うしかい座とスピカ

凛音@りんね

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波打ち際

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 太陽の光が燦々と降り注ぐ、真夏の午後。
 エマはユーリとともに、ワーグナー家のプライベートビーチを訪れていた。
 当然、二人以外は誰もいないので、打ち寄せる波の音や海鳥の鳴き声が際立って耳に届く。

「空と海がとても綺麗ね」

 天蓋付きのサマーベットに腰掛けるエマは、にこりと微笑んだ。
 右手には、ユーリお手製のトロピカルジュースを持っている。
 空と海と同じ青色をしたサイダーがグラスを満たし、カットした瑞々しいオレンジとパインがグラスのふちを彩り、添えられたプルメリアの花がより南国気分を盛り上げる。

(ユーリが作ってくれたトロピカルジュース、今年も写真に撮っておかなくちゃ)

 エマは慣れた手つきで、何もない空中をタッチした。
 すると複数のアイコンが表示され、撮影機能を選んで起動させる。
 デフォルト設定で写真を撮る時にカシャッと音が鳴るのは、大昔のカメラという写真を撮る道具の名残りらしい。

(お父様とお母様に送信、と)

 海と自分とユーリの写真を満足するまで撮ったエマは、トロピカルジュースをガラスストローで美味しそうに飲み、空になったグラスを木製のサイドテーブルにそっと置いた。
 猫のように好奇心旺盛なエマは、マホガニー色の瞳を光らせながら辺りの様子を観察する。

「じっとしてるのが勿体ないから、海辺を散策してくるわ」
「では、わたくしもご一緒いたします」

 エマはサマーベッドから起き上がると、繊細なレースが施された白いビーチカーディガンを海風に靡かせた。
 白磁のような肌によく映える黒色の水着はクラシカルな雰囲気で、お転婆なエマを淑女らしく演出している。

 太陽に晒しても日焼けしないように再度UVカットミストを全身に浴び、纏めていた亜麻色の髪を解いた。
 ふわり、とシャンプーの良い香りが鼻腔をくすぐると、海風が気まぐれに連れ去ってしまう。

 エマはつばの広い麦わら帽子を被り、ユーリと海辺を心ゆくまで散策した。
 ふと視線を上げると、大きく白い雲の塊が青空いっぱいに広がっていてユーリに訊ねる。

「どうして夏になると入道雲ができるのかしら?」
「入道雲とは積乱雲の俗称です。強い上昇気流の影響で鉛直えんちょく方向へ発達した巨大な雲で、雲底から雲頂までの高さは数千mから一万mを超えることもあります。地表付近が温まる夏の晴れた日や、上空に寒気が流入した時によく発達します」
「もっと簡潔に教えてちょうだい」
「はい。つまり暖かく湿った空気が勢いよく上昇して雲になるためです」
「ふうん、そうなのね」

 エマは返事をしながら、ビーチサンダル越しに砂の感触を味わっていた。
 この海の砂はサラサラしていて、全体的に白っぽい。
 その場にしゃがみ込むと、両手のひらで砂をすくう。

「まあ、星の砂が混ざっているわ」

 エマは顔を輝かせながら、小さな星の砂を見つめた。
 天鵞絨ビロードのような夜空で瞬く星を連想させる、不規則な突起。
 ロマンチックな形状から大昔よりプレゼントやお土産、インテリアやハンドメイド用品として非常に人気が高かったが、次第に需要と供給のバランスが崩れ、採取できる量も減ってしまった。
 そのため、現代では採取や売買は一切禁止されている。

(小さなガラス瓶に入れたら、まるで星を捕まえたようね)

 星の砂が敷き詰められているワーグナー家のプライベートビーチも、人間と自立型機械ロボットの手によって“自然の姿のまま”残されている。
 両親に厳しく言いつけられているエマは星の砂に触れたりこそするが、決して持ち帰ろうとはしなかった。

 実は星の砂の正体が、有孔虫というアメーバの仲間の殻が堆積したものだということを以前ユーリに訊ねた時に知り、ひどく驚いたのは良い思い出だ。
 エマは星の砂を元の場所に戻すと、立ち上がった。

「ねえ、ユーリ。少しだけ海に入ってもいいかしら?」
「はい。ですが、このことは――」
「分かっているわ。お父様とお母様には内緒、でしょう? せっかくだしユーリも入って、ほら」

 エマはユーリの金属とシリコンで作られた腕を引っ張る。
 主人であるエマに強く促されては、容易に断ることなどできなかった。
 それにこの海の波打ち際ならば、カツオノエボシやアカエイなどの危険な生物はいないし、離岸流も滅多に発生しない。
 もし何か起こったとしても、自身に備えられた機能であらゆる脅威からエマを守ることが可能だと即座に判断する。

「かしこまりました」

 ユーリは微笑をたたえながら、エマの言葉に従った。
 頭上では、海鳥が鳴きながら気持ち良さそうに飛んでいる。
 二人が波打ち際まで同時に歩み出ると、砂混じりの温かな波が足の甲や指を優しく包み込むように撫で、すぐに海へと引き返す。

「ふふ、くすぐったい」
「そうでございますね」

 誰にも邪魔されることなく、真夏の海を密かに楽しむエマとユーリ。
 太陽のように眩しい笑顔が弾けて、青い空へと吸い込まれていった。
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