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出会った直後に挙式ですか?!

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 3月18日の土曜日。
 この日は六曜では仏滅だった。

 「こんにちは!いらっしゃいませ」

 ガラス扉の前に立ち、真菜はやって来た若いカップルに笑顔で挨拶する。

 「あ、予約した山川です」

 男性が名乗り、真菜は手元のバインダーの予約名簿を確認する。

 「山川様と相原様ですね、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 開け放った扉からサロンの中に入り、お二人を中央の丸テーブルに案内する。

 「担当の者が参りますので、少々お待ちくださいませ」

 テーブルにお茶を置いて一礼してから、真菜はバックオフィスに戻る。

 「あずさ先輩、山川様・相原様いらっしゃいました」
 「はーい、ありがとう」

 長い髪を夜会巻きに結い上げた大人っぽい雰囲気の梓は、真菜に笑いかけてから、分厚い書類を手にバックオフィスを出て行った。

 「あ、真菜。あなたの担当の清水様、20分程遅れるって電話があったわ」

 店長の久保くぼに言われ、真菜は、分かりましたと返事をする。

 (20分遅れって事は…。施設のご案内は後回しにした方がいいかな)

 考えながら、壁のホワイトボードに目をやる。

 そこには今日のスケジュールが書かれていた。

 ………………………………………………
 3月18日(土) 
 『フェリシア 横浜 ブライダルフェア』

 ※10時~ お出迎え、担当者接客
 プランご提案、衣裳、フォト、施設ご案内など
 ※11時30分~ 模擬挙式
 ※12時~ 試食会
 ※13時~ ドレス試着&撮影会

 本日ご成約特典
 ・お色直しドレス無料
 ・お料理グレードアップ
 ・フォトアルバム無料
 ……………………………………………… 

 ここフェリシア 横浜は、チャペルと披露宴会場、それにガーデンもある、いわゆるゲストハウスウェディングとして人気のある結婚式場だ。

 午前と午後の1日2組限定で、まるで邸宅を貸し切りにしたような、贅沢な時間を味わう事が出来る。

 もとは、プルミエール・エトワールという会社が、会員制の別荘やホテル、豪華客船の旅などを取り扱っていたのだが、新たにブライダル業界に参入するにあたり、関連会社としてアニヴェルセル・エトワールを設立した。

 日本や海外のあちこちに作られた式場には、それぞれにテーマがあり、花園のようなガーデンがあるここは、フェリシア 横浜と名付けられている。

 美しい花に囲まれ、ドレス姿でゆっくりと写真を撮れるとあって、ブライダルフォトのプランも人気だ。

 今日のブライダルフェアには15組のカップルが来店し、1組ごとにウェディングプランナーの担当者が割り振られていた。

 そのプランナーの1人、真菜が担当するのは、既に入籍を済まされた清水様ご夫妻だ。

 ネットで参加申し込みがあり、その時に入力された予約シートの内容を、真菜はもう一度確認する。

 ブライダルフェアに参加するのは初めて、なるべく早く挙式したい、との事で、まだ入社3年の真菜でも対応出来るだろうと久保は考えたらしい。

 (どんな方達なのかしら。頑張って良いご提案をしなくちゃ)

