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第一章

012:女の子(?)は通訳者

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【Side:主人公】


「失礼します」

ボクが通訳の為に病室の中に入ると1組の親子がいた。

1人は先程会ったリディアさん。もう1人はそのお母さんだろう女性だ。

2人とも金髪に青目で綺麗な人たちだ。お母さんの方は娘さん比べて落ち着いた雰囲気で、慈愛に満ちた聖母のように感じる。きっと、優しいお母さんなんだろうなぁ。



ボクは歩みを進めて2人の側へ近付いた。


「ハルカ、さっきぶりね。また会えてうれしいわ!」

「ふふふ、リディアさん、私も同じ思いです」



ここで『トイレには間に合ったかい?』なんて野暮な事は聞かないよ。

今のボクは『男装の麗人』に徹しているからね。



「ねぇねぇマミー、この子がさっき話してたハルカよ!」

「初めましてハルカちゃん。私は『アンジェリーナ・G・トンプソン』です。先程は娘のリディーがお世話になったみたいでありがと~」

「初めましてアンジェリーナさん。三井遥と申します。先程は困っている可愛いお嬢さんを見過ごせなかっただけですので、お気になさらないで下さい」

「まぁまぁ、可愛いですって。良かったわね~リディー」

「マミーに、な、なんて事をぃうのよ。もう」


そう言って、リディアさんは腕を組んで顔をプイッと横に向けた。でも目はチラチラとこっちを見ている。ツンデレか?

アンジェリーナさんと軽く雑談していると背後から『ジー』とリアルで呟いた三宮先生がいた。


分かってますとも。分かってますとも。(`-ω-*)bキラリン

ボクは2回コクリと相槌を返して三宮先生にサムズアップして、漸く本題に入る。



「えー『コホン』。実は私、今回通訳者として来ております。こちらの方はこの病院の三宮和紗先生です。本日はアンジェリーナさんが入院するにあたり、三宮先生が日本語でご説明され、私が英語で通訳させて頂きます。今からご説明する為、暫しお時間を頂きますが、よろしいでしょうか」

「はい、今からでも大丈夫ですよ~」

「ありがとうございます。『それでは三宮先生、お願いします』……………」



ここからは完全にボクも前世のように仕事モードに入った。

三宮先生の横に移動し、彼女が話す日本語を通訳してアンジェリーナさんたちにはなししていく。

2人とも確りと此方こちらの説明に耳を傾けてくれている。



「アンジェリーナさんが今左腕に着けているリストバンドは、入院している間は出来る限り肌身離さず、常時身に着けるようにお願い致します」


「貴重品の管理はそちらの金庫の中で管理して頂くか、出来る限り当院自体に持ち込まないように…………」



こういう説明って、後で聞いてなかったとか言われて、クレームになるなんてパターンもあるからね。相槌を打ちながら真面目に聞いてくれて有り難い。それに話す側としても嬉しいものがある。



「当院の駐車場は外来や入院の場合も含めて値引きなどの交渉には一切応じておりません」


「今、この病室は見ての通り4人部屋なのですが、個室をご希望との事であれば多少の金額が掛かりますが個室承諾書を提出して頂ければ個室へと移動することも出来ます…………」



アンジェリーナさんがこの病院で入院するに当たって後々支障や不満を抱かない様にボクは出来るだけ丁寧に言葉を選んでいく。


おかしな話、三宮先生の説明はボク自身が『そうだったんだ。……知らなかった』という内容が多分に含まれていて、よくよく考えればボクは入院する上でこういった説明を一切受けていない事を思い出した。


まぁ、ボクの場合、殆ど三宮先生が傍にいるし、スマートウォッチでアレルギーや病歴なんかもすぐ分かるから、こういった手間は割愛されたのかもしれない。


契約関係はどうなっているんだろうとも思うけど、男護か病院の方で上手くやってくれたのだろうね。男の場合、かかる入院費や治療費なんかも全部国が払ってくれるからさ。書類上の連帯保証人の人もニコニコ笑顔、超安心安全だよ。



「それでは本日の内に提出して頂きたい契約書類は今目の前に並べさせて頂いた3枚になります」



ここでボクが翻訳した書類が登場し、三宮先生の手によって並べられた。


「説明は以上になりますが、何かご質問は御座いませんか?」

「大丈夫ですよ~。ありがとう御座います。あ、でも強いて挙げるなら、この契約書だけは英語なのはどうしてでしょ~?」

「………当院は現在、外国人の皆様でも安心して外来や入院できるよう改善に努めております。もう暫くお時間を頂ければ幸いです」


ボクは通訳する前に、思わずチラッと三宮先生の顔を見てしまった。相変わらずツルツルな強化プラスチックだ。


自分で翻訳しておいて、自分でこんな事をのたまうなんて酷く違和感を抱いた。でも三宮先生がそう説明するんだから、ボクはそのまま英語に変換してアンジェリーナさんに伝えるしかない。


