上 下
13 / 15
第二章 大きなノッポの古時計は何を訴えて哭く

第五話

しおりを挟む
「まあ、ノイズは置いておいて、こっくりさんってのは、狐とかの霊が降りてきて、質問に答えてくれるんだろ。でも、あれは、科学的な見方では、意識に関係なく体が動く、オートマティスムの一種、という説があるんだ。そもそも、どうして『こっくりさん』なんて」

 彼女たちに理屈っぽい説明をしておきながらも、薄気味悪い。その紙が目の前にあるだけでも気分がすぐれない。畳んでしまいたいが、こちらから触るのも億劫だ。
 彼女たちを責めるつもりはないが、冬矢はちょっと呆れていた。

「昔、流行ったね、って話になって、それで私たちのクラス、文化祭で映画を上映しよう、って話も出て、じゃあ、ホラーにしようってことで、試にやってみたんです」

 携帯と紙をテーブルに出した時ほど、暗いテンションではなくなった。三人とも視線を上げたので、まだ一抹の不安はあるものの、幼さの残る顔が拝めた。

「もう文化祭の話をするんだ。気が早いね」

 苦笑いしながら、注文した珈琲を軽く啜った。
 女子高生たちは、アイスティーだった。ブレザーと紅茶色が、なんだか良く似合っていた。

「早くないですよ。どこのクラスも、もう話してますよ。なんかうちの高校、文化祭にはすごい力を入れてるみたいだから」

「へぇー」と相槌を打ちながら、また珈琲を啜る。

「この携帯って、まだ使える? 解約とか、してない?」
「してません。電話した時、電話口の人が、処分契約するまで解約はしないでと、言っていたので。だから、早く捨てたいんです」

 さすが、骨川社員! 先輩たちの優秀さに、冬矢は感激した。だが、それも当たり前に行うべき仕事なんだろうなと、冷静に受け止めた。
 襟足を掻いた冬矢は、「んー」と軽く唸った後に、口を開いた。

「ノイズって、もしかしたら、アマチュアが無線で携帯電話の周波数に合わせて、わざと妨害してるのかも。ノイズとかは、電話すると、いつも入るもんなの?」

 女子高生が差し出した携帯の一つを手に持って、冬矢は繁々と観察した。
 観察したところで、見た目はどこにでもある、なんの変哲もない携帯だ。ただ女子高生らしく、キラキラした石やシールでさりげなくデコレーションされてはいたが。

「いいえ、いつもではないです」

 また例の時計と同じパターンだ、と冬矢は内心、面倒くさい感を抱いた。
 以前にあった絵の時みたいに、さっさと持って帰れたらいいのにと、苦笑いは隠せない。

「じゃあ、今もノイズが入るか、試してみていい? ちょっと携帯を貸してほしいんだけど」
「はい、いいですけど。……あの、そんなことまで、確かめないといけないんですか」

 携帯を貸してくれた女子高生が、気まずそうに訊ねてきた。

「まぁ、一応ね。確かめられないのも、中にはあるけど、どんな現象が起こるのかだけ、えーっと、じゃあ、電話を――」

「あの!」と別の女の子が今度は声を上げた。
「ん?」と顔を上げた冬矢は若干、驚いて、双眸をパチクリさせる。

「その、おかしくなった物のお祓いとか、するんですか?」

 質問した女の子は上目遣いで、何を期待しているのか、どこか浮かれていた。

「ん、まあ、依頼されればするけど、処分する際は、立ち合いたいってこと?」

 すると三人は口ごもって黙った。

「どんな所かなぁって、気になってて、私たち。携帯が繋がりにくかったのは、本当なんです。ネット電話だと、相手の声が遠くなっちゃって」
「それで、もしかして、こっくりさんやったから携帯が呪われたのかと、そうすれば、お兄さんの会社を呼べるかと思って」

 大人しかった女子高生たちは化けの皮が剥がれるように、ボロボロ本音を吐き出した。
 言葉を失くした冬矢は女子高生たちが何故そんな話を始めたのか、理解できなくて、口を半開きさせた。

「だって、訳有の物を専門に処分する会社なんて、そういえば珍しいよね、って」
「だから私たち、すっごく気になってたんです。直接は行きにくいし、しかもチャリじゃあ、ちょっと遠いし」

 いや、バスも一応は走ってますが。一時間に一本ですけど――と、無意味にツッコんだ冬矢は「え?」と辛うじて声を漏らした。

「ちょっと待って。うちを見学しに来たかっただけなの?」

 三人は互いに目を合わしてから、「うん」と頷いた。
 重い息が胸の奥から出そうになった。
 要は、興味本位だけで依頼電話をした、という結論に至る。

「は、じゃあ携帯のノイズって、ただ繋がりにくかっただけじゃん。ちなみに、ネットで電話し始めたのは、いつぐらい? こっくりさんやった後ぐらい?」

 額を抱えながら冬矢は、テーブルに置かれたままの、【訳有モノ】ではない携帯を力なく見詰めた。

「先月だから、そうかもしれないです。こっくりさんやった後に、携帯に呪いが掛かったらホラーだよね、って話していて、文化祭にホラー映画を上映したら面白そうだねって」
「あー、そうそう、で、呪われた携帯を処分するならどうするって話になって、お兄さんの会社を見つけたんですよぉ」

 女子高生たちは、自分たちが起こした行動を振り返って、勝手にはしゃいでいた。
 はしゃいでもいいんだが、じゃあつまり今、俺取材されてるってこと――と、冬矢は冷ややかな視線で、三人を見詰めた。
 こっくりさんをやった後に、ネット電話を利用し始めて、ノイズやら繋がりにくい状態があった。それを心霊現象に見立て、映画製作の取材をしたいがため、うちの会社に連絡した、という経緯らしい。

「見学したいなら、また改めて連絡して。上にも話を通さなくちゃいけないし、じゃあ、私は、これで帰らせてもらうよ」

 テーブルに置かれた伝票を持って、冬矢は重くなった腰を持ち上げた。

「あ、あの、すみません、余計なお手間を取らせたみたいで」

 一人が申し訳なさそうに謝罪してきた。すると、他の二人も彼女に倣って「すみませーん」と軽く頭を下げた。
 二つか三つ年下だけなのに、制服を着ていると着ていないとでは、こうもやんちゃっぷりが違うものだろうかと、敗北感を覚えた。

「ああ、いいんだよ。じゃあ、気を付けて帰って」

 憮然と苦笑いした冬矢は、若さ溢れる席から退散した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

亡国の姫と財閥令嬢

Szak
ライト文芸
あることがきっかけで女神の怒りを買い国も財産も家族も失った元王女がある国の学園を通して色々な経験をしながら生きていくものがたり。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...