 小さく右手を握り締めた時だった。

 館内へと繋がる「STAFF ONLY」と書かれたドアが開いて、ヘアメイクののぞみが顔を出した。

 「お疲れ様です。あのー、モデルさん達まだですか?」

 久保が、えっ?!と驚いて立ち上がる。

 「10時にいつも通り控え室に来てると思ったけど…。まだなの?」
 「ええ。私、ずっと控え室で待ってましたけど、誰も…」

 オフィス内がざわつき始める。

 「真菜、今日のモデルさん達確認してくれる?確か、陸くん、璃子りこちゃんカップルのはずよね?」

 真菜は、発注ファイルをめくりながら返事をする。

 「はい。モデル事務所にも依頼済みで、確認のFAXバックも保管してあります」
 「じゃあ電車の遅延とかかしら…」
 「私、二人の携帯に電話してみます」

 真菜は連絡先を調べ、まずは璃子の携帯番号にかけてみた。

 しかし電源を切っているらしく、おかけになった電話は…というアナウンスが流れるだけだ。
 陸の方にもかけてみたが、同じだった。

 どう?と身を乗り出してくる久保に、真菜は首を振る。

 「おかしいわね。あの二人、遅れて来たことなんてないのに」
 「そうですよね。しかも携帯も繋がらないなんて」

 ブライダルフェアでは毎回、見学に来たカップルにここでの挙式をイメージしてもらえるよう、模擬挙式を行っている。

 モデルの二人が新郎新婦となり、本番さながら、一連の式の流れを列席者の側から見てもらうのだ。

 この模擬挙式で、いかに素敵だなと思ってもらえるかによって、その後の接客が大きく変わってくる。

 いわばフライダルフェアの一番の要なのだ。

 モデル事務所から派遣されてくる新郎新婦役は、その時々で違うのだが、今日来ることになっていた陸と璃子は、一番評判が良い、大学生同士の二人だった。

 陸は180cm、璃子も170cm近い高身長に加え、さすがはモデル!と言わしめるスタイル抜群の美男美女。

 そして何より実生活でも付き合っている本物のカップルとあって、醸し出す幸せオーラや、微笑みながら見つめ合う二人の様子に、女の子達はうっとりと夢見心地になる。

 挙式後プランナーが、いかがでしたか?と聞くと、すごく素敵でした!と目を輝かせ、隣の彼に囁くのだ。

 「ね、ここにしようよ」

 そうやっていくつもの成約に繋がってきた。

 その度にスタッフは「陸・璃子様~ありがとうございます~」と拝み、二人は「やめてくださいよー」と笑う。

 控えめで謙虚な性格も、スタッフから慕われる理由の1つだった。

 そんな二人が、連絡もなく遅れるとは考えられない。

 真菜は、モデル事務所の方にも電話してみます、と言って手早く番号を押した。

 土曜日ってお休みかも…と一瞬不安になったが、無事に繋がりホッとする。

 「あ、わたくしアニヴェルセル・エトワール 、フェリシア 横浜の齊藤さいとうと申します。いつもお世話になっております。あの、本日ブライダルフェアの模擬挙式で依頼させていただいたモデルさんは…え?」

 真菜の顔から、サーッと血の気が引いていく。

 「ど、どうしたの?ちょっと、ね、何かあったの?」

 必死に小声で聞いてくる久保に、真菜は呆然としながら呟いた。

 「陸・璃子カップル、今日は別のホテルのブライダルフェアで仕事してるそうです」
 「ええ?!どういう事?それ…つまり」
 「モデル事務所の方が、ダブルブッキングしてしまったって…」

 一瞬の静寂の後、オフィスは一気に大混乱に陥った。

 「嘘でしょ?!どうするのよ!もう10時20分よ」
 「あの、今から別のモデルさんを手配するっておっしゃってて…」
 「無理よ!間に合わない」

 希の叫ぶような声に圧倒されて、真菜は取りあえず電話口の相手に断って、一旦電話を切った。

 「仕方ない、誰か新郎新婦役やって」

 久保が言い、オフィス内にいるスタッフをぐるっと見渡す。

 カメラマンの男性が二人、事務のパートの50代の女性が二人、ヘアメイクの希、そして…

 「真菜!あなたが新婦役やって!」

 最後に目に留まった真菜に、久保が険しい顔つきで言う。

 「え、え、ええ?!無理ですよ、私なんて」
 「じゃあ他に誰がいるの?」
 「それは、その、梓先輩とか…。あと、そう!今日は他店から若い女の子もヘルプに来てくれるし」
 「梓も他のプランナーも、もう接客に入ってる。それにヘルプの子達は11時にならないと来ない」
 「じゃ、じゃあ店長!店長は?」

 久保は、急にモアイ像のような顔になり、真菜を威圧する。

 「真菜、あんた私の年、知ってるわよね?」
 「は、はい。お美しい奇跡の50才です」
 「言わんでいい!とっとと控え室行けー!」

 希が、観念しなさいとばかりに、真菜の腕を掴んで引っ張って行く。

 「あ、あの、私の担当のお客様は~」
 「清水様ね。私に任せなさい」

 そう言って久保は、真菜を追い払うように手を振った。

*****

 「はあ、なんでこんな事に…」

 控え室のドレッサーの前に座った真菜は、しょんぼりとため息をつく。

 「まあまあ、綺麗なドレス着られると思ったらラッキーじゃない?」

 普段よりさらに手際良く、真菜の髪をクルクルとホットカーラーで巻きながら希が言う。

 「え、それってラッキーなんですか?私、自分の本当の結婚式でしか、ドレス着たくなかったんです…」
 「へえー、意外と昔の考え方なんだね、真菜って。もしかして、バージンロードはバージンで歩くの!とか思ってないよね?」

