マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

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プロローグ

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 丘陵が続く月白色の月面フィールドを、五台のバイクが疾走していた。
 体にフィットした宇宙服を身に着けた先輩たちの背中が振動で揺れていた。立体音響と立体映像だが、さすがに宇宙服の感触までは分からない。

 しばらく走ると、ムーン・フラワーと設定された月光石の採掘基地跡が視界の横に堂々と現れた。何キロも先にあるが、施設の巨大さは迫ってくるようだった。
 派手に窪んだ月面に、採掘した月光石を流す役目にある巨大クレーンの足元が近くなると、銃声音が無線に乱入した。乾いた銃声は、サブ・マシンガンだろうか。たまに爆発音に近い重量級の連射音が入る。

 どこかのパーティがエイリアンを【マイニング】しているようだ。音が近くなる。
 列の最後尾を走る、【マイナー】のレインツリーは、ちらりと巨大クレーンの足元を一瞥いちべつした。
 遠目からでも、エイリアンの機械的な触手の先端が激しく動き回る光景が見えた。大物だ。

『B6ってところか、攻撃性がありそうだな。触手の動きが鋭い』

 現実世界と仮想世界を繋ぐ、頭部に装着したディスプレイ装置、『バーチャライザー』の耳元から、リーダーの声が発せられた。

 エイリアンの全体が見えないので、ターゲット・サーチができない。
 だが、目視だけでの判断は、経験を積まなくては見極めも難しい。おおよその見当は一応つくが。見当だけでも付けなければ、倒せるレベルなのか判断のしようがない。

『どっかのパーティの獲物より、見えてきたエイリアンのほうが手強そうだぜ』

 サブリーダーの声の語尾が、いたずら悪戯っぽく笑った。
 前方の丘陵線の向こうからエイリアンが見えてきた。

『あれはB9か10ってところか』とリーダーがひょうひょう飄々と答えた。

 まだ、頭が見えたところだった。機械のくせに、変形自在の軟体生物だ。軟体の触手を器用に動かしながら、月面を悠然と進んでいた。
 舌打ちしたくなるような優雅さだが、凶暴性を隠し持っていたら面倒だ。

 全体が見えたところで、『止まれ』とリーダーが指示した。仮想空間だが、月面の重力に設定されているので、逆噴射を掛けても尚、数メートル進んでから止まった。
 もうエイリアンとの距離は、目と鼻ほどしかない。だが、向こうから攻撃してくることはない。

【マイナー】からの攻撃が始まれば、エイリアンも攻撃してくるが、こいつらはMMORPGのモンスターとは違う・・・・・・・・・・・・・・・・
「どれどれ」と、サブリーダーがハンドル下のガン・ホルダーから、オートマチック・ライフルを取り出して構えた。
 スコープを覗き、ターゲット・サーチを懸ける。

『目標エイリアン・レベル、B10。凶暴性、柔軟性タイプ、パーティ理想人数、六人以上』
 と、アナウンスが答えを発した。 

『さすが、相変わらず勘が冴えてるな。で、どうする、リーダー』

 今まで、リーダーの推測が大外れしたことはない。だが、自分も外したことはないけどな、とレインツリーは心の中で呟いた。

『ディフェンダー先行、その後に、アタッカーは撃ちまくれ。レインツリーのライフルが一番計算・・が早い、狙撃に回って確実に仕留めろ。行くぞ』

 リーダーの手際よい指示に従い、パーティはバイクのエンジンを唸らせてエイリアンに進撃した。
 戦闘モードに入ると、バイクは自動的に、レーザーを照射する砲筒が生える。レインツリーのバイクには両サイドに二本だが、先輩たちのバイクには五本か六本は生えている。
 ディフェンダーが先行し、エイリアンの気をそ逸らした。その間に、アタッカーが脇から進攻すると、死角を狙ってレーザー砲を撃ちまくった。

 軟体機械エイリアンは自由自在に変形するので、とにかく的に向かって撃つしかない。
 甲高い金属音の叫びを轟かせ、よしっと誰もが良い手応えを感じたはずだった。
 だが、触手で体を縮ませたエイリアンは、内包していたエネルギーを爆発させるかのように、触手を広げた。
 とんでもない速さで、刃物に変形させた触手が、マイナーたちの体やバイクを切り裂いた。

