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星降る夜に

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正月休みが終わり、また日常が戻って来た。

真美は潤のマンションから会社に通い、少しずつ荷物をまとめて引っ越しの準備を進める。

週末には岳が泊まりで遊びに来ることもあった。

都と樹はあれからほぼ毎日電話で話すようになったらしいが、樹と岳が会う機会はないままだ。

「んー、みんなでどこかに遊びに行きたいですね」

1月の最後の週末。

お泊りセットを持ってやって来た岳と遊びながら、真美は潤に切り出した。

「また一緒に出かけませんか?」
「そうだな。岳、行ってみたいところあるか?」

んー、と岳は考え込む。

「おれね、キャンプしてみたい。まえに、けいくんがキャンプにいって、たのしかったっていってたから」
「へえ、それいいな。でもなあ、真冬にキャンプって無理があるか」

残念そうに言う潤に、真美が提案した。

「でしたら、コテージやトレーラーハウスに泊まるのはどうですか?暖房もついてますし、温泉施設もありますよ」
「え、そんなところあるの?」
「はい、若菜ちゃんに以前教えてもらったんです。えっと、今キャンプ場のホームページ開きますね」

スマートフォンを操作すると、真美は写真を見せた。

「ここです。これがトレーラーハウスで、こっちがコテージ。どちらもデッキでバーベキューや焚き火が出来るんですって」
「すごーい!このトラックにとまれるの?」

岳が画面を覗き込んで興奮した声を上げる。

「そうだよ。中にベッドがあるの。しかも2段ベッド!」

にだんー?!と、岳は目を真ん丸にする。

「いきたい、いきたい!トラックのにだんベッドでねたーい!」
「ははは!これはもう、行くまで言い続けるな。よし、待ってろ岳。今、ママに聞いてみるな」
「うん!はやく、じゅん」
「分かったって」

潤は早速都に電話をかける。

岳のいない週末は、樹と一緒にいるに違いない。

そう思っていると、案の定二人は一緒にいるらしかった。

事情を話し、樹の都合も聞いてもらう。

「岳、来月の半ばなら大丈夫だって。岳とママと樹と、俺と真美。5人でまた一緒に行こうか」
「うん!はやくいこ!」
「あはは!だから、2月の半ばだってば」

潤は真美と一緒にホームページから予約を入れる。

真冬のせいか、週末でも空室は多かった。

「えっと、岳はトレーラーハウスがいいんだよな?そこだと定員は4人だから、もう1つどこか押さえよう」
「じゃあ潤さん、その隣のコテージは?」
「お、いいな。ここにしよう。よし、岳。予約取れたぞ」

やったー!と岳は飛び跳ねて喜ぶ。

「ふふっ、良かったね、がっくん。じゃあ今から『キャンプのしおり』つくろうか」
「しおり?」
「うん。持ち物や、キャンプでやってみたいことを書くの。絵もたくさん描いてね」
「うん!しおり、つくる!」

真美はローテーブルに画用紙を広げて岳と色を選び、楽しくおしゃべりしながらしおりを作り始めた。

「がっくん、何を持って行く?」
「えっと、おかしとカメラとまみと……」
「あはは!私は持ち物なの?」
「だって、まみをわすれたらたいへんだもん」
「確かに。置いていかないでー」

終始仲良く肩を並べている真美と岳に、潤はヒヤヒヤする。

(だから、近いんだってば!うっかりチューしちゃったらどうする?!)