 あはは!と明るく笑った希が、鏡越しの真菜の顔を見て真顔になる。

 「え、ええ?真菜、まさか…そう思ってるの?」

 答える代わりに半泣きの表情になった真菜を見て、希は仰け反って驚く。

 「嘘でしょー!今どきそんな人いる?それに真菜、確か23才だよね?」
 「なんでそんなに驚くんですか?いいじゃないですかー、そんなふうに夢見たって」
 「ご、ごめん。うん。そうね、そうよね」

 今にも泣きそうな顔の真菜に、希は必死で取り繕う。

 「そっかー、真菜は大事に守ってるんだね。よし!私は応援する。本当の結婚式まで守り抜くんだよ、真菜!」

 鏡に映る真菜に、希は拳を握ってみせた。

 そんな会話が出来たのはそこまでだった。

 事情を知ったヘルプのスタッフが、バタバタと控え室を行き来する。

 「真菜ー、ドレス7号で入る?璃子ちゃん用に用意してたのでいけるかな?」
 「真菜ー、足のサイズ何センチ?ヒールの高さどれくらいにする?」
 「真菜ー、指輪はめてみて。7号で大丈夫?」

 希にメイクされながら、手と足は別の人に指輪や靴を試される。

 もはや着せ替え人形の気分だった。

*****

 「お疲れ様です、フルールです!」

 やがて提携しているフラワーショップの店長の有紗ありさが、ブーケを届けに来た。

 「今日のモデルさん、璃子ちゃんって聞いたので、ゴージャスなクレッセントブーケにしてみましたー」

 そう言ってブーケを見せながら鏡を覗き込み、あら?と驚いたように瞬きする。

 「真菜ちゃん?え、今日の新婦さん役って真菜ちゃんなの?」
 「あ、はい。そうなんです。かくかくしかじかで…」
 「ぷっ!かくかくしかじかって、本当に使う人初めて見たわ」

 有紗が笑い出すと、希も頷いた。

 「でしょー?真菜って古風だよね」

 思わず膨れっ面になる真菜を、有紗がじっと見つめる。

 「わあ、でもさすが希ちゃんね。真菜ちゃんがとっても大人っぽくなってる」

 え?と真菜は鏡の中の自分を見た。

 まだメイクも途中だし、髪もカーラーで巻いたままだが、確かにいつもの自分とは違う。

 目はぱっちり大きく、肌はきめ細やかに輝くような感じがする。

 「そりゃね、私の手に掛かれば、お子ちゃま真菜だって綺麗な花嫁に大変身よ!」

 希がふふっと自慢げに言う。

 「何ですか、そのお子ちゃままま、お子ちゃまな、お子ちゃ…?」

 抗議しようとしたのに上手く言えない真菜を、希と有紗が可笑しそうに笑う。

 「まあまあ、ここは黙って希ちゃんにお任せしたら?真菜ちゃん」

 真菜は、口を尖らせつつ頷く。

 有紗はもう一度ふふっと笑ってブーケスタンドにブーケを挿すと、希に小さな花をいくつか差し出した。

 「希ちゃん、これブーケに使った花と同じものなんだけど、髪飾りに使う?」
 「うわー、ありがとう!使わせてもらうね。って、もうこんな時間!大変」

 やがてチークとリップでメイクを仕上げた希は、ものすごいスピードでカーラーを外し、真菜の髪をアップでまとめた。

 くるんと毛先を遊ばせたまま、少しふんわりと柔らかくピンで留めていき、所々に生花を飾る。

 最後に小さなティアラを載せてから、うん!と希は満足そうに頷いた。

 「さ、真菜。カーテンの中でドレスに着替えて」
 「はい。あ、このパニエは璃子ちゃんに合わせたものだから、私はもう少しボリュームないとドレスを床に引きずっちゃうかも…」

