47 / 49
第八章
10
しおりを挟む
「む……私は……一体どうしていたのだ?」
昏倒していた艦長が、蹋頓にむくりと上半身を起こした。
「なっ?」
驚いて、黒い弾丸の雨が向かった島と艦長を交互に見るリディア。しかし驚いたのは彼女だけではなかった。
「どういうことだ!」
「何故? 願いはまだ叶えられていないわ! それなのに……何故!」
ギュンターとマイラだ。
二人共顔を赤くし、虚空に向かって怒鳴っている。
その間にも兵士達は、一人二人、三人と、次々と立ち上がりだしていた。
「ディーマ神よ! 説明されよ!」
「はいはーい」
ふざけた声音で答え、ディーマは道化の姿でマストの上に現れた。
「ごめんよ。誠に申し訳なくも、相手は私と不可侵を約している神の加護を受けている。だーかーらー駄目だった」
ちっとも悪びれない古代神に、ギュンターは歯噛みし、歯の間から搾り出すような口調で言った。
「ならば……私達をここから逃がせ!」
首を仰け反らせて叫んだギュンターに、ディーマはケタケタと腹を抱えて笑う。
「何てこと! 命を掛けて願うことがそれ? 逃げた途端に死んでしまうのにーっ!」
言われ、ギュンターは険悪な表情で睨む。最早あの人の良さそうな微笑みは浮かんではいなかった。
ギュンターは暫し口を閉ざして視線を彷徨わせ、そして何かに気付いて再び首を仰け反らせ、マストの上を仰ぎ見た。
「ディーマ神よ! 願いは私をここから逃がすこと。そして代価は……」
ギュンターは左腕に縋り付いていたマイラの首に剣を押し付け、訝しげな顔で想い人を窺い見たマイラが真意を汲み取る前に、素早く剣の刃を引いた。
勢い良く鮮血が噴き出し、マイラが甲板に転がる前に、ギュンターは真っ赤に染まった。
「代価はこれだ! 文句はあるまい!」
飛び散るマイラの血を避けようと、ギュンター達を囲んでいた兵士達の全てが、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げた。
血を浴び、たった一人になっても、ギュンターは勝ち誇った笑みを浮かべている。
だが、
「駄目―全然駄目。願いを言う本人でない者の命を代償にするなら、きちんと書面にしていただかないと。お客様、残念ながら無駄でした。無駄殺しでした!」
ケタケタと笑うディーマ神の言葉に、ギュンターは凍りつく。
とりあえず現在の敵が誰なのかを知り、兵士達は抜刀した剣先をギュンターに向けた。
じりじりとギュンターを囲む剣の輪が小さくなっていく。
「もう止めろギュンター! これ以上無駄な足掻きをするな! お前は更に王妃殺しの罪を犯した。逃れられると思うなよ!」
まだ血溜りを広げているマイラの体を見ないように、リディアはギュンターに近付いた。
大罪を犯した母とは言え、胸が痛かった。
(もう……終わりにするんだ。終わりにしなくてはいけないんだ!)
