げる。

 「4年前、僕達の決意は、ここにいる皆さんを驚かせ、そして心配させてしまいました。あの時、親身になって話を聞いて下さった皆様に、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。そして、今日こうして、皆様に僕達の姿を見てもらう事が出来、本当に嬉しいです。僕達三人、今とても幸せです。賑やかで楽しい毎日を送っています。それを皆様に伝えたいとずっと思っていました。今まで僕達を応援し続けて下さって、本当にありがとうございました。安心して下さい。これからもずっと、僕達は幸せに暮らしていきます」

 本当にありがとうございました、と二人が頭を下げると、今日1番の大きな拍手が起こった。

 新婦が、最後に両親に話しかける。

 「お父さん、お母さん。高校生だった私が…あの時、赤ちゃんが出来たと話した時…」

 涙が溢れて言葉に詰まった新婦の背中を、新郎が優しくさする。

 「あの時私を、真剣に叱って諭して、そして最後は理解して応援してくれて、本当にありがとうございました。親不孝な娘だとずっと自分を責めて、お父さんとお母さんに普通に会話が出来なくなってしまったのに、いつも翼を可愛がってくれて、本当にありがとう。私のせいで、世間から白い目で見られる事もあったと思う。ごめんね。でも、これからは親孝行するから、ずっとずっと長生きして、私達を見守って下さい」

 ご両親は、うつむいて涙を堪えながら何度も頷いた。

*****

 パーティーは無事にお開きとなり、帰り支度をした新郎新婦とご家族を見送りに、真菜は真と一緒に地下駐車場に下りた。

 「幸一、由香里ちゃん。今日は本当におめでとう。良い式とパーティーだったな」
 「由香里ちゃん、とっても綺麗だったわ。写真、楽しみにしてるわね」
 「はい。届いたらおうちまで持って行きますね」

 そう言って車に乗り込んだ新郎の両親を見送ると、新婦は、はあーと大きなため息をついた。

 「由香里、お疲れ様」
 「ほんと、疲れたー。お母さんもお疲れ。見て、翼ったら、ぐっすり」

 新郎の肩に頭を載せてスヤスヤ眠る翼の頭をなでる。

 「でも良かったな、由香里。お母さん、今日は本当にありがとうございました」

 新郎が礼を言うと、新婦も笑う。

 「ほんと。色々びっくりさせられたけど、嬉しかった。ありがとね、お母さん。でも、サプライズはもうこれ切りにしてよ。寿命が縮んじゃうわ」

 あははと皆が笑っていると、新婦の兄が、あのーと声をかけた。

 「実はさ、もう一つサプライズがあって…」

 ええ?!と新郎新婦が振り返る。

 「な、何よ?お兄ちゃん」
 「うん、あのさ。俺の上司に今日の話をしたら、おもしろそうだから、しっかり撮っておけって。撮れ高次第では番組で流すってさ」
 「えっ!お兄ちゃんがADやってる番組って、『リフレッシュ!』でしょ?そこで流すの?」
 「そう。使えそうならね」

 嘘ー!と、新婦は頬に手を当てて驚く。

 「あの番組のイケメンMC、私、好きなんだよねー。もし映像使われたら、私を見て何かコメント言ってくれるのかな?」
 「ん?まあ、そうだろうな」
 「きゃー!やだー!綺麗な花嫁さんとか言われたらどうしよう?お兄ちゃん、絶対使ってもらって!頑張ってね!」
 「あ、ああ、分かった」

 新婦の勢いに苦笑いしながら、兄は真に向き直る。

 「そういう訳で、ディレクターの返事がもらえたら、すぐご連絡しますね」
 「かしこまりました。お待ちしております」

 そして新郎新婦やご両親も、改めて真菜と真に頭を下げた。

 「本当に、何から何までお世話になりました。お陰様で、とても良い記念になりました」
 「こちらこそ、お手伝いさせて頂き、大変光栄でした。皆様のお幸せそうなご様子に、私もとても感動して、こちらまで幸せな気持ちにさせて頂きました。素敵なご家族ですね。どうぞ末永くお幸せに…」