 そう言ってパニエを大きなものに取り換えてから、ドレスのファスナーを全部下ろしてパニエに被せる。

 ブライダル用のコルセットを着けて、真菜はパニエの真ん中の空洞に足を入れた。

 ゆっくり腰の位置まで上げてから、まずはパニエをウエストで留める。

 そしてドレスに両腕を通してから胸元まで引き上げた。

 「どう?入っていい?」
 「はい、大丈夫です」

 希をカーテンの中に招き入れ、背中のファスナーを上げてもらう。

 「オッケー。じゃ、次は靴ね」

 用意してもらった白いブライダルシューズを履いてみる。

 「ドレスの丈の長さもちょうどいいわね。ちょっと歩いてみて。裾、絡まったりしない?」

 真菜は、左手でドレスの前を摘んでから少し歩いてみた。

 「大丈夫そうです」

 「よし!じゃあ最後はアクセサリーね。ひゃー、残り15分!ギリギリね」

 希は、ネックレスとイヤリングのセットを何種類か持ってくると、ケースを開けて鏡の中の真菜と見比べながら選んだ。

 「これはどう?ドレスの刺繍とも合うんじゃない?」
 「あ、はい」

 希はそっと手に取ると、真菜に着けてくれる。

 眩い煌きのネックレスと耳元で揺れるイヤリングに、真菜はなんだかとても嬉しくなった。

 「うん!綺麗な花嫁の完成!」

 少し離れて鏡を見た希が、ようやくホッとしたように微笑む。

 「真菜って、素材はいいよね。いつもほぼすっぴんみたいな感じじゃない?ちゃんとメイクすれば、なかなかの美人よ。身長も、璃子ちゃん程はないけど、高い方でしょ?」
 「あ、はい。165cmなんですけど…。それより、あのー」
 「ん?何?」
 「その…。新郎役は、どなたが?」
 「……………」

 5秒の沈黙の後、希は声にならない悲鳴を上げながら控え室を飛び出して行った。

 壁の時計は、11時20分を指していた。

*****

 「真菜ちゃん、とにかくチャペルの方へ移動しましょう。お客様も皆、チャペルに案内されたそうよ」

 有紗の言葉に頷いて、真菜は立ち上がった。

 希の様子が気になるが、かといって今の自分にはどうしようもない。

 手袋をはめると右手にブーケを持ち、左手でスカートを摘みながら歩き出す。

 有紗がドレスのトレーンを持ってくれ、二人でチャペルの閉ざされた扉の前に来た。

 他のスタッフは誰もいない。

 その異様さに、事の重大さを思い知らされる。

 (大丈夫かな…。本当に間に合うのかな?)

 遅れるとも、間に合うとも連絡がない。

 「有紗さん、今何時ですか?」

 不安になりながら聞いてみる。

 「えっと、11時28分…」

 腕時計を見ながら、有紗が絶望したように暗く呟いた。

 (だめだ、間に合わない)

 そう思った時だった。

 「真菜!」

 希の声がして、二人は顔を上げる。

 ドヤドヤと大勢のスタッフがこちらに向かって走って来るのが見えた。

 希、久保、梓、そしてシルバーグレーの新郎の衣裳を身にまとった背の高い男性。

 「ま、間に合った。いい?すぐに出るわよ」

 希が息を切らしながら言い、真菜は慌てて頷いて、右隣に立った男性の腕を掴んだ。

「新郎新婦、スタンバイOK。始めます」

久保がインカムで全スタッフに合図を出すと、程なくしてオルガンの音色がチャペルの中から聞こえてきた。

梓と希が扉の両側に立ち、目配せしてからゆっくりと扉を開いた。

その瞬間、別世界へといざなわれた気がして、真菜は息を呑む。

「行くぞ」

新郎に声をかけられ、頷いた真菜はゆっくり歩調を合わせて歩み出た。

入り口で二人揃って一礼する。

そして一歩ずつ二人でバージンロードを歩き始めた。

『まず、右足を出して揃える。次に左足を出して揃える、というふうに交互に足を出してくださいね』

いつもお客様に説明しているセリフが頭の中に蘇る。

『新婦様は、ドレスの前の裾を踏まないように気を付けてくださいね』

そこまで思い出した真菜は、ふとある事に気付いてそっと新郎の様子をうかがう。

(この方、挙式の流れを説明されてるのかしら?)

このあと、誓いの言葉や指輪の交換、そして誓いのキスもある。

(どうしよう、ご存知ですかって聞いてみる?いや、そんなコソコソしてちゃいけない。なんたって陸・璃子カップルみたいに、憧れの結婚式ってイメージでやらなきゃ。って、私、凄い仏頂面してた?!」

急に焦り始めた真菜は、取り敢えずにっこり笑ってみた。

(ええい、もう成るようにしか成らない!)

開き直って余裕の笑みを浮かべながら、ちらりと新郎を見上げたりして、幸せな新婦を演じる事に徹する。

やがて二人は牧師の前に並んだ。

オルガンの音が消え、牧師が話し始めるが、真菜は必死でこの後の流れを思い出す。

(えっと、讃美歌を歌って、誓いの言葉を…。あ!まさか、璃子ちゃん達の名前のまま?どうなってるのかな。それに誓いのキス!璃子ちゃん達は本物のカップルだから、いつも普通にキスしてて、それがお客様のキュンキュンポイントだったけど、まさか今回はねえ。ちゃんとほっべにしてくれるよね?)

