夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい

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同窓会の幹事

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 次の日。
 仕事の昼休みに、心はスマートフォンを確認する。

 今朝、直接昴に
 "お久しぶりです。久住です。幹事、私は引き受けるけど、伊吹くんは大丈夫?お仕事忙しいなら、無理せず断ってね"
 と送っておいたのだ。

 (あ、返事が来てる)

 心は早速メッセージを開いた。

 "伊吹です。久しぶり!返信遅くなってごめん。俺も幹事引き受けます。よろしくな"

 (え、伊吹くん引き受けるの?忙しそうなのに平気かな…)

 そう思いつつ、グループの方にもメッセージの新着がいくつかあり、開いてみる。

 最初に昴のメッセージがあった。

 "遅くなってごめん!みんな久しぶり。俺も幹事引き受けるよ。あんまり自信ないけど…よろしく"

 そして慎也と皆のメッセージ。

 "おー、昴!お疲れ。幹事ありがとな!俺も手伝うから、なんでもこき使ってくれ"
 "昴ー、相変わらず忙しそうだな。無理すんなよ"
 "そうだぞ。慎也を遠慮なく顎で使え"

 女の子達が、笑いのスタンプを押している。

 心も、ふふっと笑ってから、
 "伊吹くん、慎也くん、よろしくね!"
 と送った。

 昴の個別メッセージにも返信する。

 "良かった!伊吹くんが一緒にやってくれるなら心強いです。伊吹くん、忙しそうだから、出来るだけ私がやるようにするね。詳しいことは、また改めて"

 送信マークをタップする。

 (でも幹事って、まず初めに何からやればいいんだろう?)

 うーん…と首をひねりながら、心はお弁当を片付けて立ち上がり、休憩室を出た。

*****

 仕事を終えて家に帰り、ご飯を食べてからゴロゴロしていると、22時に昴から返信が来た。

 (こんなに遅くまでお仕事だったのかな?)

 そう思いつつメッセージを読む。

 "遅い時間にごめん。こちらこそ、久住が一緒なら助かるよ。ところで、こういう幹事って俺、やったことないんだけど。何から手を付ければいい?"

 やっぱりそう思うよね、と頷きつつ、心は昼間考えていたことを思い出しながら文字を打つ。

 "お仕事お疲れ様でした。幹事は、私も初めてなんだけど…。まずは日程とお店を決めるのかな?"

 すると、すぐに返事が来る。

 "やっぱりそうだよな。日程は、慎也がみんなにゴールデンウィーク明けって提案してたから、その辺り?"
 "うん、そうだね。最初の土曜日の夜とかは?"
 "じゃあ、5月11日だな。オッケー!みんなにもそれで提案してみよう。店はどうする?場所はどの辺り?"

 心は、テンポの良いやり取りを中断して考え込む。

 (みんな今どの辺りに住んでるんだろう…)

 心達が通っていた高校は、東京と千葉のちょうど境目、住所で言うと千葉県だった。

 東京から通っていた生徒もいたが、多くは千葉県に住んでいて、心もそうだった。

 みんな今は、都内でひとり暮らしか都内で実家暮らし、千葉で実家暮らし、のいずれかだろうと思い、心はそう昴に説明する。

 "それなら、千葉にも帰りやすい都内のお店がいいかな?"
 "うん、それがいいと思う。伊吹くん、どこかいいお店知ってる?"
 "いやー、うーん、あ、ちょっと待って…"

 言われた通りしばらく待っていると、お店のホームページのアドレスが添付されてきた。

 "ここどうかな?仕事のパーティーで時々使ってるんだ"

 心は早速ホームページを開いてみる。

 湾岸エリアのホテルの中にある、イタリアンレストランだった。
 貸し切りで結婚式の二次会や、同窓会プランもあるらしい。

 (へえー、海が見えて素敵!ホテルだと、女子はお化粧室多くて助かるよね。でも値段が…。詳しくはご相談くださいって、凄く高かったらどうしよう)

 そう思ってメッセージを書くと、昴からの返事にはこう書かれていた。

 "少しは融通効くと思うんだ。俺、今度相談しに行ってみるよ"
 "あ、じゃあ私も行くよ"
 "え、ほんとに?わざわざ大丈夫?"
 "うん、私もどんな所か見てみたいし"

 女子の目線で、色々チェックしておきたかった。

 "そっか、分かった。じゃあ、仕事帰りに待ち合わせして行こうか。久住、いつがいい?"
 "夜だよね?今週は、19時以降ならいつでも大丈夫だよ"
 "了解。そしたら、明後日でもいいかな?"
 "うん、大丈夫。19時半に現地で待ち合わせる?"
 "オッケー。じゃあロビーで落ち合おう"

 短く、それじゃあお休みとやり取りを終えてから、心はもう一度お店のホームページを見た。

 (夜景も綺麗に見えるのね。楽しみ!)