 真菜の言葉に頷き、皆は車に乗り込んで去って行った。

 深々とお辞儀をして見送ったあと、ようやくホッとして真は真菜を見る。

 が、次の瞬間、真は思わずぶっと盛大に吹き出した。

 「な、何?いきなり」
 「だ、だってお前!凄い顔」

 真は腹を抱えて笑い出す。
 そして思い出した。

 挙式中もパーティーの途中でも、真菜は事あるごとにダーッと号泣しては、コソコソ壁際で涙を拭いていた事を。

 あんなに泣き続けたら、顔が腫れるんじゃないかと心配していたが、案の定だった。

 「お前さ、前、見えてるか」
 「どういう意味ですか?んー、そう言えばちょっと視界が狭いかも」
 「そりゃそうだろう。コテンパにやられたボクサーみたいな顔だぞ?」
 「ええー?失礼な」
 「ほんとだって!多分、スマホの顔認証もだめだろうな」
 「まっさかー!」
 「やってみ!ほら、スマホ出して。絶対認証してもらえないって」
 「ええー、そんな大げさな…。あ!ほんとだ!」

 だろ?と、真はさらに大きな声で笑い出した。

*****

 「みんなー、片付けは最低限で上がってねー。明日も明後日も、挙式と打ち合わせがフルで入ってるんだからねー」

 久保の声に、皆は、はーいと返事をしながら、大急ぎで片付けていく。

 披露宴会場も、控え室やオフィスも、バタバタと忙しそうにスタッフが駆け回っていた。

 最低限にしようとは思っても、やらなければいけない事は山ほどある。

 気付けば時刻は22時半になっていた。

 (こんなに遅くては、やはり心配だ)

 真は真菜に、寮まで送って行くと声をかけようとした。

 その時、オフィスにカメラマンの小野が顔を覗かせた。

 「真菜ー、終わったか?そろそろ帰るぞ」
 「あ、うん。もうすぐ終わる。拓真くん、着替えてくるから待っててくれる?」
 「オッケー」

 声をかけそびれた真は、その場に立ち尽くしていた。

 「いやー、さすがに疲れたなー」
 「そうだね。でも充実感で一杯」
 「ああ。良かったな、サプライズ大成功で」
 「うん。拓真くんも、絶妙なフォローありがとね」

 拓真と並んで最寄り駅から寮へと歩きながら、真菜は笑顔を向ける。

 「どういたしまして。あ、そうだ。ちょっとこのコンビニ寄っていいか?」
 「うん、もちろん」

 拓真は店内に入って行ったかと思うと、あっという間に出て来た。

 「はい、コロッケ」
 「え、もらっていいの?」
 「どうぞ」
 「ありがとうー!お腹ペコペコだったの」
 「だろうな」

 早速コロッケを頬張りながら、真菜は、ん?
 と拓真を見る。

 「お前、パーティーでケーキ入刀の時、すんごい音で腹、鳴ってたぞ」
 「ええ?聞こえてたの?」
 「当たり前だろ?あんな大音量で、グールグルグルーッて。俺、笑っちゃってカメラ持つ手が震えたぞ」
 「ふふふ、ごめーん。美味しそうなケーキ見てたら、ついね」

 寮に到着し、コロッケありがとね、ともう一度言ってから、また明日と拓真と別れた。

 「はー、疲れた。でも素敵な1日だったなー」

 シャワーを浴び、ベッドに倒れ込んだ真菜は、今日1日を振り返り笑顔になる。

 「新婦様も綺麗だったし、新郎様もかっこよかったー。幸せそうだったな」

 そして、壁に貼ってある真の写真に目をやる。

 「でもでも、やっぱり真さんが1番かっこいいー!ぐひひっ」

 不気味な声で笑い、真菜は笑みを浮かべたままスーッと眠りに落ちた。
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