 サブ・マシンガンやアサルト・ライフルで応戦したマイナーも、ことごとく斬りつけられた。自動回復スキルがあっても、とても回復が間に合わない攻撃速度だ。
 距離を置いて狙撃ポイントを見極め、アンチ・マテリアル・ライフルを構えていたレインツリーにも触手が伸びた。

 初めて感じた速さに、目が追いつかなかった。いや違う。
 修得している動体視力スキルなら、レベルB10のスピードなら捉えられたはずだ。
 銃だけかと思いきや、手首も斬り付けられていた。

 痛みはないが、現実なら骨まで切り裂かれている。今の攻撃だけでHPが半減した。
 バーチャライザーから仲間たちの断末魔が混在し、思わず耳元に手を当てた。

「自動回復スキルが消えてる。おいっ、何だこれ、全部が初期化してるぞ!」
「俺のもだ、どうなってんだよぉ――わあぁ」

 HPを失った仲間たちはガラスが砕けるように、崩壊した。

 異常事態の出来事になすすべもなく、阿鼻叫喚する仲間たちは反撃もできず、次々とエイリアンに切り裂かれた。
 一度は手応えを感じたエイリアンに、手も足も出なくなり、次々にマイナーが消さる事態などほぼありえない。
 おかしい、何かがおかしい。と思った時には遅かった。

「リーダーっ、後退を! このままじゃ、全滅するぞ!」
「レインツリー! お前だけでも、ログアウトしろ。こっちは、もうHPも――」

 その時、エイリアンと撃ち合っていたリーダーのアバターは、バイクを残して形状崩壊した。
 HPが尽きたことによる、強制ログアウトだ。

「クソォ!」と雄叫びを上げながら触手の刃を受けたサブリーダーも砕け散った。
 後を追うように、レインツリーだけを残して、皆が消えていった。
 何なんだよ、こいつ、ありえない。こんなデタラメな【取引】データエイリアンが存在するはずがない。

 生唾を呑んでやっと我に返った刹那、エイリアンの触手が向いた。
 次こそ、消される――。エイリアンと目が合った瞬間、レインツリーは飛んできた触手を回避しながらも、頬を斬り付けられた。
 現実世界のレインツリーの手が震える。

 早くっ、メニュー画面から、ログアウトするんだ!
 次の触手の刃が目の前まで突っ込んできたと同時に、ログアウト・ボタンを押した。

 ディスプレイは暗転して、仮想世界【ユグド】ログイン画面が映った。
 バーチャライザーを頭から外し、震える肺をどうにか落ち着かせようと、深呼吸を繰り返した。たかが仮想世界の出来事に、切迫しすぎだ。
 現実世界に戻ってきたレインツリーは、そのまま上半身を倒し、天井を仰いだ。

 次第に落ち着きを取り戻し、カーテンの隙間から射す日光に視線を向けた。
 何十時間か頭部に装着していたパーチャライザーが、指先に当たった。

「倒せないエイリアン、そんなはずは――」

 ターゲット・サーチでは、B10だった。あのパーティでも、充分に倒せるレベルだったはず。
 一度は手応え感じた、それなのに、手も足も出ない有様に変貌した。
 皆はどうなったかと思い、起き上がったレインツリーはバーチャライザーを装着した。
 ログイン画面にタッチして、IDコードとパスワードを、ディスプレイに映ったキーボードで入力した。

『このIDコードのアカウントは存在しません。初期設定から登録してください』
「どういうことだよ。そんなはずはない。抹消だと?」

 震え上がった血液が脳内を駆け巡って、冷や汗が滲み出た。
 もう一度、入力したIDとパスワードは当然の如く、弾かれた。稼いだ仮想通貨ユードも、手に入れた武器もスキルも、全てが抹消されていた。
 パニックを通り越して、諦めが来ると、本当に頭が真っ白になるんだなと痛感した。

 また上半身をフローリングに倒した。冷たくて気持ち良い。
 額に手を載せたレインツリーは、突然ふっと込み上げてきた笑いを喉の奥で鈍く響かせた。
 何故だか、湧き上ってくる笑いが、せき堰を切ったように決壊した。

 我慢を止めて素直に高笑いした。意味も分からずに、ただ、笑った。
 エイリアンに敗れていった仲間たちを、バカにしているわけでも、けな貶しているわけでもない。あの場が怖かったわけでもない。ただただ、楽しくなって笑った。

 ひとしきり笑った後、ふうと深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

「そっちがその気ならやってやるよ、【マイニング・ワールド】」
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