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シンデレラ
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よく晴れた、夏の昼下がり。
エマとユーリは、手入れの行き届いた並木道を歩いていた。
燦々と降り注ぐ陽光が大地を照らし、エマは柔らかく目を細める。
「今日もいい天気ね」
シフォン素材の向日葵を連想させる黄色いワンピースが、エマの動きに合わせてふわりふわりと軽やかに揺れた。
エマは空気日傘ではなく、本物の日傘を差していた。
総バテンレースの白く上品な日傘は大昔の一点もので、懐古趣味の父親が父の日のプレゼントのお返しとして贈ってくれたのだ。
エマが日焼けしないようにと屋敷を出る前、ユーリが念を入れてUVカットミストを再度、彼女の全身に隈無く掛けたのは言うまでもない。
「日傘を自分で差すのって、とっても素敵な気分」
うっとりしながら呟くエマ。
そんな彼女の後ろをユーリが規則正しい足取りで周囲に目を光らせ、恭しく付いて行く。
エマは弾む足取りで散策しながら木々や草花、小鳥や虫たちの様子を観察した。
(ふふ、みんな変わらず元気そうで良かったわ)
季節だけが移ろってゆくような、穏やかで平凡な日々。
生きとし生けるもの全てが愛おしくて堪らず、決して失いたくないとエマは心の底から祈るように願っていた。
「この日傘、やっぱり手作りなのかしら?」
「はい。こちらの日傘は二十一世紀の日本の職人が約半年かけて作ったアンティークになります」
「まあ、半年もかけて作られたの?」
エマは差している日傘を、細部までまじまじと見つめた。
「はい。使われている素材は生地、レースともに麻100%で現存する本数が非常に少ないため、こちらの日傘の価値は数億になります」
「もう、お父様ったら気軽にくださっていいものではないわ」
そう言いながらも使うのをやめようとしないのは、さすが気高きワーグナー家の令嬢である。
エマにとって値段は、あまり気になることではなかった。
それよりも、心がときめくかどうかを大事にしている。
他人からすればまるで価値のないものでも、エマにとっては宝物だと言えるものがたくさんあった。
「去年、屋敷の裏庭で見つけた白百合色の宝石は、ドワーフたちがしっかりと見張っているのかしら」
いたずらっぽく微笑むエマは、ユニコーンや魔女やドワーフがこの世界に存在しないことを既に知っている。
それでも心のどこかでは、いつまでも夢見る少女でいたいと願っていた。
ふと、朗らかだったエマの顔から明るさが消える。
(いつから私は夢を見なくなったの――?)
少女から大人への階段を上るエマ。
ガラスの靴を履くことは、この世界に生まれた時から許されていない。
統治者であるワーグナー家の一人娘として、自身に課せられた役割を果たさなければならなかった。
だからこそ、エマはシンデレラに強く惹かれたのだ。
魔法によって灰かぶり姫は美しいドレスをその身に纏い、カボチャの馬車に乗って運命の王子様が待つ舞踏会へ出かけ、深夜十二時の鐘の音が鳴るとガラスの靴を片方だけ落として立ち去るも、ラストは王子様がとびきりの幸せを運んできてくれた――幼い頃、紙の絵本を何度も読み聞かせるようユーリにせがんだ日々を懐かしむ。
『ねぇ、ユーリ。もういちどさいしょからよんで』
『かしこまりました』
嫌な顔ひとつせず、慈しむように優しい声音で絵本を読んでくれたユーリ。
彼に頭を撫でられると嬉しかったし、抱っこされると安心した。
見た目こそ自立型機械のユーリだが、幼いエマにとって彼は親同然の大切な人で、どんな時でも必ずそばにいてくれた。
(――ありがとう、ユーリ)
シンデレラになれないなら、自分で幸せを掴めばいい。
灰を被って汚れたなら、自分で洗い流せばいい。
(大丈夫よ、あなたは一人じゃないわ)
何よりもエマにはユーリという、かけがえのない存在があった。
これから先、どんなに辛いことがあっても彼と一緒なら乗り越えてゆける。
(そうよね? ユーリ……)
