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おゆうぎ会

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そして迎えたおゆうぎ会当日。
真美は保育園の前で潤と待ち合わせた。

ひと足早く岳と一緒に登園していた潤が、時間になって外に出て来る。

「望月、おはよう」
「おはようございます、課長」

いつものように挨拶した二人は、互いの服装をまじまじと見つめた。

「なんか、見違えたな」
「え、そうですか?まあ確かに、仕事の時の服装とは違いますよね」

潤はグレーのジーンズにデニムジャケット、真美は水色のスカートにオフホワイトのニットを合わせていた。

「じゃあ、行くか」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。最初にクラスの部屋で、子ども達を衣装に着替えさせるんだって」
「そうなんですね。分かりました」

エントランスで靴を履き替え、潤のあとに続いて『たいようぐみ』とプレートに書かれた部屋に入る。
中は既にたくさんの親子で賑わっていた。
女の子達は、カラフルでふわふわしたドレス、男の子も兵隊のようにかっこいいブレザーの子が多い。

「わあ、華やかですね。みんな可愛い」

真美が思わず笑顔を浮かべた時、「まみ!」と岳の声がした。

「がっくん!久しぶり。元気だった?今日はお招きありがとう。とっても楽しみにして来たの」
「おれもまみにあうの、たのしみだった。きょうのおれ、めっちゃかっこいいぜ?」
「あはは!そうだよね、がく王子。早速着替えようか」
「うん!」

真美は潤から衣装を受け取ると、黒の半ズボンに白いポロシャツを着た岳に青い衣装を着せる。
腰の辺りに黒いリボン状の布をベルト代わりにつけ、衣装を少し上に引き上げて整えた。

「がっくん、ちょっとじっとしててね。キラキラの飾りをつけたいんだ」

そう言って真美は、持って来ていたゴールドのラメ入りの飾りを、岳の衣装の肩と胸にササッと縫い付ける。

「出来た!うん、かっこいい!」
「ほんと?」
「ほんとだよ。今、写真撮って見せるね」

スマートフォンで撮影すると、岳に画面を見せた。

「おおー!おれ、かっこいい」
「ふふ、でしょう?とびきり素敵な王子様だよ。たくさん写真撮って、ママにも送ってあげようね」
「うん!おれ、おうじさまがんばる!」

その時、「はーい、みんな用意出来たかな?」と先生が入って来た。

できたー!と子ども達は声を揃える。

「わあ、みんな素敵に大変身だね。保護者の皆様、今日はありがとうございます。子ども達はこれから舞台の裏に移動しますので、どうぞホールの観客席でお待ちください」

促されて大人達は、「がんばってね!」と我が子に声をかけて部屋を出て行く。

「じゃあね、がっくん。がんばってね!」
「うん!ちゃんとみてろよ?まみ」
「あはは!うん。しっかり見てるね」

真美も手を振ってから潤と一緒にホールへと向かった。

「ひゃー、ちっちゃい椅子!保育園って、隅から隅まで可愛い空間ですね」

ホールに並べられた園児用の椅子に座って、真美は辺りをキョロキョロと見回す。
部屋のあちこちに動物のイラストが飾られ、舞台を覆う赤いビロードの幕には『おゆうぎかい』の文字が並んでいた。

「はあ、もう既に感動で胸がいっぱいです」
「ええ?まだ始まってもいないのに?」
「そうですよね。これでがっくんの出番が来たら、どうなっちゃうんだろう?私」

真顔で心配する真美に、潤は、はは!と笑う。

「望月、赤の他人の子どもでそれなら、我が子の時にはどうするんだ?」
「課長。がっくんは赤の他人じゃないです。私の大事な大事ながっくんです」
「ん?つまり、なんだ?」
「つまり、そうですね……。血の繋がりなんて関係ないってことです。心の繋がりがあるので」

きっぱりと言ってから、またわくわくと部屋を見渡す真美の横顔を、潤は驚いたように見つめる。

「あ、課長!ビデオ撮らなきゃ。早く準備してください」
「え?ああ、そうだな」

我に返って、潤はスマートフォンをムービーに切り替えて構えた。

「それではこれより、おゆうぎ会を始めます。まず初めに、園児達による『はじめのことば』です」

先生がマイクで告げ、ホール内のざわめきが消える。

赤い幕が左右に開くと、舞台の上には園児全員が揃っていた。

(ひゃー、可愛い!赤ちゃんもいる!)