なんか、ボクの『臨時バイト』のスケールが大変たいへん大きな物に変貌した気がしないでもない…………。


実際、ボクは外国人の人でも安心してこの病院に来れるように書類関係を現在翻訳中なのだけれど、もしかして今後は看板とかスタッフの対応マニュアルなんかにも手を出すことになったりして、…………そんな訳ないか。







後に、ボクはこの病院の様々な和文を翻訳する事になる。その中には案内掲示板なども含み、まさかこの時の予想がフラグだったことを知るよしもなかった(裏話)。





◆◆◆◆◆





アンジェリーナさんへの通訳が一通り終わると、三宮先生は急ぎの用事が出来たとかで病室を出て行った。

前世の社会人経験によれば三宮先生の雰囲気は上司に何かしら相談しに行く香りが漂っていたのだけれど、ボクの気のせいだろうか………。


そして、病室に取り残されたボクはというと………


「ねぇ、ハルカ」

「どうしたの?」


―――リディアさんに捕まってしまった。

現在空きのベッドを1つ椅子代わりにお借りして、彼女と座って会話中だ。

なんかリディアさん凄く嬉しそうな笑顔で話しかけてくるんだ。冷たくあしらうなんて出来るわけないよね。




「ハルカは日本人なんだよね?」

「そうだよ。リディアさんは――」

「リディアって呼んで」

「わ、分かったよ、リ、リディア」


リディアが言葉を遮ってそうお願いして来たので、ボクは彼女の名前を敬称をそえずに呼んだ。

でも、少しどもってしまった。家族以外では初めてなんだ。



「その、リディアはどこ出身なの?」

「私はステイツ(意:米国のこと)よ。ハルカは日本人なのに英語が上手いわよね。何でそんなに英語が上手いの?」

「勉強したからだね。後は映画や音楽の影響かな。趣味から発展して言語学習がはかどったんだ」

「へ~、ハルカって凄いわね。私まだ日本語が上手く話せなくて、もし迷惑じゃなかったら日本語教えてくれないかしら?」

「時間のある時だったら構わないよ」

「本当ッ、ありがとう!ねぇ、連絡先を交換しましょう」

「うん、良いよ。Rineやってる?」

「やってるわ、ほら」


そう言って、リディアはポケットからスマホを出してアプリを見せてくれた。

彼女がポンとアプリを押すと起動中の画面が表示される。


こんな時にボクは『ワンピースの洋服って、ポケットあったんだ。知らなかったぁ』と頭の中で考えていた。

女性服の構造なんて知らないからね。当然、人生で一度も着たことがないよ。



「そのスマホって、日本のライトバンクの物だよね」

「そうよ。日本に来てばかりの頃に、マミーから迷子になった時の為にって渡されたの」

「そっか、なら日本の回線を利用しても大丈夫なんだね。」


ボクは断りを入れてリディアのスマホを借り、ポチポチっと操作する。ボクのRineアカウントと友だち追加する為だ。

一応、電話番号も電話帳に新規登録して、完了っと。


ちなみに、今のボクはスマホとか身に着けてない………。

ボクのスマホは現在病室の『金庫』の中で永眠中だよ。

今電話をかけた所で『おかけになった番号は現在電波が届かない場所にあるか、電源が入っておりません………』とガイダンスが流るだけさ。なんせ、お菓子判定の仕事以外では一切使用しないからね………。


正直、友達なんて1人もいない。そもそも家から出ないんだから、友達ができるわけないよねッ!

この日本の男子社会は、皆『一匹狼』なんだよ、ワンワン!