海から風が吹き、鉄の匂いをリディアの鼻に届けた。その生臭い匂いに顔を顰め、一瞬リディアがギュンターから目を離した瞬間、ギュンターが船尾に向かって駆け出した。
「待てっ! ギュンター!」
さして広くも無い甲板を走り抜け、船尾の近くまで来てギュンターは足を止めた。
そして追ってきたリディアや兵士達を振り返る。
「終わりではない、まだ終わりなどではない!」
「一体何を……?」
「ギュンター候、潔くなされよ!」
自信ありげに再び微笑みを浮かべたギュンターに怯んで足を止めたリディアの代わりに、ダンが剣を構えて前に進み出た。
「ふん、見習い騎士風情が私に物を言うか? お前もトルトファリアの一部なら、本当に国の益となることを考えたらどうだ!」
「無意味な戦を国益と? 馬鹿げている!」
「馬鹿だと? 何も知らぬくせに! いいか、あの島国には魔法を自由に使える魔人族がいるのだ! その力をトルトファリアが手に入れた時こそ、真の黄金時代が始まるのだ!」
大きく目を見開き唾を飛ばして言うギュンターに、ダンは眉をひそめた。
「候、いかな私が物知らずでも、魔人族が神話上の民族であることぐらい知っています。つまらない言い訳などせず、大人しく裁きを受けてください!」
「神話などではない! 魔人族は本当に」
「覚悟!」
言葉を遮ってダンが斬りかかる。
「甘いっ!」
しかし一喝と共にダンは跳ね飛ばされた。
ダンの手から剣がこぼれ、それを目で追っていたリディアの耳に、衣擦れの音が聞こえた。振り返ると、ギュンターが船尾に備え付けられていた大砲の覆いを取った所だった。
その大砲は不可思議な姿をしていた。
砲身は、中央の太い物に寄り添うように細い物が二つ。合わせて三つあり、細い砲身にはそれぞれ、戦いには不必要と思われる大きな赤い石と蒼い石の飾りが付いていた。
ギュンターは血にまみれた右手を大砲の着火点に伸ばす。しかしそこには導火線は見られない。ただ丸々とした透明の石がはめ込まれているだけだ。
「お前達はいつもそうだ……」
ばたばたと甲板を蹴って駆けつけてくる大勢の兵士達を見、ダンの傍に寄ったリディアを見、ギュンターは憤懣やるせないといった表情を浮かべた。
「私がいくら訴えても、自らの安寧にかまけて麦の税を見直すことすらしない! そのくせ本当に国のためにと考え、意見する私を嘲笑う。国のためにと魔人族の存在を語る私を、神話に魅せられた愚か者と蔑むのだ!」
透明の石に手を置き、ギュンターは何を思ったか、再びいつもの人の良い笑顔になった。
「しかしもういい……魔人族は確かにいるのだから。今こそ貴殿らのお目に掛けよう! その目で見れば、私が正しかったのだと分かるだろう!」
石は赤と青の光を交互に放ちながら振動し始めた。
「これは魔道学を学ぶものに作らせたもの。さしずめ……シーア・シリスの矢とでも呼びましょうか? 魔法とは違えど、威力は先程のお粗末な大砲とは違う」
光の明滅は見る間に速くなっていき、遂に二つは混じり合って、禍々しいほどに美しい紫色の光になる。
「砲弾に炎と雷を纏わせるのです。小さな島国など焼き尽くしてしまうでしょう!」
げらげらと笑い出したギュンターの姿に、リディアは立ち上がった。
手にはダンの剣を握りしめている。
「ギュンター!」
何も考えず、リディアは走り出した。
これ以上ないほどに滑稽なお芝居をみているかのように笑いながら、ギュンターは右手に構えた剣を突き出してきた。それでもリディアは止まらず、真っ直ぐに剣を構えたままギュンターの懐に飛び込んだ。
女の剣だと侮ったのか、砲身を庇ったのか。
ギュンターは避けもせずにいる。
二人の体がぶつかり、ギュンターの剣はリディアの剣を絡め取って叩き落し、薄い左肩を貫いた。
「リディア様!」
ダンの悲鳴に、痛みに意識を飛ばしそうだったリディアは我に返る。
歯を食いしばってギュンターの体にしがみついた。
「ダン!」
ギュンターの剣はリディアの肩を貫いたままだ。
のぞみを託して自分が連れてきた騎士の名を呼べば、主の意図を察しすぐさまダンは剣を拾い上げた。
「クソっ! 無能な女王ごときが! はなせ!」
剣を持っていない方の手で艷やかな黒髪を掴まれ、ブチブチと嫌な音を立てて毟られる。目から日が出るほど痛い。こんな暴力を一度も受けたことがなかったリディアは、竦んでしまいそうになる己を叱咤してただただギュンターにしがみつく。
「ダン! 頼む!」
「はなせ! はなせぇえっ!」
ギュンターはリディアの体を引き剥がそうとしていたが、左横の頬から突き出されたダンの剣によって右耳まで貫かれて白目を剥いた。
「うがあっ?!」
困惑したような声を上げて仰向けに甲板に倒れ込んだギュンターに、ダンは地上を走る獲物を上空から狙う猛禽のように素早く飛びかかると、ブレることなくギュンターの心臓に刃を突き立てた。
剣を受けた衝撃で四肢をビクつかせたギュンターの体が動かなくなったのを確認し、リディアはその場に膝をついた。
「うう……」
歯を喰いしばり、ギュンターの剣が刺さったままの肩の痛みに息を止める。
髪もむしられボロボロで、もがく男の手に掴みかかられていた服も脇が破けてしまっている。
酷い有様だ。
しかしリディアの顔は痛みに歪んではいるものの、確かに喜色めいたものが浮かんでいた。
(良かった……最悪の事態は免れた。私は間に合ったのだ)
痛みと義務を果たした安心感からリディアの意識が遠くなりかけた時、船を揺るがす轟音がその耳を劈いた。
高温の炎と雷を纏ったそれが、蒼い炎の尾を引いて放たれたのだ。
(そんな!)
