上 下
4 / 12

能天気で何もしない精霊と旅をしていた魔女は、竜王様に愛でられる

しおりを挟む
「ルーチェ、しっかり掴まってて!」
「言われなくても分かってるんだぞ」

 右肩にちょこんと乗った、小さな精霊に声を掛ける。
 今、私たちは銀狼の群れから必死で逃げていた。
 
「もうっ! こんな時に魔法が使えないなんて……!」
「この辺りには魔力無効化の結界が張られているんだぞ」

 いつも能天気なルーチェが、ひとごとのように言う。
 
「ガルルルルルルルルルルッ!」
「わー! 追いつかれちゃう!」
「俺様、来世はもっと楽に生きたいんだぞ」

 もうダメ――!!
 
 そう思った瞬間、閃光が走った。
 あまりの眩しさに、私もルーチェも目を閉じる。

「な、何……!?」
「おい、銀狼たちが森へ逃げていくんだぞ」

 しばらくしてから目を開けると、銀狼たちの姿はなかった。
 代わりに背の高い、頭から二本の黒く立派なツノを生やした男の人が悠然と立っていた。

「二人とも立てるか?」
「はっ、はい! 助けてくださりありがとうございます!」

 私は立ち上がると、ぺこりと頭を下げる。
 ルーチェは猫みたいなアーモンド型の瞳で、男の人をじっと観察している。

「あの……もしかして竜人族の方ですか?」
「如何にもそうだが、まだ小さいのに一人で森の中を歩き回るのは関心しないな」
「こっ、こう見えて私、十六歳です!」
「おや、それは大変失礼した」
「あっははははははははは!」

 ルーチェが私の耳元でげらげらと笑う。
 見た目だけはもふもふで可愛らしいから、余計に腹立たしい。

「私はマーリン・エルドラド。このエルドラド王国を治める竜王だ」
「ええっ!? お、王様だったんですか!?」
「なんで王様が従者も連れずに一人で森の中をほっつき歩いてんだ?」
「はは、これは一本取られたな」

 マーリン王は朗らかに笑ってみせた。
 艶やかなシルバープラチナの髪が、サラサラと風になびく。
 端正な顔立ち、エメラルドグリーンの瞳は煌めく宝石のよう。
 漆黒のマントが翻る姿は――
 
(すごくかっこいい……!)

「ふん、リーリアは面食いだもんな」
「ルーチェだって美人に弱いくせに」
「うるせーんだぞ!」
「なによー!」
「二人とも本当に仲が良いのだな」
「全然!」
「全然なんだぞ!」


 ♢♢♢


「疲れたであろう。王城で羽を休めるがよい」
「ありがとうございます」

 私とルーチェはマーリン王に連れられ、王城へと向かう。
 公爵令嬢が着ているようなドレスじゃないけど、入っていいのかな? なんて思っていたら。

「気にせずとも私の他には誰ものだ」
「えっ、そうなんですか?」
「ちぇっ。俺様ご馳走が食べられると思ったんだぞ」
「こら、ルーチェ! 失礼でしょ」
「食料なら備蓄してあるものでよければ、いくらでも食べてくれて構わない」

 マーリン王が手をかざすと、大きな扉がひとりでに開いた。
 城内は思っていたよりも薄暗い。
 燭台の火を灯すために、マーリン王が再び手をかざした。
 ぼうっとあたたかな光が、次々と長い廊下を照らし出す。

「龍人族が高度な魔法を使えるのは本当なんですね」
「そなたも魔女だろう?」
「はい、しがない魔女ですが。あっ、私はリーリア・バイエルと言います。こっちのふてぶてしい精霊はルーチェです」 
「誰がふてぶてしいんだぞ?」

 マーリン王がルーチェをじっと見つめた。

「ふむ、高位の精霊であるな」
「でも普段は何もしないんですよ」
「リーリアが魔法でちゃちゃっと解決すりゃいいだろ」
「こんな感じなんです」
「成る程」

 歩きながら会話をしていると、見たこともない広さの豪奢な部屋に案内された。

「存分に寛いでくれ」
「はい、ありがとうございます」
「おい、食い物はどこなんだぞ?」
「しばし待たれよ」

 マーリン王は三度手をかざし、無詠唱で瞬間移動の魔法を使って山のような食料を出現させた。
 
「おおっ! 羊の燻製肉にソーセージ、高級ワインまであるんだぞ!」
「ルーチェ、お行儀良くしなくちゃダメでしょ!」

 食料の中に飛び込むルーチェを叱りながら、マーリン王に訊ねる。

「どうして森に魔力無効化の結界が張られていたのに、マーリン王は魔法を使えたんですか?」
「あれは私が魔物などの気配を察知する為に張った結果だったからだ。吹けばシャボン玉のように弾けてしまう程度であったのだが」
「そ、そうですか。私の魔力もまだまだですね、あはは……」
「リーリアはなぜ精霊と旅をしている?」
「私の生まれた村では、十四歳になると契約を交わした精霊を連れて独り立ちするしきたりがあるんです」
「ほう、魔法族もなかなか厳しいのだな」
「はい、そうなんです」

 私は生まれ故郷を思い出していた。
 澄み渡る青空、ゆっくりと流れる白い雲。
 どこまでもひろがる小麦畑、四方を囲む山々。
 放牧されたヤギや牛が、美味しそうに牧草を食む姿。
 野山を駆け回る、元気な子どもたちの笑い声にはしゃぐ声。
 