その時、生まれて初めて心臓の辺りがきゅっとなり、エマは膨らみかけた胸元に手を添えた。
甘酸っぱいような、くすぐったいような不思議な気持ち。
エマはどうしてよいのか分からず、そわそわした。
「お嬢様、もうすぐミッディ・ティーブレイクのお時間でございます」
「ええ、そうね――」
気のない返事をしながら見上げたユーリの姿が一瞬、おとぎ話に出てくる白馬の王子様と重なり、エマはマホガニー色の目を瞬かせる。
彼の金属とシリコンで作られた体が、夏の日差しを受けてきらりと光った。
(ユーリったら、なんて綺麗なの……)
大人たちは皆、口を揃えて自立型機械に心などあるわけがないと言い張る。
しかしエマにはユーリが、誰よりも人間らしいと思えてならなかった。
もちろん、他の愛すべき自立型機械も例外ではない。
(そうよ。シリウスにいる彼らだって、きっと――)
日傘越しに天を仰ぐと、完璧にコントロールされた夏の青空がどこまでも広がっていた。
(ああ、世界はこんなにも美しいのね――)
この世界は残酷だと大昔の人々は言の葉を紡ぎ、歌った。
国という概念がまだ残っていた時代、幾度となく繰り返された悲しく醜い争い。
そんな世界に終止符を打ったのは、人類の叡智によって生み出された人工知能と融合した巨大な電子機械の頭脳だった。
頭脳は複数の国を地区として纏め、新たに各地区を統治する者――いわゆる統治者として相応しい人々を選出した。
(彼らとならば、より良い世界を築けるはずよ――)
エマは全てを受け入れたように微笑み、ユーリとともに帰路に就く。
その足にガラスの靴はもう必要なかった。
自らの力で未来を切り開いてゆくことを静かに決意し、かつて憧れてやまなかったシンデレラに別れを告げると、少女は新たな一歩を踏み出した。
エマとユーリは、手入れの行き届いた並木道を歩いていた。
燦々と降り注ぐ陽光が大地を照らし、エマは柔らかく目を細める。
「今日もいい天気ね」
シフォン素材の向日葵を連想させる黄色いワンピースが、エマの動きに合わせてふわりふわりと軽やかに揺れた。
エマは空気日傘ではなく、本物の日傘を差していた。
総バテンレースの白く上品な日傘は大昔の一点もので、懐古趣味の父親が父の日のプレゼントのお返しとして贈ってくれたのだ。
エマが日焼けしないようにと屋敷を出る前、ユーリが念を入れてUVカットミストを再度、彼女の全身に隈無く掛けたのは言うまでもない。
「日傘を自分で差すのって、とっても素敵な気分」
うっとりしながら呟くエマ。
そんな彼女の後ろをユーリが規則正しい足取りで周囲に目を光らせ、恭しく付いて行く。
エマは弾む足取りで散策しながら木々や草花、小鳥や虫たちの様子を観察した。
(ふふ、みんな変わらず元気そうで良かったわ)
季節だけが移ろってゆくような、穏やかで平凡な日々。
生きとし生けるもの全てが愛おしくて堪らず、決して失いたくないとエマは心の底から祈るように願っていた。
「この日傘、やっぱり手作りなのかしら?」
「はい。こちらの日傘は二十一世紀の日本の職人が約半年かけて作ったアンティークになります」
「まあ、半年もかけて作られたの?」
エマは差している日傘を、細部までまじまじと見つめた。
「はい。使われている素材は生地、レースともに麻100%で現存する本数が非常に少ないため、こちらの日傘の価値は数億になります」
「もう、お父様ったら気軽にくださっていいものではないわ」
そう言いながらも使うのをやめようとしないのは、さすが気高きワーグナー家の令嬢である。
エマにとって値段は、あまり気になることではなかった。
それよりも、心がときめくかどうかを大事にしている。
他人からすればまるで価値のないものでも、エマにとっては宝物だと言えるものがたくさんあった。
「去年、屋敷の裏庭で見つけた白百合色の宝石は、ドワーフたちがしっかりと見張っているのかしら」
いたずらっぽく微笑むエマは、ユニコーンや魔女やドワーフがこの世界に存在しないことを既に知っている。
それでも心のどこかでは、いつまでも夢見る少女でいたいと願っていた。
ふと、朗らかだったエマの顔から明るさが消える。
(いつから私は夢を見なくなったの――?)