衣装を着たお兄さんお姉さんに混じって、まだ1歳くらいの小さな子も、先生に抱っこされながらステージに上がっている。

王子様の衣装を着た岳は、ちょうど真美の正面、舞台の真ん中でキリッとした表情で立っていた。

(かっこいい!がっくん、やっぱり課長にそっくり)

真美は早くも胸がドキドキと高鳴る。

舞台袖から先生の「せーの!」という掛け声が聞こえたあと、園児達が一斉に声を揃えた。

「はじめのことば。これから、おゆうぎかいをはじめます。どうぞさいごまで、ごゆっくりごらんください」

たったそれだけのセリフ。
だが真美は、感極まって涙ぐんだ。

(すごい。あんな小さな子ども達が、一生懸命練習したんだろうな)

大きな拍手を送っていると、一旦幕が閉められる。

「プログラム1番。ひよこぐみさんによる『スマイルダンス』です」

アナウンスのあと再び幕が開くと、2歳児クラスの園児達が、ポンポンを両手に持って現れた。
明るい音楽が流れ、ポンポンを振りながらニコニコと踊り始める。

ぴょんぴょん飛んだり、くるくる回ったり、何をやってもとにかく可愛い。

真美は目からハートマークが出そうなほどメロメロになって手拍子を送っていた。

「プログラム5番。たいようぐみさんによる『シンデレラ』です」

ついに来たー!と、真美は固唾を呑んで舞台を見つめる。
隣で潤もスマートフォンを構えた。

物語の始まりを告げるように音楽が流れ、ゆっくりと幕が開く。

青いマントに三角帽子を被り、手に星のステッキを持った、魔法使い役の女の子が立っていた。

「むかーし、むかし。あるところに、こころのきれいなおんなのこがいました。なまえは、シンデレラ。きょうもおうちのおそうじをさせられています」

魔法使いが舞台袖に消えると、入れ違いにエプロン姿のシンデレラがほうきを持って現れる。

「あーあ、わたしもおしろにいって、おうじさまとダンスをおどりたいな」

すると綺麗なドレスを着た姉と継母役の女の子が、パタパタと小走りで登場した。

「シンデレラ、ちゃんとおそうじするのよ」
「わたしたちは、これからおしろにいってくるから」
「すてきなおうじさまと、ダンスをおどるのよ!」

たのしみー!と声を揃えると、またパタパタと去っていく。

「わたしもいきたいわ。でも、ドレスじゃないから、むりよね」

そう言ってシンデレラは、舞台の端に置かれた木の椅子に座る。

そこへ先程の魔法使いが現れた。

「こころのきれいなシンデレラ。あなたにまほうをかけましょう」

魔法使いが星のステッキを振ると、シャララーン!と音がした。

「え?これはいったい、どういうこと?」

シンデレラが立ち上がると、舞台袖から手作りの大きなかぼちゃの馬車がスーッと入って来て、シンデレラの姿を隠す。

そして今度は美しいブルーのドレスを着たシンデレラが現れた。

「シンデレラ。さあ、おしろへ。でもわすれないで。まほうは12じにきえてしまうの」
「わかったわ。ありがとう!まほうつかいのおばあさん」

『こうしてシンデレラは、かぼちゃの馬車に乗ってお城へと向かいました』

ナレーションのあと、一度幕が閉まる。
再び開いた時には、背景はお城の絵に変わっていた。

軽やかなワルツが流れ始め、ドレスを着た女の子と蝶ネクタイをつけた男の子のペアが、手を取り合って踊りながら舞台の中央に集まって来る。

音楽が盛り上がりを見せ、カップル達が踊りを止めて左右にはけた。

舞台の真ん中に皆が注目がする中、ブルーのドレスのシンデレラの手を引いて現れたのは……

(きゃーー!がっくん!)

思わず真美は息を止め、右手で隣に座る潤の袖をギュッと掴んだ。

ん?と潤が視線を向けると、真美は舞台の上の岳をじっと見つめたまま固まっている。

「望月、大丈夫か?息してるか?」

小声で囁くが、真美は潤の服を握りしめ、前を凝視したままピクリとも動かない。 

仕方なく潤も舞台に目を戻した。

岳は華やかな音楽に合わせて、シンデレラと楽しそうにくるくる踊っている。

そこに、ボーン、ボーンと時計の音が鳴り響く。

「たいへん!まほうがきえてしまうわ」

走り出すシンデレラを、岳が追いかける。

「まってください!おじょうさん」

舞台袖にシンデレラが消え、岳は幕の近くに落ちていたガラスの靴を拾い上げる。

「このくつがあうおじょうさんをさがそう」

バタバタと大勢の兵隊さんが現れ、岳と一緒に歩いて行く。

下手から、カラフルなドレス姿の女の子が賑やかに現れた。

「ガラスのくつは、わたしのものよ」
「いいえ。わたしのものよ」

岳が順番に女の子達の前に立ち、ガラスの靴を差し出す。

「だれもこのくつがはいらない。これはいったい、だれのくつだ?」

「わたしのくつです。おうじさま」

ブルーのドレスを着たシンデレラが岳の前に歩み出る。

「おお、あなたですね、おじょうさん。どうかわたしと、けっこんしてください」
「はい、おうじさま」

うひゃー!と、真美は潤の袖を掴んでいる手に力を込めた。

「望月、痛い。俺の腕の肉も掴んでる」

潤が顔をしかめながら小声で囁くが、やはり真美の耳には届かない。
 
それどころか、クライマックスで再びシンデレラと踊り始めた岳に、真美はますます潤の腕をつねり上げる。

(ううっ……、がっくん輝いてる。ほんとにかっこいい!キラキラした王子様!)