 心ここにあらずの状態で讃美歌を歌ってから、牧師が誓いの言葉を読み上げるのを聞く。

 「新郎、あなたはここにいる新婦を妻とし、病める時も健やかなる時も、貧しき時も富める時も、妻を愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 (おお、名前省略してくれてる!)

 真菜が妙に感心していると、新郎が力のこもった声で「はい、誓います」と返事をした。

 牧師は頷いて、今度は真菜に向き合う。

 「新婦、あなたはここにいる新郎を夫とし、病める時も健やかなる時も、貧しき時も富める時も、夫を愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 真菜も、顔を上げてはっきり答えた。

 「はい、誓います」

 そして、ちょっとシュンとする。

 (あーあ、誓っちゃったよ)

 だが、式はまだまだ続く。

 「では、愛の証となる指輪の交換を」

 牧師が真っ白なリングピローを差し出した。

 真菜は、介添えの梓にブーケと手袋を預けて、新郎と向かい合う。

 (えーっと確か、この時右手を左手の下に添えてくださいねっていつも言ってたよな、私)

 自分の左手を新郎に差し出しながら、その手を支えるように右手を添える。

 新郎はリングピローから小さい方の指輪を外すと、優しく真菜の左手を取り、ゆっくりと薬指にはめていく。

 (入る?入るよね?もうちょっと、ぐいっと、そう!)

 途中少し詰まりながらも、なんとか無事に真菜の指にプラチナのリングがはめられた。

 そして今度は真菜が指輪を取り、新郎の指にはめていく。

 (うわー、男の人なのに長くて綺麗な指ねえ。サイズ、大丈夫かな?合わせる時間あった?お!入ったー)

 嬉しくなって、真菜は思わず新郎に、にっこり笑いかけてしまった。

 一瞬戸惑いを見せたものの、新郎も微笑み返してくれる。

 「では新郎は、新婦のベールを上げてください」

 真菜は、えーっと、と心の中で思い出しながら、右足を少し後ろに引いて両膝を曲げ、ドレスの前で両手を揃えてうつむいた。

 新郎が、ゆっくり真菜の顔にかかったベールを両手で持ち上げる。

 (なるべく大きく遠くにね、そうそう。ベールが折れたりしてないか確認して、肩に残ったベールを後ろにやってから、そっと新婦の両手を握って真っ直ぐ立たせる…そう!良く出来ました!)

 綺麗にやるのは難しいベールアップを、完璧にやってくれた事に感激して、またしても真菜は新郎に笑顔を向ける。

 だがしかし…

 「では、誓いのキスを」

 牧師の言葉に、サーッと顔色が変わる。

 (や、やるの?やらなきゃだめ?大勢の前で、こんな、どこの誰とも分からない人と?)

 戸惑う真菜とは対照的に、新郎は落ち着いた様子で真菜の両肩をそっと引き寄せる。

 (えーい、仕方ない。でも、ほっぺだからね!ね!)

 取り敢えず目でそう訴えてから、真菜は少し首を傾げて右の頬を新郎に向けた。

 新郎が顔を近付け、真菜の右頬に唇が触れそうになったその時、真菜は、あっ!と思い出した。

 『誓いのキスを頬にする時は、新婦様のお顔が皆様に見えるように、左の頬にしてくださいね』

 いつもそう言って説明していたのに、今自分は右頬を向けている。

 逆だ!と思って慌てて向きを変えようとした真菜の動きは、ちょうど真ん中で止められた。

 (…え?顔が正面。左頬じゃなくて正面で止まってる?正面、口と口…いわゆる口づけ)

 ぱちぱちと瞬きをしながらも、いつものセリフが蘇る。

 『キスはすぐに離れないでくださいね。ゆっくり心の中で3つ数えてください』

 (そう、ゆっくり数えるの。いち、に、さん)

 そして真菜はようやく顔を離した。

 (キスは3秒。うん、ちゃんと3秒止まってたもんね。ん?キス?)

 ぼんやりしながら、促されるまま結婚証明書にサインをし、牧師が、二人が夫婦となったことを高らかに告げると、列席者から拍手が起きた。

 梓が近づいてきて、そっと真菜に手袋とブーケを渡す。

 オルガンの演奏が始まり、大きな拍手に包まれながら、真菜は新郎と並んで退場していく。

 列席のお客様から、真っ白な花びらのフラワーシャワーを浴び、顔に営業スマイルを貼り付けたまま、真菜はチャペルをあとにした。
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