少女から大人への階段を上るエマ。
ガラスの靴を履くことは、この世界に生まれた時から許されていない。
統治者であるワーグナー家の一人娘として、自身に課せられた役割を果たさなければならなかった。
だからこそ、エマはシンデレラに強く惹かれたのだ。
魔法によって灰かぶり姫は美しいドレスをその身に纏い、カボチャの馬車に乗って運命の王子様が待つ舞踏会へ出かけ、深夜十二時の鐘の音が鳴るとガラスの靴を片方だけ落として立ち去るも、ラストは王子様がとびきりの幸せを運んできてくれた――幼い頃、紙の絵本を何度も読み聞かせるようユーリにせがんだ日々を懐かしむ。
『ねぇ、ユーリ。もういちどさいしょからよんで』
『かしこまりました』
嫌な顔ひとつせず、慈しむように優しい声音で絵本を読んでくれたユーリ。
彼に頭を撫でられると嬉しかったし、抱っこされると安心した。
見た目こそ自立型機械のユーリだが、幼いエマにとって彼は親同然の大切な人で、どんな時でも必ずそばにいてくれた。
(――ありがとう、ユーリ)
シンデレラになれないなら、自分で幸せを掴めばいい。
灰を被って汚れたなら、自分で洗い流せばいい。
(大丈夫よ、あなたは一人じゃないわ)
何よりもエマにはユーリという、かけがえのない存在があった。
これから先、どんなに辛いことがあっても彼と一緒なら乗り越えてゆける。
(そうよね? ユーリ……)
その時、生まれて初めて心臓の辺りがきゅっとなり、エマは膨らみかけた胸元に手を添えた。
甘酸っぱいような、くすぐったいような不思議な気持ち。
エマはどうしてよいのか分からず、そわそわした。
「お嬢様、もうすぐミッディ・ティーブレイクのお時間でございます」
「ええ、そうね――」
気のない返事をしながら見上げたユーリの姿が一瞬、おとぎ話に出てくる白馬の王子様と重なり、エマはマホガニー色の目を瞬かせる。
彼の金属とシリコンで作られた体が、夏の日差しを受けてきらりと光った。
(ユーリったら、なんて綺麗なの……)
大人たちは皆、口を揃えて自立型機械に心などあるわけがないと言い張る。
しかしエマにはユーリが、誰よりも人間らしいと思えてならなかった。
もちろん、他の愛すべき自立型機械も例外ではない。
(そうよ。シリウスにいる彼らだって、きっと――)
日傘越しに天を仰ぐと、完璧にコントロールされた夏の青空がどこまでも広がっていた。
(ああ、世界はこんなにも美しいのね――)
この世界は残酷だと大昔の人々は言の葉を紡ぎ、歌った。
国という概念がまだ残っていた時代、幾度となく繰り返された悲しく醜い争い。
そんな世界に終止符を打ったのは、人類の叡智によって生み出された人工知能と融合した巨大な電子機械の頭脳だった。
頭脳は複数の国を地区として纏め、新たに各地区を統治する者――いわゆる統治者として相応しい人々を選出した。
(彼らとならば、より良い世界を築けるはずよ――)
エマは全てを受け入れたように微笑み、ユーリとともに帰路に就く。
その足にガラスの靴はもう必要なかった。
自らの力で未来を切り開いてゆくことを静かに決意し、かつて憧れてやまなかったシンデレラに別れを告げると、少女は新たな一歩を踏み出した。
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