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第二章 大きなノッポの古時計は何を訴えて哭く
第五話
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「まあ、ノイズは置いておいて、こっくりさんってのは、狐とかの霊が降りてきて、質問に答えてくれるんだろ。でも、あれは、科学的な見方では、意識に関係なく体が動く、オートマティスムの一種、という説があるんだ。そもそも、どうして『こっくりさん』なんて」
彼女たちに理屈っぽい説明をしておきながらも、薄気味悪い。その紙が目の前にあるだけでも気分がすぐれない。畳んでしまいたいが、こちらから触るのも億劫だ。
彼女たちを責めるつもりはないが、冬矢はちょっと呆れていた。
「昔、流行ったね、って話になって、それで私たちのクラス、文化祭で映画を上映しよう、って話も出て、じゃあ、ホラーにしようってことで、試にやってみたんです」
携帯と紙をテーブルに出した時ほど、暗いテンションではなくなった。三人とも視線を上げたので、まだ一抹の不安はあるものの、幼さの残る顔が拝めた。
「もう文化祭の話をするんだ。気が早いね」
苦笑いしながら、注文した珈琲を軽く啜った。
女子高生たちは、アイスティーだった。ブレザーと紅茶色が、なんだか良く似合っていた。
「早くないですよ。どこのクラスも、もう話してますよ。なんかうちの高校、文化祭にはすごい力を入れてるみたいだから」
「へぇー」と相槌を打ちながら、また珈琲を啜る。
「この携帯って、まだ使える? 解約とか、してない?」
「してません。電話した時、電話口の人が、処分契約するまで解約はしないでと、言っていたので。だから、早く捨てたいんです」
さすが、骨川社員! 先輩たちの優秀さに、冬矢は感激した。だが、それも当たり前に行うべき仕事なんだろうなと、冷静に受け止めた。
襟足を掻いた冬矢は、「んー」と軽く唸った後に、口を開いた。
「ノイズって、もしかしたら、アマチュアが無線で携帯電話の周波数に合わせて、わざと妨害してるのかも。ノイズとかは、電話すると、いつも入るもんなの?」
女子高生が差し出した携帯の一つを手に持って、冬矢は繁々と観察した。
観察したところで、見た目はどこにでもある、なんの変哲もない携帯だ。ただ女子高生らしく、キラキラした石やシールでさりげなくデコレーションされてはいたが。
「いいえ、いつもではないです」
また例の時計と同じパターンだ、と冬矢は内心、面倒くさい感を抱いた。
以前にあった絵の時みたいに、さっさと持って帰れたらいいのにと、苦笑いは隠せない。
「じゃあ、今もノイズが入るか、試してみていい? ちょっと携帯を貸してほしいんだけど」
「はい、いいですけど。……あの、そんなことまで、確かめないといけないんですか」
携帯を貸してくれた女子高生が、気まずそうに訊ねてきた。
「まぁ、一応ね。確かめられないのも、中にはあるけど、どんな現象が起こるのかだけ、えーっと、じゃあ、電話を――」
「あの!」と別の女の子が今度は声を上げた。
「ん?」と顔を上げた冬矢は若干、驚いて、双眸をパチクリさせる。
「その、おかしくなった物のお祓いとか、するんですか?」
質問した女の子は上目遣いで、何を期待しているのか、どこか浮かれていた。
「ん、まあ、依頼されればするけど、処分する際は、立ち合いたいってこと?」
すると三人は口ごもって黙った。
「どんな所かなぁって、気になってて、私たち。携帯が繋がりにくかったのは、本当なんです。ネット電話だと、相手の声が遠くなっちゃって」
「それで、もしかして、こっくりさんやったから携帯が呪われたのかと、そうすれば、お兄さんの会社を呼べるかと思って」
大人しかった女子高生たちは化けの皮が剥がれるように、ボロボロ本音を吐き出した。
言葉を失くした冬矢は女子高生たちが何故そんな話を始めたのか、理解できなくて、口を半開きさせた。
「だって、訳有の物を専門に処分する会社なんて、そういえば珍しいよね、って」
「だから私たち、すっごく気になってたんです。直接は行きにくいし、しかもチャリじゃあ、ちょっと遠いし」
いや、バスも一応は走ってますが。一時間に一本ですけど――と、無意味にツッコんだ冬矢は「え?」と辛うじて声を漏らした。
「ちょっと待って。うちを見学しに来たかっただけなの?」
三人は互いに目を合わしてから、「うん」と頷いた。
重い息が胸の奥から出そうになった。
要は、興味本位だけで依頼電話をした、という結論に至る。
「は、じゃあ携帯のノイズって、ただ繋がりにくかっただけじゃん。ちなみに、ネットで電話し始めたのは、いつぐらい? こっくりさんやった後ぐらい?」
額を抱えながら冬矢は、テーブルに置かれたままの、【訳有モノ】ではない携帯を力なく見詰めた。
「先月だから、そうかもしれないです。こっくりさんやった後に、携帯に呪いが掛かったらホラーだよね、って話していて、文化祭にホラー映画を上映したら面白そうだねって」
「あー、そうそう、で、呪われた携帯を処分するならどうするって話になって、お兄さんの会社を見つけたんですよぉ」
女子高生たちは、自分たちが起こした行動を振り返って、勝手にはしゃいでいた。
はしゃいでもいいんだが、じゃあつまり今、俺取材されてるってこと――と、冬矢は冷ややかな視線で、三人を見詰めた。
こっくりさんをやった後に、ネット電話を利用し始めて、ノイズやら繋がりにくい状態があった。それを心霊現象に見立て、映画製作の取材をしたいがため、うちの会社に連絡した、という経緯らしい。
「見学したいなら、また改めて連絡して。上にも話を通さなくちゃいけないし、じゃあ、私は、これで帰らせてもらうよ」
テーブルに置かれた伝票を持って、冬矢は重くなった腰を持ち上げた。
「あ、あの、すみません、余計なお手間を取らせたみたいで」
一人が申し訳なさそうに謝罪してきた。すると、他の二人も彼女に倣って「すみませーん」と軽く頭を下げた。
二つか三つ年下だけなのに、制服を着ていると着ていないとでは、こうもやんちゃっぷりが違うものだろうかと、敗北感を覚えた。
「ああ、いいんだよ。じゃあ、気を付けて帰って」
憮然と苦笑いした冬矢は、若さ溢れる席から退散した。
彼女たちに理屈っぽい説明をしておきながらも、薄気味悪い。その紙が目の前にあるだけでも気分がすぐれない。畳んでしまいたいが、こちらから触るのも億劫だ。
彼女たちを責めるつもりはないが、冬矢はちょっと呆れていた。
「昔、流行ったね、って話になって、それで私たちのクラス、文化祭で映画を上映しよう、って話も出て、じゃあ、ホラーにしようってことで、試にやってみたんです」
携帯と紙をテーブルに出した時ほど、暗いテンションではなくなった。三人とも視線を上げたので、まだ一抹の不安はあるものの、幼さの残る顔が拝めた。
「もう文化祭の話をするんだ。気が早いね」
苦笑いしながら、注文した珈琲を軽く啜った。
女子高生たちは、アイスティーだった。ブレザーと紅茶色が、なんだか良く似合っていた。
「早くないですよ。どこのクラスも、もう話してますよ。なんかうちの高校、文化祭にはすごい力を入れてるみたいだから」
「へぇー」と相槌を打ちながら、また珈琲を啜る。
「この携帯って、まだ使える? 解約とか、してない?」
「してません。電話した時、電話口の人が、処分契約するまで解約はしないでと、言っていたので。だから、早く捨てたいんです」
さすが、骨川社員! 先輩たちの優秀さに、冬矢は感激した。だが、それも当たり前に行うべき仕事なんだろうなと、冷静に受け止めた。
襟足を掻いた冬矢は、「んー」と軽く唸った後に、口を開いた。
「ノイズって、もしかしたら、アマチュアが無線で携帯電話の周波数に合わせて、わざと妨害してるのかも。ノイズとかは、電話すると、いつも入るもんなの?」
女子高生が差し出した携帯の一つを手に持って、冬矢は繁々と観察した。
観察したところで、見た目はどこにでもある、なんの変哲もない携帯だ。ただ女子高生らしく、キラキラした石やシールでさりげなくデコレーションされてはいたが。
