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56.願掛けと過去と②

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 沈黙する中で、老騎士クラークはジエメルド公爵のベッドサイドにあるテーブルに積まれた革の巻子本かんすぼんや冊子をいくつか手に取り、ギルバート達の前に置いた。

「平時なら門外不出のものですが、こちらに記録がございます。開示は閣下のご指示です。後ほど中を検めていただいて構いません」

 ジエメルド公爵は頷いて、その巻子本や冊子に目をやり、息を吐く。

「……国の記録といっても、全てが真実であるかは保証出来ん。ジエメルドは古くから誇りを重んじて来た国であったが故に、逆に都合の悪い事実は、歪曲されて記される事もあろう……。事実として、ジエメルドの公式な記録には、聖剣の喪失と、その原因が標の魔法使いの死去であろうとしか書かれてはおらぬ」
「実際に何があったのかは、わからぬのか?」

 司祭シドニーが険しい表情で尋ねれば、老騎士クラークは、更にいくつかの冊子を取り出して重ねた。

「当時ジエメルドに仕えていた、騎士団長や侍従長の日誌です。立場によって、見えている事実は異なりますが……、その中にも共通している出来事から推測出来る事もあります」

 ジエメルド公爵は、再び遠くを見た。

「人の手には大きすぎる力は、その輝かしき活躍と称賛の光が強い程に、昏い影を落とす事もある。その影が、ひたむきな研鑽を積み、日々戦って来た誇りある者の心を歪ませる事もある。一方で、大きな力を持つ者は他者を惹き付ける。様々な欲を呼びよせてしまう。人の心というものは時に御し難い感情に飲まれ、悲劇を呼ぶ……」

 ジエメルド公爵の独り言のような言葉の後で、老騎士クラークが続けた。

「正確な情報は隠匿され、断片的な話が伝わるまま百年余り過ぎ、これは推測でしかありません。……当時の王女が聖剣を持つ英雄に懸想した。貴族階級の者の一部はその力に陶酔した。一方で、称賛がただ一人に向けられ、日の当たらぬ騎士の中には英雄を疎ましく思う者が居た。それらが重なってもつれ合い、やがて英雄の傍に居たひとりの少女の命が奪われた──と」

 静かに話を聞いていたライオネルは、間を置いて尋ねた。

「その過去が、今回の一件に何か関係しているのだろうか?」

 ジエメルド公爵は、苦しそうに顔を歪めて、ライオネルに視線を合わせた。

「儂はディランに、ジエメルドの古き誇りを教え、育てたつもりでいた。だが、息子はジエメルドの過去を学ぶうちに、思わぬ方向に歪んでしまった」

 ディラン・アグレアス・ジエメルドの名が出た事で、ライオネルは身を引き締めた。

「育ち過ぎた誇りは時に傲慢を呼び、偏り先鋭化した正義は暴力となり……やがて盲信に囚われる。ディランは、女神の力を憎んでいる。それこそが我がジエメルドを滅びに導いたのだと……」

 司祭シドニーが顔を顰めて声を上げた。

「何故それが、あのような不死魔獣アンデッドを国にけしかけるような目論見に繋がるのだ……!?」

 ベッドに身を起こしていたジエメルド公爵は、膝の上に置いていた皺だらけの手でシーツを握り締めた。

「弱毒化した変異種不死魔獣アンデッドの発見が、更にディランの盲信を歪めた。……『すべてにおいて平等たる不死の軍勢こそが真に平和をもたらす』と……」

 ライオネルは眉間に皺を寄せた。

「まさかと思うが、あの不死アンデッドスライムを使って、本当に人々を不死アンデッド化出来るとでも……?」
「王都を覆い尽くし三月みつきも待てば、死なぬまま民も騎士も全て不死アンデッドになると。肉体のからの変化は聖職者にも気付かれない、とも」

 ライオネルとシドニーが息を飲む。

「……まずい、先日救助した騎士達を再度確認せねば。我らは確かに、目視で確認できない表層にない不死アンデッド化の兆候は見抜けぬ」

 シドニーはそう言うと急ぎ聖職者達を騎士達の元に向かわせ、自身はジエメルド公爵に近付き、許しを得て口を開けさせて喉奥を覗き込む。しかし表情は険しいままだ。

「……どうしたものか、まだ表層まで不死アンデッド化していないなら、浄化は出来るはずだが……」

 その光景を見ながら、ライオネルは思考を整理するように息を吐く。

「……王都には、聖剣と聖騎士が在るはずだが。その話からすれば、そちらも既に策が打たれている可能性があるか……」



 ギルバートは、隣に立つフローラが微かに震えている事に気付いた。聞かされた話の恐ろしさか、聖騎士という言葉か、ライオネルが最後に危惧した、王都に居る聖騎士の話ゆえか。
 無言のまま、悩んだ末にフローラの肩に触れ、その手を握った。握り返してくれた手は、やはり震えていた。

 ──フローラさんを捨てた野郎なんて……気に食わないが。だけど、彼女の心にこれ以上、哀しみや憂いは残して欲しくない。

 繋いだ手にそんな想いを込めて、それからもう片方の手にある戦斧の柄を握り締めた。


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