夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい

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沙良の涙

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 愛おしく、大切な毎日が過ぎていく。

 心は日々、イルカ達に触れられる幸せを感じながら、いつもと変わらず仕事に向き合っていた。

 そんなある日。
 イルカショーの客席に沙良の姿を見つけた。

 照れ隠しなのか、桑田からショーを観に来るなと言われ、こっそりとしか観たことがないと以前話していたが、今日は良く見える中央の席に座っている。

 (きっと、ステージに立つ桑田さんを目に焼き付けたいのだろうな)

 そう思い、心も精一杯明るくショーを盛り上げた。

 「久住、退社したらスマホ確認しろ」

 早番で17時に上がろうとする心に、桑田が声をかけてくる。

 「は?どうしてですか?」
 「いいから見ろ。じゃあな、お疲れ」

 そしてそそくさと去って行く。

 なんだ?と首をひねり、言われた通りにスマートフォンを見て納得した。

 そこには、
 "心ちゃーん!今日17時上がりなんだってね。待ってるから、一緒にご飯食べに行かない?"
 と沙良からのメッセージが届いていた。

 心は思わず微笑む。

 (もう、桑田さん。それならそうと説明してくれたらいいのに)

 ふふっと笑いながら沙良に返信する。

 "沙良さん、もちろん行きまーす!これから出口に向かいますね!"

 そして二人は落ち合い、園内の海上レストランに入った。

*****

 「素敵ねー、海に浮かぶレストランなんて」
 「ええ。それにここ、シーフードがとっても美味しいですよ」
 「じゃあ、それにしましょ!」

 二人でシェアすることにし、何品か注文する。

 シーフードのグリルやパスタ、サラダなどを、綺麗な夜景を眺めながら楽しく味わう。

 「心ちゃん。ショー、とっても素敵だったわよ。キラッキラに輝いてた」
 「ありがとうございます!桑田さんもでしょ?」
 「ふふっ、まあね。ようやくちゃんと観られたの。昨日、観に行ってもいいかって聞いたら、黙って頷いてくれて」
 「そうなんですね。良かったー」

 すると沙良は、手を止めて口をつぐむ。
 どうしたのかと思っていると、沙良は真剣な表情で顔を上げた。

 「実はね、彼から頼まれたの。久住の様子を見てやってくれないかって」
 「え、桑田さんが?私の様子を?」
 「そう。彼、心ちゃんのこと凄く心配してて…。絶対ショックを受けてるはずなのに、逆にいつも以上に明るく振る舞ってる。かなり無理してるんじゃないかって」

 思いもよらない話に、心は驚いた。

 (桑田さん、そんなふうに私のこと心配してくれてたんだ…)

 胸がいっぱいになり、思わずうつむく。

 「心ちゃん、大丈夫?誰かに気持ち聞いてもらえてる?女の子一人だけの職場だもんね。それも彼は気にしてて…。彼には言いづらくても、私で良かったら何でも話してね。私は話を聞くくらいしか出来ないけど、愚痴の窓口だと思って。ね?」
 「そんな、愚痴の窓口だなんて…」

 心は沙良に微笑む。

 「ありがとうございます。沙良さんのお言葉も桑田さんのお気遣いも、とっても嬉しいです!でも私、無理してないから大丈夫です。なーんて、もう既に散々泣いて受け止めてもらって、お守りまでもらったからなんですけどね」

 え…?と言って、沙良は大きな目でぱちぱちとまばたきを繰り返す。

 「ちょちょ、ちょっと心ちゃん?それは、詳しく教えてもらえるかしら」

 沙良の口調が急に強くなる。

 「え、沙良さん。どうしました?」
 「私はどうもしてません。心ちゃん、あなたは一体何があったのかしら?一体誰の前で散々泣いて、誰に受け止めてもらって、誰に何をお守りとしてもらったのかしら?」
 「さ、さ、沙良さん?なんか、怖いんですけど…」
 「さあ心ちゃん、どうぞ話して!」
 「うう、あ、あの…」

 沙良の勢いに呑まれ、心はたどたどしく説明する。

 沙良はもう食事どころではないとばかりに身を乗り出し、心がボソボソ呟く脈絡のない話を、ひと言も聞き漏らすまいと耳をそばだてている。

 話の途中から、沙良は両手を口に当て、大きく目を見開いて息を呑む。

 「とまあ、そんなようなことが、ありまして…」

 心が話し終えるが、沙良は目を見張ったまま固まっている。

 (沙良さん、大きなお目々がこぼれ落ちそう…)

 見とれた心がそんなことを考えていると、ようやく沙良は大きく息を吐いた。

 「伊吹くん、凄いわ…。私、あなたに感動してる。なんて素晴らしい人なの。どんな逆境にもめげず、どんなに心をへし折られようとも、あなたは挫けずにまた向き合った。そして愛を貫いたのね。あなたの勇気と深い愛情に、私は心から称賛の拍手を送るわ」
 「………………はい?」

 ミュージカルでも始まったのかと、心は怪訝な面持ちで沙良を見る。

 「心ちゃん、あなたは彼の気持ちを今度こそしっかり受け止めたのよね?それで、なんて答えたの?」
 「は?答えた、とは?」
 「だからお返事よ!はっきり好きだと言われたんでしょ?なんて答えたの?」
 「え?別に何も」

 …は?!と、今度は沙良が固まる。

 「こ、心ちゃん。あなた、好きだと言われて何も返事をしなかったの?」
 「え?だって、特に聞かれませんでしたよ?いつでも来ていいからなって部屋のキーを渡されて…。俺には何でも話してくれって言われたから、うんって」
 「そ、それだけ?!」
 「え、はい」
 「ヒーーーー!!」

 沙良は、バタンとテーブルに突っ伏す。

 「ううう、なんてこと。なんて悲劇なの。伊吹くん、あなたはどうしてこんなにも報われないの?神様お願い!伊吹くんを、こんなにも優しい伊吹くんを、どうか幸せにしてあげて!」
 「え、ちょっ、沙良さん?もしかして、泣いてる?」
 「泣くわよ、これは泣くわよ!こんな話を涙なくして聞けますか?心ちゃん!」
 「は、はあ…」

 心は沙良の勢いに押され、もはや何も言えなくなった。
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