「いいえ、いつもではないです」
また例の時計と同じパターンだ、と冬矢は内心、面倒くさい感を抱いた。
以前にあった絵の時みたいに、さっさと持って帰れたらいいのにと、苦笑いは隠せない。
「じゃあ、今もノイズが入るか、試してみていい? ちょっと携帯を貸してほしいんだけど」
「はい、いいですけど。……あの、そんなことまで、確かめないといけないんですか」
携帯を貸してくれた女子高生が、気まずそうに訊ねてきた。
「まぁ、一応ね。確かめられないのも、中にはあるけど、どんな現象が起こるのかだけ、えーっと、じゃあ、電話を――」
「あの!」と別の女の子が今度は声を上げた。
「ん?」と顔を上げた冬矢は若干、驚いて、双眸をパチクリさせる。
「その、おかしくなった物のお祓いとか、するんですか?」
質問した女の子は上目遣いで、何を期待しているのか、どこか浮かれていた。
「ん、まあ、依頼されればするけど、処分する際は、立ち合いたいってこと?」
すると三人は口ごもって黙った。
「どんな所かなぁって、気になってて、私たち。携帯が繋がりにくかったのは、本当なんです。ネット電話だと、相手の声が遠くなっちゃって」
「それで、もしかして、こっくりさんやったから携帯が呪われたのかと、そうすれば、お兄さんの会社を呼べるかと思って」
大人しかった女子高生たちは化けの皮が剥がれるように、ボロボロ本音を吐き出した。
言葉を失くした冬矢は女子高生たちが何故そんな話を始めたのか、理解できなくて、口を半開きさせた。
「だって、訳有の物を専門に処分する会社なんて、そういえば珍しいよね、って」
「だから私たち、すっごく気になってたんです。直接は行きにくいし、しかもチャリじゃあ、ちょっと遠いし」
いや、バスも一応は走ってますが。一時間に一本ですけど――と、無意味にツッコんだ冬矢は「え?」と辛うじて声を漏らした。
「ちょっと待って。うちを見学しに来たかっただけなの?」
三人は互いに目を合わしてから、「うん」と頷いた。
重い息が胸の奥から出そうになった。
要は、興味本位だけで依頼電話をした、という結論に至る。
「は、じゃあ携帯のノイズって、ただ繋がりにくかっただけじゃん。ちなみに、ネットで電話し始めたのは、いつぐらい? こっくりさんやった後ぐらい?」
額を抱えながら冬矢は、テーブルに置かれたままの、【訳有モノ】ではない携帯を力なく見詰めた。
「先月だから、そうかもしれないです。こっくりさんやった後に、携帯に呪いが掛かったらホラーだよね、って話していて、文化祭にホラー映画を上映したら面白そうだねって」
「あー、そうそう、で、呪われた携帯を処分するならどうするって話になって、お兄さんの会社を見つけたんですよぉ」
女子高生たちは、自分たちが起こした行動を振り返って、勝手にはしゃいでいた。
はしゃいでもいいんだが、じゃあつまり今、俺取材されてるってこと――と、冬矢は冷ややかな視線で、三人を見詰めた。
こっくりさんをやった後に、ネット電話を利用し始めて、ノイズやら繋がりにくい状態があった。それを心霊現象に見立て、映画製作の取材をしたいがため、うちの会社に連絡した、という経緯らしい。
「見学したいなら、また改めて連絡して。上にも話を通さなくちゃいけないし、じゃあ、私は、これで帰らせてもらうよ」
テーブルに置かれた伝票を持って、冬矢は重くなった腰を持ち上げた。
「あ、あの、すみません、余計なお手間を取らせたみたいで」
一人が申し訳なさそうに謝罪してきた。すると、他の二人も彼女に倣って「すみませーん」と軽く頭を下げた。
二つか三つ年下だけなのに、制服を着ていると着ていないとでは、こうもやんちゃっぷりが違うものだろうかと、敗北感を覚えた。
「ああ、いいんだよ。じゃあ、気を付けて帰って」
憮然と苦笑いした冬矢は、若さ溢れる席から退散した。
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