発射の衝撃で甲板を跳ねたギュンターの体を振り返るが、彼は確かに死んでいた。見開いた目で虚空を見つめている。
(そんな……私は止められなかったのか?)
呆然と砲弾が行く様を見ていると、バーディスルの湾岸から橙色の細い光がこちらに向かって来るのが見えた。
あれが何か、理解することも理解しようとすることも出来ず、肩を貫く剣を抜く事も出来ないままでいたリディアの目の前に、コツンと音を立てて黒い石が一つ、落ちてきた。
「女王陛下、さあどうする? 貴方の命、たった一つだけでこの戦争を終わらせることができるんだよ? さあ、どうする?」
(私は……私は!)
にやにやと自分を見下ろす道化の思い通りになるのは嫌だ。
しかし、
(何もしないで居ることなど出来ない!)
ルークが炎と雷に巻かれて死ぬなど、耐えられなかった。
リディアは石に縋りつき、それを掲げた。
「ディーマよ、契約だ!」
昏倒していた艦長が、蹋頓にむくりと上半身を起こした。
「なっ?」
驚いて、黒い弾丸の雨が向かった島と艦長を交互に見るリディア。しかし驚いたのは彼女だけではなかった。
「どういうことだ!」
「何故? 願いはまだ叶えられていないわ! それなのに……何故!」
ギュンターとマイラだ。
二人共顔を赤くし、虚空に向かって怒鳴っている。
その間にも兵士達は、一人二人、三人と、次々と立ち上がりだしていた。
「ディーマ神よ! 説明されよ!」
「はいはーい」
ふざけた声音で答え、ディーマは道化の姿でマストの上に現れた。
「ごめんよ。誠に申し訳なくも、相手は私と不可侵を約している神の加護を受けている。だーかーらー駄目だった」
ちっとも悪びれない古代神に、ギュンターは歯噛みし、歯の間から搾り出すような口調で言った。
「ならば……私達をここから逃がせ!」
首を仰け反らせて叫んだギュンターに、ディーマはケタケタと腹を抱えて笑う。
「何てこと! 命を掛けて願うことがそれ? 逃げた途端に死んでしまうのにーっ!」
言われ、ギュンターは険悪な表情で睨む。最早あの人の良さそうな微笑みは浮かんではいなかった。
ギュンターは暫し口を閉ざして視線を彷徨わせ、そして何かに気付いて再び首を仰け反らせ、マストの上を仰ぎ見た。
「ディーマ神よ! 願いは私をここから逃がすこと。そして代価は……」
ギュンターは左腕に縋り付いていたマイラの首に剣を押し付け、訝しげな顔で想い人を窺い見たマイラが真意を汲み取る前に、素早く剣の刃を引いた。
勢い良く鮮血が噴き出し、マイラが甲板に転がる前に、ギュンターは真っ赤に染まった。
「代価はこれだ! 文句はあるまい!」
飛び散るマイラの血を避けようと、ギュンター達を囲んでいた兵士達の全てが、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げた。
血を浴び、たった一人になっても、ギュンターは勝ち誇った笑みを浮かべている。
だが、
「駄目―全然駄目。願いを言う本人でない者の命を代償にするなら、きちんと書面にしていただかないと。お客様、残念ながら無駄でした。無駄殺しでした!」
ケタケタと笑うディーマ神の言葉に、ギュンターは凍りつく。
とりあえず現在の敵が誰なのかを知り、兵士達は抜刀した剣先をギュンターに向けた。
じりじりとギュンターを囲む剣の輪が小さくなっていく。
「もう止めろギュンター! これ以上無駄な足掻きをするな! お前は更に王妃殺しの罪を犯した。逃れられると思うなよ!」
まだ血溜りを広げているマイラの体を見ないように、リディアはギュンターに近付いた。
大罪を犯した母とは言え、胸が痛かった。
(もう……終わりにするんだ。終わりにしなくてはいけないんだ!)