「ねぇ、ハルカ。このまま病室で話すのもあれだし、病院の庭に行きましょうよ。私、さっきちゃんと見れなかったから、ハルカと一緒に見たいわ」

「良いよ。あの庭園、とても綺麗だったからね」


ボクが脳裏に先程見た光景を思い浮かべていると、リディアが「早速行きましょう」とボクの手を繋いで来た。

別に女性に触れられて嫌な訳ではないのでボクはそのまま特に注意する事もなく、2人で仲良く院内庭園へと向かった。


道中で「この産婦人科病棟って1階のエントランスから遠いわよね、何でかしら?」とリディアに聞かれたんだけど、その答えはボクも知らない。

なんとなく暴れん坊将軍な男共のせいだと思ったけれど、飽くまでボクの予想だ。下手な発言は良くないよね。ボクは無難な返事にするだけに留めておいた。


そして、院内庭園に辿り着いたボクたちは噴水の前にあるベンチに座ってゆっくりと語らった。



「ハルカは普段、何しているの?」

「ここ最近だと、食っちゃ寝生活をエンジョイしているよ」

「ふふふ、そうなんだ。私も似た様なものよ。ハルカはやっぱり入院しているの?」

「そうだね~、うん。今はこんな服装しているけど、入院してるよ。…………ただ、検査の為だから、別に何処か悪くて、治療の為に入院してるって訳じゃないからね」


ボクが『入院してる』と言った時、リディアの表情から不安や心配といった感情が見て取れた。

だから、検査の為であるという事も補足しておいた。

まだこの娘とは会ってばかりだけれど、自分の事を多少なりとも心配してくれるなんて、不謹慎にもちょっと嬉しいと思ってしまった。



「リディアは、普段何しているの?」

「私はToutubeを見ているわ」

「そ、そうなんだ。具体的にどんな物を見たりしているの?」

「ん~と、色々あるんだけど、ステイツの音楽を聞いたりしているわ。でも1番よく見ているのはABTかしら。日本じゃ放送されない番組なんだけど、ハルカ知ってる?」

「………………」



リディアが答えてくれた言葉が、なにやらボクの中の琴線に触れた気がした。

ボクは目を見開いて、直ぐに次の言葉が喉から出て来なかった。



この世界にもあったんだ、ABT………。





「……………うん、知ってるよ」





非常に良く知っている。


前世の自分が、もしアメリカに住んでいたならば………

社畜ではなく、時間に余裕があったならば………

誰にも絶対に負けない………『才能』があったならば。


是非、出場してみたいと思っていたんだから。







◆◆◆◆◆



そもそもABTとは『America's best Talent』の略で、アメリカを拠点に開かれる才能発掘オーディション番組のことである。

魅せる競技は歌、演奏、お笑い、アート、ダンス、マジック等々、『才能』のあるパフォーマンスであれば何でもありの世界大会みたいなものだ。


超ハイレベルの激戦が公開オーディションとして行われ、この番組は前世の地球では世界的に有名だった。


日本の番組なんかでも素人から未来のスターを発掘する、といった企画番組は存在した。

しかし、ABTでは日本とは比べものにならない程の圧倒的人口の中から老若男女問わず、才能のある者たちが約10万組もエントリーし、必然的に尋常ではない白熱した競争が各会場で繰り広げられていた。


審査回数は7回。アメリカらしく予選通過した4回戦目本戦からは視聴者投票で勝敗を決することになる。それはつまり、より多くの人々を魅せられるかが問題となり、才能の有無だけじゃなく、『』であるか否かが問われるんだ。


シェルターの壁の如く、厚い挑戦者層の中で『勝ち』を積み重ねていくことが、どれだけ難しく…………そして、凄い事か。


勝ち進んだ者たちは選りすぐりの才能の持ち主であり、例え優勝できなかったとしても、番組で放送された彼等の受ける評価は世界規模だった。


ボクの前世では日本人優勝者はたったの1組だけ。


嘗てのボクにとって、ABTで活躍する人たちは最高の憧れだった。



◆◆◆◆◆





「ハルカは何でも知っているのね」

「いや、知っている事だけだよ」

「私ね、いつかABTに出てみたいなって思ってるの」

「……どんな才能で挑戦するのか、聞いても良いかな?」

「歌よ。これでも上手いんだから!」

「そうか。なら、出場する時には私も応援に行くよ」(*´ω`*)b



ボクは彼女が語る言葉を決して馬鹿にすることなく、至って穏やかにそう言い切った。


もしボクが知っているABTと、此の世界のABTが同じだったとしたら、それはとても………『厳しい』ものとなるだろう。

未だ少女に過ぎない彼女に、ボクは酷な現実を語る事をしなかった。



ABTを『歌』で出場する場合、挑戦者は極めて多くなるため予選当初から激戦区になる。それはオーディションで勝ち残れる難易度が『超』難関から『超超超』難関にハードルが上がる事を意味する。

しかし一方で、非常に高いリスクがある代わりに聴覚で人を魅了できるという強みも歌にはあった。それは本戦の視聴者投票では勝ちやすくなるリターンともなり得る。

一応、ABTはどんなパフォーマンスで挑戦するかは各々おのおのの自由ではあるけれど、本気で勝ちに行くなら各自の持ち得る最高の才能で戦うしかないから、結局のところ選択肢なんて最初から存在しない。



ボクはリディアの歌を聞いたことはないが、もし彼女がABTに出る時には自分もアメリカに行こうと思ったのだった。




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