『こうしてシンデレラは王子様といつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし』

ナレーションが締めくくり、舞台に出演者全員が並んで笑顔で手を振る。

(がっくん!良かったよー、がんばったね!)

ようやく潤の袖を離し、真美は目を潤ませながら精いっぱいの拍手を送った。

全てのプログラムが終わったあと、先生がマイクを持って話し始めた。   

「えー、では最後に、保護者の方と一緒に園児達がダンスを踊ります。どうぞご協力ください」

ん?どういうこと?と真美と潤が首をひねっていると、子ども達がホールの客席に入って来た。

ママー!とそれぞれ保護者のもとへ嬉しそうに駆け寄り、手を引いて舞台下の広いスペースに連れて行く。

どうやらそこで、親子ダンスを踊るらしかった。

「まみ!」

岳に呼ばれて真美は振り返る。
王子様の衣装のまま、岳が駆け寄って来た。

「ほら、いくぞ?」
「え、ええ?!私が踊るの?」
「あたりまえだろ?ほかにだれがいるんだよ」
「えっと、潤おじさんは?」
「まみ、おれはおうじだぞ?おじさんとはおどらない」

確かに、と妙に納得してしまい、岳に手を引かれて前に歩み出た。

「それでは簡単にダンスの説明をしますね。園児達はバッチリ踊れますので、ぜひリードしてもらってください。みんな、よろしくね!」

はーい!と可愛い声が上がる。
簡単なレクチャーのあと、音楽が流れて、真美は岳と向かい合って手を繋いだ。

「はい、横に歩きます。いーち、に!反対も、いーち、に!くるっと回って両手をタッチ!」

先生の説明を聞きながら、何度か同じ動きを繰り返すうちに、だんだん息の合ったダンスになっていく。 

潤は、岳と真美のダンスを動画撮影しながら、微笑ましく見守っていた。

二人とも笑顔で見つめ合い、楽しそうに手を取り合って踊っている。

そのうちに潤は、なぜだか胸がドキドキし始めた。

(な、なんか俺、ものすごくラブラブなシーンを見せつけられてないか?)
 
水色のスカートをふわっと揺らしながら、くるりと回った真美は、岳に顔を寄せてにっこりと笑いかける。

岳も嬉しそうな笑顔を真美に向けていた。

(ちょっと待て。なんだ?あのキラキラした二人の顔は。目からハートビームが出てて恋人同士みたいじゃないか。知らなかった。望月って、あんなに可愛い顔するんだ)

そこまで考えてから、何を言ってるんだ?俺は!とハッとする。

だが、どうしても真美の笑顔を目で追ってしまい、そのうちに顔まで火照ってきた。

(いかん。保育園という健全かつ神聖な場で、俺はなんてことを考えているんだ?しかも望月は部下だぞ?あってはならん!こんな気持ち、間違っている。心を無にするんだ。半分目を閉じて、ぼんやりさせるんだ。しっかり見てはならん)

潤は必死に己に言い聞かせ、目を細めて視界をぼやけさせながら撮影を続けていた。

おゆうぎ会が終わり、着替えると解散となった。

岳は真美と手を繋いで、他の園児達に「バイバイ!」と挨拶している。

「がっくん、そのひとだれ?」

おしゃまな女の子に聞かれて、岳は「じゅんのかのじょ」と答えた。

ひえ!となりながらも、まあ子ども達にはそう思われてもいいか、と真美が開き直っていると、「あら!そうなんですね」と母親の声がした。

「岳くんの叔父さんの?いいですねー。岳くん、ママと離れてても、こんなに素敵なお姉さんがいてくれたら寂しくないね」

うん!と岳は大きな声で返事をする。

「あの、初めまして。望月と申します。いつも岳くんがお世話になっています」

女の子の母親に挨拶すると、他の園児や母親達も集まって来た。

「今朝からずっと気になってたんですよ。若くて可愛い人がいるなって。そうだったんですね。岳くん、叔父さんとお姉さん、とってもお似合いだね!いいね」
「うん!じゅんとまみは、おふぃすらぶでけっこんするの」

ヒー!と真美が仰け反り、潤は「岳!」と慌てて止めに入る。

「あの、皆様。それでは我々はここで。失礼いたします」
「ふふふ、初々しいわー。はい、今日のところはこれで」

どうぞお幸せにー、と見送られ、潤は真美と岳を促し、そそくさと園を出た。
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