海から風が吹き、鉄の匂いをリディアの鼻に届けた。その生臭い匂いに顔を顰め、一瞬リディアがギュンターから目を離した瞬間、ギュンターが船尾に向かって駆け出した。
「待てっ! ギュンター!」
さして広くも無い甲板を走り抜け、船尾の近くまで来てギュンターは足を止めた。
そして追ってきたリディアや兵士達を振り返る。
「終わりではない、まだ終わりなどではない!」
「一体何を……?」
「ギュンター候、潔くなされよ!」
自信ありげに再び微笑みを浮かべたギュンターに怯んで足を止めたリディアの代わりに、ダンが剣を構えて前に進み出た。
「ふん、見習い騎士風情が私に物を言うか? お前もトルトファリアの一部なら、本当に国の益となることを考えたらどうだ!」
「無意味な戦を国益と? 馬鹿げている!」
「馬鹿だと? 何も知らぬくせに! いいか、あの島国には魔法を自由に使える魔人族がいるのだ! その力をトルトファリアが手に入れた時こそ、真の黄金時代が始まるのだ!」
大きく目を見開き唾を飛ばして言うギュンターに、ダンは眉をひそめた。
「候、いかな私が物知らずでも、魔人族が神話上の民族であることぐらい知っています。つまらない言い訳などせず、大人しく裁きを受けてください!」
「神話などではない! 魔人族は本当に」
「覚悟!」
言葉を遮ってダンが斬りかかる。
「甘いっ!」
しかし一喝と共にダンは跳ね飛ばされた。
ダンの手から剣がこぼれ、それを目で追っていたリディアの耳に、衣擦れの音が聞こえた。振り返ると、ギュンターが船尾に備え付けられていた大砲の覆いを取った所だった。
その大砲は不可思議な姿をしていた。
砲身は、中央の太い物に寄り添うように細い物が二つ。合わせて三つあり、細い砲身にはそれぞれ、戦いには不必要と思われる大きな赤い石と蒼い石の飾りが付いていた。
ギュンターは血にまみれた右手を大砲の着火点に伸ばす。しかしそこには導火線は見られない。ただ丸々とした透明の石がはめ込まれているだけだ。
「お前達はいつもそうだ……」
ばたばたと甲板を蹴って駆けつけてくる大勢の兵士達を見、ダンの傍に寄ったリディアを見、ギュンターは憤懣やるせないといった表情を浮かべた。
「私がいくら訴えても、自らの安寧にかまけて麦の税を見直すことすらしない! そのくせ本当に国のためにと考え、意見する私を嘲笑う。国のためにと魔人族の存在を語る私を、神話に魅せられた愚か者と蔑むのだ!」
透明の石に手を置き、ギュンターは何を思ったか、再びいつもの人の良い笑顔になった。
「しかしもういい……魔人族は確かにいるのだから。今こそ貴殿らのお目に掛けよう! その目で見れば、私が正しかったのだと分かるだろう!」
石は赤と青の光を交互に放ちながら振動し始めた。
「これは魔道学を学ぶものに作らせたもの。さしずめ……シーア・シリスの矢とでも呼びましょうか? 魔法とは違えど、威力は先程のお粗末な大砲とは違う」
光の明滅は見る間に速くなっていき、遂に二つは混じり合って、禍々しいほどに美しい紫色の光になる。
「砲弾に炎と雷を纏わせるのです。小さな島国など焼き尽くしてしまうでしょう!」
げらげらと笑い出したギュンターの姿に、リディアは立ち上がった。
手にはダンの剣を握りしめている。
「ギュンター!」
何も考えず、リディアは走り出した。
これ以上ないほどに滑稽なお芝居をみているかのように笑いながら、ギュンターは右手に構えた剣を突き出してきた。それでもリディアは止まらず、真っ直ぐに剣を構えたままギュンターの懐に飛び込んだ。
女の剣だと侮ったのか、砲身を庇ったのか。
ギュンターは避けもせずにいる。