二人の後ろをクマのようにウロウロする潤だった。



そして待ちに待ったキャンプ当日がやって来た。

一番楽しみにしていたのは、岳と樹だろう。

都は二人から「早く行きたい!」とうんざりするほど聞かされたとぼやいていた。

以前と同じように、まず潤は真美を車に乗せて都のマンションへ向かい、次に最寄駅で樹を拾う。

そこから高速道路で1時間半走り、湖のほとりのキャンプ場に着いた。

「んー、空気が美味しいわね。でも寒い!」

都は身震いすると、急いでトレーラーハウスの鍵を開けて中に入る。

「うわー、すっごい!広い!アメリカン!大陸横断の旅に行けそう!」
「あー、ママずるい!おれも!」

岳は急いで都のあとを追い「すっごーい!」と興奮した声を上げた。

「まみ!はやく!にだんベッドがある!」
「ふふっ、早速登ってみたら?がっくん」
「うん!このはしごをのぼるの?」
「そうだよ」

トレーラーの中の2段ベッドは大人には小さめだが、岳にはちょうどいいサイズだ。

「わー、たかい!まみよりたかいぞ」
「おー、ほんとだ」

すると何を思ったのか、岳は手を伸ばして真美の頭をヨシヨシとなでる。

「まみ、いつもおれにヨシヨシしてくれるから、おれもまみにやりたかったんだ」
「そうなんだ。ありがとう、がっくん」

岳がトレーラーの中をパシャパシャとカメラで撮影している間に、潤と樹は車から荷物やバーベキューセットを下ろして火をおこす。

都と真美が準備をして、ウッドデッキで焼きそばを作った。

「おいしい!」
「青空の下で食べると美味しいね。がっくん、食べたらアスレチックに行こうか」
「うん!はやくいこ!」

岳はもう、どうにもテンションが高いままだ。

歩いてすぐのアスレチックパークに行くと、森の地形を活かした本格的な遊具が空中に高く張り巡らされている。

「おおー、なかなかの難易度だな。最近のアスレチックって攻めてるわ」
「ほんとだ。俺の子ども時代のアスレチックとは全然違うな。これは大人でも骨が折れそうだ。大丈夫かな?俺」
「樹さん、まだ若いでしょ?何を弱気になってんですか」
「だって俺、四捨五入したら40だもん。潤くんより10も上になる」
「四捨五入しなきゃいいでしょ?ほら、岳にかっこいいとこ見せてくださいよ」
「ああ、そうだな」

二人は岳を連れて受付に行く。

専用のハーネスをつけてヘルメットをかぶり、いよいよコースのスタート地点に立った。

「がんばれー!」

下から都と真美が声援を送る。

まずはグラグラと不安定な丸太の吊り橋を潤が先に渡ってみせ、岳を振り返る。

「いいぞ、岳。おいで」
「うん」

恐る恐る足を踏み出す岳に、すぐ後ろから樹が寄り添う。

小さな足を懸命に伸ばし、両手でしっかりロープを掴みながら、岳は無事に渡り切った。

「よし!その調子」

次はそびえ立つ大きな壁を、凹凸を手がかりによじ登っていく。

「てがとどかないー」
「岳くん、右手を横に伸ばしてごらん」
「ここ?」
「そう。それを掴んでから、足も右に移動するんだ。そしたらすぐ上の出っ張りに手が届くよ」
「あ、ほんとだ!」

樹が下からアドバイスして、無事に岳は頂上に着く。

「やったー!」

すぐ後ろから樹も追いつき、ハイタッチして喜んだ。

最後はジップライド。
はるか下の地面に向かってワイヤーが張られ、そこにハーネスを連結させて、自分の身体の重みで滑走するターザンロープみたいなものだった。

「わ、こわい……」

すぐ下を覗き込んだ岳は、あまりの高さに足がすくむ。

大人でも思わず身構える高さだった。

「岳くん、俺が先にやってみるよ。見ててね」

樹がそう言って、岳に笑いかける。

係員がハーネスの金具をカチャンと繋ぐと、樹は岳を振り返った。

「じゃあね、岳くん。行ってきまーす。あ~ああー!」

ターザンのように一気に滑り下りた樹に、岳があはは!と笑う。

「いつきー!おもしろかったぞ!」
「ええー?かっこ良かった、じゃないのー?」

下から樹も大声で返事をする。

「よし、じゃあ次は岳だ」

潤に言われて岳は真剣に頷く。

だがハーネスが繋がれ、いざ前に歩み出ると、恐怖で足が動かない。

「じゅん、おれ、むり」
「大丈夫だ。ほら、真下を見ないで樹を見てろ」

岳が顔を上げると、樹が大きく手を振った。

「岳くん、おいで!」
「うん!」

岳は思い切って足場を蹴る。

スーッと身体が空を切り、岳は一気に樹のもとへと滑り下りた。

「やったな!えらいぞ、岳!」
「うん!やった!」

樹は岳を高く抱き上げ、岳もキャッキャと笑い出す。

その様子を、都が涙ぐんで見守っていた。



「はあー、ごくらくー」

アスレチックのあと、汗を流そうと5人は併設された温泉施設に来た。

岳を潤と樹に任せた都は、真美と色んな種類の内湯を楽しみ、最後に露天風呂に浸かる。

まだ夕方の6時前だが、空には綺麗な月が浮かび、星も瞬き始めていた。

「なんだか普段の生活が嘘みたい。なんて贅沢な時間なのかしら」

都は縁に両手を載せて空を仰ぐ。

「子育てに追われて、お姉さん、ゆっくりする時間もなかなか取れないですもんね」
「うん。いつもはそれでもいいと思ってるの。別に旅行に行きたいとか、一人になりたいとかも思わない。だけどいざこうして来てみると、すごくホッとする。たまにはいいわね、こういう時間も」
「ええ。また来ましょうよ」