 心は顔をほころばせて、明後日、何を着ていこうかと考え始めた。

*****

 ニ日後、仕事を終えて更衣室を出ると、廊下の前方から30代の男性社員、桑田が手元のファイルに目をやりながら歩いて来るのが見えた。

 心の所属するチームのリーダーで、心が入社した時、マンツーマンで指導してくれた、長きに渡る直属の上司だ。

 その桑田が、ふと顔を上げて心に気付いた次の瞬間、驚いたように二度見する。

 「うわっ、久住!あからさまにデートだな?!」

 心は苦笑いする。

 いつも職場では作業着に長靴姿、髪は一つに束ねてほぼすっぴん。
 通勤ももちろん、ラフなジーンズにカットソーやTシャツがほとんどだ。

 そんな心が、今日は白のジャケットに水色のフレアスカート、おまけに足元はヒールが少し高めのパンプスなのだ。
 驚かれても無理はない。

 「お疲れ様です。デートじゃないですよー。同窓会の幹事をやることになったので、これからお店の下見に行くんです」
 「はー、なるほどね」
 「それより桑田さん。私、魚臭くないですかね?」

 ちょっと声を潜めて近づきながら聞いてみる。

 水族館で飼育員として働いている心は、毎日大量の魚を捌いている。
 心の担当は、海獣と呼ばれるイルカ達だ。
 食事として与えているアジやサバ、イカなどの頭や内臓を取り除き、食べやすいように切って重さを測る『調餌』と呼ばれる作業は、毎日欠かすことは出来ない。

 個体や種類にもよるが、バンドウイルカであれば、一日に10キロ~15キロほど食べるのだ。
 私は漁師か?魚屋か?と思いながら、心はいつも大量の魚を手早く捌いている。

 どんなに手を洗っても、やはり魚臭さは完全には消えない。

 今も、シャワーで念入りに髪も洗ったのだが、まだ心配だった。

 「うーん、どうだろ。そもそも俺が魚臭いしな。それにこの場所だって、魚屋と変わらんぞ」

 確かに…と心は頷き、仕方ないかと諦める。

 「ま、そんなことは気にせず楽しんで来いよ、幹事!」

 明るい桑田の声に、心は、はいと笑顔で返事をした。

*****

 電車で約束のホテルに向かいながら、心はスマートフォンのメッセージを読み返す。

 昨日クラスの皆に、同窓会の日程は5月11日の土曜日19時~でどうか?と送っておいた。
 ほとんどの人がOK。
 仕事があるという数人も、終わり次第駆けつけるとのこと。

 だが、到着が遅くなる為、二次会があるとありがたいと言われ、そちらについては慎也がカラオケのパーティールームを予約してくれることになった。

 心はスマートフォンを閉じると、夕べの愛理との会話を思い出す。

 ずばり、会費っていくらぐらいの設定にすればいい?と電話で相談してみたのだ。

 「男の子達は、やっぱりお酒飲み放題の方がいいよね?でも女の子はあんまりお酒飲まなかったりするし…」

 愛理も、そうだよねと同意して一緒に考えてくれた。

 「そしたら、女の子の会費はちょっと男子よりおまけしてもらう?一人500円くらい男の子達に負担してもらって。それでブーブー文句言ってくる人はいないと思うよ」
 「そうだね。そうさせてもらえるか、今度みんなに提案してみるよ」
 「うんうん。それがいいよ」
 「ところで…」

 心は、一番気になっていたことを聞いてみる。

 「ねえ愛理は、会費いくらなら妥当だと思う?逆にいくらだったら、高い!って感じる?」
 「うーん、そうだな…」

 考えているのか、愛理はしばらく押し黙った。

 「あくまで私の場合だよ?」

 最初にそう断る愛理に、うんうんと頷いて先を促す。

 「私だったら、7千円が妥当かな。8千円だと、ちょっと高いなって思っちゃうかも。逆に4千円とかで、うわー、嬉しい!と思って行ったのに、お料理もしょぼくてドリンク別料金だった時は、会費もうちょっと高くてもいいから、違うお店が良かったなって思ったこともある」

 なるほどーと、心は天井を仰いで考え込む。

 「安けりゃいいってものでもないのね。確かにそうだわ。そうすると目指すのは、えー!こんなに美味しくてこのお値段?的な」

 あはは!と愛理は笑い出す。

 「まあね、そうだったら嬉しいけど。でもそこまで気にすることないよ。幹事って、思ってるよりずっと大変だもん。細かいことは気にせず、心と昴が決めてくれたらいいんだからね。みんなもそう思ってるよ、きっと」
 「ありがとう!明日、伊吹くんとも相談してみるね」

 そう言って電話を切ったのだった。

 (愛理に先に聞いておいて良かった。今日行くお店が、あんまり高くないといいなあ。しかもお料理も美味しくてフリードリンクで雰囲気も良くて、みんなが楽しめるお店…って、そんなとこあるかな?)

 高望みする自分に思わず苦笑する。

 35人いるクラスメイトの全員が満足することなんて、ほぼ不可能だろう。

 それでも心は、出来るだけ皆が楽しめるようにと願い、あれこれ考えを巡らせた。
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