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十一章

84.里帰り編⑥<帳簿付けサイド>

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「さて、どうだかな」

そう言いながら私が襖を開け放ったのはツクヨミ様の神殿の傍にある簡易作業部屋。

この神有月の時期だけ使われている巨大和室だ。

ただただ、横に広い空間。

収容人数によって広さを変えるその空間では、たくさんのツクヨミ様の従属仲間が作業をしていた。

襖の開け放たれた音に反応して半数以上の神たちがこちらを見る。

部屋の中の熱気が外に逃げていく。

予想以上に酷いな…。

「あー…疲れているところ悪いが、様子はどうだ?」

手前の死にかけの月ウサギが赤い瞳で私を凝視する。

「……まずいな、幻覚見えてきた」

瞳の下の濃い隈を擦ってため息をつく月ウサギに、周囲の奴らも同調し「俺もだ…」「まぁクラウス様がいらっしゃるわけ無いわな…」と栄養ドリンク剤を飲み干す。

どういうことだ、これは。

死屍累々の惨状、二、三年前ではあり得なかったことだ。

まるで人間界のような様子ではないか。

ドリンク剤片手に帳簿に向かうその姿は社畜のよう。

何故こんなことに…。

彼らはもう話が通じないだろうし、誰かいないか。

左右を見回すと、奥の上座の方から何かが走ってくるのが見えた。

「こら、静かに動きなさい」

わずかに神界に残された見習いの猫神たちだ。

ハロルドより何十年若い世代だったか。

満足に人型も取れないその姿は変わっておらず、青年の見た目に猫耳と尻尾を隠せずにいる。

注意を受けてやっと猫らしく音を立て時に歩き出した彼らは私の傍にくると「クローデンさん、お帰りなさい!」「ご帰郷なされたのですね!」「消滅なされたという噂もあったので心配で…」「テトラさんも心配なされていました!」と騒ぎ立てた。

「一人ずつ、一人ずつ話してくれ。少し落ち着きなさい」

全員の頭を乱暴になでて黙らせる。

「あまりに作業効率が落ちているようだが、どうしたんだ?」

四人の猫神見習いはそれぞれに顔を合わせ一斉に口を開こうと息を吸った。

「一人ずつ!一人ずつ頼む。端の君からだ」

そう端の青年を指差すと青年は事情を話し始めた。

内容をまとめれば、『鷲の長老の偉そうなハゲじじいがこの場を指揮、且つ放棄している』らしい。

偉そうなハゲじじいとはまた言い得て妙だ。

ハゲワシの長老と言えばツクヨミ様の従属筆頭である彼のことだろう。

どうやら今は彼が指揮を執っているらしい。

私達がツクヨミ様にお仕えする前はたしかに名実ともに従属筆頭だったが、今もなお残っているのはその名前と大きすぎる態度だけ。

私やテトラ、エルーズバッハのいた頃は私達で抑えていたが、そのストッパー役が居ない今となってはやりたい放題なのだろう。

「ふむ…では、長老と話をして現状を改めなければならないな。長老は今どこにいる?」

訪ねた途端に四人の血の気が引いていく。

「あそこに行かれるんですか…?」
「ポイッて、ポイッてされちゃいますよ…!」
「遊郭は蛇の巣窟なんですよ…!?」
「食べられてしまいます…!」

納得だ。

あの爺さんが行ったのは遊郭か。

ここは天界、そのような場所がないわけがない。

あそこでウリをする蛇たちは金と金を持っている奴にしか興味がないのだから見習いたちは相手にもされず放り出されたのだろう。

「わかった、ありがとう。私一人で行こう。長老は誰のもとへ向かったかわかるか?」
「えっ!ええと、ゆき…?さんに会うと言っていました!」

記憶を頼りに首を傾げる見習いたちを「ありがとう」と撫でる。

「じゃあもう少しだけ帳簿付けを頼むぞ」

私は見習いと月ウサギ達に後を任せ、巨大和室を出た。

ユキ、か…。

嫌な予感がした。
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