そうね、と笑ってから、都はまた空を見上げた。

「樹のことも、同じなの」

え?と真美は首を傾げる。

「ずっとね、岳と二人でいいと思ってた。私は一人で岳を育てるのに何も不満はない。父親がいなくたって、岳は不幸じゃない。私が幸せにしてみせるって、そう思ってた。けど、いざ樹に再会したら……。だめね、弱い自分がボロボロ出て来ちゃった」
「お姉さん……」
「樹にずっとそばにいて欲しいって思ってしまうの。一緒に岳を育てて欲しい。岳の父親として……って。もし樹に去って行かれたら、元の自分に戻れる自信がないの。私はもう、岳を一人で育てる覚悟が持てないかもしれない。情けないくらい、弱い母親になっちゃった」

寂しげに笑う都に、真美は必死で首を振った。

「違います、お姉さんは誰よりも強くて優しいママです。これまで一人で一生懸命がっくんを育ててきた分、ようやく今、樹さんに本音をさらけ出せるようになったんです。がんばってがんばって、ずっと張り詰めていた気持ちを、樹さんが溶かしてくれたんだと思います。お姉さん、これからは安心して樹さんにもたれかかってください。樹さんならきっと、お姉さんとがっくんを大きく包み込んでくれます」
「真美ちゃん……」

都の目に涙が浮かぶ。

「これからは、素直になってもいいのかな?本当は、岳が熱を出すと不安でたまらなくなるの。保育園でお友達のパパがお迎えに来た時、岳がじっとその様子を見ているのが辛くて。岳の前では笑ってるけど、夜中にふと、心細くて寂しくなる。全部全部、自分の気持ちを認めてもいいのかな?」
「もちろんです。全部全部、樹さんにぶつけて受け止めてもらってください」
「うん。ありがとう、真美ちゃん」

ようやく笑顔に戻った都に、真美も笑って頷いた。



「おにくー、おにくー、ジュージューおにくー!」

ウッドデッキでバーベキューを始めると、岳はトングを持ってご機嫌で歌い出した。

「ほら、岳。おしり振って踊ってないで、ちゃんとお肉ひっくり返して。焦げちゃうよ」

都に言われて、岳は恐る恐るお肉に手を伸ばす。

樹がその手を上から握って、一緒にお肉を返していった。

「岳、とうもろこしとソーセージもあるぞ。お皿に載せるか?」
「うん。ピーマンはえんりょする」
「あはは!さてはピーマン苦手だな?遠慮するなって。こうやってお肉を中に詰めて食べると美味しいんだ」
「そうなの?もしまずかったら、いつきがたべてよ?」
「ああ、いいよ。でも美味しかったらどんどん食べな」

二人の自然な会話に、都も、潤も真美も、そっと微笑む。

岳は普段よりもモリモリ食べ、お肉を詰めたピーマンも怖々口にしてから「なかなかイケるな」と平らげていた。

最後にマシュマロを焼いて、チョコレートフォンデュを楽しんだ。

「がっくん、もうすぐバレンタインでしょ?だから私からもチョコレート。はい、あーんして」

真美は焼いたマシュマロに、溶かしたチョコレートをくぐらせて岳に差し出す。

あーん……と食べた岳は、あまーい!と笑顔になった。

「美味しい?あ、がっくん。ほっぺにチョコ付いちゃった」

真美が岳の頬についたチョコレートを指で拭い、チュッと自分の口に運ぶと、潤が真っ赤になって立ち上がった。

「真美!」
「え?どうかしました?」
「コテージに帰るぞ!」
「ええー?だって、まだフルーツも残ってるのに……」

すると都と樹がニヤニヤと笑う。

「まあまあ、真美ちゃん。フルーツは明日の朝食べればいいから」
「岳、潤くん一人でトイレに行けないらしいよ。真美ちゃんについて来て欲しいんだって」
「えー、なさけないぞ?じゅん」

いや、あの……と戸惑う真美の手を引いて、「じゃあな!」と潤はコテージに向かった。



パタンとドアが閉まると、真美はそのまま壁に背中を押しつけられ、潤に熱く唇を奪われる。

「ん……、潤さ……」

いきなりのことに驚いて真美が潤の胸を押し返そうとすると、潤はその手に自分の指を絡めて、壁に押し当てた。

角度を変えて何度も深く真美に口づけると、切なげに吐息をつく。

「真美。ずっと目の前にいるのに、抱きしめたいのに、真美を遠くに感じて辛かった」
「え?」

潤の呟きに、真美はおずおずと視線を上げた。

「岳に向ける笑顔が可愛くて、俺にも笑いかけて欲しくてたまらなかった。子ども相手に嫉妬するなんて、余裕がなくて情けない。だけどもう我慢の限界。真美、抱いてもいい?」

