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二人に何が?

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「五十嵐くん、定例会議行くわよ」

いつもと変わりない仕事風景。
紗絵に声をかけられ、潤は「分かった」と立ち上がる。

行ってらっしゃいと課のメンバーに見送られて、二人は別の階の会議室に向かった。

毎月行われる定例会議では、ビジネスソリューション事業部に属するそれぞれの課長と課長補佐が一堂に会し、現在取り組んでいる案件や問題点を報告し合っている。

「今うちの課で抱えてる問題点、何かあるか?」

歩きながら潤は紗絵に尋ねる。
会議の前に、二人で同じ意識を共有しておく必要があった。

「んー、これと言って思いつかない。みんな相変わらず仲がいいし、仕事にも熱心に取り組んでくれてる」
「そうだな」

頷いてから潤はふと、以前岳の絵を渡した時に涙した真美のことを思い出す。

「あのさ。望月って、最近どう?」
「は?どうって、何が?」
「いや、だから……。変わったところはないかと思って」
「五十嵐くんの口から真美の名前が出てくるところが変わってる」

おい、と潤は真顔を紗絵に向けた。

「だってほんとにそう思うもん。なんでここで真美の話になるの?五十嵐くんこそ、真美と何かあった?」
「いや、別にないけど」
「じゃあなんで、最近どう?なんて聞くのよ」
「それはまあ、ほら。いつも昼休みに仲良さそうに話してるからさ。何か相談とかされてないかと思って」

紗絵がますます怪訝そうに口を開こうとした時、後ろから来た平木がガシッと二人の肩を抱え込んだ。

「よう!お二人さん。調子はどうだい?」
「たった今、悪くなった」
「なんだよー、紗絵。つれないなあ」

結局平木にその場を濁され、3人で会議室に入った。

定例会議は滞りなく進み、特に深刻な問題点なく、順調にそれぞれの課が仕事に取り組めていることを確認して終了した。

潤が別の課の課長に声をかけられ、先に戻ってると断ってから会議室を出た紗絵は、またもや平木に捕まった。

「よっ!紗絵。たまにはサシで飲みに」
「行かない」
「はやっ!1拍くらい置けよ」
「時間の無駄」

スタスタと足早に歩く紗絵に、お前なあ、と平木は呆れる。

「俺が用もなくお前を飲みに誘うと思うか?」
「思う」
「うぐっ……。まあ、いつもはそうでも今回は違う。ちょっと話があってさ」
「今ここで言って。50文字以内にまとめて」
「出来るかよ?!」
「じゃあ、さよなら」

ちょ、紗絵!と平木は慌てて紗絵のあとを追いかけた。

「分かった!10文字で言ってやる。潤と望月ちゃんのことが心配なんだ」
「10文字じゃないじゃない……って、ええ?!今、五十嵐くんと真美のことって言った?」
「ああ、言った」

すると紗絵はグイッと平木のネクタイを掴み、人気のない休憩スペースに連れ込んだ。

「ぐえっ、紗絵、首が締まる。俺、こんなところで人生終わりたくない」
「とぼけたこと言ってないで。どういうことか説明しなさい」
「とぼけてねーよ!まったく」

平木はネクタイを締め直すと、小さくため息をついてから話し始めた。

「潤が望月ちゃんと会議室から出てくるところを2回見かけたんだ。しかも2度目は、望月ちゃん、泣いてた」

ええー?!と紗絵は大きな声を出してしまい、しまったと辺りを見渡す。
幸い誰も人の姿は見当たらず、ホッとしつつ平木ににじり寄った。

「それで?二人は会議室で何してたの?」
「知るかよ。だから心配してんだ。紗絵、同じオフィスにいて何か気づいたことないのか?」
「何もない。けど、さっき会議の前に五十嵐くんに真美の話題振られて驚いたんだよね。そうよ!そこであんたが邪魔しに現れて、聞きそびれたんだからね?」
「そんなこと言われたって……。じゃあやっぱり潤は、望月ちゃんと何かあったのか?つき合い始めたとか?」
「いや、だったら私に、最近真美の様子どう?なんて聞かないでしょ。五十嵐くんも理由が分からないながら、真美のことを心配してる。どういうことなのかしら。真美が何か悩んでるように感じたってこと?」
「俺に聞かれても……。それより俺は、潤が望月ちゃんを泣かせたのが気になってさ」

確かに、と紗絵は片手で頬を押さえて考え込む。

「それって最近の話よね?今月に入って、五十嵐くんが定時に上がるようになったのと関係あるのかしら」
「なんだそれ?望月ちゃんと一緒にか?」
「ううん。真美は逆に残業することが増えた」
「はいー?それなら無関係だろ」
「そうよね。でも、じゃあなんで?」

うーん、と二人で言葉もなく考えあぐねる。

「とにかく平木、今後も何かあったら知らせて。私も二人の様子を気にかけておくから」
「ああ、そうだな。とりあえず今はそうするしかないか」

そう結論を出し、二人は別れた。



11月に入り、いつもと変わりない日々が続く。

紗絵は時折潤と真美の様子を見比べていたが、これと言って気になることはなく、ますます訳が分からないと首をひねっていた。

それどころか真美は、以前より笑顔が増えたような気さえする。

(なんだろう?ふとした時の表情が柔らかくなった感じ)

そう思いながらさり気なく真美の様子をうかがっていた時だった。

潤がオフィスを横切ってドアへと向かいながら、真美の後ろを通り過ぎざま「望月、ちょっと」と呟いたのが聞こえた。

いつもなら、何か話があるんだろうとあまり気にしない紗絵だが、この時ばかりは違った。

(な、何?五十嵐くん、真美をどこに呼び出したの?)

