渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 時は経ち、トムはどんどん大きくなって四つん這いでどこへでも行くようになった。

「トム! どこへ行く!」
「あだ!」
「そっちは駄目だ! 川に落ちるぞ!」
「だー!」

 言うことを聞かないトムを爪を剥いた手で捕まえ引き戻す。

「どうして言うことを聞かないんだ。壊れたいのか?!」

 ソレはトムが壊れて笑うことも鳴くことも動くことも出来無くなってしまうことを考え、体の中が凍ったような気分になった。もしもそんな日が来てしまったら、とチラリと思っただけで喉がギュッと締まり3つの目の奥が熱くなった。

「そんなことは、お父さんは許さないぞ」

 絶対にそんな日が来ないよう自分がトムを守ろう、と心に誓い、壊さないよう気を付けながら鼻の前に小さな体を引き寄せると、

「とーた!!」
「ギャ!? やっやめろ! 私の目を叩くな! 痛い!」

 プクプクした小さな手が赤い大きな目に直接触れてきて、とても痛かった。
 ソレは思わずトムを地面に放してしまう。

「たー」

 自由になった途端、トムは結構な速さで四つん這いのまま歩き出した。
 川に入ってはいけないと言われたことを理解していたのか、トムは川には入らず、川に沿って川下へと四つん這いのまま森の中をいく。

「どこへ行く! 戻れトム!」

 慌てて追いかけるが、目が痛くて自然と涙が出て来て視界がぼやけた。
 ソレは悪い視界のせいで誤ってトムを踏んづけてしまうことを恐れ、目の痛みが収まるまで小さな背中を追いかけるだけに留めた。
 トムは川の流れを追って歩き続け、唐突にその場に蹲った。

「どうしたトム!?」

 ソレは全身の鱗が逆立つような恐怖を覚え、慌てて小さな身体に駆け寄った。
 地響きを立て、地面を鋭い鉤爪で抉りながらトムに駆け寄ったが、トムは動かない。

「トム!」

 悲鳴のような声を上げてトムを抱き上げ、脱力した。

「ぷすー……ぷすー……」

 鼻を鳴らしながらトムは熟睡していた。

「寝るなら寝ると、お父さんに言ってから寝ろ……」

 凍りついていた腹が溶けて暖かくなったような気がして、ソレはほう、と溜め息を吐いた。
 眠りこけるトムを毛で覆われた己の黒い尾で包み、爪のない二本の腕で小さな体を腹の下で抱える。そこが一番トムを守りやすく、雨風から避けられるからだ。
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