真美は思わず息を呑む。
大人の色気をまとい、何かを堪えるように切羽詰った、初めて見る潤の顔。
その表情にドキドキと胸が高鳴り、漆黒の瞳に射抜かれて、真美は目を逸らせなくなる。

「真美を俺のものにしたい。今まで大切に守ってきたけど、真美をこの手で奪いたい。俺の想いを全部ぶつけて」

そしてまた深いキスをすると、潤はそのまま真美をベッドに押し倒した。

「真美……、愛してる。真美の全てを俺にくれる?」

真上から見下ろされ、切ない声で囁かれて、真美は小さく頷いた。

「真美……、好きだ。どうしようもないくらい、俺は真美を……」

潤は浮かされたように呟き、奪うように何度も真美に口づける。

真美の口からも甘い吐息がもれ始めた。

「真美……」
「ん、潤さん……」

何度も交わすキスなら知っている。
だが、そこから先は……

潤の唇が首筋に沿って下りていき、真美は思わず仰け反って背中を浮かせた。

その下にすかさず潤は左手を差し入れ、グッと抱き寄せると、右手で素早く真美のシャツのボタンを外していく。

胸元に押し当てられる唇、背中に直に触れられる温かい手。

何に集中していいのか分からず、真美は必死で潤の首に腕を回してしがみつく。

やがて真美は、素肌にひんやりとした空気を感じてハッとした。

気がつけば何も身に着けていない。

寒さと心細さに、思わず自分を抱きしめる。

すると乱暴に自分のシャツを脱ぎ捨てた潤が、真美に覆いかぶさってきた。

潤の温かく大きな胸の温もりを直接肌で感じて、真美はホッと身体から力を抜く。

トクトクと早鐘のような潤の胸の音まで伝わってきて、思わず視線を上げた。

「潤さんの胸、ドキドキしてる」

潤は驚いたように目を見開くと、またしても熱いキスを真美に浴びせる。

「当たり前だ。やっとこの手に真美を抱いて、平常心でいられる訳がない。なめらかな肌も、色っぽいウエストのラインも、柔らかい胸も……。真っ白で綺麗な身体の隅々まで、俺は真美の全てに溺れる」

それが始まりの合図のように。
潤は真美の身体のあちこちに触れながらキスをする。

全身でそれを受け止めていた真美の口から甘い声がこぼれ、時折ピクンと身体が跳ねた。

「んんっ!」

潤の愛撫に素直に反応して身をよじる真美に、潤はますますのめり込む。

真美は少しずつ潤に身を委ね、徐々に身体を開いていった。

二人を隔てるものは何もない。
心も身体も愛によって混じり合い、溶け合っていく。

自分の全てを愛する人に捧げた真美を、潤は強く胸に抱きしめた。

「真美、愛してる。ずっと大切にするから」
「潤さん……、ありがとう」

真美の瞳から溢れる涙を、潤はそっとキスで拭った。



潤の腕に抱かれたままベッドに並んで横になり、真美は幸せを噛みしめる。

「潤さん」
「ん?なに」
「見て、星が綺麗」

コテージの三角屋根の天窓から夜空が見え、キラキラと無数の星が瞬いていた。

「ほんとだ。都会で見るよりも、たくさん見えるな」
「うん。本当は同じ数なのに、都会にいると見えない星もあるのね」
「そうだな。こんなに綺麗なのに、気づけないなんてもったいない」

すると真美が潤の顔を見上げてきた。

「どうかした?」
「うん、あのね。私の毎日ってありふれた日常だけど、潤さんと一緒にいるとキラキラ輝くの」
「え?」
「今までだって、同じ会社にいて同じ仕事をしてたし、毎日のご飯だっていつもと大して変わらない。だけど潤さんと一緒になってからは、何でもないことがすごく幸せに感じるの。幸せって、きっと私の周りに溢れてる。それに気づくか気づけないかの違いなんだね」

真美……と、潤は優しく微笑む。

「俺にとっては真美こそが幸せだよ。真美が俺の全てだ。純粋な目で真っ直ぐ俺を見つめてくれる。笑顔で俺の心を温めてくれる。優しい言葉で俺を救ってくれて、たくさんの愛情で俺を満たしてくれる。真美、ずっと一緒にいてくれる?これから先も、俺のそばにいて欲しい」

真美はにっこり笑って頷いた。

「はい。私の幸せもあなたです、潤さん。ずっとずっと、そばにいさせてください」
「ありがとう、真美」

潤は真美の髪をそっとなでてキスをする。

降り注ぐ月明かりとたくさんの星の輝きの中、二人はいつまでも互いの愛を注ぎ合っていた。
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