立ち上がって潤のあとを追う真美を、紗絵はじっと見つめる。

(ああ、どうしよう。気になる。でもなあ、コソコソあとをつけて盗み聞きするのは良くないよね。あー、でも気になる!いや、ちょっと遠くから見守ろう。聞き耳は立てない。うん、そうしよう)

小さく頷くと紗絵は「自販機に飲み物買いに行ってくる」と、わざわざ言わなくてもいいことを大きな声で言ってから、そそくさと廊下に出た。

(ん?あれ?いないな。どこに行ったんだろう。はっ!もしや、平木が言ってた会議室に二人切りってやつ?)

急いで廊下を進み、ずらりと並ぶ会議室のドアをチェックしながら歩いていると、前方の小会議室のドアに耳を押しつけている平木を見つけた。

「ちょっと、何やってんのよ?」

声をかけると、振り返った平木は紗絵を見て、しーっ!と人差し指を立てる。

「あの二人、ここに入って行った」
「うそ!やっぱりそうなんだ。って、何を聞き耳立ててるの?悪趣味よ」
「じゃあ紗絵は気にならないのかよ?」
「それは、まあ……。でもやっぱりだめよ。いい大人なんだもの、そこはちゃんと……」

その時ガチャッとドアが開き、二人は思わずギャーッと声を上げながら抱き合った。

「ん?お前達、こんなところで何やってんの?」

潤が平木と紗絵を交互に見ながら廊下に出て来て、さり気なく後ろ手にドアを閉める。

(え、なんでドア閉めるの?まさか、真美が中にいるのを見られたくなくて?)

紗絵と平木はくっついたまま見つめ合う。

考えていることは同じだと頷き合った時、潤の戸惑った声がした。

「あのさ、犬猿の仲のお前達が抱き合ってるのは天変地異の前触れみたいで怖いし、何よりここは職場だ。いい加減離れたら?」

ハッと我に返った二人は慌てて飛びすさる。

「な、何でもないからな、潤。これはまったくもって不測の事態で……。そう!紗絵が廊下を突進して来たからぶつかっただけだ」
「ちょっと!人をイノシシみたいに言わないでよ」
「だってお前、猪突猛進タイプだろ?」
「失礼ね!だからってイノシシじゃないわよ」

いつものように言い合う二人の肩を抱いて、潤はさり気なく廊下を歩き始めた。

「はいはい。ほら、仕事に戻るぞ」

うわ、それとなく会議室から遠ざかろうとしてる!と、平木と紗絵はまたしても目で言葉を交わし、頷き合った。

その頃会議室の中では、一人残された真美が嬉しそうにカードを手にして笑顔を浮かべていた。

(可愛いカード。楽しみだな、がっくんのおゆうぎ会)

先程、またしても潤に呼ばれて会議室に入ると、潤は照れくさそうに赤いカードを差し出してきた。

「これ、岳からの招待状」

え?とカードの表紙に目をやると、『まみへ』と子どもらしい文字が並び、その下ににっこり笑った女の子の絵が描かれていた。

受け取ってそっと開いてみると、中はおゆうぎ会のプログラムになっていた。

「これって、がっくんのおゆうぎ会ですか?ひょっとして、この間作った王子様の衣装の?」
「ああ。土曜日なんだけど、もしよかったら見に来て欲しいって、岳が」
「え?私が行ってもいいんですか?」
「うん。望月さえよければ」
「もちろんです!行かせてください」
「良かった。じゃあ、また改めて前日にでも連絡する」
「はい!楽しみにしています。がっくんにも、そう伝えてください」

分かった、と頷いて潤はドアへと向かう。
真美はしばらくその場に佇み、じっくりとカードに目を落とした。

プログラムには日時の下に、クラスと演目が書かれている。

(がっくんは4歳だから、この『たいようぐみ』さんかな?わあ、『シンデレラ』だって!がっくん、シンデレラの王子様になるんだ。素敵!)

カードを胸に抱えて、真美はうっとりと宙を見つめる。

(あの衣装着て王子様になるがっくん、かっこいいだろうなー。あー、楽しみ!)

しばらくはニヤニヤが止まらない。

真美は賑やかなドアの外の様子にも気づかず、ひたすら王子様の岳を想像して頬を緩めていた。
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