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お揃いの気持ち
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6月の下旬。
ハルは主演ドラマが放送最終日を迎え、宣伝の為に朝からTVジャパンに来ていた。
朝7時代の情報番組から始まり、夕方までずっと局に缶詰めで、次々と生放送の番組に出演する。
「水曜ドラマ『悲しみの果て』いよいよ最終回です。本日夜9時スタート。驚きのラストシーンをどうぞお見逃しなく!」
朝から何度も繰り返している締めの言葉で、予定されていた全ての出演を終えた。
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
ハルはスタッフに挨拶をしてから、控え室に戻って着替えた。
「ふう、疲れた…」
時計を見ると、18時半だった。
(倉木さん、今は夜の報道番組の準備してるのかな?)
ドレッサーで頬杖をつきながら、ぼんやりと考える。
同じ局に来ているだけでもドキドキだったが、廊下を歩く時には、倉木とすれ違わないかと1日中ソワソワしていた。
(報道のスタジオは多分この階だと思うけど、さすがにまだ入り時間には早いものね)
さてと、帰り支度をしようと、ハルはバッグに荷物を詰めていく。
(あれ?ハンカチ、どこに入れたっけ?)
サイドポケットに入れていた、倉木とお揃いのハンカチが見当たらない。
おかしいな、とゴソゴソ探るが、やはり見つからなかった。
(えっ、どうして?まさか、失くした?)
半泣きの表情で、必死に探す。
念の為、衣装のポケットも見たが、やはりない。
(待って、落ち着いて思い出して。えっと、今朝確かにカバンに入れたわよね。本番前に、お守り代わりにハンカチを握って、またカバンにしまって…。あ!ランチのあとにお手洗いに持って行ったんだった!)
急いでお手洗いまで見に行ってみるが、どんなにあちこち探しても見当たらなかった。
控え室に戻り、どうしようかと考える。
(大切なハンカチなのに…。落とし物で届けられてるかな?誰に聞けばいいんだろう)
その時、コンコンとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
てっきりマネージャーだと思ったのだが、「失礼します」と男性の声が聞こえてきて、ハルは思わず顔を上げる。
「お疲れ様です、谷崎さん」
「く、倉木さん?!」
突然の倉木の登場に、ハルは驚いてあたふたと立ち上がった。
「あ、あの、どうされましたか?」
「実は、これが廊下に落ちていまして。ひょっとしてあなたの物ではないかと」
そう言って差し出されたのは、間違いなくハルが探していたピンクのパイピングのハンカチだった。
「あ!はい、私のです。さっきからずっと探していて…」
「やっぱりそうでしたか。良かった。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
両手で受け取ったハルは、次の瞬間、みるみるうちに顔を赤らめた。
「ん?どうかしましたか?」
「いえ、あの。その…」
ハルはうつむいたまま考える。
(これが私の物だと思ったってことは、倉木さんは気づいたのよね?このハンカチが、お揃いだってことに…)
きっとそうに違いない。
(どうしよう、勝手にお揃いのハンカチを持ってるなんて、ストーカーっぽいと思われたかな…)
黙ったままのハルに、倉木が怪訝そうに声をかける。
「谷崎さん?どうしたの?」
「いえ、あの…」
ためらってから、ハルは思い切って頭を下げた。
「すみません!私、倉木さんにお渡ししたハンカチとお揃いの物を勝手に持っていて…。気分良くないですよね?本当に申し訳ありせんでした」
しばらく沈黙が続き、ハルがますます身を固くした時、倉木のためらいがちな声がした。
「それなら、俺も謝らなきゃな」
え?とハルは顔を上げる。
「このハンカチを拾った時、すぐに君のことを思い出した。俺にプレゼントしてくれたハンカチと、お揃いの物を持ってくれてるんだって、嬉しくなったんだ。勝手に喜んでごめん。気分いいものではなかったかな?」
「…はい?」
ハルは思考回路が止まったように、何も考えられなくなる。
「どうしてですか?私がお揃いのハンカチを持っていると、なぜ倉木さんが嬉しく…?」
「んー、そうだな。多分、君と同じ理由だと思う。君が俺とお揃いのハンカチを持っている理由と」
「私の理由ですか?それはだって、私、倉木さんが…」
好きだから、と言いそうになり、慌てて口をつぐむ。
「いやいや、絶対に同じ理由ではないですよ」
「どうして?」
「だって、あり得ないからです」
「俺が君を好きなことが?」
サラリと口にする倉木に、思わずハルは目を見開いた。
「く、倉木さん。いったい何を…」
「ハンカチがお揃いなら、気持ちもお揃いだと思ったんだけどな。違った?」
「え、えっと、何が?」
「俺が君を好きだって気持ち。君とお揃いじゃない?」
倉木に真っ直ぐに見つめられ、ハルは考えるよりも先に言葉にしてしまう。
「私も、あなたが好きです」
「そっか。それならやっぱりお揃いだ。良かった」
嬉しそうに笑いかけてくる倉木に、ハルはただポーッと見とれる。
「また連絡するね。お疲れ様、気をつけて帰って」
「え?あ、はい」
まるで何事もなかったかのようなやり取りに戻り、シュルシュルとハルの気持ちがしぼんでいく。
(あれ?さっきのは空耳だったのかな…)
確か、俺が君を好きで、私もあなたが好きで…みたいな話、しなかったっけ?
ハルが首をひねっていると、ドアに向かおうとした倉木が思い出したように振り返った。
ハルのすぐ前まで来ると、身を屈めて耳元で囁く。
「今日からよろしくね。俺の彼女さん」
「はっ?!」
思わず素っ頓狂な声を出してしまい、ハルは真っ赤になる。
そんなハルにクスッと笑うと、倉木はハルの左の頬に軽くキスをした。
「じゃあね」
手を挙げて部屋を出て行く倉木を呆然と見送ったハルは、慌てて両手で左頬を覆う。
「ど、どうしよう。もう左のほっぺた洗えない」
倉木の唇の感触を思い出し、夢じゃないよね?と自分に確かめ、ハルは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。
ハルは主演ドラマが放送最終日を迎え、宣伝の為に朝からTVジャパンに来ていた。
朝7時代の情報番組から始まり、夕方までずっと局に缶詰めで、次々と生放送の番組に出演する。
「水曜ドラマ『悲しみの果て』いよいよ最終回です。本日夜9時スタート。驚きのラストシーンをどうぞお見逃しなく!」
朝から何度も繰り返している締めの言葉で、予定されていた全ての出演を終えた。
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
ハルはスタッフに挨拶をしてから、控え室に戻って着替えた。
「ふう、疲れた…」
時計を見ると、18時半だった。
(倉木さん、今は夜の報道番組の準備してるのかな?)
ドレッサーで頬杖をつきながら、ぼんやりと考える。
同じ局に来ているだけでもドキドキだったが、廊下を歩く時には、倉木とすれ違わないかと1日中ソワソワしていた。
(報道のスタジオは多分この階だと思うけど、さすがにまだ入り時間には早いものね)
さてと、帰り支度をしようと、ハルはバッグに荷物を詰めていく。
(あれ?ハンカチ、どこに入れたっけ?)
サイドポケットに入れていた、倉木とお揃いのハンカチが見当たらない。
おかしいな、とゴソゴソ探るが、やはり見つからなかった。
(えっ、どうして?まさか、失くした?)
半泣きの表情で、必死に探す。
念の為、衣装のポケットも見たが、やはりない。
(待って、落ち着いて思い出して。えっと、今朝確かにカバンに入れたわよね。本番前に、お守り代わりにハンカチを握って、またカバンにしまって…。あ!ランチのあとにお手洗いに持って行ったんだった!)
急いでお手洗いまで見に行ってみるが、どんなにあちこち探しても見当たらなかった。
控え室に戻り、どうしようかと考える。
(大切なハンカチなのに…。落とし物で届けられてるかな?誰に聞けばいいんだろう)
その時、コンコンとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
てっきりマネージャーだと思ったのだが、「失礼します」と男性の声が聞こえてきて、ハルは思わず顔を上げる。
「お疲れ様です、谷崎さん」
「く、倉木さん?!」
突然の倉木の登場に、ハルは驚いてあたふたと立ち上がった。
「あ、あの、どうされましたか?」
「実は、これが廊下に落ちていまして。ひょっとしてあなたの物ではないかと」
そう言って差し出されたのは、間違いなくハルが探していたピンクのパイピングのハンカチだった。
「あ!はい、私のです。さっきからずっと探していて…」
「やっぱりそうでしたか。良かった。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
両手で受け取ったハルは、次の瞬間、みるみるうちに顔を赤らめた。
「ん?どうかしましたか?」
「いえ、あの。その…」
ハルはうつむいたまま考える。
(これが私の物だと思ったってことは、倉木さんは気づいたのよね?このハンカチが、お揃いだってことに…)
きっとそうに違いない。
(どうしよう、勝手にお揃いのハンカチを持ってるなんて、ストーカーっぽいと思われたかな…)
黙ったままのハルに、倉木が怪訝そうに声をかける。
「谷崎さん?どうしたの?」
「いえ、あの…」
ためらってから、ハルは思い切って頭を下げた。
「すみません!私、倉木さんにお渡ししたハンカチとお揃いの物を勝手に持っていて…。気分良くないですよね?本当に申し訳ありせんでした」
しばらく沈黙が続き、ハルがますます身を固くした時、倉木のためらいがちな声がした。
「それなら、俺も謝らなきゃな」
え?とハルは顔を上げる。
「このハンカチを拾った時、すぐに君のことを思い出した。俺にプレゼントしてくれたハンカチと、お揃いの物を持ってくれてるんだって、嬉しくなったんだ。勝手に喜んでごめん。気分いいものではなかったかな?」
「…はい?」
ハルは思考回路が止まったように、何も考えられなくなる。
「どうしてですか?私がお揃いのハンカチを持っていると、なぜ倉木さんが嬉しく…?」
「んー、そうだな。多分、君と同じ理由だと思う。君が俺とお揃いのハンカチを持っている理由と」
「私の理由ですか?それはだって、私、倉木さんが…」
好きだから、と言いそうになり、慌てて口をつぐむ。
「いやいや、絶対に同じ理由ではないですよ」
「どうして?」
「だって、あり得ないからです」
「俺が君を好きなことが?」
サラリと口にする倉木に、思わずハルは目を見開いた。
「く、倉木さん。いったい何を…」
「ハンカチがお揃いなら、気持ちもお揃いだと思ったんだけどな。違った?」
「え、えっと、何が?」
「俺が君を好きだって気持ち。君とお揃いじゃない?」
倉木に真っ直ぐに見つめられ、ハルは考えるよりも先に言葉にしてしまう。
「私も、あなたが好きです」
「そっか。それならやっぱりお揃いだ。良かった」
嬉しそうに笑いかけてくる倉木に、ハルはただポーッと見とれる。
「また連絡するね。お疲れ様、気をつけて帰って」
「え?あ、はい」
まるで何事もなかったかのようなやり取りに戻り、シュルシュルとハルの気持ちがしぼんでいく。
(あれ?さっきのは空耳だったのかな…)
確か、俺が君を好きで、私もあなたが好きで…みたいな話、しなかったっけ?
ハルが首をひねっていると、ドアに向かおうとした倉木が思い出したように振り返った。
ハルのすぐ前まで来ると、身を屈めて耳元で囁く。
「今日からよろしくね。俺の彼女さん」
「はっ?!」
思わず素っ頓狂な声を出してしまい、ハルは真っ赤になる。
そんなハルにクスッと笑うと、倉木はハルの左の頬に軽くキスをした。
「じゃあね」
手を挙げて部屋を出て行く倉木を呆然と見送ったハルは、慌てて両手で左頬を覆う。
「ど、どうしよう。もう左のほっぺた洗えない」
倉木の唇の感触を思い出し、夢じゃないよね?と自分に確かめ、ハルは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。
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