金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

文字の大きさ
上 下
8 / 18
1章 結成

第7話 討伐へ

しおりを挟む
降ってきそうなほど星で溢れるドワーフ村と違って、ツェントルムの夜空は月の光すら地上に届いてきそうにはない。
雨でも降るのかと思うほど重く弛れる雲には鮮やかで官能的なネオンの光が映っていた。
宿の物置からガウをひいて出た莉音は空を見上げて目を細める。
星など、ななつの頃から見ることは叶わなくなった。

「よ~し、そしたら張り切って魔法陣探すでぇ!金金ぇ!」

面倒くさがりだと自称したのが嘘のようにアルアスルは張り切っている。
冷めた目で一同を見ているのかと思われたたてのりも既にエレジーに跨り気合十分だ。

「莉音、大丈夫?」

「あ…トウカ…はい、あっ、うん…」

ガウによじ登った莉音の前に真珠の輝きが現れる。
たてのりの太刀のチェックをしていたタスクはそれを聞いて飛び上がった。

「え!?莉音にトウカ!?この一晩で何が…」

興味津々であることを隠すことがない彼に真実を告げる者はいない。
誤魔化して笑う女ふたりにそれ以上タスクは何も言わなかった。

「とりあえずどこら辺に出るんか目星が欲しいなぁ」

アルアスルが背伸びしながらぼやく。
ツェントルムの街だけでもかなり広い。魔物を退治するにしても、魔法陣がさらに外の山にあるとなると一体どれくらいの日数を要するかわからない。

「そもそもどっち方面かもわからんしな~」

タスクは大きな体躯をさらに伸ばし周囲を見回す。
右手には愛用の大槌を、左手には戦いたくて仕方のなく今にも駆け出しそうなたてのりが乗るエレジーを抱えている。

「モンスターはどっちにせよツェントルムの街に来やったんやろ?とりあえず1体捕まえて、そいつに案内させたらええんとちゃう?」

自分の背よりも高い聖女の杖を背負い直して莉音がなかなか大胆な発言をする。
たてのりはそんな小さな姿を馬上から複雑そうな目で見下ろした。
初対面での軽蔑的な色は消えていたが、今度は距離感を測り兼ねているような感じだった。

「うーん、じゃあそうするか。二手に分かれてツェントルム内のモンスター探すとこからってことで!えーじゃあ班分け…戦力が…偏るなぁ…」

ガウにもたれかかって半分もふもふに埋もれていたアルアスルが悩ましげに首を傾ける。
たてのりひとりに戦力は頼りきりのパーティだ。二手に分かれれば都合が悪い。

「でも効率考えるとな。こう分かれるか」

タスクはガウごとアルアスルと莉音を引き寄せ、トウカをたてのりの方へ押しやる。
たてのりのアシストをトウカにやらせて、戦力の低いアルアスルとタスクには回復として莉音をつける形となった。莉音はトウカと一緒がよかったらしく、少し拗ねた。

「じゃあ、行ってくるよ。気をつけてね」

「あっ!ちょい待って!」

いざ歩き出すというとき、タスクは思い出したというようにたてのりの後ろに乗り上がるトウカに小さな玉をふたつ渡した。

「これは?」

トウカの白銀の手に黒ずんだ玉はやけにはっきりと見える。
タスクは自信満々に笑うと腰の巾着から同じものを取り出し、地面に叩きつけた。

「うわっ!」

途端に大量の煙が噴き出し、続いて細い光が勢いよく空へ飛び上がる。
光は重く弛れる空に一瞬赤と青の花を描いた。
その儚い花を追うように耳朶を震わせる大きな音が響き渡る。

「俺らが離れるときに使ってる連絡手段や。渡し忘れるところやった!今回やったら青をモンスター発見、赤を緊急事態発生で使おか」

「これ、タスクが作ったの?すごいね」

トウカは素直な賛辞を口にして玉を大切に持つとたてのりが背に担いでいる大剣の鞘を掴んだ。
たてのりはそれを合図にエレジーの横腹を蹴って駆け出す。
見る間にふたりの姿は東の闇へと溶けて消えた。

「じゃあ俺らも行こうか」

「今夜中に見つかるかなぁ」

弱気な莉音の背をタスクが叩きガウを走らせる。
一瞬の間を置いてすぐに己の足で駆けてきたアルアスルが隣にぴったりとついた。
タスクは美しい装飾の施された板のようなものに乗って激しい音を立てながら少し後ろをついてきている。

「それはわからんけどなぁ、お得意の神さんに頼んどいてぇや」

一糸も乱さない呼吸でアルアスルがそんなことを言ったばかりに、アルアスルとタスクはしばらく大音量のソプラノに付き合わされることとなってしまった。



春の足音はまだ聞こえたばかりで、夜の風は肌に触れると冷たい。
しかしそれ以上に会話のないふたりの間には極寒の空気が満ちていた。
繁華街を過ぎてしまえばモンスターどころか人影もない。ツェントルムにしては静かで寒い夜だった。
景色がやっと判別できるくらいで馬を走らせるたてのりに、出会ってすぐの女性とふたりきりで会話を弾ませるような芸当はもちろんできない。
接客に慣れているはずのトウカの方も無理に何かを話そうとする素振りはなかった。
パーティが分かれてどれくらい経っただろうか、街のはずれまで見回ったものの何も発見できなかったふたりは皆と分かれた中心街の方へ戻ってきていた。

「モンスターもいないし合図もない。毎晩出てたってのに今日に限ってはずれ…?」

風に紛れるくらいの声でトウカが呟く。何も返事はしなかったがたてのりも同意だというように馬を止めた。

「もうあいつらも宿に戻ってるかもしれないな」

誰に言うでもなくそう独りごちて馬の向きを変える。
宿はツェントルムの街から裏路地に入ったところにあった。
物置に乗り入れて見てみるが、定位置で丸まって寝ているはずのガウの姿はない。
分かれた3人はまだ戻っていないようだった。

「機動力はあっちのがありそうだけど…大丈夫かな」

闇に輝くペリドットの双眼が細まる。
たてのりは無言で太刀を担ぎ直し、物置から出た。
向かう方向は3人が行った西側である。

「とりあえず、何かないとも限らないから俺はネコらを探しに行く。トウカさんは宿で…」

刹那。

「ん…?」

細く何かが伸びるような音が微かに耳に触れる。
ふたりは同時に空を見上げ、そこに満開に咲いて光の花弁を散らす赤色の花を見た。
続いて低く這う気味の悪い音が西の空にこだまする。

「赤…信号?」

間違いなくタスクが作った合図———————緊急信号だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...