「天涯孤独かと思っていたが、そうではないと分かって安心した」
「心配してくださりありがとうございます。両親も双子の弟もみんな元気に暮らしてます」
「弟がいるのか。羨ましいな」
「えっ?」
「私には兄弟がいないのだ。リーリアも喉が渇いだだろう。葡萄ジュースでも飲むがいい」

 草花の紋様が施された金彩のグラスと葡萄ジュースの入った瓶が目の前に現れ、宙に浮かんだまま目の前でグラスへと注がれる。
 その様子を見ていると楽しくて、小さな子どもみたいに自然と笑顔になった。

「いただきます。わぁ、おいしい!」
「この地方で採れる葡萄は絶品であるからな」

 ついでにパンや簡単に食べられるものもいただき、私はお腹も心も満たされる。
 そこでようやく本題に入った。

「王城の皆さんはどこへ行ってしまわれたんですか?」
「それなのだが……」

 私はごくりと唾を飲み込む。

「どうやら私の強大な魔力に当てられ、消えてしまったようなのだ」
「えっ、どういうことですか?」
「ソイツの中からすんげー魔力の匂いがするんだぞ」

 ムシャムシャと肉を頬張るルーチェが口を挟んだ。
 意味がよく分からず、私は小首を傾げる。

「消えた、という表現はいささか違うか。正しくは姿が見えなくなった、だな」
「じゃ、じゃあ皆さんは王城ここにいる、ってことですか……?」
「ああ、そうだ」

 途端に恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になる。
 くしゃみやあくびをした無防備な顔を、誰かに見られていたなんて……!
 私は穴があったら入りたい、とはこんな気持ちなのだと生まれて初めて知った。

「それよりもっと食い物を寄越すんだぞ!」

 こんな時でも能天気な精霊だと、逆に羨ましくなる。
 
(とにかく何とかしなくちゃだよね……!)

「その、マーリン王は解決策を考えていらっしゃるんですか?」
「解決策……と言えるか分からないが、考えはある」
「私でよければお手伝いします」
「だが――」
「銀狼から助けてもらったご恩がありますので。私もルーチェもお腹いっぱい食べさせていただきましたし」
「うむ……ではリーリアに手伝ってほしいことがある」

 マーリン王は革張りのソファから立ち上がると、私の方へと優美に歩み寄ってきた。
 か、顔が近いっ……!
 まつ毛、長くて綺麗――コツン。
 
「ほえ?」

 私のおでことマーリン王のおでこが、ぴたりと触れ合う。
 
「ほええええええええええっ!?!?」

 驚く私の唇に、形の整った人差し指が添えられた。
 あまりのかっこ良さに心臓が破裂しそうな程、早く鼓動する。
 こ、こんな私を見られてるなんて、恥ずかしすぎる――!!

「よし、終わった」

 マーリン王のおでこが離された。
 少し寂しいけれど、ホッと胸を撫で下ろす。

「あ、あの、今のは……?」
「私の魔力をリーリアに分け与えたのだ」
「へぇ、マーリン王の魔力を……って、ええっ!?」
「リーリアの中からすんげー魔力の匂いがするんだぞ」

 まだモグモグ食べているルーチェがうさぎのような耳をピンと立て、狐のような尻尾をブンブンと振った。
 
「――我らがマーリン王」
「――やっと元の姿に戻ることができました」
「――リーリア様も本当にありがとうございます」

 王城の人たちが本来の姿を取り戻す。
 猫耳が生えていたり、完全な獣人族だったり、ルーチェの大好きなエルフの美人メイドさんたちもいた。

(私、何にもしてないんだけど……)

「リーリア、頭の中で林檎を思い浮かべてみるのだ」
「えっ、あ、はい。わっ!」

 マーリン王に言われた通りにしたら、なんと赤々とした林檎が出現した。
 
(も、もしかして高度な瞬間移動の魔法を使えるようになってる――!?)

「もしかしなくても大抵の魔法は扱えるはずだ」
「えっ、そ、そうなんですか!?」
「リーリア、修行もせずに魔力を得るなんてズルいんだぞ」
「確かにそうだけど、何にもしないルーチェには言われたくない」
「なんだとぉ?」
「そんなことはない。リーリアは私の大切な者たちを救ってくれたのだ。ありがとう」
「あっ、いえ……」

 マーリン王に真っ直ぐ見つめられ、私は思わず目を逸らす。
 
「リーリア、そなたがよければ私の妃になってくれないか?」
「はぁ、お妃様ですか……って、ええええええっ!?!?」
「竜人族も二百歳になったら独り立ちをする。だからずっと私のそばにいてほしい」
「にっ、二百歳……!?!?」
「やったぞ! これで肉も酒も食い放題飲み放題なんだぞ!」
「もう、ルーチェったら!」
「へへーんだ!」
「二人とも本当に仲が良いのだな」
「全然!」
「全然なんだぞ!」

 こうして私は竜王の妃となり、受け継いだ強大な魔力でエルドラド王国に住む人々の暮らしを支えることになったのだった。
 ルーチェは精霊のくせに相変わらず何もしないけれど、可愛らしい容姿からみんなに愛され、いつも美味しいものを飲み食いしている。

 え、その後マーリン王とはどうなったかって?
 もちろん溺愛され、たくさんの子宝に恵まれたのだけど、赤ちゃんが口から火を吹いたりするものだから、なかなか大変な育児をしている。
 でも愛するマーリン王や、支えてくれるみんながいるから大丈夫。

 お父さん、お母さん、リコル、リムル。
 私、とっても幸せです!!


 END

しおりを挟む

処理中です...