二人の体がぶつかり、ギュンターの剣はリディアの剣を絡め取って叩き落し、薄い左肩を貫いた。
「リディア様!」
ダンの悲鳴に、痛みに意識を飛ばしそうだったリディアは我に返る。
歯を食いしばってギュンターの体にしがみついた。
「ダン!」
ギュンターの剣はリディアの肩を貫いたままだ。
のぞみを託して自分が連れてきた騎士の名を呼べば、主の意図を察しすぐさまダンは剣を拾い上げた。
「クソっ! 無能な女王ごときが! はなせ!」
剣を持っていない方の手で艷やかな黒髪を掴まれ、ブチブチと嫌な音を立てて毟られる。目から日が出るほど痛い。こんな暴力を一度も受けたことがなかったリディアは、竦んでしまいそうになる己を叱咤してただただギュンターにしがみつく。
「ダン! 頼む!」
「はなせ! はなせぇえっ!」
ギュンターはリディアの体を引き剥がそうとしていたが、左横の頬から突き出されたダンの剣によって右耳まで貫かれて白目を剥いた。
「うがあっ?!」
困惑したような声を上げて仰向けに甲板に倒れ込んだギュンターに、ダンは地上を走る獲物を上空から狙う猛禽のように素早く飛びかかると、ブレることなくギュンターの心臓に刃を突き立てた。
剣を受けた衝撃で四肢をビクつかせたギュンターの体が動かなくなったのを確認し、リディアはその場に膝をついた。
「うう……」
歯を喰いしばり、ギュンターの剣が刺さったままの肩の痛みに息を止める。
髪もむしられボロボロで、もがく男の手に掴みかかられていた服も脇が破けてしまっている。
酷い有様だ。
しかしリディアの顔は痛みに歪んではいるものの、確かに喜色めいたものが浮かんでいた。
(良かった……最悪の事態は免れた。私は間に合ったのだ)
痛みと義務を果たした安心感からリディアの意識が遠くなりかけた時、船を揺るがす轟音がその耳を劈いた。
高温の炎と雷を纏ったそれが、蒼い炎の尾を引いて放たれたのだ。
(そんな!)
発射の衝撃で甲板を跳ねたギュンターの体を振り返るが、彼は確かに死んでいた。見開いた目で虚空を見つめている。
(そんな……私は止められなかったのか?)
呆然と砲弾が行く様を見ていると、バーディスルの湾岸から橙色の細い光がこちらに向かって来るのが見えた。
あれが何か、理解することも理解しようとすることも出来ず、肩を貫く剣を抜く事も出来ないままでいたリディアの目の前に、コツンと音を立てて黒い石が一つ、落ちてきた。
「女王陛下、さあどうする? 貴方の命、たった一つだけでこの戦争を終わらせることができるんだよ? さあ、どうする?」
(私は……私は!)
にやにやと自分を見下ろす道化の思い通りになるのは嫌だ。
しかし、
(何もしないで居ることなど出来ない!)
ルークが炎と雷に巻かれて死ぬなど、耐えられなかった。
リディアは石に縋りつき、それを掲げた。
「ディーマよ、契約だ!」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい
小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。
エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。
しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。
――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。
安心してください、ハピエンです――
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる