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この世界の片隅に
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季節は巡り、陽射しが暖かく感じられる春がやって来た。
岳はこの日、祖父母に買ってもらったランドセルを背負って小学校に入学する。
「おとうさん、おかあさん、はやく!」
「はーい、待って、岳」
スーツ姿の樹と都の間で、岳はブンブン手を振りながら元気に通学路を歩いて行く。
「おれもきょうからしょうがくせいか、おおきくなったなあ」
「あはは!本人が言うセリフ?」
校門の前では、樹の両親が和服姿で待っていた。
「岳くん、入学おめでとう!」
「おおー!おじいちゃんもおばあちゃんも、きまってるなあ」
「そう?ありがとう。でも岳くんが一番かっこいいわよ。ほら、門の前で写真撮りましょ」
『入学式』と掲げられた看板の横で写真を撮ると、保護者は体育館へ、生徒は教室へと別れる。
「じゃあね、岳。あとでね」
「うん!いってきます」
先生について歩いて行く岳の後ろ姿を、都も樹も頼もしく見送った。
式場となる体育館に入り、保護者席に座って開式を待つ。
「ああー、もう緊張で胸がドキドキしちゃう。息子の入学式より何倍も孫の入学式の方が力が入っちゃうわね」
「そうだな。人生でもう一度こんな瞬間に立ち会えるなんて。もう夢のようだ」
そんな両親の会話を聞いて、樹も良かったと心から幸せを噛みしめた。
「ありがとう、都。俺はこれからも、岳の成長の節目に立ち会う度に都に感謝するよ」
「ふふっ、私もよ。樹と一緒に岳を見守っていられて嬉しい」
二人で微笑み合い、また幸せを噛みしめる。
やがて入学式が始まった。
明るい音楽が流れ、お友達と手を繋いだ岳が、凛々しい顔で入場して来た。
「きゃー、岳くん!かっこいい!」
「おふくろ、うるさい」
興奮する祖母を止めていると、今度は横からカシャカシャカシャ!と、たたみかけるようなシャッター音が響く。
「親父、連写し過ぎ!もはやパラパラ漫画だぞ」
必死で両親を止める樹に、都は思わず吹き出しそうになった。
校長先生の挨拶があり、クラスごとに担任の先生が発表される。
「それではこれから、先生が皆さんのお名前を呼びます。呼ばれたら大きな声で『はい』と返事をしてくださいね」
岳の担任となる、まだ若い女の先生が前に立った。
「赤石 幹太くん」
「はい」
「臼井 友春くん」
「はい」
岳はドキドキしながら自分の番を待つ。
(まだかな、おそいな。あれ?おれのなまえ、ちゃんとよばれるかな?)
不安になった時、先生が岳と目を合わせて名前を呼んだ。
「三原 岳くん」
「……はいっ!」
「あら、いいお返事ですね。良く出来ました」
岳は満面の笑みで後ろを振り返る。
そこには泣き笑いの表情の都、樹、そして祖父母の姿があった。
◇
「岳、今日はかっこ良かったよー。がんばったね。晩ご飯、何がいい?」
「んーと、カレーライス!」
「お、いいね!ニンジンはハートにして、チーズはお星さまの形にしようか」
「うん!」
祖父母と小学校で別れたあと、都と樹と岳は、また仲良く手を繋いでマンションに帰って来た。
3LDKのマンションは、樹一人だと広すぎてガランとしていたが、今ではすっかり家族3人の住まいとなっていた。
「あれ?まみだ!」
マンションのエントランスに佇んでいる真美を見つけると、岳は都達と繋いでいた手を解いて一目散に駆け寄った。
「まみ!」
「がっくん!入学おめでとう。どうしてもがっくんのランドセル姿が見たくて、来ちゃったの」
そう言って照れたように笑う真美は、臨月に入ってお腹もかなり大きい。
「かっこいいね、がっくん。はい、入学のお祝い」
「ありがとう!あとであけてもいい?」
「もちろん。あ、その前にがっくんの写真撮ってもいい?潤さんにも送ってあげたいんだ」
「おお、いいぜ」
「ふふ、ありがと」
真美はマンションのアプローチにある桜の木の下に岳を連れて行く。
「わあ、桜がとっても綺麗。がっくんの入学をお祝いしてくれてるみたいだね。じゃあがっくん、笑ってね」
はい、チーズ!と真美は何枚か写真を撮った。
「うん!かっこいい!じゃあ、今度はお父さんとお母さんも一緒に入ってもらおうか」
都と樹にも声をかけ、親子3人の写真も撮る。
「じゃあ、つぎはまみと!」
岳が真美の手を取ると、都はハイハイと頷いてシャッターを押した。
「とってもいい写真!がっくん、ありがとう」
スマートフォンで写真を見返していると、不意に岳が真美の手を引いた。
「まみ、みて」
「ん?どうしたの?」
「あそこにタンポポさいてる」
「え……」
岳の指差す先を見ると、道の片隅にひっそりと咲いている1輪のタンポポがあった。
「ほんとだ、あんなところに咲いてたんだね」
「うん。かわいいね、タンポポ」
ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる下で、岳が見つけた小さな花。
誰もが美しい桜に目を奪われる中、岳に見つけてもらえた1輪のタンポポ。
真美の胸に温かい幸せが込み上げてくる。
「うん。可愛いね、タンポポ。見つけてくれてありがとう、がっくん」
優しい笑顔で岳に頷いてみせると、岳もにっこりと笑い返してくれた。
真美は心の中で語りかける。
愛する潤へ、まだ見ぬ我が子へ。
大好きな岳へ、都へ、樹へ。
大切な家族へ、友人へ。
『この世界のどんな片隅にも、幸せは溢れているんだね』
優しい人達と共にいられる喜びと愛しさを胸に、真美はもう一度小さなタンポポに目をやって微笑んだ。
(完)
岳はこの日、祖父母に買ってもらったランドセルを背負って小学校に入学する。
「おとうさん、おかあさん、はやく!」
「はーい、待って、岳」
スーツ姿の樹と都の間で、岳はブンブン手を振りながら元気に通学路を歩いて行く。
「おれもきょうからしょうがくせいか、おおきくなったなあ」
「あはは!本人が言うセリフ?」
校門の前では、樹の両親が和服姿で待っていた。
「岳くん、入学おめでとう!」
「おおー!おじいちゃんもおばあちゃんも、きまってるなあ」
「そう?ありがとう。でも岳くんが一番かっこいいわよ。ほら、門の前で写真撮りましょ」
『入学式』と掲げられた看板の横で写真を撮ると、保護者は体育館へ、生徒は教室へと別れる。
「じゃあね、岳。あとでね」
「うん!いってきます」
先生について歩いて行く岳の後ろ姿を、都も樹も頼もしく見送った。
式場となる体育館に入り、保護者席に座って開式を待つ。
「ああー、もう緊張で胸がドキドキしちゃう。息子の入学式より何倍も孫の入学式の方が力が入っちゃうわね」
「そうだな。人生でもう一度こんな瞬間に立ち会えるなんて。もう夢のようだ」
そんな両親の会話を聞いて、樹も良かったと心から幸せを噛みしめた。
「ありがとう、都。俺はこれからも、岳の成長の節目に立ち会う度に都に感謝するよ」
「ふふっ、私もよ。樹と一緒に岳を見守っていられて嬉しい」
二人で微笑み合い、また幸せを噛みしめる。
やがて入学式が始まった。
明るい音楽が流れ、お友達と手を繋いだ岳が、凛々しい顔で入場して来た。
「きゃー、岳くん!かっこいい!」
「おふくろ、うるさい」
興奮する祖母を止めていると、今度は横からカシャカシャカシャ!と、たたみかけるようなシャッター音が響く。
「親父、連写し過ぎ!もはやパラパラ漫画だぞ」
必死で両親を止める樹に、都は思わず吹き出しそうになった。
校長先生の挨拶があり、クラスごとに担任の先生が発表される。
「それではこれから、先生が皆さんのお名前を呼びます。呼ばれたら大きな声で『はい』と返事をしてくださいね」
岳の担任となる、まだ若い女の先生が前に立った。
「赤石 幹太くん」
「はい」
「臼井 友春くん」
「はい」
岳はドキドキしながら自分の番を待つ。
(まだかな、おそいな。あれ?おれのなまえ、ちゃんとよばれるかな?)
不安になった時、先生が岳と目を合わせて名前を呼んだ。
「三原 岳くん」
「……はいっ!」
「あら、いいお返事ですね。良く出来ました」
岳は満面の笑みで後ろを振り返る。
そこには泣き笑いの表情の都、樹、そして祖父母の姿があった。
◇
「岳、今日はかっこ良かったよー。がんばったね。晩ご飯、何がいい?」
「んーと、カレーライス!」
「お、いいね!ニンジンはハートにして、チーズはお星さまの形にしようか」
「うん!」
祖父母と小学校で別れたあと、都と樹と岳は、また仲良く手を繋いでマンションに帰って来た。
3LDKのマンションは、樹一人だと広すぎてガランとしていたが、今ではすっかり家族3人の住まいとなっていた。
「あれ?まみだ!」
マンションのエントランスに佇んでいる真美を見つけると、岳は都達と繋いでいた手を解いて一目散に駆け寄った。
「まみ!」
「がっくん!入学おめでとう。どうしてもがっくんのランドセル姿が見たくて、来ちゃったの」
そう言って照れたように笑う真美は、臨月に入ってお腹もかなり大きい。
「かっこいいね、がっくん。はい、入学のお祝い」
「ありがとう!あとであけてもいい?」
「もちろん。あ、その前にがっくんの写真撮ってもいい?潤さんにも送ってあげたいんだ」
「おお、いいぜ」
「ふふ、ありがと」
真美はマンションのアプローチにある桜の木の下に岳を連れて行く。
「わあ、桜がとっても綺麗。がっくんの入学をお祝いしてくれてるみたいだね。じゃあがっくん、笑ってね」
はい、チーズ!と真美は何枚か写真を撮った。
「うん!かっこいい!じゃあ、今度はお父さんとお母さんも一緒に入ってもらおうか」
都と樹にも声をかけ、親子3人の写真も撮る。
「じゃあ、つぎはまみと!」
岳が真美の手を取ると、都はハイハイと頷いてシャッターを押した。
「とってもいい写真!がっくん、ありがとう」
スマートフォンで写真を見返していると、不意に岳が真美の手を引いた。
「まみ、みて」
「ん?どうしたの?」
「あそこにタンポポさいてる」
「え……」
岳の指差す先を見ると、道の片隅にひっそりと咲いている1輪のタンポポがあった。
「ほんとだ、あんなところに咲いてたんだね」
「うん。かわいいね、タンポポ」
ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる下で、岳が見つけた小さな花。
誰もが美しい桜に目を奪われる中、岳に見つけてもらえた1輪のタンポポ。
真美の胸に温かい幸せが込み上げてくる。
「うん。可愛いね、タンポポ。見つけてくれてありがとう、がっくん」
優しい笑顔で岳に頷いてみせると、岳もにっこりと笑い返してくれた。
真美は心の中で語りかける。
愛する潤へ、まだ見ぬ我が子へ。
大好きな岳へ、都へ、樹へ。
大切な家族へ、友人へ。
『この世界のどんな片隅にも、幸せは溢れているんだね』
優しい人達と共にいられる喜びと愛しさを胸に、真美はもう一度小さなタンポポに目をやって微笑んだ。
(完)
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